第7話
「いやあ、ワトソン君。このナンバープレイスというものは実に面白いね。いくらでも時間を潰せるよ」
「そうかい、ホームズ。それは良かったね。ところで、新聞に面白い記事が載っているよ。なんでも、昔の殺人事件を自首してきた男たちがいるそうだ。しかし、なんでまた今になって昔の罪を告白したんだろうねえ」
「そんなものどうだっていいよ、ワトソン君。自首したってことは誰がどうやって殺人を実行したかはわかっちゃってるんだろう。僕はそいつらがなんでそんな行動に至ったかなんてまるで興味はないね」
俺の思った通りだ。ホームズの野郎はすでに解決してしまった事件にはちっとも興味を示さない。俺がプレゼントしてやったナンバープレイスにに夢中になっている。
これでいい。ホームズが名探偵として有名になるなんてことはなくなるのだ。
「な、なあワトソン。ぼくのこともホームズに紹介してくれよ」
おっとそうだった。ワトソンに転生する前の俺がモリアーティーとしてホームズと初対面するのは『最後の事件』の時だったからな。俺だったモリアーティーに転生したワトソンをホームズに紹介してやろう。
「ホームズ、こちらモリアーティーと言ってね……」
「なに! モリアーティーだって! ひょっとしたら二項定理に関する論文を発表したあのモリアーティーかい?」
「ぼくのことをご存じなんですか、ホームズさん!」
「当たり前じゃないか。あの論文には感激したよ。しかも作者は21歳だというじゃないか。僕と同等の知性を持った人間がこの世にいたのかと驚いたんだ。ホームズさんなんて他人行儀な呼び方はよしてくれたまえ。ホームズでいい」
「そ、そうかいホームズ。じゃあぼくのこともモリアーティーでいいよ。おや、ホームズがやっているそれは面白そうだね。見たところ、縦横の一列と3かける3のマスに1から9をひとつずついれていくルールみたいだが……」
「わかるのかい、モリアーティー! そうなんだよ。そこにいるワトソン君に教えてもらったゲームなんだがね。これがじつにエキサイティングなんだ。いっしょに楽しもうじゃないか」
「ええ、喜んで」
なにが『見たところ……』だ、白々しい。ワトソン、お前も未来のことを知っているのならナンバープレイスのことだって当然知っているだろうに。それをさも今初めて見てそのルールを解き明かしたみたいに。
おおかたホームズに気にいられようとしたんだな。俺がわずか21歳で書き上げた二項定理に関する論文を自分の手柄みたいに言いやがって。
「まあまあワトソンさん。ずいぶんと愉快なお方を連れていらっしゃったのですね」
「これはハドスン夫人。失礼いたしました。なにせ、あのモリアーティーという男がなんとしてもホームズに会いたいと駄々をこねまして」
「いいんですのよ、ワトソンさん。わたしもかねがねホームズさんが幾度となく同居人を追い出してきたことに心を悩ましておりましたの。ところが、あのモリアーティーさんとホームズさんはうまがおあいになるようですわね」
「そのようですね。ホームズもモリアーティーもまるで子供のようにきゃっきゃしておりますな」
「いえね、ワトソンさん。わたし、男性が二人で仲睦まじくしているところを拝見するとどうにも心がドキドキする性分でして……なんとしてもホームズさんにぴったりのルームメイトを見つけなければと思っていたんですわ」
あちゃあ、この女。そういう趣味か。未来に生まれていたらりっぱな腐女子とやらになっていたに違いない。ワトソン君。安心しろ。ハドスン夫人とホームズがどうにかなるなんてことはないみたいだぞ。
しかし、いまがビクトリア朝のイギリスでよかった。これがボーイズラブなんてものが一般化した時代だったら、ホームズとモリアーティーである俺の姿をしているワトソンとの薄い本をハドソン婦人が作ってしまうところだった。
ハドスン夫人と結婚する未来も悪くないと思っていたが取り消そう。男と男で妄想する女なんて吐き気がする。そんな人間はソドミー法で死刑になってしまえ。
いかん、ハドソン夫人がナンバープレイスに興じているホームズとモリアーティーである俺の姿をしているワトソンとでよからぬ想像をしているかと思うと気分が悪くなってきた。ここは外の風を浴びに行くとしよう……
「だんな! だんなじゃないですか! 覚えていらっしゃいますか。以前に復讐なんてものはなにも生み出さないとおっしゃってくださったことを」
ああそうだな。復讐なんてものは何も生み出さない。なにせ俺の復讐はホームズを名探偵にさせないように殺人事件を未然に防ぐことなんだからな……おや、ホープじゃないか。えらくご機嫌なようだが……
「いやね、おいらには復讐したい相手がいたんですが……そいつらが警察に自首をしたって新聞記事で知ったんですよ。旦那の言う通りでした。おいらが復讐なんてしなくても、きちんとうまくいきました。本当にだんなにはなんとお礼を言ったらいいか……」
「ではすこし馬車にのせてくれ。風に当たりたい気分だ」
「お安い御用でさあ。だんな、困ったことがあったら何でも言ってくだせえ」
ふむ、このモリアーティー様に配下ができたと思えば悪くない。今後の殺人阻止のための手ごまになってもらうとしよう。
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