第4話

「このたびは、おいらを指名してくださってありがとうございます。ロンドンの観光がご希望だとのことですが……」


「そうなんだ。そこらを適当にぶらついてくれ。ホープ君だね。君の評判は聞いているよ」


 俺は『緋色の研究』の真犯人である馬車の馭者、ジェファースン・ホープが操縦する馬車に同乗している。このままではホープ君は殺人と言う大罪を犯してしまう。なんとしても阻止しなければ。この俺の復讐のために。


 ホープ君、君は殺害方法に毒薬と偽薬を被害者に二者択一で選ばせるという方法を取るみたいだね。神の遺志に結果をゆだねるなんて気持ちで、自分と被害者が同時に毒薬と偽薬を飲みこむという決闘みたいなまねごとをしたそうじゃないか。


 俺に言わせればそんなことはナンセンスきわまりないね。復讐というものはターゲットをそいつだと決めたら迷わずに実行すべきだ。少なくとも俺はそうしている。


 にっくきホームズを名探偵として活躍させないために、ホープ君に殺人をさせないように今まさにこうしているのだから。


「ところでホープ君。俺はアフガニスタンの戦地で名誉の負傷をしてここロンドンに帰還したんだけれどね。戦地ってのは一種の極限状態だからね。変な遊びがはやっていたんだ」


「そうなんですか。いったいどんな遊びなんですかい」


「それがね……見た目は同じな毒薬と偽薬を用意してだね、それを二人で同時に飲むという遊びなんだ。もちろん毒薬を飲んだものは死ぬ。まあ、一種の度胸試しだね。まったく、戦場ってのはこれだから」


「!!! へ、へえ。そんな危険な遊びが戦場でははやっていらっしゃるんですか」


「そうだよ。なんでも、毒薬を飲んでしまうと言うことは神に見放されたと言うことだ。そんなやつは戦場では真っ先に負傷して味方のお荷物になってしまう。そんなやつはさっさち毒薬で死んでしまえと言うことなんだ」


「それは……たいそう物騒な遊びでありますね」


「そうだろう。そんなナンセンスなゲームはこの平和なロンドンでははやってなんかいないだろうね」


「そ、そ、そうですね。そんなゲームがはやってるなんて噂は聞いたことがないですね」


「でもまあ、戦地でそんな危険な遊びがはやっているって言うことは有名な話だから。もしここロンドンで誰かが毒殺されるような事件が起こったら、まずそんな危険なゲームが行われたかどうか警察は調べるだろうね。そんな毒殺事件なんて起こらないだろうけれど」


「も、も、もちろんでさあ。そんな毒殺なんて物騒な事件は起こりっこしませんよ」


「しかしまあ、そんな遊びをばかばかしいと思っていた俺がこうして負傷してしまうんだから神様ってのはよく見ていらっしゃるものだね。きっと悪事をした人間には天罰が落ちるように世の中ってものはできてるんだよ」


「そうですかねえ。悪人には天罰が起きるものですかねえ」:


「そうだとも。だから、復讐なんてくだらないよ。そんなことをしてもしばれたら警察沙汰じゃないか。そんなことをしなくても天罰は起きるんだから、復讐なんてものをして自分の手を汚すなんてばかばかしいよ」


「そういうもんですか。言われてみればそんな気がしてきました。復讐なんてしても誰もよろこびませんものね」


「そうだとも」


 そんなことはない。少なくとも俺の復讐でホームズがただのぐうたらものになったら俺は大喜びだ。そのために俺は神様なんてものに頼らずに、こうして馬車の馭者であるホープにあることないこと吹き込んでいるのだから。


 見てろ、ホームズ。貴様が望むような殺人事件は絶対に起こさせはしないぞ。そうだな、こうしてホープにああだこうだ言うだけでは不安だ。ここは被害者になるはずの人間にもちょっかいをかけておこう。


 原作の『緋色の研究』の被害者は二人。イーノック・ドレッバーおよびジョゼフ・スタンガスンだ。ホープの婚約者のお父さんを殺害して、婚約者を拉致した極悪人の二人だ。


 そんな最低な人間を放置しておいては第二第三のホープが現れないとも限らない。そんなことになってはホームズの野郎が嬉々として推理を初めて名探偵ホームズが誕生してしまう。それだけは阻止しなければならない。


 よし、このモリアーティー様がイーノック・ドレッバーおよびジョゼフ・スタンガスンを脅迫して警察に自首させよう。この時代の警察なんていい加減なものだ。


 わたしたちは罪を犯しましたなんて自首をする人間がいたら喜んで刑務所送りにするだろう。グレグスンやレストレイドみたいな無能刑事ならそうするに決まっている。


 レストレイド君。君に手柄を立てさせてやるぞ。原作ではホームズのおこぼれを頂戴ばかりしていた貴様だが、今回はこのモリアーティー様がお慈悲を与えてやるのだ。感謝するがいい。


 ふっふっふ。なにせホームズの野郎にバリツなんていう格闘術でライヘンバッハの滝に叩き落されてしまったから、格闘技の修行もしたからな。一般人に一人や二人を警察に自首したほうがましだと思わせるくらい簡単なことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る