第4話 等しい命【後編】

『等しい命』(後編)


「私は···あのオークに殺されたのね···」


 蘇ったマーサに自身が死んでしまったことを話すと、暗い顔をして俯き、震えていた。機械人形屋を出た後、すぐに王都観光に誘おうと思っていたが―――恐怖に震える彼女を前にして、無理だった。


「マーサ···!」

「ノア···!私···私···っ!」


 宿屋に戻り落ち着かせようと思ったが、無理だった。彼女はぼろぼろと涙を流し、顔を白くさせた。


「マーサ、もう大丈夫だから。こうして、生きかえることができたんだ。俺がお前をちゃんと守るから···」

「ノア···でも、私···怖い···!また···あの白いとこに戻りたくなんか、ないの···っ!!」


(白い所?)


 彼女をひとまず落ち着かせなければ―――生前の記憶はオークに殺されたのが最後なのだから、動揺くらいするだろう。


「ノア!―――マーサ!」

「え、アーロ?」


 宿屋の扉を開け放ち、黒髪碧眼の男性が部屋に入ってきた。マーサはハッとして顔をあげ、呟く。


「兄さん···」

「マーサ!マーサじゃないか!ああ···良かった!お前がオークに殺されたと聞いた時···どんなに辛い思いをしたか!」


 アーロ・ボールドウィンは自分の同い年の幼馴染であり、マーサの兄だ。同じ職場の警備隊員でもあるため、腰に太い剣を帯刀している。喜色満面の様子でマーサに近づくが、彼女の蒼白とした顔を見るや否や、怪訝になった。


「どうしたんだ!?折角機械人形とやらに生き返ったんだろう!?何故泣く···」

「···怖いのっ!あの村に帰るのが!だって···私は殺されたのよ!?突然棍棒で身体を叩きつけられて···!」


 マーサは自分の胸に頬を当て、泣き叫んだ。


「何度殴られたと思う···っ!?最初は足をやられたわ!次に腕!お腹!痛いからやめてって言ったのに···あいつら、ケダモノよ!?最後に頭を潰されて···っ!!」


「マーサ···」


 ―――彼女が殴打によって死んだことだけわかっていたが、まさかそんな残虐な方法で死んでいたとは―――自分は、ふつふつとした怒りが湧いてきた。

 自分の妻が、何故そんな目に遭わなければならない。

 

(···あいつ等···ころ···)


「――――殺してよっ!!ノア!兄さん!」

「え···」

「私を殺したオークを殺して!骸骨のネックレスをしたオークよっ!!お願い!殺して!」


 ―――マーサの目には、ぎらぎらとした怨恨が込められていた。以前の彼女だったら、そんな目をすることはありえない。

 ウサギだって捌けない彼女だったのに。


「···マーサ」

「わかった、殺そう」

「―――アーロ」

 

 アーロの目にも憎しみが宿っていた。強張った彼の顔は、まさに鬼と呼ぶにふさわしいだろう。自分も、彼と同意見だった―――。


 妻を失った悲しみにばかり暮れていたが―――先に排除しておけばよかった。

 オークの村に誤って入ってしまったことを彼女の過ちと感じていたが―――何故先に、オークを殺すことを考えなかったのだろう。


「あの村のオークを全て駆逐して、マーサの生きやすいようにするから···」

「ノア···」


 あの村に住むオークを、”自分”が殺してやる。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の夜、オーク討伐を決行した。

 一度ノアとマーサ、そしてノアはベルチェストー村に戻り、男達を率いて、夜にオークの村に奇襲をかけたのだ。

 

「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐあああああああぁぁぁぁっ!!」


 老若男女のオーク達の阿鼻叫喚が空気を裂く。 

 家に火をつけ、1匹たりとも逃さないように、ノアは剣を振るった。返り血で、剣は妖し気に輝く。


(どこだ、どこにいる―――骸骨のネックレスをしたオーク···!)


「ノア!いたぞ!」

「アーロ!どこだ!?」

「こっちだ!もう―――足は引き裂いておいたからな」


 ノアは、ふと恐怖に襲われた。アーロの憎悪の目と、ゾッとするような低い声音のせいか。この地獄のような空間の中で、何故か一瞬だけ、自分は―――正気を取り戻しかけた。


「···お前が···」


 しかし、妻を残虐な方法で殺したオークを前にしたら、正気など失う。

 

 ノアの剣がすでに彼の両足を縦に引き裂いていたが、床に寝転ぶオークは、骸骨のネックレスをかけていた。村の長なのだろうか。痛みのせいで呻き、汗を流している。


「タス···ケ······」

「······助けてくれ?···ハッ」


 そのオークの声を聞き、ノアの中で黒い感情が爆発した。

 乾いた笑い声が、口からこぼれてくる。―――嘲りの笑いだろう。


「死ね···!死ね···!」


 オークの頭に大剣を突き刺す。彼は口を大きく開き、苦しみに悶えていた。

 そんなオークの顔を見て、自分は満足する。


 ―――その時初めて、ノアは自分の感情が漆黒に染まっていくことを意識した。

 妻から、彼女自身の死に方を聞いてしまったからこそ、自分はそのオークを傷つけずにはいられない。

 彼が苦しむ様こそ、ノアにとっての至福であった。

 自分の妻を殺した、オークへの罰だ。

 

「―――死ねええぇぇぇぇぇっ!!」


 足を裂き、腕を裂き、最後に頭を裂く――――それらの肉を裂かれ、死んでいくのだ。


 これも、全て自分の妻を殺した報いだ。


  ◇ ◇ ◇


 ―――これで、後はマーサと共に生きていくだけだ。

 マーサが作ったご飯を、毎日食べよう。休みの日には大きな街に出かけ、彼女が好きなフルーツを買うのだ。

 子供も作りたい。男と女、どちらでも良い。それから、それからーーー。


 それから、幸福に生きていければ、それだけで···。


「ノアさん!大変よっ!すぐにうちに帰って!」


 討伐からベルチェストー村に帰ると、村の女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「え···?」

「―――いやあああああぁぁぁぁっ!!」


 静かな村の中で、悲鳴があがる。ノアの家の周りには、大勢の人間が集まっていた。自分達が帰ってくるのを見ると、彼等は一斉に振り返る。


「いやあっ!いやああああぁぁっ!熱いっ!!痛いいいいぃぃっ!」

「···マーサ!?」


 自分の家から聞こえる悲鳴は、マーサのものだった。自分が家に走っていくと、後ろからアーロもついてきた。開け放たれた扉から家に入るとマーサが床に倒れており、胸を抱えて苦しんでいた。


「マーサっ!どうしたんだ!?何が···っ!」

「痛いの!!胸が熱くて···いやああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 彼女の胸を見ると、赤く光っていた。本来人間ではない反応である。

 苦しむ彼女を抱きながら、ノアは―――機械人形屋のリオを思い出した。


『機械人形は胸にあるコアを潰せば壊れてしまうのでご注意下さい』


「マーサ!?何かしたのか!?何か、人形が壊れてしまうことを―――っ!」

「マーサさんは何もしてなかったよ!私と一緒に、ソファに座っていただけで、突然苦しみ始めてしまったんだ!」


 隣に住む中年女性が言った。マーサが1人でいるのを怖がるため、隣に住む彼女が一緒にいてくれたのだ。


「いやあああぁぁぁ!!」

「マーサ···っ!!」


 それがマーサの断末魔だった。彼女は自分の腕の中で叫ぶと、そのまま目を閉じた。


「あ···マーサ?マーサ?」

『本機体は、機械人形3原則に違反したため、強制的に機能停止しました』

「えっ?マーサの声じゃない···どこから、声が···?」


 彼女の体のどこからか声がした。何がどうなっているかわからず、ノアは彼女の身体を抱く。

 静かに、彼女への怒りを全身で感じていた。


 ◇ ◇ ◇


「よくも不良品にマーサの魂を戻したな!!責任を取れ!またマーサの魂を、もとに戻せ!でないと···っ!!」

「きゃっ···!」


 ノアはマーサの身体を抱き、機械人形屋を訪れーーリオの首に、オークの血がついたままの剣を突きつけた。

 悲鳴を上げたのは、隣のカウンターに座るカレンだ。剣を突きつけられても、リオは顔色1つ変えない。


「あは!私は不良品などお渡ししません」

「じゃあ何で壊れたんだ!?マーサはソファに座ってただけだ!壊れるはずがない!」

「他に違反したのでは?例えば···誰かを殺したりとか?」

 

 リオはらんらんとした目で、ノアの剣についた血を睨んだ。


「マーサは殺してない!俺が、彼女を殺したオークを殺したんだ!」

「それは、マーサさんに頼まれたのでは?最初あなたがここに訪れた時、オークを殺そうだなんて一言も仰っていませんでしたよね」


 ーーーノアは、息を呑んだ。

 今までのことを思い出す。

 

『2に、機械人形は誰かを傷つけたり、殺害することはできません。3つめに、2つ目の約束を遵守しなければ、自ら壊れてしまうという仕組みになっております』


『殺してよっ!!ノア!兄さん!』


『本機体は、機械人形3原則に違反したため、強制的に停止しました』


 ノアはマーサの身体を抱いたまま、膝を床につける。剣を、がらりと床に落とした。


 ーーー自分の妻が、何故そんな目に遭わなければならない。

 

(···マーサの話を聞き、あいつ等を殺してやると俺だって思った。···マーサよりも前に、俺が言えば···)

 

「殺人の教唆は、立派な殺人です。残念ですが、言葉に出し、実行されれば原則に違反します。カレンの魔術でも、同じように管理させています」

「···もう一度、妻を蘇らせられるかっ!?もう同じ過ちは犯さないっ!」

「駄目です。マーサさんの命はもう蘇らせません」

「何故だ!?金は···すぐに用意できないが、必ず用意する!」

「一度命を奪った殺人犯を蘇らせません。また違反すれば、私も人の命を間接的に奪ったとし、壊れてしまいます」


 リオは、自身の首を指差す。

 彼女の首にはーー機械人形の証がある。

 

「···人じゃないっ!オークだ!!」

「この世界では、同じ命でしょう?農業をして生きているオークもいると仰っていたではありませんか」


 彼女は優艶な笑みを浮かべていた。


「···そうです、ノアさん。あなたは···何人のオークを殺したんですか?」

「あ···カレンさ···」

 

(マーサが···殺人犯···。俺も···)

 

 ノアは、もう動かないマーサを強く抱きしめ、涙する。


 ノアは、どうしてマーサを止めなかったのかという後悔はしていなかった。



(何故、俺は先にあいつらを殺さなかったんだ)



 自分が彼等の命を奪うことを選んでいたら、こんな結果にならなかったのに。



 ーーーノアの心は、マーサの想いと同様に黒く染まっていた。



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