第8話 姉 (2004年2月25日のこと)

本日12:00、リハビリ介護病院から脳神経外科専門病院に入院となった。


原因は24日の未明(午前四時半頃との事)に嘔吐があり、その結果嘔吐に気がつくまでに嘔吐物を誤飲した可能性があり呼吸困難となってしまった。


ノロウィルスの院内感染で看護体制が薄くなる深夜に嘔吐し、院内の者が気がついたときには1分間に3-4回の呼吸状態となっていたとの事。


その時に痙攣も起こしていた可能性も高いようです。


脳外専門病院で高圧酸素室内で治療中ですが、昨日と本日の二回のCTスキャンの結果、左脳頭頂部に広範囲に脳梗塞が起きていることが明らかになった。また誤飲による肺炎を併発しており命そのものも危ない状態である。


この状況を脱却し意識が回復するかどうかが第一の関門です。


万が一意識が回復しないと植物人間となる可能性がある。意識が回復すれば左脳の脳梗塞により右半身麻痺により車椅子での生活にならざるを得ないし、どれだけ物事を理解できるようになるかどうかも分からない。


姉がただ哀れだが、娘のためにも、何よりも私のためにも、植物人間となっていても生きていて欲しい。

それだけが今の望みだ。お父さんお母さん兄さん、俺は、悲しいし、辛いし、寂しい。


植物人間となっていても生きていて欲しいと思うのは、弟のエゴなのだろうか。姉さん、姉さん、姉さんが愛しい・・・生きて欲しい。


弟へ・・・弟より

生きてください。

自分のためじゃなく、人のためにだって生きる価値はある。

両親兄弟家族のために生きてください。

生きなくて、家族を苦しめるのはひどいです。

死んでもいいから生きてください。


生きるのは大変です。

辛いです

傷つきます。

悲しいです。

寂しいです。

でも楽しかった思い出だって何かあるはずです。

なければその思い出がこれからできるかもしれない。

その事を頼りに生きてください。


私の姉は今ICU(集中治療室)で生きるために戦っています。


意識が戻っても、本人には重度な障害という過酷な生活が待っています。

それでも、身内のエゴであっても生きていて欲しい、それだけが望みです。

何もいりません。


姉が生きていてくれないなら、私も死にたいです。

でも、私がそんな事をしたら周りの身内が傷つきます。

私はつい数年前に兄を亡くしたばかりです。

その辛さを味わった私が、自分の手でその辛さを

身内に味あわせることは出来ません。


生きるのは大変です。

辛いです

傷つきます。

悲しいです。

寂しいです。


その事を考えたら、自分は死んで楽になれるかもしれませんが、身内の心を考えたらそんなことは出来ません。

お願いですから自分で自分の命は止めないで下さい。

人はただ一人の人のために生きたっていいのです。

辛くても、大事な人が悲しむ事をしないで下さい。


お願いです。

生きてください・・・


追加:2018年3月23日


姉が亡くなってから私は坊主刈りにするようになりました。なんとなく丸坊主刈りにしたのですが、その時からずっと今でも坊主刈りにしています。


両親は他界し4人兄弟だけで生きてきて、そんなことはないと分かっていても兄弟姉妹は永遠に存在すると思っていました。


それなのに兄と姉を亡くし、長女と末っ子の私が生き残っているのも不思議です。が、これもそういった運命なのでしょう。


ここで言いたいことは、こんなにつらく悲しい目に遭っても生きていればそれなりに喜びも楽しみもあるものです。


誰にでも惜別の時や辛い苦しい時があるものです。


だからといって、一時の悲しみや苦しみに打ちひしがれないで、顔を上げて生きて行きましょう。


生きている意味は、生きていることによってあるのです♪

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