第9話 遥か彼方の異世界にて物語の始まれり

最後の一人 ・・・

地球上にただ一人・・・

正しく The last man. である。


もへじにはどうして自分が最後の一人の男になってしまったのか分からない。


およそ自分よりもはるかに屈強でたくましく俊敏な男なら、世界の99.99%がそうであろうと思われるのに、事もあろうか00.01%の自分が地球上にただ一人生き残った男になってしまったのだ。


事象が始まったのは、異性間での新生児が生まれなくなってしまったことだ。


なんと女は単為生殖を始めてしまったのだ。


女は全てマリア様になった。


マリアから生まれた男は変態して女に成るか、変態できないときはそのまま死が待ち受けている。


男と生まれ早くから生殖能力のないままに女に褥で稚児的に寵愛を受けていても、いずれにしても精巣が成熟する前までに女への変態を余儀なくされるか、完全変態が行われない場合は死が待つかあるいはごく少ない不完全変態を発症する。


男は女に完全変態するか、女に変態でないときは成熟精巣化に至る段階で何らかの不全となって死が待っている。心筋梗塞、脳内出血、自死行為などあらゆるバリエーションで死が待つのだ。


完全変態化もせず成熟精巣化により動物としてのオス化現象が稀に起こるときがあり、この時は不完全な形での変態が行われ半分男で半分女のキメラ両性具有のアンドロギュノスとなりて闇にうごめく。


女への変態が遅れている男はアンドロギュノスとなるを恐れ、アンドロギュノスになるよりは死を選び高所より身を投げる。再生の高台がそれである。


また女への変態が遅れている男は女への変態が完了するまで隔離され、不完全変態を起こした時は直ちに廃棄される。


不完全変態で廃棄された生き残りのアンドロギュノスは暗き森の闇に潜む。


アンドロギュノスは太陽光線下では活動できない。


アンドロギュノス:

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両性具有(りょうせいぐゆう)は、男女両性を兼ね備えた存在の事を指し、両性具有者(りょうせいぐゆうしゃ)、ギリシャ語よりandrogynos(アンドロギュノス/アンドロギュヌス)とも称する。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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アンドロギュノスには残忍なマンイーターとしての動物的本能しかなく、夜になると人を襲い、喰らい、血を啜る、恐ろしき残忍な怪物である。



ヘルマプロディートスはヘルメースを父に持ちアプロディーテーを母として生まれた頗るつきの美少年であった。


ヘルマプロディートスはニンフでもあるニュンペーの美しきサルマキスに恋されていた。


サルマキス:

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サルマキス(古希: Σάλμακις, Salmakis)は、ギリシア神話に登場する泉の精ナーイアスの1人。 その水を飲むと同性に惹かれるようになってしまう泉に住む。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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あるとき水浴びのさなかにヘルマプロディートスはサルマキスの誘惑で強引に犯され、サルマキスとヘルマプロディートスと融合合体し、文字通りに二体結合の両性具有者となった。


これを見たゼウスは結合した二人を両断し再び二人に別ちた。別ちられたサルマキスとヘルマプロディートスお互いを求め合うようにアンドロギュノスは人を求めるのだが、アンドロギュノスは襲って喰らうという行き場のない激しい代償行為を示すのみだ。


もへじは思った・・・


まさか、あの時の遺伝子操作の『ボルバキア』共生細菌が、一匹のアカイエカによってあっという間に全世界に拡散され、人類の営みをここまで変化させてしまうとは考えも及ばなかった。


ボルバキア:

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ボルバキア (Wolbachia pipientis) は節足動物やフィラリア線虫の体内に生息する共生細菌の一種で、特に昆虫では高頻度でその存在が認められる。ミトコンドリアのように母から子に伝わり(遺伝し)、昆虫宿主の生殖システムを自身の都合のよいように変化させる

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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念の為にと一本だけ作った血清を打っておいたことも忘れていて、自分が完全変態も不完全変態も起こさずにボルバキアから逃れられていることが不思議だった。


ボルバキアに生殖活動を操られた女どもは私を仲間にすべく、のべつ幕なしに、そのあらわな肉体を投げ出してくるのだ。それこそ酒池肉林であるが実りのない行為ほどむなしいものはない。


未だに成熟精巣の能力を宿しているとはいえ、卵巣がボルバキアにコントロールされていては生まれてくる子供もボルバキアの子孫でしかない。


卵巣をボルバキアにコントロールされた女か、未成熟精巣の間だけ稚児のように扱われる男児でやがて完全変態して女に成るのどちらでしかないのだ。


このままでは人類は、おれの死と共に消滅する。


人類はもへじの双肩に、いや、まだ余命を留めている成熟精巣にかかっている。


地球上にはもへじのみが The last man. なのだ。


デング熱を媒介させるアカイエカをボルバキアに感染させることによりデングウィルスの増殖が抑えられ、人へのデング熱感染源とならないための研究であったし、ボルバキアは自身の遺伝子を残すための機能により生殖的にオスを殺す能力を有しているために、ボルバキアに感染させたオスを放てばメスは生殖が出来ずに害虫の駆除などが可能となるのだ。


そのボルバキアが人の生殖器官を占拠し、これをコントロールするこになるなんて想像もつかなかった。


全ての卵子細胞はボルバキアによって占拠されている。この世には自己生殖するマリアしかいない。生殖力を持つオスがいても子供は母系遺伝のボルバキアに汚染されてしまう。


いや、待てよ!


あの時、不覚にもアンドロギュノスに襲われたことがあったが、そのアンドロギュノスはおれを噛み裂きもせずにぺろぺろ嘗め回し、なつくようにしていたのはなぜだ。


幸い夜明けとともにそのアンドロギュノスは去っていったが、首をおれの方に向け向け惜しむが如くに暗闇の中に消えて行った姿が思い起こされる。


おれはその姿を、おれを喰いを残したアンドロギュノスの未練姿と思った。


アンドロギュノスに喰いつかれ、引き裂かれなかったことだけでも不思議な出来事だったけど、あれには意味があったのか…


まさか、不完全変態のアンドロギュノスの卵巣は、ボルバキアに汚染されていないのか!


だとすると、アンドロギュノスが俺を嘗め回し懐くようなしぐさをしていたのは、おれを異性と認識した愛情表現であったのだろうか。


人類を存続させるには、おお、神よ!


神よ、あなたは、わたしに、アンドロギュノスとまぐわえというのか・・・


神よ、あなたは何故に、このような試練を私に負わせるのですか・・・

とある大学の古代史教室


学生の雑談が飛び交う。

ねえ隆、昨日悦ちゃんとデートしてたんだって。

いや、デートじゃなくて合コンだよ。だからみんなと一緒だ。


隆ったらエッチなこと想像して、ズボンにテント張ってたんじゃないの。

いや、悦ちゃんはそんなに好みじゃないから・・・


ねえ隆、ねえ、古代のギリシャ神話って世界なんか本当なのかなあ。でもギリシャ神話もそうだけど、日本の神話もだけどエロ臭い話ばっかりだよね。強姦にひとの女房を寝取ったりとか、女が美少年を強姦したりとか、人間の欲望を出し過ぎで人間より人間臭いよね。


まあな、人類なんて何度か消えてまた何度か生まれ来ているって説もあるしさ、相当エッチでエロっぽくなきゃ人類も残んないんじゃないの。


隆ってホントスケベだよね。



教授

はい、静かに!

今日は古代史の中で新しい発見報告がありました。

これは人類にかかわる新しい大発見です。

その大発見を、皆さんと、共有、したいと思います。


皆さんは「ミトコンドリア・イブ」は当然ご存知ですね。ミトコンドリア・イブは現生人類に最も近い共通女系先祖です。


その共通女系先祖のミトコンドリア・イブは、どうやら突然に現生人類を生んだのではないかという新事実が分かってきました。


ミトコンドリア・イブ:

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ミトコンドリア・イブ(Mitochondrial Eve)とは、人類の進化に関する学説において、現生人類の最も近い共通女系祖先(the matrilineal most recent common ancestor)に対し名付けられた愛称。約16±4万年前にアフリカに生存していたと推定され、アフリカ単一起源説を支持する有力な証拠の一つである。


しばしば誤解を受けるが、彼女は「同世代で唯一、現生人類に対し子孫を残すことができた女性」ではない。母方以外の系図を辿れば、彼女以外の同世代の女性に行き着くことも可能である(後段の「よくある誤解」を参照)。人類の出アフリカの時期を求める手掛かりのうち、年代特定が比較的容易なサンプルの一つであるという以外には、彼女は人類史に特別な意味や興味を占める人物ではない。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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そしてミトコンドリア・イブは、なんと、猿ではなかったのです。


ミトコンドリア・イブはその遺伝子情報では、神話世界の魔獣のアンドロギュノスような姿形をしていたが、子宮だけは現生人類と全く同一であったことが分かったそうなのです。


突然変異的に、人類は生まれるべくして生まれたのかもしれないのです。


神話世界の魔獣のアンドロギュノスが、どうやら我々の先祖ではないかとの報告が、認定提出されたのです・・・

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