第2話
「いらっしゃいませ、ホームズさんとの同居をご希望だそうですわね。ささ、おあがりになられてください」
なんと美しい女性だ。この方がハドスン夫人だったのか。ワトソンのやつめ、こんなにも可憐な女性であるハドスン夫人の描写をどうしてああも小説では具体的にしないのだ。
いまこの俺の目の前にいる女性のすばらしさを表現しないなんて……いや、それも無理はないな。これほどの美しさを表現するのにはたとえどれだけの言葉を費やしても表現しきれないだろうからな。
これほど美しいハドスン夫人と転生して出会えたのもなにかのめぐりあわせだ。にっくきホームズの野郎を名探偵ではなくただのごく潰しに仕立て上げたあかつきには、俺とハドスン夫人とで理想の第二の人生を歩むことにしよう。
そのためには、ちょっとハドスン夫人にいいところを見せちゃおうかな。たしかワトソンのやつが小説の冒頭で、自分がアフガニスタン帰りだということを見抜かれたと描写していたな。ようし、見てろよホームズめ。まずは華麗にカウンターを決めてくれる。
「ワトソンさんと言うんですのよね。わたしはハドスンと申します。それではホームズさんに紹介いたしますわね」
さあ、原作では初対面のワトソンをホームズの野郎がアフガニスタン帰りだと見抜くシーンだが……
「お前は次に『君はアフガニスタン帰りだね』と言う」
「君はアフガニスタン帰りだね……はっ! どうして僕が君をアフガニスタン帰りと見抜くと気づいたんだ?」
「いやあ、だって……俺は見るからに軍医って風貌だし。顔は日焼けしているが手首の肌は白い。となると熱帯地方にいたと言うことは推理できる。このやつれた風貌に負傷した左手を見れば何か危険な任務をしていたことは簡単にわかる。初歩的な推理だな」
「しょ、初歩的な推理だって?」
「となると戦地からの帰還兵だということは明白だから『わがイギリスが敵対している国家と言えばアフガニスタンだ』なんてお前が結論付けることなんて推理することは造作もないよ」
「なんだって! 一体ぜんたい君は何者なんだ?」
「さすがに名前まではわからないみたいだね。俺はワトソン。ジョン・H・ワトソンさ。お前の名前は何と言うのかな?」
「ホームズ。シャーロック・ホームズだ」
ホームズの野郎が悔しそうな顔をしている。自分のセリフを取られたことがとんでもない屈辱みたいだ。実に気分がいい。
「しかしだねえ、ホームズ君。お前の推理は少しばかり短絡的じゃないかねえ。俺の外見だけで軍医と決めつけるのは単純だよ。軍医っぽい格好ってなんだいそれは? ひょっとしたら、オックスフォードやケンブリッジでスポーツに励んでいる医学生かもしれないじゃないか」
「僕の推理が浅はかだとでも言うのか」
「日焼けしているから熱帯地方帰りと言うのもねえ。アウトドアな娯楽が大好きなだけかもしれないよ。左手の動きがぎこちないからと言って負傷と決めつけるのもどうかなあ? ひょっとしたら先天性のハンディキャップかもしれないよ」
「そんなことまで配慮しろってのかい?」
「アフガニスタンだって決めつけるのもねえ。わがイギリスは全世界で戦争の火種をまき散らしているじゃないか。まあ、だけどこの俺がアフガニスタン帰りだと言うことは事実だ。お返しに俺もお前のことを推理させてもらおうかな」
「面白い。やってみたまえ」
「ヴァイオリンが趣味なのかな? お前の体型は左右にゆがんでいるよ。ヴァイオリン演奏みたいな左右非対称な運動をしているとそうなるんだ。違うかい、ホームズ君?」
「そ、その通りだ」
「ボクシングもたしなむみたいだね。こぶしの拳だこと手首のバンテージのあとを見れば、素手とグローブでの両方の殴り合いをしていることがわかる。そんなことをしているのは、ルールが素手での殴り合いからグローブ着用のルールに最近変わったボクシングくらいだ」
「そ、そこまでわかるのか」
「ホームズ君の呼吸の乱れや過度の発汗を見ると、薬物の乱用もしているみたいだね。まあ、違法じゃないけどほどほどにしておいた方がいいと思うよ」
「まあまあ、なにもかもワトソンさんの言う通りですわ。ホームズさんったら、わたしがどれだけ言ってもタバコやお薬を辞めてくださらないんですの」
ハドスン夫人が俺の名推理に感激している。やった。いいところを見せられた。種明かしをすれば、これは推理でもなんでもない。ワトソンのシャーロックホームズシリーズを読み込んでいた結果だ。
あらかじめ知っていたホームズの個人情報をそれっぽく推理したように見せただけだ。そんな単純なことだが、ホームズの野郎はあっけにとられた顔をしている。
ざまあみろ。これからお前は一生その間抜け面をし続けるのだ。お前が名探偵として称賛される未来は来やしないのだ。お前はただのごく潰しとしての生涯をまっとうしてみじめに死んでしまうのだ。
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