第5話
「あんたいったいなんなんだ? いきなり現れたかと思ったらあっという間に私たちを叩きのめして、こんなふうに柱にふんじばるなんて」
「そうだ! なんのためにこんなことをするんだ?」
馬車の馭者であるホープをたっぷり脅した後、俺は『緋色の研究』で殺されるはずであったイーノック・ドレッバーおよびジョゼフ・スタンガスンのもとに向かった。そしてその二人を鮮やかに制圧して見せたのだ。
イーノックにジョゼフの二人は大声で文句を叫んでいるが、本来ならばホープに殺されていたはずなのだ。命があるだけ感謝してもらいたい。
「まあまあ、お二人さん。ここに二つの瓶に入った液体がある。見ての通り外見ではどっちがどっちか区別が付かない。一方をイーノック君に垂らしてみようかな。どうだい、イーノック君」
「な、なんともならないが……」
「その通り。こっちは無害なただの液体だからな。では、もう一方をジョゼフ君に垂らしてみようかな。それっと」
「熱い! なんてことをするんだ!」
「この通り、こちらの液体は大変に危険なものだ。で、お二人には俺がシャッフルした二つから好きな方を選んでもらおう。運が良ければ無事だし、運が悪ければ死んでしまうね。君たちの運命は神のみぞ知ると言ったところかな」
「なんで私たちがそんなことをしなければならないんだ」
「そうだ! 理不尽じゃないか」
「そうでもない。君たちが選ばなかった方は俺が担当する。俺も二分の一の確率で死のリスクを負うわけだ。公平な勝負だろう」
「いやだ! そもそもそんなことをする理由がない」
「まったくだ。断固として拒否する」
「いやならいいよ。君たちがこの申し出を受けてくれないのなら俺はこの場から立ち去るだけだから。そのまま干からびて飢え死にするといい」
「くそっ。なんて卑劣なんだ。わかったよ。やればいいんだろ」
「どうしてこんなことに」
「それではまずはイーノック君に選んでもらおうかな。君たちに見えないようにシャッフルしてと……さあイーノック君。好きな方を取ってくれたまえ」
「じゃ、じゃあこっちだ」
「ほう。こちらかい。ならば俺は残りをいただこうかな。ぐびりと。おや、なんともないな。となるとイーノック君は毒薬を選んだことになるねえ」
「いやだ! 死にたくない」
「次はジョゼフ君だ。もう一回、君たちからは見えないようにシャッフルしましてっと……さあ、ジョゼフ君。好きな方を取ってくれたまえ」
「くそったれ! もうどうにでもなれ! こっちだ」
「そっちを俺に取ってくれたんだね。ありがとう。ではそちらをいただこう。ごくりと。ほう、なんともない。ジョゼフ君も毒薬を選んでしまったみたいだね」
「なんだそれ、私が取った方を私が選んだことにして」
「こちらが取った方を貴様に取ってあげたことにしたんじゃないか!」
その通りだ。『取ってくれ』と言う表現で二通りに解釈できるようにしてあるんだ。俺はホープみたいに自分の運命を天に任せることはしない。どちらが毒薬かしっかり認識したうえで相手に毒薬を押し付けさせるのだ。
「卑怯だ。最初から公平な勝負じゃなかったんじゃないか」
「あんたはいったい何がしたいんだ」
「それならば言わせてもらおう。イーノック・ドレッバーおよびジョゼフ・スタンガスン。お前たち二人は昔ある紳士を殺害してその娘を拉致したな。これはその復讐だ。さあ覚悟するがいい」
「そんな、まさかおまえはあの時の娘の婚約者」
「ホープとか言ったな。今になって復讐しに来たのか」
俺はホープではないし、復讐相手はこの二人ではなくホームズなのだが……そんなことをこの二人に言う必要はないだろう。
「しかしまあ、俺としては貴様らがおとなしく法の裁きを受けるというのなら殺すのだけは勘弁してやってもいい。自分たちで決めろ。今回は『取ってくれ』なんて聞き方はしない。死にたいか、逮捕されたいか好きな方を選べ」
「そんなの逮捕に決まってるじゃないか」
「その通りだ。まだ死にたくない」
「ならばこの後で警察に自首するがいい。言っておくが俺はずっとお前らを監視している。もし警察に自首しなかったら……わかっているな」
「する! 絶対に自首するから」
「だから命だけは勘弁してくれ」
「いいだろう。ではさらばだ」
「そんな。立ち去らないでくれ。縛られている柱から解放してくれ」
「自由になったらすぐに警察に自首するから」
俺は懇願する二人に背を向けて立ち去っていく。そして突然振り返ると、腰に忍ばせていた拳銃を発砲する。
ズキューン!
俺が撃った弾丸はイーノックとジョゼフの二人を柱に縛り付けていたロープを撃ち抜いていった。あっけにとられたイーノックとジョゼフの二人は腰を抜かしてしまった。
ホームズの野郎は射撃の達人らしいが、だったら俺だって負けてはいられないからな。こうして華麗なる射撃の腕前を披露せねばなるまい。
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