第11話 尊き物

「えーっと……BLと言うのはなんでしょうか?」


ごっこならよく分からない言葉で済ませられるが、現実に錬金術を見せられた今、夜明けと言われた言葉をスルーするわけにも行かない。

私はロザリア様にそれが何かを尋ねた。


「ん?BLはBLよ。貴方も大好きでしょ。尊いの?」


尊い?

宗教系の物だろうか?


「すいません。存じ上げない物で……」


「え!?何で!?貴腐人の嗜みじゃない!貴方、前世でどんな生活してたの!?」


ロザリア様があり得ないぐらい目を見開き、あほっぽい顔で私を凝視する。

どうやら前世では相当ポピュラーな物だったのだろう。

しかし貴婦人の嗜みとなると、相当高尚なものに違いない。


「えっと、実は――」


私は転生者でない事。

ごっこ遊びで話を合わせていただけの事を彼女に伝える。

伝えないと話が中々前に進みそうになかったので。


「え?ほんとに?でも凄い魔力を持ってるでしょ?それがチートじゃないんなら、一体なんだっていうの?」


「厳しい訓練の賜物……と言いたい所ですが……」


努力はしてきた。

血の滲む様な努力を。

だがこの域に達する事が出来たのは、間違いなく持って生まれた才能の影響が大きい。

努力だけでは決して辿り着けなかっただろう。


「ぶっちゃけ、生まれ持っての才能が大きいです。神様から貰ったチートとかではなく。純粋な才能です」


まあその才能も神様から貰ったものだと言われたら、そこ迄なのだが。

彼女の言う、面と向かって貰ったと言う様な事はない。


「えぇ~。同胞だと思ったから、極一部の者しか知らない秘密を打ち明けたのにぃ」


「すいません」


そんな気はなかったのだが、結果的に騙す事になってしまったので私は頭を下げる。


「ま、いいわ」


凄くショックを受けた感じのリアクションだったが、彼女はあっさりと立ち直る。

メンタルの強い方だ。


「どちらにせよ、私の大願成就の為には貴方の魔力が必要だったわけだしね。結果オーライって事にしておくわ」


「ありがとうございます」


「んで、BLってのは――」


ロザリア様から説明を受け、私は眉をしかめた。

BLが何かというのもそうだが、彼女の野望そのものにだ。


彼女の野望。

それはBL――つまり男同士がきゃっきゃうふふする妄想の記された書物を量産して世界中にばら撒き、更に紙を安価で入手できる様にして、文化としてこの世界に根付かせる事だった。


「こういうのを布教って言うのよ」


嫌な布教もあった物だ。


「因みに、今の私の押しはタラハシ×クプタよ」


「かける?」


またもや専門用語に頭を捻る。

後、クプタ王子の名前が出たのが少し気になった。


「ああ、×ってのはカップリングよ。タラハシが攻めでクプタが受けよ」


カップリングと聞いて、一瞬抱き合う二人の姿が脳裏に浮かぶ。

嫌な物を想像してしまった。


「タラハシは流石にどうかと思いますが……」


人の妄想や趣味にケチを付けるつもりはないが、流石にタラハシはどうかと思う。

確かに顔立ちは悪くはないが、性格が悪すぎる。


後、自分の将来の夫をそんな目で見るのってどうなの?

と思わざる得ない。


「タラハシだからいいんじゃないの。婚約者に振られて女性不審になった彼が、優しい王子に引かれていき……遂には!」


その後ロザリア様はキャーキャーと飛び跳ねる。

一体どんな妄想をしているのやら。


ん?待てよ?

タラハシだからいい?

女性不審?


それって――


「ひょっとして、今の話て……」


「ああ、そう言えば貴方はこの国に来たばかりで知らなかったわね。タラハシには以前婚約者がいたのよ。で、盛大に振られてしまって。今や女性不審をこじらせてるって訳」


「ひょっとして、私に当たりが強いのも」


「ええ、そのせいよ」


成程。

最初は仕方ないと思っていたが、同じ国に仕える様になった今でもきつい視線を送って来るのは、そういう理由があっての事だったわけね。


「まあ彼も酷く傷ついてああなっちゃったわけだし、多少は大目に見て上げて」


「そんなに酷く振られたんですか?」


「子供の頃から好き合っていたらしいわ。だから10年以上付き合ってもうそろそろ結婚って所で、相手が手のひらを返してレブント帝国の大貴族と結婚しちゃったのよね。何でも、理由はいい暮らしが出来るからだそうよ」


「うわぁ~」


そりゃ最悪だ。


大貴族と結婚したのなら、タラハシの相手の女性も貴族だったのだろう。

だが貧しい小国であるタラハの貴族と、強国であるレブント帝国の大貴族では生活の質がまるで違ってくる。


その女性はタラハシよりその生活を取ってしまったのだ。

それまでの二人の絆を平気で捨てて。


そりゃきっついわぁ……


「と言う訳で。暗い影を引きづるタラハシ!そして太陽の様に眩しいクプタ!二人は最高のカップルだと思わない!?」


「思いません!」


さっきの話を聞いて、タラハシへの見方は激変した。

だがだからと言って、王子とカップルだなどと認めるわけには行かなかった。

だって王子の横には……ま、そこはロザリア様の席ではあるのだが。


「ロザリア様。妄想するのは結構ですけど、間違ってもその話は王子になさらないでくださいよ」


「分かってるわよ。そんな事話したらクプタにドン引きされちゃうわ」


引かれる事はちゃんと理解しているのか……


「現実と妄想。その境界にしっかり線引きするのが、真の貴腐人たる者の勤めよ。安心して」


世界に布教するとほざいていた少女に言われても、全く安心できないのだが。


この後、聞きたくもないBL談義を聞かされ、解放される頃には私はすっかり洗脳――――されるか!

少々揺さぶられる物がなくも無かったが、私は王子一筋だ。


その王子が、他の男性にあれやこれやされる妄想でにやついたりなどしない!


たぶん。

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