第14話 5爺 の世界

「あっ、この前はどうもありがとうございました」

「いやいや、どうも、なんでしたかね」


「パソコンを教えてあげてたじゃないですかあ?」と、カウンターの中からママが間を取り持つ。

「はっ、おれも意地悪だね。だってパソコンは、教えていないよ」とM氏が呟く。


「いやいや、これ、助かりましたよ」とD氏がスマホを持ち上げて言う。

「まあ分かっていることだけしか教えられないけど」とM氏が返す。


「だってMさんは、パソコン教室をやっていたとか言っていたじゃないですか」とママが間に入る。


「へえ、パソコン教室をやっていたんですか、今でもですか?」D氏が興味を持つ。

「いやいや、もうとっくに止めました。」M氏。

「どうして止めたんですか」とD氏がiPhoneを弄りながら話す。


「そういえば、なぜ辞めたんですか?」とママも話に加わる。


M氏は「まあ、ママも一杯飲みなよ」と、自分のバランタインファイネスト・スコッチウィスキのボトルをすすめる。


ママは「そうですかあ」と、声を裏返し気味に喜んで自分用のロックを作っている。「これ、美味しいですよね」チンとM氏とグラスを合わせ「いただきます」と美味しそうに飲む。


このスコッチもこの店のママのためにキープしているようなものだ。


M氏はごく薄いお湯割りを作って貰いスコッチウィスキーを飲んでいる。三月も下旬に入ったとはいえ、暖房が入っていても何となく夜はまだ寒いかんじがする。


「パソコン教室は何で止めたのですか」と再度D氏がiPhoneを弄りながら話しかけてくる。


D氏はAndroidスマホから iPhone に買えたことを自慢したいみたいに、なにかあると「 iPhone は重いね」とか、使い方が良く分からないんだとか言いながら、 iPhone であることを強調したいみたいだ。


「そうだねえ、Windows7が出たころにパソコンも使いやすくなっていて、もう一からパソコンを習うなんて人が少なくなったんですよ。


それに独学で覚えたパソコン操作だからワードやエクセル程度は教えられるけど、それ以上のキャドとか動画編集とかプログラミング言語などは具体的に体系立て教えるだけの知識がないのさ。


自分の方がそういった方向性は、逆に習いにでも行かなきゃいけない状態になってしまっているんだけど、かと言ってそっちの勉強をしても八王子じゃあ田舎過ぎて集客は難しい。


若い人は有名な専門学院みたいなところで習いたがるし…


特に今のパソコンなんて勝手に弄っていても操作できちゃうから、わからないところだけただで聞きに来て、質問だけして帰るなんて人も増えて来ちゃったしね。


とにかく知識に対してペイしてくれる人が少ないんだよ。


ただでなんでも教えてもらえると思われちゃっている」と、何か思うところがあるだろうかM氏はここまで話をつづけた。


話を聞いている方は聞いているのか聞いていないのか、上の空のような雰囲気を魅せだすにつれてだんだんと話す力も弱まっていく感じではあった。


「ただで教えてもらいたければ、パソコンを買った店にでも行けって言いたいよ」とM氏は少し憤懣やるげなさそうにそう言った。


D氏は iPhone をカウンターに置いたまま「Windows7を使っていてねえ、やっとWindows10にしたんですけど、使い方が分からなねえ。でも最近何とか使えるようになったんですよ」と言った。


「そうだね Win7 までのOSに慣れていると、Windows8の新しいタイル画面には馴染めない感じだったけど、 Win10 はデスクトップ風で使えばそれほど違和感はないよね。それでもスタートメニューでタイルが出るのはなかなか馴染めないかもしれないな」と言いながらM氏は低くわらう。


「スマホ形式をPCで持って考えがそもそも間違っているよ。スマホはスマホ、パソコンはパソコン路線で良いにさ」とさらにM氏が続ける。


聞いているママもD氏も、もうM氏の話についていけなくて上の空で聞いていることに気付き、M氏はなんで俺はいつもこんな風に熱く語っちゃうんだろうと自分を振り返る。クールに行きたかったんじゃないのかいって思い直す。


そこに一人の痩身な客が入ってくる。

ママが「いらっしゃいませ」

「ああ、どうもお久しぶり」とM氏。


「この前はお付き合いありがとうございました」と、店に入ってきた痩身な男はM氏に向かって頭を下げ気味にして言う。


M氏が「Kさんこちらこそありがとうございました。お陰で楽しかったですよ」とお礼を述べる。


「どうもどうも、いやあMちゃんがいるとは思いませんでしたよ」とM氏がKさんと言った男は、柔和な笑顔で返す。とても丁寧で、落ち着いた上品な感じでそつのない社交性が高そうな人物である。


「ママ、焼酎のお湯割り」とK氏が言うと、ママがキープのボトルを出しお湯割りの用意をする。


「その前にちょっとトイレ」とK氏はトイレに向かう。


M氏はそれでK氏がもう少し飲んできているのだな、と理解した。

K氏が戻って来て軽くグラスを傾ける。


D氏とM氏の間にK氏が座る。カウンター中にはママ。


ここの店は広い。


カウンターは6人ほどが座れ、ボックス席が他に四つもある。さらにカラオケステージさえある。もともとはママの父親がやっていた店であり、その父が亡くなってからはその店を娘が受け継いだ形だ。


店も仮店舗などではなくてビル形式で、二階三階はアパートで賃貸になっているので、店の売り上げで生活しているわけじゃないので、店の商売はのんびりと大らかなものである。


暫しの雑談があって先のD氏がK氏を初めて見たのか、新しい客にも自分の iPhoneの自慢したいのか「使い方がまだ分からないけど、これって重いんだよね」とまたしても iPhone をちらつかせる。


「それじゃあ、これと比べてごらんと」とM氏は Galaxy Note10を取り出して右側にいるK氏に渡す。K氏は左のD氏からは iPhone を受け取り、重さを比べるように両手に持ったスマホを上下にゆすり重さを比べるように確かめていた。


「うん、どっちもそれほど変わらないね」とK氏が呟く。


「そっちの葉画面が大きいから」とD氏が言う。


ママはカウンタの中のテーブルにスマホを置いて時々見ている。


「もうスマホウも5Gの時代になるからさ、その時にスマホを買い替えようと思っているんです」とK氏がいう。


ママが「5Gになったら何が変わるんですか、何かいいことあるの?」なんてK氏に聞いている。


K氏は聞かれたことで得意げに「5Gになると2時間ぐらいの映画のダウンロードでも数秒で出来るし、ありとあらゆるものがインターネットに繋がり、ネットと現実がシームレスなものになるだろうねえ」と俄か仕込みの説明をしていた。


ホラー映画が大好きなママが「2時間の映画が数秒でダウンロードって凄いですね。でも、このスマホ、今も通信が不安定でネットに繋がったり繋がらなくなったりするんですよ」


「えっ、壊れているんじゃないの?」K氏が聞く。


「いえ、そうじゃなくてこの店でだけダメなんです。外へ出れば大丈夫なんです」とママが答える。


「5Gでより広がる世界かあ」と、D氏。


そのママが間にはいって「そういえば私ワイモバイルなんですけど、最近ここに5Gってのがあるんですけど、これをタップすれば5Gになるんですかねえ」って聞いてくる。


「いやや、いまのスマホは4Gね。今のところは誰のスマホも4Gだから、5G対応スマホの買い替えないとだめだよ」


ママが勢いづいて「見てくださいよ、ほらここゴジーってあるでしょう」ってM氏の目の前にスマホの画面を持ってくる。ワイモバイル専用画面だ。


「5Gね」と、あきれたようにM氏が「じゃあ5Gって書いてあるところをタップしてみればわかるから」と言って、ママのスマホを取ってタップしようとしたら、ママが「いやだ、見せないっ」なんて冗談を言ってスマホを取り上げる。


「ママ、ファイブジーだからね。ゴジーじゃないよ。山間部などでは電波状態がさらに悪い場所だとサンジーとか、失礼3Gになるんだよ。だから自分は比較的山間部に強いと言われる docomo 系にしたんだ」とM氏が言い終わらないうちに、すかさずママが「あれえ、ひとり、二人、三人、サンジー・・・ゴジーに二人足りな~い」


「ママぁ!!!」


その後にみんなの笑い声が響く。特にママの笑い声は、思わずの失言を消し去ろうとするかのように高かった。


自宅まで歩いて帰るM氏は、ここのところ空が澄んで星が良く見えるようになった夜空を見上げ、「1,2,3Gかあ…」ぼそっと呟いた…自分は若いつもりでも爺なんだなあって思い知らされた。

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