第14話
「くっくっく。サットンのやつのおびえた姿といったら傑作だったなあ」
「まったくだぜ。密告なんて裏切りをして自分だけ減刑だなんてふざけやがって。そのうえいまやりっぱな病院経営者様と来た。こいつは許せねえぜ」
「裏切りの代価は今晩に払ってもらわねえとな。縛り首だ。サットンの裏切りで絞首刑にされたカートライトの無念をはらしてやる」
小説の筋書き通りにブリドル、ヘイワード、モファットがサットンを殺しにやってきた。そうはさせるか。サットンはもちろんだが、ブリドル、ヘイワード、モファット、お前ら三人も誰一人として殺させはしないぞ。ホームズへの復讐のために。
「おっと、そこまでだ。おとなしく刑期を終えたんだから善良な市民でいればいいものを。再犯を犯すなんて実に嘆かわしい」
「なにい」
「誰だ」
「俺たちの復讐の邪魔はさせねえぞ」
お前らの復讐なんかよりも俺の復讐のほうがずっと大切だ。というわけで、不法侵入者であるブリドル、ヘイワード、モファットの三人をホームズのバリツにも劣らない俺の体術で制圧していく。
「ぐわあ」
「貴様、何者だ」
「身動きできねえ」
かくしてブリドル、ヘイワード、モファットの三人を柱に縛り付けて身動きを取れなくした。そんな三人にサットンは地面に頭をこすりつけて詫びを入れ始めた。
「ブリドル、ヘイワード、モファット。すまん、この通りだ。許してくれ。あの時は一時の気の迷いで密告なんてしてしまったが、ずっと後悔していたんだ。反省している。だから、俺はまた刑務所に入る。だから殺すのだけは勘弁してくれ」
「何だって」
「そんな都合のいい話が通ると思っているのか」
「自分が刑務所に入れば解決するってものじゃねえぞ」
「あーあー。君たち。サットンは過去の過ちを大変後悔していてだね、君たちの助けになればと思って一財産を築いたんだよ。そのお金で四人で楽しい刑務所生活を過ごしたいそうだ。刑務官への賄賂があれば監獄もパラダイスなんじゃないかな」
俺の提案にブリドル、ヘイワード、モファットの三人はあっさりと乗っかる。
「そ、それもそうかな。サットンを殺したからってカートライトが生き返るわけじゃねえし。復讐殺人なんてバカバカしいな」
「前科者の俺たちがシャバに戻ったってどうせろくな目に合わないしな」
「サットンがそこまで言うんだったらそうすっかな」
そうだ。その通りだ復讐の殺人なんてばかばかしいぞ。どうせ復讐をするのなら、俺みたいに復讐相手にもっとも効果的な復讐方法を採用すべきだ。
「ええと、トレヴェリアン医師。これで君の疑問は解消されたかな」
「もちろんです、ワトソンさん。ええと、これからはワトソンさんがこの病院の経営者と言うことでよろしいですか?」
「そうだね、トレヴェリアン医師。まあ君は依然と変わらぬように診療を続けてくれたまえ」
病院がひとつ俺のものになると言うことは、今後の俺のホームズへの復讐にとって悪くはない。偽の解剖診断なんておおいに役立つことだろう。
くくく。ブリドル、ヘイワード、モファットの三人が自分たちが乗船する予定だったノラ・クレイナ号がポルトガル沖で沈没すると知ったらどんな顔をするかな。
やはり殺しなんてするべきじゃなかったと自分たちの幸運に感謝するのだろうか。おとなしく監獄で余生を送ることになんの不満も抱くまい。
ひっひっひ。今回も殺人事件が起こることはなかった。だからサットンに関する事態が小説になることもない。タイトルが『ブルック街の怪』がいいか『入院患者』がいいかなんて悩むこともないのだ。
ホームズのやつはいまごろ家で怠惰な日常を過ごしているに違いない。ホームズがするはずだった殺人事件の解決はまたひとつ闇に葬られたのだ。じつに気分がいい。
「トレヴェリアン医師。どこかで適当な死体を見繕ってくれたまえ。このご時世だから野たれ死んでいる人間の一人や二人はいくらでもいるだろう。その人間をサットンにブリドル、ヘイワード、モファットの四人が殺したことにしよう」
「わかりました、ワトソンさん」
「そうだな、動機は過去の犯罪である銀行強盗をばらされそうになったからってところかな。再犯で、しかも殺人となれば終身刑は確実だろうからな」
「なにからなにまで本当にありがとうございます、モリアーティーさん」
「なに、サットン。このお方がモリアーティーなのか。あの犯罪界のナポレオンとして有名な」
「マジか。モリアーティーにかかわって命があっただけ儲けものだぜ」
「全部モリアーティーの計画通りだったのか」
たしかに全部俺の計画通りだが、サットンにブリドル、ヘイワード、モファット。お前らが感謝しているのはモリアーティーの姿をしたワトソンだ。全くややこしい。
どうして入れ替わりなんて面倒なことになったんだ。なにもかも俺をライヘンバッハの滝に突き落としたホームズが悪いんだ。
見てろよホームズ。お前が舌なめずりをして喜ぶ殺人事件は金輪際起きやしないんだからな。
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