第5話 就職

「水晶球に手を」


「はい」


用意された水晶に手を翳す。

これは魔力を測定する機能を持つマジックアイテムだ。


――手を翳した瞬間水晶が光り輝き、眩い閃光を放って砕け散ってしまった。


魔力のオーバーフロー。

それは私の魔力が計測不能だった事を指し示している。


「成程……王子から聞いていましたが……まさかここ迄とは……」


王子には、私が聖女である事を明かしていた。

タラハ国に魔導士として仕える為である。


「恐るべき力ですね。これがせい――おほんっ!おほんっ!」


魔導長官が失言しそうになって、咳払いで誤魔化す。

その様を見て、周囲の魔導士達が不思議そうに首をかしげた。


就職するために身分を明かしたとはいえ、カサン王国で私は死んだ事になっている。

その為、私が聖女である事は一部の人間以外極秘扱いだ。

下手に公表すると、このタラハ国がカサン王国に睨まれてしまう。


この国で私の事を知っているのは今のところ5名。

クプタ王子と国王夫妻。

それに大臣と魔導長官である。


「ではこちらへ」


魔導長官自らが、魔導士達の詰める研究所から更衣室へと私を連れていってくれる。

本来こういう新人への案内は、彼の配下がやる事なのだろう。

だが私はその力の大きさから、只の新米ではなく、特別上級魔導士と言う謎の役職が与えられていた。

それは今までこの国になかった特別待遇に当たるため、長官自ら私を案内してくれているという訳だ。


まあ扱いに困っているだけとも言うが。


「わが国では、魔導士のローブは青で統一されています」


王子に従軍していた魔導士達の中には赤や黒も混ざっていた事を考えると、徹底されている訳では無い様だ。

まあ流石に魔導宮――国に仕える魔導士達の総本山――では青以外見てはいないが。


私は制服を受け取り、更衣室で着替える。

清潔な白のシャツに紺のハーフパンツ。

その上から青色のローブを纏う。


今はもう初夏だが、ローブを纏うとひんやりとした感覚が私の体を包み込む。

流石は官給品だけあって、温度調整系の魔法が仕込まれている様だ。


「お待たせしました」


長官は私の姿を一瞥し「こっちです。付いて来てください」と言って、長い廊下を歩きだす。

私は周囲を観察しながらその後に続いた。


「あら!あなたがクプタの言っていた凄腕の魔導士ね!」


王宮と魔導宮を繋ぐ長い連絡通路を抜け、警備の立つ門を潜った先――庭園で急に声を掛けられる。

それは12-3歳ぐらいの少女だった。


セットが大変そうだと思える金の縦巻きロールに、大きな翡翠色の瞳。

その肌は透き通る様に白く、愛らしい顔立ちをしている。

間違いなく美少女と言っていいだろう。


「ロザリア様!?」


上等な赤のドレスで身を包むその姿から高い身分である事は伺えたが、魔導長官が様付で呼ぶぐらいなので、相当な立場の令嬢なのだろう。


「初めまして、私はロザリアよ」


「初めまして、ターニアと申します。本日より魔導士としてこの国に仕える事になりました」


少女――ロザリアは長官を無視して私に駆け寄って来る。


「凄い魔導士なんでしょ!?クプタから聞いたわ!ねえ、魔法を見せてよ!」


「いや、そう言われましても」


いきなり魔法を見せてと言われても……どうした物かと困って魔導長官の方を見る。

すると長官は黙って首を縦に振って見せた。

彼女の我が儘には逆らえないので、取り敢えず魔法を使って見せてやれと言う事だろう。


「分かりました。空を見てください」


地味な魔法では目の前の少女は満足しないだろう。

そう判断し、派手な魔法をぶち上げる。

とは言え此処は王宮なので、攻撃ではなく特殊な魔法を。


私は魔法を素早く唱える。

勿論フェイクだった――私が詠唱を必要とするのは、ほんの数個の強烈な魔法のみだ。

基本的に詠唱は必要とはしないので、言ってみればこれは演出の様な物だ。


「凄い!!」


上空に巨大な光花が咲く。

それは砕けて光の粒子へと変わり、王宮全体に降り注いだ。


「ステキ!ステキ!」


その幻想的な光景を見て、ロザリア様がはしゃぐ。

どうやらお気に召してくれた様だ。


「決めたわ!彼女は今日から私付きの魔導士になって貰う!」


「ロザリア様……それは流石に」


彼女の無茶な提案に、長官が表情を曇らせた。

まあそりゃそうだ。

優秀な魔導士――自分で言い切る――を個人で独占なんて、王族でもない限り出来る訳がないだろう。


つまり、私を専属に出来るのはクプタ王子だけと言う事だ。

なーんちゃって。


「彼女は次期王妃たる私の傍仕えにぴったりよ!陛下にお願いするわ!」


「え!?」


――次期王妃。


その言葉に、思わず驚きの声を漏らしてしまう。

次期王妃、つまりそれは次期国王の妃と言う事になる。

そして次期国王はクプタ王子だ。


つまり彼女は――


「ロザリア様。いくらクプタ王子の婚約者とはいえ、余り無茶を言われても困ります」


「えー、いいじゃない」


直接答えを聞かされた私は、ハンマーで頭を叩かれた様な衝撃を受ける。


だが、少し考えれば分かる事だった。

クプタ王子は、小国とはいえ次期国王だ。

政治的に考えて、婚約者の1人や2人いてもおかしくはない。


「就職……早まったかなぁ」


溜息交じりに、小声で呟く。

元聖女とはいえ、所詮は庶子。

仮に婚約者がいなかったとしても、私が王子と結ばれる可能性は端っからゼロだ。


その程度の事に気づかないとは……

恋は人を愚かにすると言うが、身をもって実感する。


散ると分かっている恋だ。

傍に居れば、惨めな気分になるだけなのは目に見えている。

さっさと退職して忘れてしまうのが正解だろう。


でも、それでも――1分1秒でも長く、クプタ王子の傍に居たい。


そんな風に考えてしまう。

本当に恋は魔物だ。



就職初日。

知りたくもない現実を突きつけられ、私は暗澹とした気分になるのだった。

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