第6話

 やれやれ、これで凄惨な連続殺人事件をひとつ防ぐことができた。俺の復讐がひとつ完了したというわけだ。実に気分がいい。


「なかなか見事なお手前だったじゃないか。小説では偶然のギャンブルだった毒薬と偽薬の二者択一をマジシャンズセレクトで毒薬を飲ませるようにするなんてお見事だね」


 機嫌をよくしていた俺に賛辞の言葉をかけつつ拍手をしながら男が近づいてきた。ずいぶん背の高いやせっぽっちな男だな。なんだか不気味な顔立ちをしている。しかしながらどことなくインテリジェンスを感じさせる風貌だ。


 いかにもな正義感気取りの二枚目と言ったルックスのホームズと違って、ミステリアスな雰囲気を漂わせる不思議な男だ。しかしどことなく絵になる外見な男だ。どうせならこういった男に生まれ変わりたかったね……


 と言うよりも、これは若いころの俺じゃあないか。犯罪界のナポレオンになるべく裏社会で暗躍していたころの俺だ。しかし、俺はこうしてワトソンの姿になっている。となるとこいつはいったい誰なんだ?  


 待てよ。俺がワトソンに転生したと言うことは、もともとのワトソンの意識はどこかに行ってしまったことになる。ということはもしかして……


「あんた、ワトソンか?」


「ご名答。さすがに犯罪界のナポレオンだ。鋭いね。しかし、本来の自分の姿のそちらに『ワトソンか?』なんて尋ねられるのは妙な気分だね」


「ほほう、あんたと俺の意識が入れ替わってしまったというわけか」


「それだけじゃないよ。いままでのそちらの行動を観察させてもらっていたけれど、どうも未来のことを知っているふしがある。そうだね……軽く百年くらいは現在よりも先のことを知っているんじゃあないのかい?」


「その言い方だとあんたも未来のことをご存知みたいだね。ワトソン君」


「その通り。モリアーティー君のことはシャーロックホームズシリーズに登場させてもらったけれど、こうしてじかに会うのは初めてだね。もっとも互いの姿が入れ替わってしまっているけれど」


「で、そのワトソン君が俺に何の用だい?」


「困るんだよ。ホームズに殺人事件を解決させてくれなきゃあ。こちらはホームズが鮮やかに難事件を解決するところを文章にしたためることを何よりの喜びとしていたのに、その事件を未然に防がれちゃあ台無しじゃないか」


「その言い方だとあんたも事件が起こることを楽しんでいたみたいだね。悪趣味な」


「何を言うんだい。ホームズが事件を解決することは芸術だよ。その芸術のためならば人の命なんていくらでも犠牲になってしかるべきだよ」


 ワトソンのやつめ。何を思ってホームズの活躍を小説にしていたかと思ったら、そんなことを考えていやがったのか。なにが正義の名探偵とその相棒だ……待てよ


「ずいぶんホームズに入れ込んでいるみたいだねえ、ワトソン君」


「当たり前じゃないか。あれだけの才能に惚れこまないほうがどうかしてるよ」


「ほほう。その様子だとワトソン君のホームズへの思いはもはや恋といっても差し支えがないみたいだね」


「な、何を言うんだね。いいかいモリアーティー。こちらのホームズへの思いは恋なんてものではなくてだね……」


「だったら、俺がホームズとハドスン夫人の仲を取り持っちゃおうかな。なにせハドスン夫人は美人だし、未亡人と言うのもポイントが高い。きっとホームズのやつはすぐにハドスン夫人のとりこになってしまうだろうさ」


「それだけは勘弁してくれ、モリアーティー」


「そういうことか、ワトソン君。君がシャーロックホームズシリーズでハドスン夫人の描写をろくにしていなかったのにはそんな理由があったのか。まさか嫉妬していたとはな」


「その通りだ。いくらホームズに観察と記憶の重要性を説明されても、ハドスン夫人とホームズについて描写することはできなかったんだ」


「いやあ、ワトソン君。俺たちは協力しあえそうじゃないか。俺はホームズに名探偵になってほしくない。ワトソン君はホームズに女ができてほしくない」


「し、しかし……」


「だったら、俺たち二人には共通の敵ができるんじゃないかな。アイリーン・アドラー。ワトソン君の崇拝するホームズがたかが女一人に振り回されるなんて耐えがたい屈辱じゃないのかな。いったいどんな気持ちでアイリーンが登場する『ボヘミアの醜聞』を小説にしたんだい」


「わかった、協力しようモリアーティー。あのにっくきアイリーン・アドラーをホームズから引き離せるのなら、ホームズがただの一市民になるくらいなんでもない」


「それじゃあ、いっしょにホームズのところに戻ろうか。ワトソン君……いや、少なくともホームズの前では君のことはモリアーティーと呼ばなきゃまずいな。ややこしいが」


「いいのかい、モリアーティー? じゃなかったワトソン」


「当然さ。俺の復讐計画ではホームズを日がな一日パズルに明け暮れるダメ人間にするんだよ。そのためにはお友達の一人くらいはいたほうがいい」


「いやあそうか。探偵と相棒と言う関係ではなく、パズル仲間としてホームズと関係を深めるのも悪くはないな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る