第4話 聖女の力
「思っていたよりも大きいな」
遥か前方のにある小山を見て、クプタ王子が呟いた。
いや、それは山ではない。
巨大な魔物だった。
山と見まごうばかりの巨体をした魔物。
それが王子達の討伐ターゲットだった。
「まさかここ迄とは……」
グランドタートル。
体長は30メートルを超し、体高も軽く10メートルに達する巨大な亀の化け物だ。
その体躯は魔物の中でも最大級を誇っている。
「しかし、あれだけの巨体なら動きは遅いはず。そこを突いて――」
「いえ、あの魔物は見た目に反して、とんでもなく素早いです」
王子はその巨体から、動きが遅いと判断する。
だがそれは誤りだった。
あの魔物の恐ろしさは、その巨体からは想像もできない素早い動きにある。
「あの魔物の事を知ってるのかい?ターニア」
「はい」
私はこの魔物の事を良く知っている。
何故なら、魔王城の防備として大量に配置されていた魔物だからだ。
今目の前にいるのは、恐らくその時討ち漏らした生き残りだろう
「あの魔物は素早い動きと、飛行能力を有する危険な魔物です」
「馬鹿な!あの体でどうやって素早く動き、空を飛ぶと言うのだ!?」
王子の補佐官であるタラハシが怒鳴る。
まあ私の言葉を疑うのも無理は無いだろう。
あの巨体で軽快に動き回った挙句、空を飛ぶなど、通常の魔物では有り得ない事だ。
だがあれは只の魔物ではない。
魔王が自身の城を守るために生み出した特殊な魔物だ。
その為、通常の法則を超えた力を持っている。
「事実です。王子、あの魔物の討伐は私に任せて頂けないでしょうか?」
「なっ!?」
急な私の言葉にタラハシは鼻白む。
此方の戦力は騎士80人に魔導師が15人。
王子達を侮る訳ではないが、戦えば相当な被害が出るだろう。
最悪全滅もあり得る。
――王子に頼んで、討伐に従軍したのは正解だったわね。
もし私が来ていなければ、どうなっていた事か。
「何を馬鹿な事を!さっきから貴様ふざけて――」
「ターニア。君はレーゲンの魔導兵で腕は立つんだろうけど、流石にそれは無理があるんじゃ?」
タラハシを片手で制し、クプタ王子が訪ねて来る。
無理か無理でないかと問われれば、私には容易い事だった。
実際私は魔王討伐の際、数十匹の亀を魔法で屠っているのだ。
だから倒す事自体には何も問題はなかった。
一つ気がかりな事があるとすれば、それは――私の力を見てクプタ王子が引かないかと言う事ぐらいだ。
魔王との戦いの際、周りの兵士は私の圧倒的力を見てドン引きしていた。
中には私に怯える人間もいる程に。
クプタ王子にそんな目で見られるのは、正直辛い。
だがそれでも、王子の命を危険に晒すよりかは遥かにましだ。
「レーゲンの魔導兵と言うのは……すいません嘘でした。事情があって身分は明かせませんが、魔法には自信があります。どうか討伐は私に任せて頂けませんか?」
「本当に君が1人で倒すと言うのかい」
「はい。一撃で屠ってごらんにいれます」
言ってから、一撃で倒す宣言は失敗だったと気づく。
あの巨大な魔物を一発で倒すには、そこそこ強力な魔法を使わなくてはならない。
手数で倒せばいい物を、態々強力な魔法を使う事を自分に課してしまった。
大失態だ。
まあ出来るだけ威力は抑えるとしよう。
「わかった。任せるよ」
「王子!?こんな女の戯言を信じるつもりですか」
「ははは、駄目だったらその時は改めて僕達で討伐すればいい。それだけの事だろ」
「それは……そうですが」
仮に私が失敗しても、予定通り自分達が討伐すればいいだけと王子は笑う。
先制攻撃を私に任せてくれるだけという意味でしかないのだが、どこの馬の骨ともわからない私の言葉を少しでも尊重してくれるのが、嬉しくて仕方がなかった。
「じゃあ頼むよ」
私は静かに頷いて、魔法の詠唱を始める。
とは言え、これは只のフェイクだ。
実際は無詠唱で発動させられるのだが、あまりやりすぎるのは良くないので詠唱するふりをしておく。
「行きます!」
10秒ほどかけて偽りの詠唱を完了させ、魔法を発動させる。
私が手を掲げると、巨亀の上空と足元に巨大な魔法陣が現れ、それを見て王子達が目を見開いた。
「凄い……けど……」
魔法陣の大きさは亀の数倍に値する。
そんな物が足元に現れれば、当然亀も気づいて動き出す。
それもとんでもないスピードで。
「なんてスピードだ!?」
山の様な巨大さだがその動きは軽快で、かさかさと高速で足をうごめかせる姿はまるで巨大なGだ。
あっと言う間に魔法陣の外へと逃げ出してしまう。
だが全く問題ない。
「ジ!エンド!」
魔法陣から雷が放たれる。
それは陣の外へと逃げた亀を捕らえ、陣の中央へと引きずり込んだ。
そして上下の陣から再び雷が放たれると、それは亀に当たって大爆発する。
「うわっ!?」
「くっ!?」
ここから亀の居たあたりまでは相当離れているのだが、その破壊のエネルギーは突風となって私達を煽る。
私は咄嗟にそれを魔法でガードしたが、騎士達は大きくよろめき、魔導士は吹き飛ばされて尻もちをついたり、倒れてしまっていた。
――うん、やり過ぎた。
かなり手加減したはずなのだが……ひょっとして前より魔力が上がってる?
「す……凄いね」
「王子!」
私に近づこうとしたクプタ王子を、タラハシが間に割り込んで止める。
その手には剣が握られ、その切っ先は此方へと向けられていた。
「女!貴様何者だ!!」
その目には本気の殺意が宿っていた。
どうやら今の一撃で、彼は私を危険人物と判断した様だ。
「よさないか、タラハシ」
そんなタラハシを制して、クプタ王子が前に出る。
「王子危険です!」
「彼女が僕達に危害を加える気だったなら、魔法を見せたりする必要はないだろう?先程の魔物の動き、戦えば相当危険な相手だった。僕達を殺したいなら余計な手出しはせず、放っておいた方が良かった筈。でも彼女は手の内を見せてまで、僕達の為に魔物を倒してくれたんだ。感謝こそすれ、剣を向けるなんて失礼だろう」
「それは……」
タラハシは顔を歪める。
王子の言葉は正論だ。
だがタラハシの気持ちも分からなくもない。
もしクプタ王子が強力な力を持つ相手と対峙したなら、相手に悪意が無くとも私だって警戒する。
「ありがとう、ターニア。君のお陰で犠牲を出さずに済んだ」
そう言うと、王子は私に手を差し出す。
その笑顔は優しく、私の力に対する恐怖は感じられない。
それを見て、ほっと胸を撫でおろす。
少なくとも、恐れられたり嫌われてはいない。
そう思えたから。
私は緊張しつつも手を伸ばし、王子の手に触れた。
硬くてごつごつしていて、それでいて暖かく優しい手に。
「お役に立てて光栄です」
手を握っただけで、頭に血が上って来るのが分かる。
そのせいか、頭がふわふわして、まるで自分が自分で無くなるかの様な感覚に包まれてしまう。
――恋という物は恐ろしい。
そう思えるぐらい、自分のコントロールが効かない事に戦慄する。
聖女として厳しい精神修養を長く続けてきた私ですらこのあり様だ。
恋が人を変えると言う話も、全力で頷ける。
まあだが、私はもう聖女でも何でもない。
このまま変わって行くのも悪くは無いだろう。
少し息苦しさもあるが、それはとても幸福な感覚だった。
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