まだらの紐
第8話
「ホームズ君。ナンバープレイスに勝るとも劣らないおもしろい遊びがあるんだが興味ないかね」
「なんだって! この楽しい楽しいナンバープレイスみたいな遊びがほかにもあるんだって! ぜひ教えてくれ、ワトソン君」
「いいとも。クロスワードパズルって言ってね、こうして単語を縦横に組み合わせていくんだ。そうして作ったものの縦横の各単語にヒントとなるカギを与えてプレイヤーに解かせるんだ。もちろんプレイヤーに出す問題では単語の部分は白マスになっているんだけれどね」
「ほう! それは作るのも解くのも楽しそうなパズルだね。時間を忘れて楽しめそうだ」
そろそろ『まだらの紐』に執筆された殺人事件が起きる頃合いだ。そんな殺人事件をホームズに解決させるわけにはいかない。俺がその殺人事件を阻止して、ホームズにはこの部屋に引きこもってもらおう。
「クロスワードパズルか。なかなか面白そうだね、ホームズ。どれ、このモリアーティーも混ぜてくれないかな」
「おっと、モリアーティー。お前は俺といっしょに用事があるはずだ。そうだな。そろそろ例の事件が起きる頃合いだ。お前も俺に協力するんだ」
「そんな! ぼくはホームズとクロスワードパズルを楽しみたいのに」
「黙れ! このままホームズがアイリーンなんてぽっと出の女にかっさらわれてもいいのか」
「そ、それはいやだ」
「わかればいい。それじゃあ、ホームズ。俺はモリアーティーと所用があって出かけるが、君はクロスワードパズルを堪能してくれたまえ」
ホームズは俺の言葉なんて無視してクロスワードパズルに熱中している。これでいい。ホームズに殺人事件が起きそうなんてことを知られるわけにはいかない。
「それではハドスン夫人。我々は外出しますのでホームズをよろしくお願いします」
「お、お願いしますハドスン夫人。ホームズと二人きりになりますが大丈夫ですか。このモリアーティーがいたほうがいいんじゃあありませんか」
「問題ありませんわ、ワトソンさん、モリアーティーさん。ワトソンさんとモリアーティーさんが二人で外出されるのも面白そうですし」
ハドソン夫人のぶっそうな発言を聞き流して、俺はモリアーティーの姿をしたワトソンを連れて外に出ていく。
「しっかりしろ。いいかい、ワトソン。もともと俺であるモリアーティーの姿にお前はなっているんだ。これから数々と起こる殺人事件を未然に防ぐためには、お前はモリアーティーとして裏社会で犯罪コンサルタントとして活躍する必要があるんだぞ」
「そんなあ、無理だよ」
「なにを言うんだ。シャーロックホームズシリーズでモリアーティーをさんざんあしざまに悪役として描写してきたじゃないか。それと同じことをすればいいんだ」
「そう言われたって、シャーロックホームズシリーズとなると、ぼくであるワトソンが作った正典以外にもいろいろ外典があるからややこしいのに」
「つべこべ言うな! しっかり犯罪コンサルタントとしてのいろはをたたきこんでやるからな。そもそも、俺は自分を殺したホームズだけじゃなくそれを小説として全世界に公開したお前にも復讐したいんだ。ビシバシ行くからな」
そう言いながら俺はモリアーティーの姿をしたワトソンを引き連れて、あらかじめ呼んでおいたホープの馬車へと向かっていく。
「だんな! 今日はどちらに向かいましょうか」
「駅に向かってくれ。ちょいと遠出をしたいんでな」
「お安い御用でさあ。あらよっと」
さて、ワトソンにはモリアーティーとして裏社会で君臨するためにトレーニングが必要だ。なにせ、『緋色の研究』の時点で俺はすでに裏社会を支配していたのだからな。
だから、俺がワトソンの姿で犯罪コンサルタントをするのはまずい。モリアーティーの姿をしたワトソンにはモリアーティーとして裏社会を牛耳っていてもらわなければ困る。そうでなければ殺人事件を阻止できない。
それはともかく、今回の『まだらの紐』の殺人事件の阻止はそう難しい話ではない。なにせ、トリックに生きた蛇を使うなんて確実性に欠ける代物なのだ。
今頃は『まだらの紐』の真犯人であるグリムズビー・ロイロットは蛇に殺人を実行させるよういろいろ仕込んでいる真っ最中だろうが、そこにこう言ってやるのだ。
『ミルクを餌とする蛇なんていない。口笛で合図をするのも無理だ。それに蛇はひもを上り下りすることもできない。金庫に蛇を入れたら窒息死してしまうし、そもそも蛇に芸を仕込む事態無理な話だ』なんて。
グリムズビー・ロイロットは実現不可能なトリックで殺人を犯した上に、最後はホームズの卑劣な罠にはまって自分がしこんだ蛇に咬まれて死んでしまうという愚かな犯罪者だ。
しかし、そんな愚か者でも死んでしまってはホームズの活躍の舞台の原因となってしまう。なんとしても阻止せねば。俺の復讐のために。
とりあえずは、『まだらの紐』の依頼人であるヘレン・ストーナーに話をするか。
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