第11話
「まあ、お義父様がそんなことをなさったんですか? ワトソンさん、本当ですの?」
「ええ、その通りですヘレンさん。ロイロット博士がすべて白状してくれました。ロイロット博士はこれから警察に自首なさるそうです」
「そんな恐ろしいことが……」
「それで、どうなさいますヘレンさん」
「『どうなさいます』とはどういうことですか、ワトソンさん」
「それは、ヘレンさんは義父であるロイロット博士にお姉さまであるジュリアさんを殺されたんですよ。事故とは言え。ヘレンさんがロイロット博士に殺人という手段で報復すると言うことも考えられます。しかし……」
「しかし、なんですの、ワトソンさん?」
「俺は復讐としての殺人はよろしくないと思いますね。事故とは言え娘であるジュリアさんを殺してしまったロイロット博士は罪を償うべきだ。きちんと法にのっとった形でね。恨みがあるからって仇討なんて非文明的です」
「そ、それもそうですねワトソンさん。たしかに、殺人なんて安易な方法で個人的な復讐をするよりもお義父様にはしっかりと生きて罪を償ってほしいです」
「それがよろしいかと思います、ヘレンさん」
そんなわけはない。なにが裁きは司法にゆだねるべきだだ。ばかばかしい。この俺をライヘンバッハの滝に突き落として殺したホームズには、なにがなくとも俺個人でしっかりと復讐してやらなければ気が済まない。
ヘレンよ。罪を犯した人間は生きて罪を償うべきという意見には大賛成だ。ホームズには殺人事件の解決という生きがいをなくしたまま天寿をまっとうしてもらわなくてはならない。
そのためには、ヘレンに仇討なんて考えを持ってもらっては困る。ヘレンが姉ジュリアを殺した敵としてロイロットを殺してしまっては、結局のところ殺人事件がまた起きてしまうではないか。
そんなことになっては、またあの殺人事件が三度の飯よりも大好きなホームズにお楽しみを与えてしまうではないか。そんなことがあってはいけない。
そのためだったら、詭弁だろうと偽善だろうとなんだって言ってやる。吐き気がするようなきれいごとだが、それでヘレンが満足するならそれでいいだろう。
「おおい、ワトソン。準備はできたぞ。ロンドンに戻ろうじゃないか」
おっと、モリアーティーの姿をしたワトソンが俺に言ってきた。ワトソンにはロイロットをしっかり監視してもらっていた。いくら口では自首するなんて言っても、いつ気が変わって逃げ出すかなんてわかったもんじゃない。
人を殺すような人間なんてちっとも信頼できないからな。
「おっと、ヘレンさん。地元の警察がやってきましたね。ロイロットさんは彼らに任せて俺たちはこれで失礼させてもらいます」
「本当に、なんとお礼を言ったらいいのかワトソンさん。それにモリアーティーさん」
「いえいえ、ぼくたちは当然のことをしたまでです」
その通りだなワトソン。アイリーン・アドラーに愛しのホームズをかっさらわれないためには、ホームズに名探偵として活躍してもらうわけにはいかないもんな。ホームズ大好きなお前にとってはしごく当然のことだ。
「ああ、ワトソンさん。あなたは大変なものを盗んでしまいましたわ」
「おや、ヘレンさん。俺はあなたの心を盗んでしまいましたかな」
「いえ、その蛇の心をワトソンさんは盗んでしまいましたのです。さっきから、すっかりワトソンさんに首ったけじゃないですか。姉を殺した蛇が」
確かにその通りだ。ジュリアをかんだはずの蛇がすっかり俺になついてしまっている。なぜだ。ミルクなんて本来は蛇のエサではないものをロイロットにいやいや食べさせられていたところに、俺がネズミや昆虫を食べさせたことがそんなにうれしかったのか。
蛇が天井からぶら下がったひもを上り下りしたり、狙い通りに標的である人間を口笛の合図でかみつかせるなんてことはできないはずだ。蛇にはそんな社会性はないからな。
しかし、自分好みのエサをくれるご主人様になつく知能はあるみたいだ。映画でも悪役が大蛇をよく飼いならしている。
「ワトソンさん。正直なところ、姉を殺したその蛇さんをどうしたらいいか困っているんですの。これから飼っていく気にもなりませんし、かといって殺してしまうのもねえ。さっきワトソンさんはおっしゃられたではありませんか。復讐はよろしくないと」
くそ、ヘレンめ。俺に蛇を押し付ける気だったな。復讐のために殺人なんて馬鹿げてるなんてことを言う偽善者のやりそうなことだ。これだから女は。肉や魚は食う癖に、自分で手を汚したくないなんて言う人種だからな。
どうせ、自分で蛇を殺すのは後味が悪いから俺に押し付けて来るんだ。
「いいですなあ。すっかりその蛇はワトソンさんになついているじゃあないですか。名前を付けたらいかがですか」
くそ、モリアーティーの姿をしたワトソンめ。ヘレンに乗っかりやがって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます