第13話

「おやおやブレシントンさん。ずいぶんと警戒なさっていますねえ。なにをそんなにおびえているんですか?」


「誰だお前は。話すことなんか何もない。帰ってもらおうか」


 俺はモリアーティーの姿をしたワトソンといっしょに『入院患者』の舞台となるトレヴェリアン医師の屋敷にやってきた。ワトソンが『入院患者』に書いていた通り、今回の事件で被害者になるはずのブレシントンが自分で閉じこもったところから俺に去るように言ってくる。


「そうですねえ。ブレシントンさんは何も話すことはないかもしれませんね。ですが、サットンさんはどうでしょうかねえ」


「貴様? なぜその名前を知っているんだ?」


「サットンさん、モリアーティーと言う名前に心当たりはありませんか?」


「それはもう。犯罪界のナポレオンとして有名じゃないか……まさか。貴様の隣にいる男は。その不気味な姿は?」


 ブレシントンことサットンが俺の隣にいるモリアーティーの姿をしたワトソンを見て驚愕している。


 サットンは1880年に銀行強盗をした五人組の中の一人。ケチな泥棒だが、俺がモリアーティーだったころの噂ぐらいは聞いたことがあるだろう。


「そう。彼はモリアーティー。俺はその相棒ってところでね。サットン。お前の相棒だったブリドル、ヘイワード、モファットの三人は先日に刑務所から出所したそうだよ。お前に遅れてな。自分たちを密告したお前のことをさぞや恨んでいるだろうなあ」


「あんた、そこまで知っていていったい何が目的なんだ?」


「なあに。ちょいとお前の命を救ってやろうと思ってな」


「な、なんでそんなことを 」


「もちろん金さ。サットン。銀行強盗で儲けた金の運用に成功したみたいだな。この病院がその成果みたいだな。なかなかこじゃれているじゃないか。モリアーティーさんがいたく気に入ってね。できれば譲ってもらいたいんだが」


「譲る! 譲るとも! 命が助かるというのなら、こんな病院いくらでもくれてやるとも!」


 俺の真の目的はサットンをブリドル、ヘイワード、モファットの三人に殺させないこと。ただその一点なのだが、そんなことを言っても金目的で銀行強盗をするような低俗な人間であるサットンには理解できないだろう。


 ここは俺が金が目的だと思わせるのが一番手っ取り早い。金に目がくらんでいる人間は、自分以外もそうだと思い込むものだ。と言うことで、サットンにはこころよく自分の病院を譲ってもらうことにしよう。


「そういうことだよ、トレヴェリアン医師。このブレシントンと名乗っていた男は1880年に銀行強盗をした五人組の一人でね。自分一人が警察に密告して罪を軽減してもらったんだ。仲間だった一人のカートライトは絞首台送り。残りの三人のブリドル、ヘイワード、モファットはサットンよりもずっと長い刑期」


「そうだったんですか、ワトソンさん。まさかブレシントンさんが銀行強盗をしていたなんて。これでなんでブレシントンさんがあんなにおびえていたかわかりました」


 突然の俺とワトソンの訪れに戸惑っていたトレヴェリアン医師だが、おれの華麗な真実の説明に納得している。あとは今夜にサットンを殺しに来るはずのブリドル、ヘイワード、モファットをどうするかだが……


「サットン。正体を隠してのシャバでの暮らしもそんなに楽しくないだろう」


「そ、その通りです。いつ正体がばれるか。いつ復讐されるんじゃないかと一時も気が休まることはありませんでした」


「ならば、ここはひとつ刑務所に戻るというのはどうだろう。なあに、安心しろ。この通りサットンはりっぱな財産を築いたじゃないか。俺が刑務官に賄賂を贈ると約束しよう。金があれば刑務所暮らしも快適だよ」


「ぜ、ぜひそうしてください」


「ならば、今晩にブリドル、ヘイワード、モファットが襲ってくるはずだが……サットンはおとりになってくれたまえ。だいじょうぶ。犯罪界のナポレオンであるモリアーティーが助けを貸すんだ。万事うまくいくはずだよ」


「なにとぞよろしくお願いします。どうか生き延びさせてください、モリアーティーさん」


 そんなふうにサットンはモリアーティーの姿をしたワトソンに懇願している。サットンよ。お前が本来感謝すべきは俺なんだぞ。


 お前が泣いて助けをお願いしている男は、お前が殺されたこととホームズがその理由を解明したことをおもしろおかしく小説にして金もうけの材料にしたひどいやつなんだぞ。


 ホームズは殺人の被害者を推理ゲームの材料にしか思っていないだろうし、ワトソンは殺人事件を小説のタネぐらいにしか考えていないようなメンタルだろうからな。


 サットン。俺が転生したことに感謝するがいい。俺のおかげで貴様も、貴様を殺しに来るブリドル、ヘイワード、モファットも命が助かることになるんだからな。刑務所で安心して余生を送るがいい。

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