第3話 ガラクタ

晴子と書いて「はれこ」って読みます。

「面白い名前でしょう」


「これ、お父さんじゃなくて、晴子のおじいさんが付けてくれた名前なんです」

「よろしくおねがいします」


「みなさん、晴子さんが早くクラスに馴染めるようにお友達になってあげてくださいね」担任の峯岸先生がそう言った。


「じゃあ、晴子さん、席はあそこね」


「そう、右手の奥から三番目よ」


「は~い」と晴子が答え席に向かう。


教室にちょっとしたざわめきが走る。


この田舎では晴子は垢抜けてちょっと目立つ感じだった。


背も高そうで162cmほど。

その細身の体なのにしっかりと胸は膨らんでいた。

中学女子にしてはませた体つきをしていた。

長めの髪は後ろで結わえていた。

そして赤ちゃん顔のくりっとした愛らしさ。


席に向かう途中に結わえた髪が左右に揺れると皆の視線を集めた。


クラスの男子たちがざわつくのも無理はない。


クラスの女子もなんだか憧れの眼で見ている感じだ。


晴子はクラスでの人気者になったと同時に、学校中での憧れと話題の中心人物となっていた。


そんな晴子にはちょっと変わった趣味があった。


年頃の女の子ならば流行のファッションにスイーツ、それにちょっと背伸びしてのアイドルや身近な異性の話題に夢中になるものだけど、晴子はそういったことにあまり関心がなかったみたいだ。


関心がないだけじゃなく、本当に知らないみたいだった。

憧れの東京から来た子なのに、田舎の子が知りたい東京のことは何も知らないに近かった。


それはそうなのだ。


東京に観光に来ているわけじゃなくて生まれたときから育っているのだから、東京だからどうのこうのなんてものを実感することはない。


何もかもが空気と同じなのだ。

その空気が田舎の子どもたちには興味の対象らしい。


晴子は変なのって思った。


東京のことを聞いてくるくせに、自分たちは自分の住んでいるところのことは何も知らないに近かった。


「同じじゃない」


そんな晴子だけどそんなことで晴子の人気は遜色ない。

スレンダーな体に膨らみかけて厚みを増した胸がセーラー服に生える。


風が吹くとスカートが舞う。


それだけで男子のみならず女子もどんなパンツを履いているのかと、密かに心ときめいていた。

女子中学生というよりも晴子は一歩も二歩も先に行く、クラスの中でも女を感じさせる雰囲気があった。


本人は朝起きたら顔を洗うだけ。

髪はブラッシングをして後ろで結くだけ。

それでいて光り輝くような雰囲気があった。


冬季にリップも塗らない晴子の、ややあれ気味の唇に薄皮が浮いているのも、その薄皮を舌先でぺろりと舐め濡らして落ち着かせる仕草さえも、そのどちらもみんなの憧れの的だった。


そんな晴子はまた背が高くなったみたいだ。


勉学も運動も成績がよく、更に歌を歌わせるとこれが同じ人間かと思うほど素敵な声で歌う。それもそのはず声楽歌唱で歌うので地声の歌ではなかった。


勉強も運動も人並み以上の能力を持っていた晴子であった。

それでいてたいして勉強もしているようには見えなかった。


やがて晴子は学校で神格化されつつあった。


内実はとっても気さくな晴子なんだけど、クラスメイトが晴子を神格化しだして、本当に晴子は学校で先生からさえも神格化されていた。


大学教育学部の研修生の中には、晴子に対して敬語で話しかけるような者さえいた。


ある時北海道旅行に行った男子生徒が、硫黄山で拾ってきた硫黄をクラスに持ってきて友だちに見せていた。


それを見た晴子は「わあ、それなあに見せて」と、硫黄の小さな塊を持って見ている人の中に入り込み、椅子に座っている北海道旅行の男の子のそばに寄っていき、背をうんとかがめて男の子の顔の横に顔をよせてそう言った。


小さい硫黄の塊は小さな結晶の粒が表面に並んでいて、キラキラと黄色に輝いていた。それを憧れのような好奇心の眼差しで目を大きくして見つめる晴子だった。


北海道旅行に行った男子生徒の右隣に晴子がいて、その晴子の胸の膨らみが自分の目の位置にある。目を上に上げると晴子の丸い赤ちゃん顔が下顎から型良い唇に頬、そして目に流れる。


その男の子は顔が真っ赤になった。


「悟、なに顔を真赤にしているんだよ」なんて周りの男の子が冷やかしたほどだ。


晴子は「えっと?」という顔をして悟を見た。


晴子は悟の名前を知っていたけど、同じクラスメイトなのに話したことは一度もなかった。班分けや組分けのときにも一度も同じ班にも組みにもならなかった。


晴子はきっとした顔で悟を見た。


手に持った硫黄を悟に返そうと、硫黄を持った手を悟の前に突き出した。


「これ、とってもきれい」晴子が言った。

「うぁああ…欲しならやるよ」

「いいの」晴子は大きな声で喜びいっぱいに言った。


そして小さな硫黄の塊を両手で抱えるように持って、胸元にに引き寄せた。


悟はこんなもので大喜びしている晴子を見て、「何だこいつ」って思った。

けど、子供っぽくて可愛いなって思った。



出棺のときである。


「お母さん、晴子おばあさんに握らせてた黄色い小さな石っころみたいなもの、あれはなんなの?」小学5年生ぐらいの女の子が母親を見上げて聞く。


「あれはおばあさんの、いえ、あたしのお母さんの大事なものだったの」


「あんな汚い石っころなのになの?」


「そうよ、澪はにはわからないかもしれないけど、あれは悟おじいちゃんが母へあげたプレゼントだったのよ。悟おじいちゃんは、ママのお父さんよ」


「ママのお父さんなの、澪のパパとおんなじだね」


「そうよ、おじいちゃんはママが生まれる前に亡くなって、おばあちゃんが一人でママを育ててくれたの。こんなこと話したことはなかったわね」


「ふ~ん、澪にもおじいちゃんいたんだ。やったあ」


「澪のおばあちゃんは、たあくさんのおばあちゃんの中でも一番キレイだったよね」澪がそう言った。


「ママにとっても、きれいなで素敵なお母さんだったわ…それにいつも優しかった」そう思っても、晴子母さんがどれほど歯を食いしばって生きてきたかも知っていた。晴子母さんにとっては、あの硫黄の小さな一欠けが心の縁(よすが)だったのだろう。


晴子さん行ってらっしゃい。

悟さんに会って硫黄の小石を手渡ししてあげて…

「母さん」と呼ばずに「晴子さん」と女は胸でつぶやいた。


娘が、澪が、母の手をぎゅっと強く握った。


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