第3話 陽炎

 祐輔は二次予選に向けてオルガンとの格闘するが、暑さのせいかどうも調子が出ない。

 そこで気分転換に外へ出たみた。すると耳をつんざくようなセミの鳴き声が聞こえた。少々やかましいが、これもドイツでは体験出来ない、日本の夏の風物詩だ。そういえば子供の頃、教会の敷地に忍びこんでセミ取りに明け暮れていたっけ……。

 祐輔は目を閉じ、少年時代の追憶に思いを馳せた。思えばセミ取りの最中、教会から流れ出るオルガンの音を聞き、「なんてきれいな音だろう」と魅了されたのが、オルガンを始めたキッカケだった。

 目を開けた時、祐輔はハッと息をのんだ。あの少女が目の前にいたのだ。純白のワンピースが緑の草木の前で映える。その姿はまさしくむらさきの花のようだった。何か踊りの練習でもしているのか、軽やかな足取りで舞っている。背中に翼でもあれば、まさしく天使そのものだった。

 その時、五十嵐神父が教会堂の中から「菅野さん、お茶でも如何ですか?」と声をかけてきたので、祐輔はその言葉に甘えることにした。振り向くと、少女の姿はもうなかった。


 祐輔は茶を馳走になるとオルガンの前に座った。そして課題曲を弾いた。

 その時、祐輔の頭の中で、あの少女が真っ白な服で舞い踊った。その周りには何人もの天使がいて、彼女の踊りを引き立てている。そして、曲のイメージが明確に出来上がった。祐輔は楽譜に鉛筆でアイデアを書き込むと、新しいストップ調整でもう一度弾いた。弾きながら祐輔は確かな手答えを感じた。

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