ホームズに殺されたモリアーティーですが、ワトソンとして二度目の人生を送ることになったので殺人事件を阻止します。

@rakugohanakosan

緋色の研究

第1話

 ん? この姿はなんだ。なんだか生前の俺と違っているような。どこかで見覚えがあるようだが……鏡に映してみよう。医者っぽいな。それも町医者と言った感じではなく、戦地で前線を駆けまわっている軍医みたいだ。


 顔は真っ黒だが、これは地肌ではなく日焼けだな。手首の肌が白いことでわかる。となると、俺のこの姿は日焼けした白人のものだな。熱帯地帰りと見える。


 顔がひどくやつれている。そうとう激しい任務を遂行してきたのだろう。戦地で病気に悩まされたのかもしれない。おや、左手が動かしづらい。これは名誉の負傷かな。


 そういえば、俺はベッドで横たわっているがひどく床が揺れている。ここは船の中みたいだな。となると、戦地で重傷を負った軍医が内地に船で帰されているといったところか。


 わがイギリスが交戦している敵国と言えばアフガニスタンだな。となると、この男はアフガニスタンに軍医として派遣されていたが、負傷して本国イギリスに帰還している途中だということか……どこかで聞いたことがあるプロフィールだな……


 これ、ワトソンじゃないか。このモリアーティーの宿敵であるにっくきホームズの相棒であるワトソンになっちまったって言うのか!


 落ち着け、俺。ワトソンのやつはホームズの活躍を面白おかしく小説にしやがっていたな。ホームズの野郎にライヘンバッハの滝に落とされた俺は幽霊となって現世をさまよっていたのだ。


 まったくいまいましいことこのうえない。シャーロックホームズシリーズは大人気作品となって、いろんな作品が作られていった。このモリアーティー様を殺したホームズの野郎がヒーローとして大衆にもてはやされることは我慢がならない。


 俺の死後百年以上にわたってベストセラーとなっていたシャーロックホームズシリーズを読んで腹ただしいことこの上なかったのだ。そのシャーロックホームズシリーズの第一弾の『緋色の研究』でワトソンのやつはこう回想していた。


『アフガニスタンに派遣されたが、左手を負傷してしまい本国イギリスに送還されることになった』と。


 それからワトソンのやつはホームズに出会うのだ。ホームズが難事件を解決する様子を小説にしてベストセラーにしやがったんだ。となると、俺はホームズに出会う前のワトソンに転生したってことか。これはいい。


 この犯罪界のナポレオンであるモリアーティー様をライヘンバッハの滝の落としやがったホームズの野郎に復讐できる最高のチャンスではないか。


 なにせ、ホームズの野郎がどんなメンタリティをしているかはワトソンのシャーロックホームズシリーズで事細かに描写されているんだ。ホームズにもっともダメージを与えられる復讐方法を考えてやるぞ。


 ただホームズの野郎を殺すだけなんて生ぬるい。あの、得意げに事件の真相を披露する顔を悔しさでゆがませるような復讐方法をこのモリアーティー様が編み出してくれる。


 そうだ、事件そのものが起こらないようにするのが一番いい。ホームズの野郎は、なにか不思議な事件が起こると待ってましたとばかりに楽しんで推理に熱中しやがるからな。


 そんなホームズにとってのなによりのひまつぶしである事件そのものをこのモリアーティー様が未然に防いでくれる。ふっふっふ。見てろよホームズ。貴様をただ退屈な時間を浪費するだけのごく潰しに仕立て上げてやる。


 このモリアーティー様が過去のワトソンに転生したことで、名探偵ホームズなんてものがこの世に生まれることはなくなるのだ。


 なんてことを思いついてしまったんだ、この俺は。さすが犯罪界のナポレオンだな。思えばホームズ憎さのあまりに、裏で暗躍して犯罪を演出してきたが……そもそもそれが間違いだったのだ。


 あんな殺人事件の謎解きを子供の遊びみたいに思っている奴の周りで殺人事件を起こすなんて、それこそ子供におもちゃを与えるようなものではないか。そんなことをしてホームズを喜ばしてどうするんだ、俺。


 くくく、見てろホームズの野郎。もう貴様の周りで事件なんて起きはしないぞ。なにせ、貴様の周囲でどんな事件が起こったかはシャーロックホームズシリーズを読み込んだこの俺がなによりよく知っているからな。


 前もって事件を未然に防いでやる。もちろん殺人を犯すはずの人間を殺すなんてスマートでないことはしないぞ。そんなことをしては、別の殺人事件が起こってホームズの野郎を喜ばすだけだからな。


 未来の殺人犯にこっそり近づいて、『こんな方法だったら人を殺せますかもしれませんね』なんてささやいてやるのだ。そうすれば殺人を犯そうとする気持ちなんて吹っ飛んでしまうに決まってる。


 なんて残酷な復讐方法なんだ、これは。殺人事件の推理が何よりも大好きなホームズの周りで殺人事件が起きないようにしてしまう。自分の才能が怖い。


 まさしく犯罪界のナポレオンであるこの俺がホームズに対して実行するのにふさわしい復讐ではないか。ホームズのやつめ、なにも事件が起きない日常に退屈を持て余すがいい。


 はたしてホームズの野郎はどんなダメ人間になるのかな。ヤクチュウかな。それとも金にもならないヴァイオリンをぶうぶうひいて芸術家を気取るのかな。ああ、楽しみだ。

  

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