夏花火が消えるまで

@ohtaniharuka

第1話

夏花火(なつはなび)が消(き)えるまで


日(ひ)の日差(ひざ)しが、雪(ゆき)を解(と)かす。川(かわ)は溶(と)けた雪(ゆき)の影響(えいきょう)で勢(いきお)いを増(ま)していた。雪(ゆき)が解(と)けた大地(だいち)には、筑紫(つくし)が春(はる)の到来(とうらい)を告(つ)げる。寒(さむ)い冬(ふゆ)を超(こ)え、街並(まちな)みには春(はる)を待(ま)ちわびた人々(ひとびと)の活気(かっき)であふれつつあった。しかし、この土地(とち)では、まだ桜(さくら)の開花(かいか)は先(さき)の話(はなし)であった。


彼女(かのじょ)は布団(ふとん)から体(からだ)を起(お)こし、勢(いきお)いそのままに体(からだ)を伸(の)ばし、ふと外(そと)を見(み)た。春(はる)の日差(ひざ)しからか雪(ゆき)の照(て)り返(かえ)しからか思(おも)わず目(め)を細(ほそ)めた。一日(いちにち)が始(はじ)まろうとしていた。同時(どうじ)に彼女自身(かのじょじしん)の二年目(にねんめ)の高校生活(こうこうせいかつ)もまた再(ふたた)びまた始(はじ)まりろうとしていた。“新学期(しんがっき)が始(はじ)まるのか“と思(おも)った。外(そと)から時計(とけい)に目線(めせん)を移(うつ)すと、6時(とき)30分(ぶん)になろうとしていた。学校(がっこう)の支度(したく)のために体(からだ)を起(お)こした。顔(かお)を洗(あら)い、制服(せいふく)に着替(きが)えたタイミングで、声(こえ)が聞(き)こえた。

「星夏(せいか)、朝(あさ)ご飯(はん)の準備(じゅんび)できたよ」

母親(ははおや)が呼(よ)ぶ声(こえ)が聞(き)こえてきた。朝食(ちょうしょく)の準備(じゅんび)ができたようだ。二階(にかい)から一階(いちかい)に下(さ)がり、母親(ははおや)が待(ま)つリビングに向(む)かった。朝食(ちょうしょく)は、焼(や)けたトーストと簡単(かんたん)に盛(も)り付(つ)けされたサラダが置(お)いてあった。春休(はるやす)み明(あ)けということもあり、妙(みょう)に体(からだ)が重(おも)く、食欲(しょくよく)がなかった。母親(ははおや)が声(こえ)をかけてきた。

「どこか体調(たいちょう)でも悪(わる)いのか」

その問(と)いに、「べつに」とそっけなく返(かえ)した。しばらく沈黙(ちんもく)ののちに星夏(せいか)が思(おも)い出(だ)したことがあり、母親(ははおや)に向(む)けていった。

「今日(きょう)は午前中(ごぜんちゅう)で学校(がっこう)が終(お)わって、遊(あそ)んで帰(かえ)るからご飯(はん)いらない」

「はい、分(わ)かったよ」と二(ふた)つ返事(へんじ)が聞(き)こえた。会話(かいわ)が終(お)わると、テレビに目(め)を向(む)けた。特(とく)にニュースに関心(かんしん)があるわけではなかった。ただ、朝(あさ)のニュース番組(ばんぐみ)には、時間(じかん)の表記(ひょうき)が画面(がめん)上(うえ)にあるからつけているといったところであった。そのテレビには、天気予報(てんきよほう)がやっていた。夕方(ゆうがた)から天気(てんき)が崩(くず)れると言(い)っていた。これを見(み)て、学校(がっこう)の支度(したく)の際(さい)に折(お)り畳(たた)み傘(かさ)を入(はい)れていないのを思(おも)い出(だ)した。食欲(しょくよく)はなかったが、残(のこ)すことはなく完食(かんしょく)した。食器(しょっき)を片付(かたづ)け、折(お)り畳(たた)み傘(かさ)を入(はい)れるため、二階(にかい)に上(あ)がった。折(お)り畳(たた)み傘(かさ)を入(はい)れ、身支度(みじたく)に不備(ふび)がないことを確認(かくにん)した。この時(とき)、時計(とけい)の針(はり)は7時(とき)20分(ぶん)を指(さ)していた。去年(きょねん)までは、30分(ぶん)に家(いえ)を出(で)ていた。少(すこ)し時間(じかん)に余裕(よゆう)があった。学校(がっこう)への支度(したく)は、すでに済(す)んでいる。この半端(はんぱ)な時間(じかん)にやることもなかったので、いつもより早(はや)く家(いえ)を出(で)ることにした。荷物(にもつ)を持(も)ち、一階(いちかい)に行(い)った。その時(とき)、テレビでは、星座占(せいざうらな)いをしていた。星夏(せいか)は、おとめ座(ざ)であった。順位(じゅんい)は12位(い)。星座占(せいざうらな)いを気(き)にする人(ひと)ではなかったが、最下位(さいかい)だと興味(きょうみ)がなくても目線(めせん)がテレビにいってしまった。“気持(きも)ちがうまく伝(つた)わらず、空回(からまわ)りする“という占(うらな)い結果(けっか)であった。ラッキーアイテムは紺色(こんいろ)の財布(さいふ)であった。ついつい夢中(むちゅう)になってしまった。このコーナーが終(お)わるタイミングで7時(とき)30分(ぶん)になることを星夏(せいか)は知(し)っていた。結局(けっきょく)いつも通(とお)りの時間帯(じかんたい)になっていた。星夏(せいか)は、家(いえ)から学校(がっこう)まで自転車(じてんしゃ)で20分程度(ぶんていど)だった。


一章

北海道第一高校(ほっかいどうだいいちこうこう)が、星夏(せいか)が通(とお)っている学校(がっこう)だ。この学校(がっこう)は川沿(かわそ)いに位置(いち)している。その川(かわ)

は北東(ほくとう)から南西(なんせい)に向(む)けて流(なが)れていた。周(まわ)りには目立(まだ)った建物(たてもの)はなかったが、北(きた)に15分(ぶん)ほど歩(ある)いたところに小(ちい)さいながらショッピングセンターがあった。

星夏(せいか)が今通(いまかよ)っている北海道第一学校(ほっかいどうだいいちがっこう)を選(えら)んだのは、学力(がくりょく)にあっているからでも、制服(せいふく)が好(この)みだからというわけではなく、家(いえ)から一番近(いちばんちか)い学校(がっこう)であったからだ。受験(じゅけん)をするときに、塾(じゅく)の講師(こうし)から、もっと上(うえ)の学校(がっこう)を狙(ねら)えるといわれたが、星夏自身(せいかじしん)が魅力(みりょく)を感(かん)じられなかった。星夏(せいか)の親(おや)は、塾(じゅく)の先生(せんせい)の意見(いけん)に賛同(さんどう)を示(しめ)していた。この志望校(しぼうこう)についての問題(もんだい)は、星夏(せいか)の受験(じゅけん)ぎりぎりまで行(い)われた。自分(じぶん)のために、親(おや)のためにどちらの学校(がっこう)も受験(じゅけん)することで、お互(たが)いが妥協(だきょう)したのであった。進学(しんがく)してから一年(いちねん)が経(た)ったが、この論争(ろんそう)がたまに頭(あたま)をよぎることがあった。


星夏(せいか)は、クラス替(か)えを楽(たの)しみにしていた。下駄箱(げたばこ)で靴(くつ)を履(は)き替(か)え、各学年向(かくがくねんむ)けに便(たよ)りが貼(は)られている掲示板(けいじばん)があるほうに向(む)かった。そこに、新(あたら)しいクラスが記載(きさい)されたプリントが張(は)られている。少(すこ)しの人混(ひとご)みはあったが、かといって見(み)えないまでもなかった。一組(いちくみ)から自分(じぶん)の名前(なまえ)がある確認(かくにん)していく。名前(なまえ)が見(み)つかったのは三枚目(さんまいめ)の張(は)り紙(がみ)であった。つまり、星夏(せいか)は、三組(さんくみ)であった。新(あたら)しいクラスが分(わ)かったので、そのクラスのほうへ向(む)かった。

クラスにつくと、数人(すうにん)がすでにいた。その中(なか)の一人(ひとり)が星夏(せいか)に気(き)づいて声(こえ)をかけてきた人(ひと)がいた。

「星夏(せいか)、おはよう。久(ひさ)しぶり。元気(げんき)にしていた?」

振(ふ)り返(かえ)ってみてみると高校一年生(こうこういちねんせい)の時(とき)も一緒(いっしょ)のクラスメイトだった佐野杏李(さのあんり)であった。

「おー、杏李(あんり)。おはよう。久(ひさ)しぶりだね」

挨拶(あいさつ)を済(す)ませた後(あと)の二人(ふたり)の会話(かいわ)は弾(はず)んだ。春休(はるやす)みという長(なが)い時間会(じかんあ)えなかった分(ぶん)、話(はな)したいことがたまっていたのだった。春休(はるやす)みの間(間)、まったく会(あ)わなかったわけでも、連絡(れんらく)

しなかったわけでもない。ただ、いざ友達(ともだち)を目(め)の前(まえ)にするとうれしさからか話(はなし)が途切(とぎ)れることはなかった。むしろたまった話(はなし)をどれから手(て)を付(つ)けるか話題(わだい)を選(えら)んでいた。

二人(ふたり)の会話(かいわ)を遮(さえぎ)るように、教室(きょうしつ)の外(そと)から大(おお)きな音(おと)がした。その音(おと)のしたほうは、とても騒(さわ)がしかった。朝(あさ)のホームルームの時間(じかん)が迫(せま)っていた。騒(さわ)がしい正体(しょうたい)は、遅刻(ちこく)しないためのダッシュであった。そのまま星夏(せいか)と杏李(あんり)のいる教室(きょうしつ)に男(おとこ)は入(はい)ってきた。

「ふー、間(ま)に合(あ)った」

男(おとこ)が一息(ひといき)ついて、顔(かお)を上(あ)げて、周囲(しゅうい)を見渡(みわた)す。冷(つめ)たい視線(しせん)が男(おとこ)に集(あつ)まっていることに気(き)づいた。ホームルームが近(ちか)いからと全員(ぜんいん)が着席(ちゃくせき)してその時(とき)を待(ま)っていたわけではなかったものの、落(お)ち着(つ)いた雰囲気(ふんいき)の中(なか)に騒(さわ)がしくクラスに入(はい)ってきたため、どうしても目立(めだ)ってしまった。ちょうど近(ちか)くにいた杏李(あんり)に男(おとこ)は声(こえ)をかけた。

「杏李(あんり)もこのクラスか」

「そうだよ。お前(まえ)がいると、騒(さわ)がしくなるな」

男(おとこ)は満足(まんぞく)そうに笑(わら)った。

「恥(は)ずかしいから声(こえ)かけないでくれる」

杏李(あんり)が冷(つめ)たく言(い)った。男(おとこ)はそうだなとうなずいた。

これを見(み)て、星夏(せいか)は二人(ふたり)が知(し)り合(あ)いということに驚(おどろ)いた。そんな星夏(せいか)の様子(ようす)を見(み)て、杏李(あんり)は軽(かる)く笑(わら)った。もうすぐホームルームの時間(じかん)だったので、簡単(かんたん)に杏李(あんり)が男(おとこ)のことを紹介(しょうかい)した。どうやら、家(いえ)が近(ちか)くて幼稚園(ようちえん)からの幼馴染(おさななじ)みらしい。名前(なまえ)は川口瞬也(かわぐちしゅんや)という。このタイミングで、新(あたら)しい先生(せんせい)がホームルームのために、クラスに入(はい)ってきた。これから始業式(しぎょうしき)ということもあり、きちんとした正装(せいそう)に包(つつ)まれていた。簡単(かんたん)なあいさつ程度(ていど)でホームルームが終(お)わった。出欠(しゅっけつ)を確認(かくにん)するために一時的(いちじてき)にクラスに集(あつ)められたのだろう。始業式(しぎょうしき)に行(い)くように先生(せんせい)は促(うなが)した。この時(とき)、同(おな)じ年(とし)くらいの青年(せいねん)が廊下(ろうか)に立(た)っていた。見覚(みおぼ)えのない顔(かお)だが、川口瞬也(かわぐちしゅんや)のことを星夏(せいか)は知(し)らなかったことから、自分(じぶん)が知(し)らないだけだと思(おも)った。移動中(いどうちゅう)に杏李(あんり)にその青年(せいねん)を知(し)っているか聞(き)いたが杏李(あんり)もまた、見知(みし)らぬ顔(かお)だと言(い)った。

始業式(しぎょうしき)の最中(さいちゅう)も、その青年(せいねん)は星夏(せいか)のクラスの列(れつ)の最後尾(さいこうび)に並(なら)んでいた。


始業式(しぎょうしき)が終(お)わり、教室(きょうしつ)に戻(もど)った。これから、ホームルームが本格的(ほんかくてき)に行(い)われる。教団(きょうだん)の前(まえ)に立(た)った先生(せんせい)は口(くち)を開(ひら)いた。どうやら、新(あたら)しく転校生(てんこうせい)が来(く)るということであった。星夏(せいか)の中(なか)で推測(すいそく)が立(た)った。先生(せんせい)に呼(よ)ばれて、クラスに入(はい)ってきた人物(じんぶつ)は星夏(せいか)の予想通(よそうどお)りの人物(じんぶつ)であり、廊下(ろうか)で見(み)たあの青年(せいねん)だった。黒板(こくばん)に“砂川進一(すながわしんいち)”と先生(せんせい)が書(か)いた。寡黙(かもく)そうな雰囲気(ふんいき)であった。東京(とうきょう)から来(き)たらしい。先生(せんせい)は、星夏(せいか)の隣(となり)の机(つくえ)に行(い)くように指示(しじ)をした。その後(あと)、全員(ぜんいん)がそろったところで改(あらた)めて先生自身(せんせいじしん)の自己紹介(じこしょうかい)が行(い)われ、他(ほか)にもクラスのガイダンス、年間(ねんかん)スケジュールの説明(せつめい)などが行(い)われた。正午(しょうご)を少(すこ)し経過(けいか)したころには、新年度(しんねんど)の一通(ひととお)りの説明(せつめい)を終(お)えた。その後(あと)は、その日(ひ)の授業(じゅぎょう)を終(お)えたということで、昼食(ちゅうしょく)をとるもの、部活(ぶかつ)に向(む)かうもの、帰宅(きたく)するものなどの姿(すがた)が見(み)えた。もともと星夏(せいか)と杏李(あんり)は、ショッピングセンターに行(い)く約束(やくそく)をしていたが、急(いそ)いではいなかった。13時(とき)から川口瞬也(かわぐちしゅんや)は部活(ぶかつ)があったため、それまで話(はな)し相手(あいて)になることになった。そこに何(なん)となく居合(いあ)わせた転校生(てんこうせい)の砂川進一(すながわしんいち)にも声(こえ)をかけ、四人(よんにん)で話(はな)し合(あ)った。新(あたら)しいクラスメイトになったことと転校生(てんこうせい)してきた砂川進一(すながわしんいち)のためにそれぞれ改(あらた)めて自己紹介(じこしょうかい)を始(はじ)めた。最初(さいしょ)に自己紹介(じこしょうかい)したのは川口瞬也(かわぐちしゅんや)だった。

「俺(おれ)は川口瞬也(かわぐちしゅんや)。ショッピングセンターあたりに住(す)んでいます。バスケ部(ぶ)に所属(しょぞく)しています。“瞬也(しゅんや)”って呼(よ)んでね。」

軽快(けいかい)な口調(くちょう)で言(い)った。それに続(つづ)くように杏李(あんり)が

「私(わたし)は佐野杏李(さのあんり)。瞬也(しゅんや)とは幼馴染(おさななじ)みの仲(なか)だよ。だから家(いえ)もそのあたりなの。“杏李(あんり)”でいいよ」

時計回(とけいまわ)りに自己紹介(じこしょうかい)が進(すす)んでいたため、次(つぎ)は星夏(せいか)の番(ばん)だった

「私(わたし)は松本星夏(まつもとせいか)っていいます。家(いえ)は、川(かわ)を渡(わた)って、しばらく道(みち)なりに行(い)ったところにあるの。みんなから“星夏(せいか)”って呼(よ)ばれているから、砂川君(すながわくん)もよかったらそう呼(よ)んで。」

最後(さいご)に砂川進一(すながわしんいち)の番(ばん)が来(き)た。

「東京(とうきょう)から来(き)ました砂川進一(すながわしんいち)です。東京(とうきょう)の学校(がっこう)では“進一(しんいち)”って呼(よ)ばれていたから、そう呼(よ)ばれたいかな。まだ、こっちの土地感(とちかん)わかんないから何(なん)とも言(い)えないけど、俺(おれ)も川(かわ)を渡(わた)ってきました。それに、東京(とうきょう)の学校(がっこう)ではバスケやっていたから、バスケ部入(ぶはい)ろうかなって思(おも)っています。瞬也君(しゅんやくん)がいてよかったよ。」

寡黙(かもく)そうな雰囲気(ふんいき)からは想像(そうぞう)もつかないほど、淡々(たんたん)と語(かた)った。しかし、相手(あいて)の呼称(こしょう)に関(かん)しては、やはりまだ慣(な)れていない様子(ようす)だった。初々(ういうい)しい印象(いんしょう)をあたえた。転校(てんこう)した初日(しょにち)である。無理(むり)もない。こうして皆(みな)の自己紹介(じこしょうかい)が終(お)えたころ、瞬也(しゅんや)が部活(ぶかつ)に行(い)くのにちょうどいい時間(じかん)になった。瞬也(しゅんや)は進一(しんいち)をバスケ部(ぶ)の体験(たいけん)に誘(さそ)ったが、道具(どうぐ)や着替(きが)えを持(も)ってきていないことを理由(りゆう)に断(ことわ)った。その返事(へんじ)に少(すこ)し残念(ざんねん)そうな様子(ようす)で、バスケをしたい気持(きも)ちが伝(つた)わってきた。それを見(み)てか、杏李(あんり)がこれからショッピングセンターに行(い)くから一緒(いっしょ)に行(い)かないかと進一(しんいち)を誘(さそ)った。少(すこ)しの間(ま)があったのちに、嬉(うれし)しそうに首(くび)を縦(たて)に振(ふ)った。

「じゃあ、決定(けってい)だね」

こうして、三人(さんにん)でショッピングセンターに行(い)くことになった。それぞれ荷物(にもつ)をまとめて、移動(いどう)を始(はじ)めた。


進一(しんいち)が校門(こうもん)の方向(ほうこう)に向(む)かおうとしていたら、星夏(せいか)と杏李(あんり)は違(ちが)う方向(ほうこう)へ歩(ある)き始(はじ)めた。近道(ちかみち)を知(し)っているのだと思(おも)いついていったら、その先(さき)は駐輪場(ちゅうりんじょう)であった。

「二人(ふたり)とも自転車通学(じてんしゃつうがく)なんだね」

そうだよと星夏(せいか)が言(い)った。そのまま星夏(せいか)は進一(しんいち)に問(と)いかけた。

「荷物入(にもつい)れる?」

すると、うんと言(い)いながら、そっと荷物(にもつ)を前(まえ)の籠(かご)に詰(つ)めた。


星夏(せいか)と杏李(あんり)が徒歩(とほ)の進一(しんいち)に合(あ)わせて、自転車(じてんしゃ)を押(お)す。川沿(かわぞ)いの道幅(みちはば)は広(ひろ)かったため、三列(さんれつ)で歩(ある)いた。ショッピングセンターまでは、北(きた)に15分(ふん)ほど歩(ある)いたところだった。だらだらと会話(かいわ)しながら歩(ある)いた。気(き)がつくと、目的地(もくてきち)にたどり着(つ)いていた。そのころには、三人(さんにん)はだいぶ打(う)ち解(と)けあっていた。


目的(もくてき)はなかった。一緒(いっしょ)にいたい、遊(あそ)びたいという程度(ていど)の理由(りゆう)できたため一通(ひととお)り回(まわ)るとカフェに入(はい)りまただらだらと会話(かいわ)が始(はじ)まった。ここの話(はなし)や町(まち)の行事(ぎょうじ)、去年(きょねん)の学校(がっこう)の様子(ようす)など話題(わだい)には困(こま)らなかった。進一(しんいち)の相槌(あいづち)が、星夏(せいか)と杏李(あんり)の話(はな)す調子(ちょうし)を上(あ)げていた。そのため、進一(しんいち)は終始聞(しゅうしき)く立場(たちば)であったが、いやそうな様子(ようす)はなく、むしろどこかやってみたい、行(い)ってみたいという様子(ようす)であった。花火大会(はなびたいかい)の話(はなし)をしているとき、進一(しんいち)はとても興味(きょうみ)を示(しめ)し、行(い)きたいという気持(きも)ちが伝(つた)わってきた。毎年八月(まいとしはちがつ)に行(い)われる花火大会(はなびたいかい)は、川沿(かわぞ)いの空(そら)に大(おお)きな花火(はなび)が打(う)ちあがる。老若男女問(ろうにゃくだんじょと)わず、その日(ひ)は川沿(かわぞ)いに人(ひと)が集(あつ)まる。進一(しんいち)のほうに目(め)をやって、今年一緒(ことしいっしょ)に行(い)ってみるかと聞(き)いたら、いいのと嬉(うれし)そうにうなずいた。星夏(せいか)にとってなぜかわからないがこの約束(やくそく)は絶対(ぜったい)に果(は)たしたいと思(おも)った。

少(すこ)し間(ま)があった。話(はな)しかけたのは、進一(しんいち)だった。進一(しんいち)はバスケを東京(とうきょう)でやっていた。こっちに引(ひ)っ越(こ)してきても続(つづ)けるつもりだった。そんなことを思(おも)ってか進一(しんいち)が聞(き)いてきた。

「瞬也君(しゅんやくん)ってやっぱバスケうまいの」

星夏(せいか)にも杏李(あんり)にも瞬也(しゅんや)の実力(じつりょく)がどれほどうまいのかわからなかった。バスケの知識(ちしき)がないからだった。ただ、幼馴染(おさななじ)みの杏李(あんり)から見(み)たら、瞬也(しゅんや)は、小(ちい)さい頃(ころ)からバスケをしていることを知(し)っていたし、体育(たいいく)ではほかの生徒(せいと)では相手(あいて)にならなかったのを知(し)っていた。

「下手(へた)ではないと思(おも)うよ」

杏李(あんり)が答(こた)えた。進一(しんいち)は、うれしそうに笑(わら)った。時計(とけい)は、16時(とき)を過(す)ぎようとしていた。外(そと)には、灰色(はいいろ)の雲(くも)が空(そら)に広(ひろ)がり、今(いま)にも雨(あめ)が降(ふ)りてきそうだった。夕方(ゆうがた)から雨(あめ)が降(ふ)ることを星夏(せいか)は思(おも)い出(だ)す。天気(てんき)を気(き)にして、御開(おひら)きにするよう持(も)ち掛(か)けた。そうだねと二人(ふたり)はうなずいてくれた。席(せき)を立(た)つ前(まえ)に、進一(しんいち)と連絡先(れんらくさき)を交換(こうかん)した。進一(しんいち)は、バスケの選手(せんしゅ)のアイコンだった。よほど好(す)きなのだろう。後(あと)で連絡(れんらく)すると杏李(あんり)がいう。カフェを出(で)た。


三人(さんにん)は駐輪場(ちゅうりんじょう)へ向(む)かった。杏李(あんり)の家(いえ)はこのショッピングセンターに近(ちか)かったが、星夏(せいか)と進一(しんいち)は、学校(がっこう)のほうまで戻(もど)り、川(かわ)を渡(わた)った先(さき)にあった。方向(ほうこう)が違(ちが)うため、杏李(あんり)とはここで別(わか)れた。

来(き)た道(みち)を二人並(ふたりなら)んで歩(ある)いた。自転車(じてんしゃ)の籠(かご)には、進一(しんいち)の荷物(にもつ)が入(はい)っていた。進一(しんいち)が口(くち)を開(ひら)いた。

「実(じつ)はさ、高校一年生(こうこういちねんせい)のときバスケやめようとしたんだよね」

うつむきながら言(い)った。星夏(せいか)には関係(かんけい)ないか。と加えていった。何(なに)かを察(さっ)した星夏(せいか)は、なにと聞(き)き返(かえ)した。その問(と)いに、何(なん)でもないと答(こた)えた。その進一(しんいち)の口調(くちょう)はとても悲(かな)しそうだった。星夏(せいか)は、これ以上(いじょう)は聞(き)かないほうが良(よ)いと思(おも)った。しかし、悲(かな)しそうな進一(しんいち)の姿(すがた)を見(み)ているとどうにも力(ちから)になってあげたいというような思(おも)い、星夏(せいか)なりに進一(しんいち)のことが心配(しんぱい)になったような思(おも)いになった。

「話(はなし)があるなら聞(き)くよ。さっきもバスケ部(ぶ)は入(はい)りたいって言(い)っていたじゃん」

明(あか)るい口調(くちょう)で言(い)った。このほうが答(こた)えてくれやすいだろうと思(おも)ったからだ。

「言(い)いたくないんだよ、このことは。それに本当(ほんとう)は、やりたいけど迷(まよ)ってもいるんだよ」

とても強(つよ)い口調(くちょう)であった。星夏(せいか)はごめんと小(ちい)さな声(こえ)で言(い)った。その様子(ようす)を見(み)て、進一(しんいち)もごめんと言(い)った。ここから重(おも)い雰囲気(ふんいき)になった。学校(がっこう)からショッピングセンターに行(い)く道(みち)と同(おな)じとは思(おも)えなかった。沈黙(ちんもく)に耐(た)えかねたのか進一(しんいち)が口(くち)を開(ひら)いた。

「ちょっと、ジュース買(か)って来(く)る。」

自動販売機(じどうはんばいき)を見(み)つけた進一(しんいち)が言(い)った。自転車(じてんしゃ)の籠(かご)に入(はい)っている進一(しんいち)のバックから財布(さいふ)をとった。星夏(せいか)は、進一(しんいち)のバックの中(なか)に飲(の)みかけのお茶(ちゃ)があったのに気付(きづ)いた。

「星夏(せいか)は、何(なに)か飲(の)む?」

その口調(くちょう)は、今(いま)までの重(おも)い空気(くうき)を一掃(いっそう)するような口調(くちょう)だった。「私(わたし)はいいよ」と断(ことわ)った。進一(しんいち)のさりげない優(やさし)しい一面(いちめん)に“ありがとう”と心(こころ)の中(なか)でつぶやいた。ジュースを買(か)う進一(しんいち)を見(み)ているとあることに気(き)づいた。財布(さいふ)の色(いろ)だった。紺色(こんいろ)であった。朝(あさ)のおとめ座(ざ)の占(うらな)いでは“気持(きも)ちがうまく伝(つた)わらず、空回(からまわ)りする“という占(うらな)い結果(けっか)であり、ラッキーアイテムは紺色(こんいろ)の財布(さいふ)であった。今(いま)の自分(じぶん)のようであった。自分(じぶん)の心配(しんぱい)が空回(からまわ)りして、気(き)まずい雰囲気(ふんいき)になったが、ジュースを買(か)う進一(しんいち)の紺色(こんいろ)の財布(さいふ)がこの状況(じょうきょう)をいい方向(ほうこう)にもっていってくれたと思(おも)った。”あの星座占(せいざうらな)いが当(あ)たることあるんだ“と思(おも)った。思(おも)わずニヤッとしたとき、進一(しんいち)と目(め)が合(あ)った。どうしたと聞(き)いてきたが、何(なん)でもないといった。気(き)になっていた表情(ひょうじょう)を進一(しんいち)はしたが、聞(き)いてくることはなかった。聞(き)いては来(こ)なかったものの、話(はな)したくなってきたのでやっぱり星夏自身(せいかじしん)におきたこのことを進一(しんいち)に伝(つた)えた。今日一番(きょういちばん)の笑(わら)った顔(かお)がそこにあった。進一(しんいち)もこの占(うらな)いを見(み)ていたらしい。星夏(せいか)と同(おな)じで、東京(とうきょう)にいたころは、この占(うらな)いを見終(みお)わった7時(とき)30分(ぶん)が家(いえ)を出(で)る時間(じかん)であったといった。今日(きょう)もその名残(なごり)で占(うらな)いが終(お)わったときに家(いえ)を出(で)たらギリギリになったらしい。ただ、瞬也(しゅんや)あわただしく入(はい)ってきたところは目(め)にしていたらしい。

「さそり座(ざ)の今日(きょう)の運勢(うんせい)は、勇気(ゆうき)を出(だ)して声(こえ)をかけるといいことがあって、ラッキーアイテムが白(しろ)い傘(かさ)だったはず」

進一(しんいち)は言(い)った。この占(うらな)いは、1位(い)と12位以外(いいがい)ラッキーアイテムを表示(ひょうじ)しなかったため、1位(い)だったのだなと思(おも)った。続(つづ)けて進一(しんいち)は、

「俺(おれ)は、星座占(せいざうらな)いを信(しん)じてないけど気(き)にしちゃうんだよね。今日(きょう)は星夏(せいか)、杏李(あんり)、瞬也(しゅんや)の三人(さんにん)の友達(ともだち)ができた。あの占(うらな)いあながち間違(まちが)ってないのかもね。」

そうだねと顔(かお)を赤(あか)くした星夏(せいか)。進一(しんいち)が聞(き)いてきた。

 「星夏(せいか)は今日何位(きょうなんい)だった?」

 「乙女座(おとめざ)は12位(い)だった」

 「じゃあ、九月生(くがつう)まれとか?」

 「8月(がつ)25日(ひ)」

 二人(ふたり)はしばらく、星座占(せいざうらな)いの話(はなし)で盛(も)り上(あ)がった。


二人(ふたり)の家(いえ)は川(かわ)を渡(わた)る。その川(かわ)を渡(わた)るための橋(はし)に差(さ)し掛(か)かった時(とき)、進一(しんいち)のほほに冷(つめ)たいものが当(あ)たった。空(そら)には、ショッピングセンターを出(で)た時(とき)よりも厚(あつ)い雲(くも)で覆(おお)われ、今(いま)にも雨(あめ)が降(ふ)ってきそうであった。星夏(せいか)も空(そら)を見(み)ていた。星夏(せいか)も雨粒(あまつぶ)にあたったのだろう。進一(しんいち)に合(あ)わせて星夏(せいか)が自転車(じてんしゃ)を押(お)して歩(ある)いてくれていた。星夏(せいか)が雨(あめ)に濡(ぬ)れて帰(かえ)るのは申(もうし)し訳(わけ)ないと思(おも)った。

「俺(おれ)の足(あし)に合(あ)わせると、星夏(せいか)まで濡(ぬ)れるよ。雨(あめ)が降(ふ)る前(まえ)に自転車(じてんしゃ)で先(さき)に帰(かえ)りな」

進一(しんいち)は星夏(せいか)を促(うなが)した。星夏(せいか)は、申(もう)し訳(わけ)なさそうな表情(ひょうじょう)を浮(う)かべて“いいの?”といった。進一(しんいち)は黙(だま)って頷(うなず)いた。

「進一(しんいち)は傘(かさ)あるの?」

「今朝(けさ)は天気予報見(てんきよほうみ)てなかったから持(も)ってない。」

「じゃあ、これ使(つか)って」

バックをあさって、折(お)り畳(たた)み傘(かさ)を差(さ)し出(だ)した。

「よかった、今朝天気予報見(けさてんきよほうみ)て、急(いそ)いで入(はい)れて正解(せいかい)だった。」

進一(しんいち)は傘(かさ)を受(う)け取(と)った。ありがとうとほほ笑(え)んだ。じゃあ、また明日(あした)ね、と星夏(せいか)は進一(しんいち)を見(み)た。うんと言(い)って、遠(とお)くに去(さ)っていく星夏(せいか)を消(き)えるまで進一(しんいち)は目(め)で追(お)った。進一(しんいち)は、折(お)り畳(たた)み傘(かさ)を広(ひろ)げた。それは白色(はくしょく)だった。“これも占(うらな)いの力(ちから)なのかな“と今日(きょう)の会話(かいわ)を思(おも)い出(だ)しほほ笑(え)んだ。雨(あめ)は次第(しだい)に強(つよ)くなっていった。


家(いえ)に着(つ)いた星夏(せいか)は、本降(ほんぶ)りになる前(まえ)に帰(かえ)ることができた。小雨(こさめ)とはいえ濡(ぬ)れていたこともあり、まっすぐ風呂(ふろ)に向(む)かった。星夏(せいか)の頭(あたま)の中(なか)は、進一(しんいち)のことを心配(しんぱい)する気持(きも)ちで満(み)ちていた。おそらく、本降(ほんぶ)りの時(とき)までに家(いえ)に帰(かえ)れていないと思(おも)っていた。考(かんが)えれば考(かんが)えるほど心配(しんぱい)してしまった。それでも、星夏(せいか)が心配(しんぱい)したところでどうにもならないと割(わ)り切(き)り、考(かんが)えることをやめた。

風呂(ふろ)を上(あ)がって、部屋着(へやぎ)に着替(きが)え、夕食(ゆうしょく)を済(す)ませたころ、杏李(あんり)から連絡(れんらく)が来(き)ていた。また行(い)こうねという内容(ないよう)であった。杏李(あんり)からの連絡(れんらく)で進一(しんいち)と連絡先(れんらくさき)を交換(こうかん)したことを思(おも)い出(だ)した。雨(あめ)のことで大丈夫(だいじょうぶ)か心配(しんぱい)だったので、連絡(れんらく)してみた。星夏(せいか)は、日記(にっき)をつける習慣(しゅうかん)があった。返信(へんしん)を待(ま)つ間(あいだ)に、その日(ひ)の日(ひ)記(にっき)を書(か)いた。書(か)き終(お)わるころに、進一(しんいち)から連絡(れんらく)がきていた。本降(ほんぶ)りにあったのだが、傘(かさ)のおかげで大(おお)ごとにはならなかったらしい。この連絡(れんらく)を見(み)て、思(おも)わず星夏(せいか)はほっとした。心配事(しんぱいこと)が解消(かいしょう)されると、どうして星夏(せいか)がここまで心配(しんぱい)しているのかという思(おも)いになった。それでも、星夏(せいか)があまりこのことを気(き)にしなかったので、進一(しんいち)と連絡(れんらく)をしているうちにこの疑問(ぎもん)は消(き)えていった。


4月5日(ひ)(金)

今日(きょう)から新学期(しんがっき)が始(はじ)まる。杏李(あんり)の幼馴染(おさななじ)みの瞬也(しゅんや)と転校生(てんこうせい)の進(すすむ)一と新(あたら)しくかかわることになった。ホームルームが終(お)わると、杏李(あんり)たちとクラスに残(のこ)り、それぞれ進一(しんいち)のために自己紹介(じこしょうかい)をした。そのあと、瞬也(しゅんや)は部活(ぶかつ)に行(い)き、三人(さんにん)でショッピングセンターに向(む)かった。三人(さんにん)でいっぱい話(はな)した。杏李(あんり)と離(はな)れたのちに、進一(しんいち)と二人(ふたり)になった。バスケのことで少(すこ)し悩(なや)んでいたのだろうか。聞(き)いてはいけないことを聞(き)いてしまい、険悪(けんあく)な雰囲気(ふんいき)になった。そんな気(き)まずい雰囲気(ふんいき)を進一(しんいち)が何(なん)とかしてくれた。この時(とき)の進一(しんいち)の行動(こうどう)が朝何(あさなん)となく見(み)た占(うらな)いに一致(いっち)していた。この番組(ばんぐみ)を進一(しんいち)も見(み)ていたらしく共通(きょうつう)の話題(わだい)ができて、話(はなし)に花(はな)が咲(さ)いた。少(すこ)し占(うらな)いを信(しん)じてみようと思(おも)った。そんな会話(かいわ)をしていたら、橋(はし)を渡(わた)りおえていた。このとき、空(そら)からポツポツと雨(あめ)が降(ふ)ってきたため、ここでわかれた。今日友達(きょうともだち)になったとは思(おも)えないくらい仲良(なかよ)くなれたと思(おも)う。これからもよろしくお願(ねが)いします。



二章

2-1

高校二年生(こうこうにねんせい)になって、一週間(いちしゅうかん)がたった。つまり進一(しんいち)が北海道第一高校(ほっかいどうだいいちこうこう)に転校(てんこう)してきて、一週間(いちしゅうかん)がたった。この一週間(いちしゅうかん)の進一(しんいち)は、学校(がっこう)になれるため、北海道(ほっかいどう)という土地(とち)に体(からだ)を慣(な)らすような生活(せいかつ)をしていた。学校(がっこう)が終(お)わると、星夏(せいか)と杏李(あんり)と一緒(いっしょ)に学校(がっこう)や街(まち)を巡(めぐ)った。ただ、一度(いちど)だけバスケ部(ぶ)の見学(けんがく)に行(い)った。瞬也(しゅんや)のしつこい勧誘(かんゆう)に根負(こんま)けしたのだ。体育館(たいいくかん)の端(はし)に座(すわ)り、バスケ部(ぶ)の様子(ようす)を遠(とお)めに眺(なが)めていた。目線(めせん)を隣(となり)に向(む)けると、今年北海道第一高校(ことしほっかいどうだいいちこうこう)に入学(にゅうがく)してきた新入生(しんにゅうせい)の顔(かお)ぶれがあった。瞬也(しゅんや)の目(め)には、進一(しんいち)がバスケをしたそうな顔(かお)をしていたし、実際(じっさい)に進一自身(しんいちじしん)もバスケをやりたいと思(おも)っていた。部活(ぶかつ)のルールで制服(せいふく)である進一(しんいち)には、一切(いっさい)プレーをすることが許(ゆる)されることがなかった。柔軟(じゅうなん)などのアップからパターン練習(れんしゅう)に紅白戦(こうはくせん)といった内容(ないよう)であった。バスケ部(ぶ)の中(なか)でも瞬也(しゅんや)のプレーは目立(めだ)っていた。技術(ぎじゅつ)

が頭一(あたまひと)つ抜(ぬ)けていた。杏李(あんり)が小(ちい)さいころから瞬也(しゅんや)はバスケをしていたといっていたが、瞬也(しゅんや)がここまでうまいとは思(おも)っていなかった。進一(しんいち)にとって、好(す)きなバスケを存分(ぞんぶん)に楽(たの)しんでいる瞬也(しゅんや)の姿(すがた)やその周(まわ)りにいる人(ひと)たちとその環境(かんきょう)はうらやましかった。

部活(ぶかつ)の練習(れんしゅう)を終えて、制服(せいふく)に着替(きが)えた瞬也(しゅんや)は進一(しんいち)のもとへやってきた。二人(ひと)は駐輪場(ちゅうりんじょう)に向(む)かった。どうだった、と聞(き)かれた。率直(そっちょく)な感想(かんそう)をいった。

「いいチームだな。練習(れんしゅう)の質(しつ)も高(こう)いし、みんな楽(たの)しそうにバスケをやっている。」

聞(き)いた瞬也(しゅんや)が照(て)れて顔(かお)を隠(かく)した。そして少(すこ)しの沈黙(ちんもく)ののち、

「俺(おれ)たちと一緒(いっしょ)にバスケやらないか?」

と聞(き)かれたが、返事(へんじ)ができずに黙り込んでしまった。駐輪場(ちゅうりんじょう)に着いた。そこには、星夏(せいか)と杏李(あんり)の姿があった。

「まだいたのか」

「ちょっとね、図書室(としょしつ)で課題やっていたんだ」

そう答(こた)えたのは、杏李(あんり)であった。自転車(じてんしゃ)を押しながら、校門に向(む)かう。

「バスケ部(ぶ)に入(はい)るのか」

と杏李(あんり)が聞(き)いてきた。迷っていると答(こた)えた。

校門についたので、杏李(あんり)と瞬也(しゅんや)と別れ、星夏(せいか)と二人(ひと)いつもの川沿いの帰(かえ)り道(みち)を歩いた。

「瞬也(しゅんや)って本当にバスケうまいな。環境(かんきょう)にも人(ひと)にも恵まれていると思(おも)う。俺(おれ)も入(はい)りたいって思(おも)った。」

星夏(せいか)はわからなかった。そんなにいいならば入(はい)部(ぶ)すればいいのに、どうして迷っているのだろうかと。星夏(せいか)は聞(き)いた。

「進一(しんいち)ってバスケうまいの?」

「瞬也(しゅんや)よりうまいかな?」

と笑いながら答(こた)えた。実力があるならば、なおさら入(はい)ればいいのにと思(おも)った。そんな時(とき)、始業式のことを思(おも)い出した。あの時(とき)、確かに進一(しんいち)は何かを伝えようとしていた。

「進一(しんいち)がバスケ部(ぶ)に入(はい)るのをためらっているのって、東京(とうきょう)の学校(がっこう)で何かあったからなの?」

「関係ないよ」

と作り笑いをしながら言(い)った。星夏(せいか)は、確信した。東京(とうきょう)で何かあって、それが起因してバスケ部(ぶ)に入(はい)部(ぶ)することを拒んでいる。それが何なのかわからなかったし、進一(しんいち)も聞(き)かれるといやそうな顔(かお)をした。星夏(せいか)は、おせっかいだとわかっていたが、それでも進一(しんいち)をバスケ部(ぶ)に入(はい)れてあげたかった。


次(つぎ)の日(ひ)から、瞬也(しゅんや)の勧誘はいつもよりしつこくなった。瞬也(しゅんや)自身(じしん)、バスケをしたそうな進一(しんいち)の顔(かお)を見(み)ていたし、それ以上(いじょう)に星夏(せいか)から聞(き)いたことが、バスケバカの瞬也(しゅんや)の心を燃やしてしまった。星夏(せいか)は、朝に瞬也(しゅんや)の姿を見(み)つけると挨拶(あいさつ)をした。そして、昨日(ひ)の進一(しんいち)が言(い)っていたことを伝えた。昨日(ひ)進一(しんいち)が「瞬也(しゅんや)よりうまいかな!」といったことを伝えたのだ。進一(しんいち)自身(じしん)は、推測の意味を込めて言(い)ったつもりだったが、星夏(せいか)の耳には、進一(しんいち)の言(い)葉は確信を持ったように聞(き)こえてしまったらしい。進一(しんいち)は、目線で星夏(せいか)に“なんで言(い)うんだよ”と訴えた。“ごめんなさい”と目で訴え、顔(かお)を隠(かく)した。


その日(ひ)の、最後(さいご)の授業(じゅぎょう)が体育であった。競技(きょうぎ)は、バスケットボール。瞬也(しゅんや)からしてみれば、進一(しんいち)のレベルが見(み)たかった。しかし当の本人(ひと)は、そんな目立つほどのプレーを鼻からする気はなかった。どうしても対戦したかった瞬也(しゅんや)は、進一(しんいち)に対戦を申し出た。1on1であった。ルールは五本勝負(しょうぶ)であった。最初三本を見(み)事に瞬也(しゅんや)が決めた。楽(たの)しそうにやっていた進一(しんいち)の顔(かお)から笑(わら)顔(かお)が消えた。バスケを知(し)らない星夏(せいか)にも分かった。何かが起こると。

ボールとつく音、踏ん張るときになるスキール音、進一(しんいち)の姿勢すべてが変わった。そこからは、あっという間に決着がついた。進一(しんいち)が五本連続(つづ)で決め、決着がついた。穏やかな顔(かお)に戻った進一(しんいち)は、瞬也(しゅんや)に握手を求め、右手を差(さ)し出した。答(こた)えるように瞬也(しゅんや)も右手を差(さ)し出した。握手を交わしたとき、回りから拍手が聞(き)こえた。体育を受ける生徒の多くがこの試合(しあい)を見(み)ていた。

実力を体感した瞬也(しゅんや)は、その日(ひ)部活(ぶかつ)の練習(れんしゅう)に参加するように言(い)った。進一(しんいち)もいいよと返事(へんじ)をしてくれた。今度(こんど)は進一(しんいち)が燃えていた。昨日(ひ)の練習(れんしゅう)の実力から、瞬也(しゅんや)は少(すこ)し手を抜いたように感じたのだった。


星夏(せいか)と杏李(あんり)は、瞬也(しゅんや)に誘われてバスケ部(ぶ)を覗きに行(い)った。そこには、進一(しんいち)の姿もあった。メニューは昨日(ひ)と同じようであった。瞬也(しゅんや)は、監督からも先生(せんせい)からも信頼が厚い選手であった。その瞬也(しゅんや)が監督に、体験の進一(しんいち)を紅白戦に出すように促してくれた。監督から許可が下ったので、進一(しんいち)は紅白戦に出場した。進一(しんいち)は、3ポイントシュート2本と2ポイントシュート3本決めた。瞬也(しゅんや)も似た試合(しあい)結果だったが、瞬也(しゅんや)のほうが若干上だった。試合(しあい)中(なか)も進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)がマッチアップすることがあったが、やはり瞬也(しゅんや)のほうが若干上であった。しかし、全体でみれば、レギュラーに入(はい)れる実力はあった。

二人(ひと)のプレーを見(み)ていた星夏(せいか)と杏李(あんり)だったが、進一(しんいち)のほうに二人(ひと)とも魅力を感じていた。杏李(あんり)に関しては、近くを通(とお)るたびに声を上げていた。


練習(れんしゅう)が終わり、着替え終わる二人(ひと)を待つ星夏(せいか)と杏李(あんり)。話は、進一(しんいち)のことだった。杏李(あんり)は、進一(しんいち)の見(み)方がだいぶ変わっていたように星夏(せいか)は感じていた。着替えが終わって、二人(ひと)が戻ってきた。いつも通(とお)り駐輪場(ちゅうりんじょう)に向(む)かった。進一(しんいち)が口を開いた。

「俺(おれ)も近いうちに自転車(じてんしゃ)通(とお)学するわ。だからその時(とき)は、みんなでショッピングセンターに行(い)かない?」

といった。みんないいよと頷いた。そこからは、進一(しんいち)が何色の自転車(じてんしゃ)が似合うかの話をした。進一(しんいち)は青い自転車(じてんしゃ)が欲しいらしい。そんな話をしていると、校門についたので、いつも通(とお)り杏李(あんり)と瞬也(しゅんや)と分かれた。


星夏(せいか)との帰(かえ)り道(みち)。橋(はし)を越えて少(すこ)ししたところに、小さな公園があった。進一(しんいち)が足を止め、少(すこ)し話していかないかと提案してきた。うんと頷き、ベンチに座った。何の前(まえ)触れもなくいきなり、

「俺(おれ)、バスケ部(ぶ)に入(はい)るわ」

といった。星夏(せいか)は、進一(しんいち)にバスケ部(ぶ)に入(はい)部(ぶ)してほしいと考えていたので、とても嬉しくなった。しかし、星夏(せいか)には、懸念することがあった。進一(しんいち)の過去のことである。東京(とうきょう)でバスケ部(ぶ)に所属していた時(とき)に何かあったから、進一(しんいち)はバスケ部(ぶ)への入(はい)部(ぶ)を拒んでいたのだと星夏(せいか)は考えていたからだった。進一(しんいち)は、星夏(せいか)の言(い)いたいことに察して、話す覚悟を決め、語り始めた。


進一(しんいち)が高(こう)校一年(いちねん)生の時(とき)、バスケ部(ぶ)に所属していた。その高(こう)校は、全国レベルの実力を誇る強豪校であった。進一(しんいち)はその高(こう)校に入(はい)学した。バスケで日(ひ)本一になるために。練習(れんしゅう)は過酷で、朝の練習(れんしゅう)、放課後(ほうかご)の練習(れんしゅう)を終えたこれには帰(かえ)って寝るほどの体力しかなかった。きつい練習(れんしゅう)からやめる部(ぶ)員も後を絶たなかった。しかし、進一(しんいち)は一切練習(れんしゅう)に手を抜くことなく励んだ。もともと進一(しんいち)は、バスケの技術があった。強豪校であっても、その才能が認められて高(こう)校一年(いちねん)生でレギュラーとしてベンチに入(はい)る場面も多く、時(とき)折その姿はベンチではなく、コートに立つこともあった。

そんな中(なか)、三年生最後(さいご)の大会であったウィンターカップの出場権をかけた決勝戦の出来事であった。相手もまた県内で首位を争う強豪校であった。ここで進一(しんいち)のバスケ人(ひと)生は狂った。試合(しあい)は、負けて終わった。試合(しあい)終了の少(すこ)し前(まえ)に、得点は拮抗していた状態であった。進一(しんいち)のパスがカットされたことによってそのまま速攻を食らい失点した。ここから勝つために点を取るも、相手もまた着実に点を重ねていった。二点という大きな壁に阻まれて、決勝戦で敗退した。試合(しあい)後には三年生は最後(さいご)の試合(しあい)になることの重みや進一(しんいち)が一年(いちねん)生なので、まだ先があることなどから多くのいじめを受けた。非難はミスだけにとどまらず、進一(しんいち)自身(じしん)の実力までも言(い)われるようになっていた。

進一(しんいち)は、バスケ部(ぶ)をやめていた。誰よりもバスケを楽(たの)しみ、だれよりも一生懸命に練習(れんしゅう)に励んでいた人(ひと)間が、たった一つのミスですべてを失った。


進一(しんいち)が瞬也(しゅんや)のバスケをしているときに、過去の自分を見(み)ているようであった。実力が学年の中(なか)で抜きんでていた。瞬也(しゅんや)は、監督からの信頼があったからベンチに入(はい)り、試合(しあい)に出場でき

ていたのだろう。瞬也(しゅんや)をチームは必要とされていた。そして先輩からの信頼もあった。そこが決定的な違いであった進一(しんいち)は監督から信頼されても、先輩から信頼されていないと思(おも)っていた。

過去の嫌な経験からバスケを避けていた。しかし、瞬也(しゅんや)の置かれた環境(かんきょう)を見(み)てもう一度バスケをしたい、強くなりたい、そして勝ちたいと心を動かされたのであった。

「星夏(せいか)、このことみんなには黙っといてくれないかな」

星夏(せいか)は小さくうなずいた。

「今日(ひ)はもう遅いし、帰(かえ)ろうか。話に付き合ってくれてありがとう。」

そうして二人(ひと)は、横に並んでまた歩き始めた。



4月12日(ひ)(金)

瞬也(しゅんや)のしつこい説得によって、進一(しんいち)がバスケ部(ぶ)に入(はい)部(ぶ)することになった。体育での二人(ひと)の白熱した試合(しあい)、気配の変わった進一(しんいち)がとても印象的であった。放課後(ほうかご)、バスケ部(ぶ)に見(み)学に行(い)った。進一(しんいち)が楽(たの)しそうにバスケをしていた。本当にバスケが好きなのだろうなと見(み)ていて思(おも)った。進一(しんいち)の活躍する姿がもっと見(み)られるといいな。部活(ぶかつ)に入(はい)部(ぶ)したのでこれから一緒(いっしょ)に帰(かえ)れるのが減ることはちょっぴり寂しいです。



2-2

進一(しんいち)がバスケ部(ぶ)に入(はい)部(ぶ)してから、数日(ひ)がたったある日(ひ)の体育の授業(じゅぎょう)のことであった。新体力測定が行(い)われた。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)は張り合うようにしていた。二人(ひと)の対戦結果は五分であり、最終種目の50m走に勝敗がかかっていた。出席番号順に並んだ。川口と砂川であるため、瞬也(しゅんや)から走ることになった。瞬也(しゅんや)の記録は、6.42秒であった。瞬也(しゅんや)は自己ベストをこのタイミングでたたき出した。むしろ、張り合っていたから出た記録なのかもしれない。進一(しんいち)に大きなプレッシャーを与えられたと瞬也(しゅんや)は思(おも)った。進一(しんいち)の順番になった。大きく息を吐いて、スタートの構えをした。雰囲気(ふんいき)が変わった。それを見(み)ていた瞬也(しゅんや)は、この雰囲気(ふんいき)の進一(しんいち)に覚えがあった。過去に進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が体育の授業(じゅぎょう)で1on1をした時(とき)のことだ。三本リードから逆転されたことが頭をよぎった。瞬也(しゅんや)自身(じしん)も固唾をのんで進一(しんいち)の姿を見(み)ていた。

スタートの声と同時(とき)に、一気にトップスピードになり、失速することなく、そのままゴールをした。とても刹那に瞬也(しゅんや)は感じた。次(つぎ)の瞬間、タイマーを止めた生徒がその記録に思(おも)わず声を上げた。6.28秒。この瞬間に、進一(しんいち)の勝ちが確定した。負けて悔しいというよりもその走りに鳥肌が立った瞬也(しゅんや)であった。


全員が走り終わって、体育の先生(せんせい)がトップスリーのタイムを発表した。進一(しんいち)は二位であった。陸上部(ぶ)の子にはさすがに及ばなかったが、十分に健闘した功績を残した。瞬也(しゅんや)の名前(まえ)は、呼ばれなかった。瞬也(しゅんや)自身(じしん)が気になって、先生(せんせい)に授業(じゅぎょう)が終わると聞(き)きに行(い)った。四位だったらしい。これには、悔しそうにしていた。


翌日(ひ)のことだ。この日(ひ)の最後(さいご)の授業(じゅぎょう)は、ホームルームを一コマ分用意されていた。その議題は、体育祭であった。棒倒(ぼうたお)し、借り物競争、応援(おうえん)合戦、綱引き、リレーなど多種多様であった。中(なか)には、クラス全員参加型の競技(きょうぎ)もあった。しかし、すべてがそういうわけではなく、代表者がやる競技(きょうぎ)は、クラス委員を中(なか)心にその競技(きょうぎ)を行(い)う人(ひと)を決めていく。進一(しんいち)の昨日(ひ)の体育の結果はクラスで知(し)らない人(ひと)はいなかった。転校生が、スポーツ万能でいきなりこの結果を出したのだ。アニメのヒロインと言(い)わんばかりの結果に、クラスのみんなとも仲良くなれた気がした。その結果、進一(しんいち)は無条件でリレーに選ばれた。“マジか“という顔(かお)を杏李(あんり)に見(み)られたが、笑ってごまかした。その姿を見(み)て、杏李(あんり)もまたほほ笑んだ。

一人(ひと)一つは最低でも競技(きょうぎ)の参加が義務付けられていた。全員が、一つの競技(きょうぎ)を決めたところで、何種目か余った。進一(しんいち)は、視線を感じていたが気づいていないふりをした。そこに瞬也(しゅんや)が口を開いた。

「進一(しんいち)やれよ。転校生なんだから、去年の分も込みで」

俺(おれ)はいいよと言(い)いかけた。また杏李(あんり)がこっちを見(み)ていた。進一(しんいち)は、よりによって余ったのが棒倒(ぼうたお)しということがどうにも気が乗らなかった。しかし、断ったところで誰も聞(き)いてくれないことを察した。

「やりまーす」

力なく言(い)った。こうしてクラスの競技(きょうぎ)の役割分担が終わった。こうしてこの日(ひ)の授業(じゅぎょう)が終わった。体育祭は、5月30日(ひ)に予定されていた。一か月とちょっとある。


授業(じゅぎょう)が終わり、進一(しんいち)は部活(ぶかつ)に行(い)こうとしていた。

「ちょっと待って」

瞬也(しゅんや)が言(い)った。返事(へんじ)はしなかったが、言(い)われた通(とお)り教室(きょうしつ)の外で待っていた。そこに星夏(せいか)の姿があった。

「いきなり二種目って、大抜擢だね」

「ありがとう」

「そういえば、星夏(せいか)は何の競技(きょうぎ)に出るの?」

「借り物競争だよ。杏李(あんり)ちゃんも一緒(いっしょ)なんだ」

会話(かいわ)の途中(なか)で、おまたせと言(い)いながら瞬也(しゅんや)が来た。

「ごめんね、行(い)くわ」

といって、星夏(せいか)のもとを去った。体育館(たいいくかん)に行(い)くまでに、星夏(せいか)と杏李(あんり)の競技(きょうぎ)を教えた。しかし、瞬屋は知(し)っていたのだろう。その話の流れで、瞬也(しゅんや)の競技(きょうぎ)についても聞(き)いた。進一(しんいち)と同じく棒倒(ぼうたお)しに参加するらしい。



4月15日(ひ)(月)

文化祭(ぶんかさい)の競技(きょうぎ)を決めた。私は、借り物競争になった。クラスの足を引っ張んないように頑張りたい。杏李(あんり)と一緒(いっしょ)だから少(すこ)し安心した。瞬也(しゅんや)は棒倒(ぼうたお)し。進一(しんいち)も棒倒(ぼうたお)しに出るけど、リレーにも出る。頑張ってほしい。進一(しんいち)は、自分が出たい競技(きょうぎ)だったのか少(すこ)し心配しました。体育最楽(たの)しみだな。



2-3

ゴールデンウィーク前(まえ)、最後(さいご)の学校(がっこう)。この日(ひ)は、進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)も部活(ぶかつ)がなかった。授業(じゅぎょう)が終わりに近づくにつれ、ゴールデンウィークに近づく感触で皆浮足立っていた。そして、チャイムの音が彼らをとても笑顔(かお)にした。その日(ひ)の放課後(ほうかご)に、進一(しんいち)が星夏(せいか)と杏李(あんり)のもとにやってきた。

「見(み)せたいものがある準備終わってからちょとついて来て」

言(い)われるがまま二人(ひと)は帰(かえ)る準備をした。そして、進一(しんいち)に声をかけた。そこには、瞬也(しゅんや)もいた。進一(しんいち)を先頭に、四人(ひと)は歩いていた。瞬也(しゅんや)も行(い)先は知(し)らない様子(ようす)であった。

「そっち、駐輪場(ちゅうりんじょう)だよ?」

星夏(せいか)は言(い)ったが、返事(へんじ)はなかった。そして突然、青い自転車(じてんしゃ)の前(まえ)で足を止めた。

「じゃーん」

進一(しんいち)は、新しい自転車(じてんしゃ)を見(み)せたかったらしい。にこにこしていた。

「これ、進一(しんいち)の自転車(じてんしゃ)なの?チャリ通(とお)デビュー?」

杏李(あんり)が言(い)って、頷いた。進一(しんいち)は何か言(い)いたげにしていたが、言(い)いづらそうにしていた。そういえばと言(い)ったのは星夏(せいか)だった。

「そういえば、進一(しんいち)が自転車(じてんしゃ)買ったら一緒(いっしょ)にショッピングセンターに行(い)く約束(やくそく)しなかったっけ?」

進一(しんいち)は“よく言(い)った、星夏(せいか)”と内心うれしそうに思(おも)った。

「そういえばそんな約束(やくそく)もしたな。じゃあ、今日(ひ)みんなで行(い)こうよ」

進一(しんいち)が言(い)った。

「素直に『ショッピングセンターに行(い)こう』って言(い)えばいいのに」

瞬也(しゅんや)は言(い)った。瞬也(しゅんや)には、見(み)透かされていた。ばれたことが少(すこ)し恥ずかしくて、顔(かお)を赤(あか)くした。実際は、瞬也(しゅんや)は冗談(じょうだん)のつもりであったが、その反応を見(み)ては“図星かよ”と思(おも)っていた。


二人(ひと)に列になって、ショッピングセンターに向(む)かった。始業式の時(とき)に、星夏(せいか)と杏李(あんり)と一緒(いっしょ)に来た時(とき)以来のショッピングセンターであった。ショッピングセンターに来たもの、目的はこの日(ひ)もなかったので、以前(まえ)に行(い)ったカフェでおしゃべりすることになった。

話の内容は、体育祭やバスケ部(ぶ)での二人(ひと)の話などであった。バスケ部(ぶ)の話の途中(なか)に、瞬也(しゅんや)が星夏(せいか)と杏李(あんり)に提案した。どうやら、ゴールデンウィークに、練習(れんしゅう)試合(しあい)を行(い)うらしい。星夏(せいか)たちの学校(がっこう)が開催会場になるため、二人(ひと)からしてみれば行(い)きやすいというのもあったのだろう。瞬也(しゅんや)も二人(ひと)がバスケ部(ぶ)の見(み)学に来た時(とき)に、進一(しんいち)の姿を見(み)て楽(たの)しそうにしていたのを知(し)っていた。そして何より、瞬也(しゅんや)には、星夏(せいか)が進一(しんいち)を帰(かえ)り道(みち)にバスケ部(ぶ)に入(はい)部(ぶ)するように説得してくれたと思(おも)っていた。お礼といえるほどではないが、進一(しんいち)の活躍する姿を見(み)せてあげたかった。

「いいよ」

と杏李(あんり)はいった。そのまま、杏李(あんり)は隣に座っていた星夏(せいか)を見(み)た。星夏(せいか)も頷いた。その様子(ようす)を見(み)て、瞬也(しゅんや)は詳細を教えてくれた。午前(ごぜん)は、共同練習(れんしゅう)を行(い)い、午後(ごご)から練習(れんしゅう)試合(しあい)を行(い)うらしい。それを聞(き)いて、星夏(せいか)と杏李(あんり)は午後(ごご)から行(い)くと行(い)った。来る前(まえ)に連絡(れんらく)をするように伝えたが、瞬也(しゅんや)自身(じしん)プレイヤーという立場なので、こまめに確認(かくにん)できないことも伝えた。それを聞(き)いて、杏李(あんり)は13時(とき)を目安に体育館(たいいくかん)に行(い)くと言(い)った。これを聞(き)いて、星夏(せいか)も分かったと言(い)った。細かいことは、会場に着いたら瞬也(しゅんや)が案内するらしいし、それまでに監督と話をつけてくれるらしい。進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)も気合が入(はい)ったのか顔(かお)が締まったように感じた。

日(ひ)が暮れてきたのでこの日(ひ)は、解散した。帰(かえ)り道(みち)、ちょうど橋(はし)に差(さ)し掛(か)かったあたりのことだ。進一(しんいち)は星夏(せいか)に言った。

「試合(しあい)の日(ひ)、一番点取るから見(み)といて」

星夏(せいか)自身(じしん)、バスケをしている進一(しんいち)を楽(たの)しみにしていた。


試合(しあい)当日(ひ)。空は晴れていた。進一(しんいち)は、自転車(じてんしゃ)通(とお)学になってから7時(とき)40分に出るようになっていた。進一(しんいち)は、家(いえ)を出る前(まえ)に星夏(せいか)に連絡(れんらく)した。

“予定通(とお)り13時(とき)で大丈夫(だいじょうぶ)だよね?”

返信を待たずに、スマホをポケットにしまった。この日(ひ)もいつもと同じ時(とき)間に家(いえ)を出た。“今日(ひ)は12位だった”そんなことを考えながら自転車(じてんしゃ)をこいだ。“ラッキーアイテムなんだっけ”と考えていたが結局思(おも)い出せなかった。12位の内容が良くなかったので、ラッキーアイテムがとても気になっていた。学校(がっこう)に着いた。瞬也(しゅんや)がちょうど駐輪場(ちゅうりんじょう)を出るところだったので、声をかけた。気づいた瞬也(しゅんや)は、待っていてくれた。


昨日(きのう)のことだった。練習(れんしゅう)の片付(かたづ)けをしながら、瞬也(しゅんや)が言(い)った。

「明日(あした)、がんばれよ」

進一(しんいち)は、お前(まえ)が言(い)うなよと突っ込んだが、瞬也(しゅんや)はそういうことを言(い)いたいのではなかった。

「明日(ひ)、星夏(せいか)が来るだろ?かっこいいところ見(み)せてあげろよ」

進一(しんいち)は意表を突かれた。瞬也(しゅんや)の中(なか)では、進一(しんいち)は星夏(せいか)が好きだと思(おも)っていたらしい。

「瞬也(しゅんや)こそ、それでいいのか?」

今度(こんど)は瞬屋が意表を突かれた。そのまま進一(しんいち)は続(つづ)けて話した。

「自分のことをいうのって苦手なんだよね。そのうえ聞(き)かれなかったから言(い)わなかったけどさあ…」

間があった。瞬也(しゅんや)は何を言(い)ってくるのか検討(けんとう)もつかなかった。だから、この間が重く感じた。

「実は、東京(とうきょう)に彼女がいるんだよね…。隠(かく)していたつもりはなかったんだけど」

「今は連絡(れんらく)だけ取っているから、あまり付き合っているとは言(い)えないけど」

驚きで、声が出ないとはこのことなのだなと瞬也(しゅんや)は思(おも)った。最後(さいご)の道(みち)具を片付(かたづ)け終わった。

片付(かたづ)けが終わったのを見(み)て、キャプテンが部(ぶ)員を集めた。明日(ひ)の練習(れんしゅう)試合(しあい)の軽いミーティングだった。そのまま締めの言(い)葉を残して、その日(ひ)の練習(れんしゅう)は終わった。着替えを終え、二人(ひと)は駐輪場(ちゅうりんじょう)に向(む)かった。瞬也(しゅんや)の中(なか)で整理ができた。“進一(しんいち)には、東京(とうきょう)に彼女がいて、今は連絡(れんらく)をするだけの関係”こんな簡単なことなのに頭は追いつかなかった。そして、こんなに近くにいて、気づかなかった自分を少(すこ)し責めた。

「まあ、俺(おれ)のことは気にせず、瞬也(しゅんや)こそ星夏(せいか)にかっこいいところ見(み)せろよ」

笑っていった進一(しんいち)であった。

“じゃあ星夏(せいか)の気持(きも)ちはどうなるんだよ”

瞬也(しゅんや)は自分の気持(きも)ちよりも星夏(せいか)の気持(きも)ちが気になった。このことは星夏(せいか)に言(い)うべきなのか迷ったが、進一(しんいち)の口から言(い)う方が良いと判断したため、瞬也(しゅんや)は黙っていようと決めた。瞬也(しゅんや)は自分の気持(きも)ちがわからなくなっていた。

“どうすればいいんだよ”


「昨日(ひ)お前(まえ)のせいで眠れなかったわ」

瞬也(しゅんや)はいった。進一(しんいち)は笑っていった。

「そんな驚くことかな?それ気にしてしくじるなよ」

二人(ひと)は、体育館(たいいくかん)に向(む)かって歩いた。体育館(たいいくかん)について、スマホを見(み)ると星夏(せいか)から返信が来ていた。

“13時(とき)で大丈夫(だいじょうぶ)だよ。今日(ひ)はいっぱい応援(おうえん)するから、がんばってね”

笑みを浮かべ、スマホを瞬也(しゅんや)に見(み)せた。

「いっぱい応援(おうえん)してくれるらしいよ」

瞬也(しゅんや)は照(て)れて顔(かお)を赤(あか)くしてしまった。


12時(とき)30分。空には少(すこ)し雲がかかってきた。午前(まえ)の合同練習(れんしゅう)が終わった。進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)も試合(しあい)に向(む)けて、いい感触を持ついい練習(れんしゅう)になったと感じていた。二人(ひと)は一緒(いっしょ)に昼食を食べていた。

「今日(ひ)調子よさそうじゃん。このまま張り切って頑張って」

進一(しんいち)が瞬也(しゅんや)に言(い)った。実際に、相手チームにも一目置かれるほどの活躍はしていた。しかし、瞬也(しゅんや)には煽っているように聞(き)こえたし、進一(しんいち)もまた、煽っていた。

「そんなことより星夏(せいか)から連絡(れんらく)は来たのか?」

「忘れていたわ」

立ち上がり、荷物(にもつ)のもとへ向(む)かった。スマホを見(み)ながら進一(しんいち)は戻ってきた。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が休憩に入(はい)ったときに、ちょうど星夏(せいか)から連絡(れんらく)が来ていた。内容は、今から向(む)かうといった内容であった。二人(ひと)が昼食を食べ終わるころに、到着の連絡(れんらく)が来た。進一(しんいち)は、瞬也(しゅんや)君がお迎えに上がりますと返信したため、瞬也(しゅんや)は、駐輪場(ちゅうりんじょう)に迎えに行(い)くことになった。駐輪場(ちゅうりんじょう)で、星夏(せいか)とあいさつをしているときに杏李(あんり)も到着した。そのまま三人(ひと)で体育館(たいいくかん)に向(む)かった。

体育館(たいいくかん)の時(とき)計の針は、13時(とき)10分を指していた。進一(しんいち)は、一人(ひと)でシュートを打っていた。瞬也(しゅんや)たちの声が聞(き)こえたが、シュート練習(れんしゅう)を止めようとはしなかった。三人(ひと)が入(はい)ってきた。瞬也(しゅんや)は荷物(にもつ)の場所(ばしょ)を指定した。星夏(せいか)の荷物(にもつ)がやけに大きく、思(おも)たそうにしていたのが少(すこ)し気になった。体育館(たいいくかん)の時(とき)計で30分になったら午後(ごご)の試合(しあい)が始まるということを伝えて、瞬也(しゅんや)は試合(しあい)のアップのために進一(しんいち)のところに向(む)かった。


少(すこ)し時(とき)間が押したが、13時(とき)40分ごろに試合(しあい)が始まった。瞬也(しゅんや)がスタメンで出ていた。ドリブル突破、レイアップシュート、スリーポイントシュートなどを決めていく。第一クオーターはその瞬也(しゅんや)の活躍でリードする展開で終えた。活躍する瞬也(しゅんや)だが、ここまで活躍すると、やはり体力の消耗もまた大きい様子(ようす)であった。汗の量が尋常でなかった。進一(しんいち)の出番は今のところなかった。監督は、瞬也(しゅんや)の様子(ようす)を見(み)て、一度回復のために下げて進一(しんいち)を出した。進一(しんいち)に瞬也(しゅんや)の代わりをするようにというような指示が暗黙で聞(き)こえた。第二クオーターの立ち上がりの進一(しんいち)は、瞬也(しゅんや)ほど目立つプレーをしなかった。だからと言(い)って、シュートを決めなかったわけでもなかった。お互いにシュートを外すことのない、拮抗した展開が続(つづ)いた。そんな時(とき)、進一(しんいち)がコート上に立つ先輩に声にかけに行(い)った。何を言(い)ったのか客席の星夏(せいか)と杏李(あんり)には聞(き)こえるわけもなかった。それでも星夏(せいか)は、この会話(かいわ)の姿に期待をしたが、その後の試合(しあい)展開では、少(すこ)し盛り返したが大きく変わったようには見(み)えなかった。それ以外の違いは判らなかった。進一(しんいち)は、ポジションの変更をお願いしたらしい。入(はい)部(ぶ)して間もないこともあって、監督自身(じしん)まだ完全に進一(しんいち)を使い切れていないのだろう。進一(しんいち)の守備から少(すこ)しずつリズムができた。このまま、点差(さ)を少(すこ)し広げて第二クオーターが終わった。進一(しんいち)は、汗は来ていたが、息は全く乱れていなかった。ベンチに下がり、進一(しんいち)は俊也に笑いながら言(い)った。

「お前(まえ)が必要だ、いつまでそこにいるのか?」

瞬也(しゅんや)は、笑いながら言(い)っているが本心だと察した。闘争心にさらに火が起こり、大炎と化した。チームメイトは、こういう時(とき)の瞬也(しゅんや)の止め方を知(し)らなかったし、自身(じしん)でもわかっていなかった。それでも、思(おも)う存分にやらせれば、結果で答(こた)えてくれることは知(し)っていた。

ハーフタイムが終了した。コートに向(む)かう選手の中(なか)には、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)がいた。星夏(せいか)と杏李(あんり)の応援(おうえん)も一段ギアが上がる。第三クオーターの立ち上がり、相手は手も足も出なかった。瞬也(しゅんや)の独壇場であった。それを後ろから支える進一(しんいち)。第一クオーターでは徹底的なマークに苦しめられた。今もそれをやろうとするが、進一(しんいち)がうまく対応して主導権を握らせない。瞬也(しゅんや)が攻めて、進一(しんいち)が守る。二人(ひと)が作る勢いにコートの選手、ベンチの選手、応援(おうえん)する人(ひと)すべてが飲まれた。瞬也(しゅんや)は、自分のやりたいプレーを思(おも)う存分できていることを感じていた。今までで一番楽(たの)しくバスケをしていることが分かった。それを可能にしている進一(しんいち)のプレー。“化け物だな”と小さくつぶやいた。ここでまた、進一(しんいち)が動き出した。またポジションが変わった。進一(しんいち)は、後ろから瞬也(しゅんや)を見(み)ていた。進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)には合わせやすいと思(おも)っていたが、それ以上(いじょう)に点を決めたいと思(おも)い始めていた。ボールをもらうとドリブルで突破し始めた。一人(ひと)。二人(ひと)。三人(ひと)。簡単に抜いていき、あっという間にシュートを決めた。満足したのか、元のポジションに戻った。ここから進一(しんいち)が大きく動くことはなかった。ここで大量得点に成功し、大きくリードして、第三クオーターを終えた。さすがに少(すこ)し、進一(しんいち)も息が上がっていた。ベンチに下がるとき、瞬也(しゅんや)が嬉しそうに近づいて、背中(なか)をたたいた。

第四クオーター。二人(ひと)はベンチスタートであった。三年生の意地のような試合(しあい)展開になった。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)がいた時(とき)に比べれば、総合戦力は劣るが、それでも十分に強かった。二人(ひと)はその試合(しあい)をベンチから見(み)ていた。残り二分。第一クオーターから出場していた一人(ひと)の先輩が右足をつるアクシデントが起きた。瞬也(しゅんや)が真っ先に救護に向(む)かった。監督は、その選手を下げ、代わりに進一(しんいち)をコートに入(はい)れた。この時(とき)、残り1分30秒程に時(とき)間は進んでいた。スコアは、第三クオーター終了の時(とき)の点差(さ)とあまり変わっていなかった。進一(しんいち)が、穴を埋めるようにそのポジションに入(はい)った。進一(しんいち)にとってここからの1分30秒はとても長かった。

ボールを受けた時(とき)、感触に違和感を覚えた。うまく力が入(はい)っていないような、うまく力が伝わっていないような感触であった。進一(しんいち)にはこの感触に見(み)覚えがあった。それでもなんとか最初はボールを回せていたが、次(つぎ)第にこの感触に襲われていった。進一(しんいち)からのパスが二本連続(つづ)でカットされ、そのまま二本連続(つづ)でシュートを決められた。そのまま試合(しあい)が終了した。第三クオーターの点差(さ)があったため、試合(しあい)には勝ったが、それでも後味悪い試合(しあい)結果になった。周(まわ)りからは終盤の疲れ、相手の試合(しあい)間際の意地というものに見(み)えていたのかもしれなかった。瞬も、プレーだけ見(み)ればそう感じたのかもしれなかったが、進一(しんいち)の様子(ようす)からもっと違う何かがあることが分かった。そのあとも何試合(しあい)か行(い)われた。

一日(ひ)の合同練習(れんしゅう)が終わった。会場校であったため片づけを行(い)った。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が出てくるのはちょっと遅かった。出てきた二人(ひと)に杏李(あんり)はお疲れと声をかけた。

「今日(ひ)は試合(しあい)見(み)に来てくれてありがとう」

瞬也(しゅんや)が言(い)った。

「今からショッピングセンター行(い)かない?おしゃべりしたい」

進一(しんいち)が断ろうとした時(とき)、星夏(せいか)が進一(しんいち)を誘って、ほほ笑んだ。“行(い)くか”と思(おも)った。


いつものカフェに着いた。杏里が今日(ひ)の試合(しあい)の感想(かんそう)をずっとしゃべっている。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)はずっと褒められていた。悪い気はしなかったが、話が長いと思(おも)っていた。話の跡切れを見(み)て、瞬也(しゅんや)が星夏(せいか)に聞(き)いた。

「今日(ひ)の荷物(にもつ)大きくて重そうだけだ、何が入(はい)っているの?」

星夏(せいか)は顔(かお)を赤(あか)くして、そっと荷物(にもつ)を隠(かく)した。それでも恥ずかしそうにしながら、お弁当を作ってきたことを言(い)った。渡すタイミングがなかったらしい。実際に、星夏(せいか)たちが学校(がっこう)に着いたとき、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)はお弁当を食べた後であった。食べてもいいかなと瞬也(しゅんや)は聞(き)いたら、首を縦に振った。さすがに店内で食べるわけにもいかなかったので、学校(がっこう)とショッピングセンターの間の川辺で食べることにした。青いお弁当箱であった。お弁当はどれもおいしそうに仕上がっていた。口にするものすべてが、実際においしかった。

「朝早くに連絡(れんらく)して、返信が来たけどこういうことだったんだ」

笑いながら進一(しんいち)が言(い)うと、また恥ずかしそうな顔(かお)をした。

「喉乾かない?俺(おれ)は買ってくるよ」

瞬也(しゅんや)が言(い)った。みんなの要望を聞(き)いて買いに行(い)った。その時(とき)、進一(しんいち)にも来るように言(い)った。近くの自動販売機まで歩いて行(い)った。どうやら、瞬也(しゅんや)は、二人(ひと)になりたかったようだ。

「かっこいいところ見(み)せられました?」

冗談(じょうだん)交じりで進一(しんいち)が聞(き)いた。これには反応しなかった。そして、瞬也(しゅんや)が口を開いた。

「今日(ひ)の最後(さいご)のプレーどうした?普段のお前(まえ)ならあんなイージーミスをしない。俺(おれ)の直感だがあれは何が起こったんだろ?」

痛いところを突かれた進一(しんいち)であったが、瞬也(しゅんや)にも伝えるべきだなと思(おも)った。

 「瞬也(しゅんや)のそういう妙に勘のいいところ苦手だわ」

笑っていった。過去に何度かこの勘で図星のことを言(い)われている。そのまま続(つづ)けて進一(しんいち)が話した。

「こっちに来た時(とき)、俺(おれ)が入(はい)部(ぶ)を拒んだことって気にしたことある?東京(とうきょう)の学校(がっこう)にいた時(とき)の話になる。東京(とうきょう)のそれなりの強豪校にいたんだ。ありがたい話にちょくちょく試合(しあい)に出ていた。監督から信頼をそれなりに得ていたのだと思(おも)う。ウィンターカップ出場をかけた試合(しあい)で今日(ひ)と同じようなミスをした。あの時(とき)もうまく力が伝わらない感覚から始まった。俺(おれ)のせいで三年生の最後(さいご)の試合(しあい)にしてしまった。この後の三年生の対応で、先輩からは嫌われていたことを察した。気づいたらバスケをやめていた。だから、こっちに来てバスケをすることが、怖かった。同じことを繰り返したらと思(おも)うと入(はい)部(ぶ)すらも嫌になった。それでも、入(はい)部(ぶ)をした。やっぱ俺(おれ)、バスケ好きだわって思(おも)えたから」

 瞬也(しゅんや)は、うれしそうにしていた。

 「お前(まえ)には俺(おれ)がいる。もっと俺(おれ)を頼れよ。進一(しんいち)のパスは今まで受けた誰よりもやりやすかった。だから、あんま気にするな」

 星夏(せいか)と杏李(あんり)の元に戻った。お弁当は片付(かたづ)けてあった。杏李(あんり)には二人(ひと)の様子(ようす)が変わって見(み)えた。星夏(せいか)にも、進一(しんいち)は何かから吹っ切れたように見(み)えた。杏李(あんり)は進一(しんいち)の隣に行(い)った。ただ、特に何かするわけではなかった。四人(ひと)はまた今日(ひ)の試合(しあい)の話を始めた。しかし、しばらく話すと日(ひ)が暮れ始めたので、その日(ひ)はお開きになった。試合(しあい)が来たいときは、いつでも言(い)っていいという約束(やくそく)をした。

 杏里と瞬也(しゅんや)の帰(かえ)り道(みち)。瞬也(しゅんや)は少(すこ)し杏里に鎌をかけた。杏李(あんり)は好なものができるとずっとそれを話す。そのことを軽く聞(き)いてみた。話はそらされた。“今度(こんど)は進一(しんいち)か”瞬也(しゅんや)は思(おも)った。

 星夏(せいか)と進一(しんいち)の帰(かえ)り道(みち)。星夏(せいか)は少(すこ)し進一(しんいち)に鎌をかけた。今日(ひ)の試合(しあい)で、昔と同じミスしたか聞(き)いた。朝の占いであった。さそり座は12位であった。過去と同じミスをすると言(い)っていた。もともと、星夏(せいか)は占いをあまり真に受けないが、始業式以来、見(み)るようになった。心配からであった。進一(しんいち)にしてみれば、なんでそんなことを聞(き)くのか疑問に思(おも)った。ただ、いつも通(とお)りだよと答(こた)えた。今度(こんど)は進一(しんいち)が話しかけた。突然に謝った。一番活躍するという約束(やくそく)を守れなかったことだった。ただ、星夏(せいか)から見(み)れば、進一(しんいち)が一番であった。

 交差(さ)点に着いた。ここで進一(しんいち)と星夏(せいか)は方向(む)が変わる。進一(しんいち)は、星夏(せいか)と別れを告げた後、考えながら歩いていた。星夏(せいか)が作ってくれたお弁当とさっきの質問の意味を。朝思(おも)い出せなかったラッキーアイテムが、今になって青いお弁当であったこと思(おも)い出した。心配してくれていたのかと顔(かお)を赤(あか)くした。星夏(せいか)は、進一(しんいち)と別れを告げた後、考えていた。進一(しんいち)は、星夏(せいか)のことをどう思(おも)っているのかを。


 5月3日(ひ)(金)

今日(ひ)は、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)の試合(しあい)を見(み)に行(い)った。お弁当を作ろうと決めていた。朝早くに起きてお弁当を作った。テレビの占いで進一(しんいち)のことが少(すこ)し心配になった。試合(しあい)は、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)の活躍で勝った。やっぱり、バスケをしている姿はかっこよかった。試合(しあい)の帰(かえ)り道(みち)にみんなでお弁当を食べた。試合(しあい)のことを話しながらみんなで食べたお弁当はおいしかった。また試合(しあい)に誘ってもらえた。次(つぎ)に試合(しあい)を見(み)に行(い)くときは、何点決めてくれるのか楽(たの)しみにしています。



2-4

差(さ)すように降り注ぐ日(ひ)の光が街を照(て)らしていた。晴れということは、今日(ひ)が体育祭の当日(ひ)であることを意味していた。星夏(せいか)はいつも通(とお)り支度を終え、家(いえ)を出た。7時(とき)30分であった。自転車(じてんしゃ)に乗って、学校(がっこう)に向(む)かう。学校(がっこう)に着くと、杏李(あんり)がいた。二人(ひと)で教室(きょうしつ)に行(い)き、荷物(にもつ)を置いて体操着に着替えるためにロッカーに向(む)かった。二人(ひと)とも気合は十分であった。闘志を内に秘めていた。“よし“と気合をさらに入(はい)れて教室(きょうしつ)に向(む)かった。

教室(きょうしつ)には、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)の姿があった。二人(ひと)は、まだ制服(せいふく)姿で着替えていなかった。

「おっす~。気合入(はい)っているね、二人(ひと)とも」

瞬也(しゅんや)に言(い)われた。気合は隠(かく)していたものだったが隠(かく)しきれていなかったらしい。星夏(せいか)は、恥ずかしがって、耳まで赤(あか)かった。二人(ひと)を見(み)て思(おも)いついたように言(い)った。

「俺(おれ)らもそろそろ着替えるか」

進一(しんいち)が言(い)うと、そうだなと着替えるためにロッカーに向(む)かった。いつも通(とお)りの二人(ひと)であった。バスケ以外で熱くならないのかと思(おも)った。ただ、星夏(せいか)は、そんな二人(ひと)を見(み)て、今日(ひ)はいつもより勇気が出る一日(ひ)になる気がした。


時(とき)間が来たので、校庭に向(む)かった。この北海道(みち)第一高(こう)校の体育祭は毎年4チームに分かれて体育祭を行(い)う。星夏(せいか)たちは緑組であった。しばらく指定された場所(ばしょ)に行(い)き待機していた。すると、司会が進行(い)を始めた。それに乗って、開会式などのプログラムが行(い)われていたが、少(すこ)なくとも進一(しんいち)、瞬也(しゅんや)、星夏(せいか)、杏李(あんり)の四人(ひと)は全く聞(き)いていなかった。それらのプログラムが終わり、自分たちのテントに向(む)かった。

しばらく、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)は非番であった。晴天なだけに、その暑さから体力が奪われる。二人(ひと)とも、バスケで室内の蒸した暑さには慣れていたが、外の強い日(ひ)差(さ)しの暑さにはめっぽう弱かった。次(つぎ)第に口数が減っていった。そんな二人(ひと)を呼ぶ声が聞(き)こえた。星夏(せいか)であった。二人(ひと)は呼ばれるがまま黙ってついて行(い)った。星夏(せいか)が連れてきた先には、星夏(せいか)の両親と杏李(あんり)がいた。四人(ひと)で写真(しゃしん)を撮りたかったらしい。四人(ひと)で写真(しゃしん)を撮るのは、初めて出会った。少(すこ)し緊張(きんちょう)した笑みを見(み)せる瞬也(しゅんや)に、横から進一(しんいち)が煽るといつもの自然な笑顔(かお)が見(み)えた。その瞬間を星夏(せいか)の親は見(み)逃さなかった。満足のいく一枚になった。写真(しゃしん)を撮った後、星夏(せいか)の親は、熱中(なか)症に気を付けてとみんなにスポーツドリンクを与えてくれた。そのスポーツドリンクを飲んだら、いつもの進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)がいた。そこにアナウンスが流れた。次(つぎ)のプログラムが借り物競争で、参加者を招集するものだった。星夏(せいか)と杏李(あんり)は準備に向(む)かった。

「こういう競技(きょうぎ)って杏李(あんり)の性格的にうまそうじゃない?」

進一(しんいち)は言(い)った。瞬也(しゅんや)は笑って頷いた。あいつのための競技(きょうぎ)だからなと言(い)った。そんな話をしていたら入(はい)場が始まった。星夏(せいか)は二番走者、杏里は五番走者であった。スタートと同時(とき)に一斉に4チームが走り出した。星夏(せいか)にバトンが渡るときは、緑組は二位であった。その星夏(せいか)が引いたお題は“背の高(こう)い人(ひと)”だった。星夏(せいか)がキョロキョロ探していると瞬也(しゅんや)が出てきた。

「俺(おれ)のことか」

進一(しんいち)はいつの間にか隣にいなくなっていた瞬也(しゅんや)に驚いた。“お前(まえ)は違うだろ”と突っ込んだが、その時(とき)には星夏(せいか)と一緒(いっしょ)に走っていた。瞬也(しゅんや)は、平均よりは身長が高(こう)かったためお題をクリアできた。瞬也(しゅんや)が率先して出てきたおかげで、緑組が一位になった。しかし、杏李(あんり)がバトンを受けるときには三位に転落していた。杏李(あんり)は星夏(せいか)と瞬也(しゅんや)が一緒(いっしょ)に走ったのを見(み)て、進一(しんいち)と走りたいと考えていた。そんな心情で引いたお題がバスケ部(ぶ)であった。“ラッキー”と思(おも)わず笑みがこぼれる。瞬也(しゅんや)が立候補システムを導入(はい)してから、三番走者以降に名乗りを上げる者が数人(ひと)いた。杏李(あんり)の時(とき)も二人(ひと)のバスケ部(ぶ)が名乗りを上げた。進一(しんいち)は黙って見(み)つめていた。

「進一(しんいち)」と杏李(あんり)は呼んだ。ただ、周(まわ)りの音で聞(き)こえなかったのか反応がなかった。今度(こんど)はもっと大きい声で叫んだ。やっと気づいた。進一(しんいち)は、“俺(おれ)?”と言(い)って、自分を指で刺した。杏李(あんり)はうなずいた。戻ってくる二人(ひと)のバスケ部(ぶ)員とすれ違うように進一(しんいち)がグランドのほうへ行(い)った。

「これ後でいじられるやつだわ。ってか、なんで俺(おれ)なんだよ」

聞(き)いたが杏李(あんり)はいいでしょと嬉しそうに言(い)った。いいでしょと言(い)われれば確かにいいけどと思(おも)うしかなかった。結局緑組は二位で借り物競争を終えた。競技(きょうぎ)を終え、退場したとき、今度(こんど)は杏李(あんり)の両親がいた。とてもうれしそうにしていた。お疲れと優しく言(い)った。幼馴染(おさななじ)みなので、瞬也(しゅんや)もよく杏李(あんり)の両親を知(し)っていた。進一(しんいち)と星夏(せいか)は、杏里の親にあいさつする。杏李(あんり)にとても雰囲気(ふんいき)が似ていた。杏里は、そのまま親と話していたので、三人(ひと)でテントに向(む)かった。星夏(せいか)が先頭を歩いた。進一(しんいち)が笑みを浮かべながら言(い)った。

「なんでお前(まえ)が背の高(こう)いやつで名乗りを上げてるんだよ。選ばれた人(ひと)が一緒(いっしょ)に行(い)くもんだろ」

「俺(おれ)が星夏(せいか)と走りたかったからな」

そうかと言(い)った。気持(きも)ちをくんで、それ以上(いじょう)は言(い)わなかった。星夏(せいか)は、どうすべきか迷っていたから助かったのかもしれない。星夏(せいか)は聞(き)こえるか聞(き)こえないかの距離にいた。三人(ひと)はテントに着いた。そこで杏李(あんり)の話になった。借り物競争の大胆な行(い)動であった。瞬也(しゅんや)が進一(しんいち)に言(い)った。

「お前(まえ)モテるな。マジうらやましいわ。」

「やかましいわ」

「その上、彼女いるもんな」

「それどういうこと」

話を遮るように杏李(あんり)が聞(き)いた。瞬也(しゅんや)が答(こた)えた。

「いたのかよ」

「答(こた)えになってないし、進一(しんいち)に聞(き)いているの」

テントの中(なか)は、炎天下にもかかわらず、冷たい空気が流れた。杏李(あんり)は、裏切られたつもりになった。確かに、進一(しんいち)は自分のことをあまり積極的に話さない。それは、杏李(あんり)も理解していた。瞬也(しゅんや)が知(し)っていたことがさらに杏李(あんり)の気持(きも)ちを傷つけた。瞬也(しゅんや)が杏李(あんり)に声をかけようとしたとき、杏李(あんり)は今にも泣きそうな顔(かお)をしていた。

「ごめん、目にゴミが」

杏李(あんり)はその場から逃げるようにしていった。星夏(せいか)も黙っていた。何か言(い)いたかったが、何を言(い)うべきなのかわからなかった。星夏(せいか)も知(し)らなかった。ようやく言(い)葉を発した。

「やっぱり、進一(しんいち)はかっこいいから彼女いるよね」

星夏(せいか)は、杏李(あんり)のように怒ることはなかったが、それでもショックを受けていた。

「私、杏李(あんり)探してくるね」

そういって、星夏(せいか)もいなくなった。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)がテントの中(なか)に残った。瞬也(しゅんや)は、進一(しんいち)に謝ったが、怒る様子(ようす)は一切なかった。進一(しんいち)自身(じしん)黙っていたことがいけないと思(おも)っていたのだろう。進一(しんいち)は冷静であった。対して、瞬也(しゅんや)は対処に困ったあげく、自分を責めていた。瞬也(しゅんや)は、進一(しんいち)が東京(とうきょう)に彼女がいることを知(し)っていた。杏里が進一(しんいち)のことを好きなのを知(し)っていた。星夏(せいか)が進一(しんいち)のことを好きなのを知(し)っていた。一人(ひと)全容を知(し)っておきながら、この展開を招いたと感じていた。もっと、良い方法があったと自分を責めずにはいられなかった。そんな中(なか)、アナウンスがかかった。棒倒(ぼうたお)しに出場する生徒を招集するものであった。状況(じょうきょう)が状況(じょうきょう)なので、二人(ひと)は足取りが少(すこ)し重かった。招集場所(ばしょ)に到着すると、バスケ部(ぶ)の先輩がいた。暗い雰囲気(ふんいき)の二人(ひと)に声をかけた。

「お前(まえ)ら元気(げんき)ないな」

笑っていった。先輩の名前(まえ)は、“門倉俊介”という。そのまま続(つづ)けて言(い)った。

「目の前(まえ)の勝負(しょうぶ)にこだわれない奴は、何も得ることができない。そんな顔(かお)されたら、勝てる試合(しあい)も勝てなくなる。俺(おれ)の最後(さいご)の体育祭なんだから、もうちょっとやる気出せよ」

進一(しんいち)の表情(ひょうじょう)は変わらなかった。しかし、その眼には覚悟を決めたものを門倉に与えた。“最後(さいご)の体育祭”という言(い)葉に過去の自分のバスケのミスがよぎった。自分のミスでこれ以上(いじょう)負けたくないと思(おも)った。目の前(まえ)の勝負(しょうぶ)を放棄することはしたくなかった。瞬也(しゅんや)は、とりあえず怒られない程度(ていど)に準備した。棒倒(ぼうたお)しは、上裸で行(い)われる。瞬也(しゅんや)の体は、鍛え上げられていた。進一(しんいち)も引けを取らないほどの体をしていた。進一(しんいち)の制服(せいふく)姿からは想像(そうぞう)もできない筋肉質な体であった。


アナウンスが鳴り、選手が入(はい)場した。これから一回戦が行(い)われる。進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)も活躍しなかった。むしろ門倉が棒を倒したため、緑組が勝ち、決勝戦にコマを進めた。先に三位決定戦が行(い)われたので、その間に進一(しんいち)は門倉のところに行(い)き、コツを教わった。門倉が言(い)うに、全体の中(なか)心より後ろにいることがいいらしい。前(まえ)にいるとつぶれ役で終わる。そのつぶれ役を踏み、棒を倒せば勝ちで倒した奴は、ヒーローってことらしい。“なるほど“と進一(しんいち)は思(おも)った。三位決定戦が終わった。

「門倉先輩、今度(こんど)は俺(おれ)がヒーローです」

先輩に野心をさらけ出す。おうと言(い)った。アナウンスと同時(とき)に決勝戦の選手が入(はい)場してくる。進一(しんいち)は門倉の後ろにピタッとくっつく。瞬也(しゅんや)は、アドバイスを聞(き)いていなかったので、最前(まえ)で準備していた。スターターピストルが試合(しあい)開始を知(し)らせる。その音と同時(とき)に、両軍の男たちが棒に向(む)かって駆け抜ける。鍛えている体系、やせた体系、太った体系など出場する選手の体格は様々であった。最初に衝突で、瞬也(しゅんや)は捕まった。作戦通(とお)り門倉は瞬也(しゅんや)のように足止めになった人(ひと)を踏んで棒に上る。しかし、一試合(しあい)目に棒を倒した門倉へのマークは激しく、思(おも)うように登れなかった。門倉が沈みかけた時(とき)、その門倉を踏む男がいた。“そういうことか”と門倉は笑った。男は迷わず棒につかまり、そのまま棒を倒した。

勝敗が決まった。勝利に喜ぶ緑組。退場の時(とき)、門倉が進一(しんいち)に言(い)った。

「アドバイスを聞(き)きに来た上に、棒を倒すと宣言(い)したやつが俺(おれ)の後ろにいた。発言(い)のわりに控えめだと思(おも)っていたが、まさかお前(まえ)がこんな大胆な奴だったとは思(おも)わなかったよ。お前(まえ)結構やるな、進一(しんいち)。」

「アドバイスは聞(き)きました。門倉先輩のマークに巻き込まれないように後ろ行(い)ったんですよ。それに、目の前(まえ)の試合(しあい)にこだわるんですよね。」

「肝の座っているやつだな。それとも怖いもの知(し)らずか?」

門倉が言(い)いながら、進一(しんいち)のほうに視線を向(む)けると歩き方が少(すこ)しおかしかった。右足からかなりの出血をしていた。

「乗れよ」

門倉が腰を低くし、おぶるような態勢になった。

「いいですよ、歩けます」

「いいから乗れ、テントまでおぶってやる。俺(おれ)のこと踏んずけることはできるのに、おぶられるのは無理なのか」

冗談(じょうだん)交じりの口調だが、門倉の人(ひと)柄の出る言(い)葉だった。結局、言(い)葉に甘えて、その背中(なか)に乗った。テントに着いた。ありがとうございますとお礼を言(い)った。門倉は、同期の友達のほうに行(い)った。しばらく、傷の処置を考えていたら、先生(せんせい)が来た。先生(せんせい)はその傷を見(み)た。

「砂川、お前(まえ)けがしているのか?」

はいと頷いた。

「おい、松本。お前(まえ)、救急箱さっき持っていたよな。ちょっと持ってきて、砂川の手当てを頼む」

少(すこ)し気まずそうにうなずいた。救急箱を持ってきた、傷に目をやると、思(おも)いのほか大きかった。応急処置をした。星夏(せいか)の脈が速くなる。星夏(せいか)は、黙々と処置していく。進一(しんいち)は時(とき)々痛そうな顔(かお)をした。

「さっきはごめん。悪気はなかった」

先に口を開いたのは、進一(しんいち)であった。

「私こそごめん。」

「それより、棒倒(ぼうたお)し、かっこよかったよ。ヒーローだね」

「ありがとう、見(み)ていてくれたんだね」

門倉が言(い)っていた通(とお)り本当にヒーローになっていた。

「今日(ひ)、星夏(せいか)とぜんぜん話せなかったから、ずっと気にしていた。俺(おれ)、嫌われたのかなって」

首を横に振った。ただ、それ以上(いじょう)は言(い)わなかった。

「手当終わったよ」

几帳面な星夏(せいか)らしく、丁寧に処置されていた。またアナウンスが流れた。午前(まえ)のプログラムが終わったらしい。

「行(い)こうか」

進一(しんいち)は、星夏(せいか)にそっと手を寄せたが、星夏(せいか)はその手に気づかなかった。


クラスに戻った。進一(しんいち)と星夏(せいか)は一緒(いっしょ)にご飯を食べた。瞬也(しゅんや)はその様子(ようす)を見(み)て、仲直りしたのかと少(すこ)し安心した。二人(ひと)が来るのが遅かったので、瞬也(しゅんや)はご飯を食べ終わっていた。お弁当を片付(かたづ)けるついでに二人(ひと)に話しかけた。そこからは、いつもの三人(ひと)に戻った。遠目で杏李(あんり)も入(はい)りたそうに見(み)つめていた。その三人(ひと)のもとに先生(せんせい)がやってきた。怪我の具合についてだ。素直に進一(しんいち)は答(こた)えた。先生(せんせい)はその進一(しんいち)の答(こた)えを聞(き)いて、心配そうにした。先生(せんせい)が聞(き)いた。

「リレーはどうする?」

「瞬也(しゅんや)出たいか?」

「俺(おれ)に聞(き)くな」

「今の俺(おれ)が出ても足手まといだと思(おも)う。俺(おれ)は瞬也(しゅんや)に走ってもらいたい。瞬也(しゅんや)がやらないなら、俺(おれ)が走る」

「いや、わがまますぎだろ。俺(おれ)が活躍しても知(し)らないからな」

「先生(せんせい)、そういうことで川口を代走でお願いします」

進一(しんいち)は瞬也(しゅんや)に黒板のほうを向(む)くように言(い)った。進一(しんいち)に対して、背中(なか)を向(む)けた態勢になった。次(つぎ)の瞬間、進一(しんいち)は瞬也(しゅんや)の背中(なか)を全力でたたいた。おそらく瞬也(しゅんや)の背中(なか)には、進一(しんいち)の手の形がくっきりと残っているだろう。何するんだよと言(い)いかけたが、背中(なか)から何かを感じた。本当は走りたかったのだろう。進一(しんいち)が、瞬也(しゅんや)を指名した意味を感じた。

“進一(しんいち)は棒倒(ぼうたお)しで結果を残した。次(つぎ)は俺(おれ)の番だ“

そう意気込んだ。瞬也(しゅんや)がそこから去ろうとした。進一(しんいち)は星夏(せいか)と話していた。しかし、瞬也(しゅんや)に聞(き)こえるように大きな声で言(い)った。

「張り合っているときの瞬也(しゅんや)を止めるのは難しい。今代走を託せるのは、瞬也(しゅんや)しかいない。瞬也(しゅんや)は結果で答(こた)えてくれるよ」

“うるせぇよ”と恥ずかしそうに思(おも)った。


リレーを前(まえ)にして、四チームの得点は拮抗していた。このリレーで雌雄を決する状況(じょうきょう)であった。つまり、この大一番に勝ったものが、今大会の勝者になる。その分選手にかかる期待は大きく、その期待に応えられれば栄光を手にできるし、その期待に応えられなければため息に変わる。プレッシャーを感じないはずがない。

アナウンスと同時(とき)に入(はい)場してくる選手たち。瞬也(しゅんや)はアンカー前(まえ)を走る。瞬也(しゅんや)のバトンつなぎが最後(さいご)の走者の走りにかかわる。瞬也(しゅんや)の体が硬かった。それでも、背中(なか)から力がわいた。痛みは引いたが、進一(しんいち)の意志は残っていた。

スターターピストルが構えられた。発砲音と同時(とき)に走り出す四人(ひと)の第一走者たち。一走者までは、差(さ)はなかったが二走者目から勝負(しょうぶ)を仕掛(か)けてくるチームがあった。こうして、勝負(しょうぶ)は動き出した。中(なか)には転倒する走者もいた。瞬也(しゅんや)の出番が近づくほど体が熱く、息が苦しくなった。そして前(まえ)に誰もいなくなり立ち上がった。バトンをもらうためスタートラインに向(む)かう。瞬也(しゅんや)の前(まえ)の走者は四位だった。しかし、決して大きく離されていたわけではなかった。この混戦の中(なか)、自分がどうグランドを駆け抜けたらいいか考えた。しかし、そのイメージもむなしくバトンを受け取ったと同時(とき)にそのイメージはなくなった。そして、何かが目覚めた。瞬也(しゅんや)にもよくわからなかった。他の選手が、周(まわ)りの人(ひと)が遅くなっているように感じた。歓声などの音も一切聞(き)こえなかった。瞬也(しゅんや)はどんどん加速する。コーナーもインコースを広がることなく走った。瞬也(しゅんや)がバトンを渡すころには、二人(ひと)抜いて二位になっていた。いつ抜いたのか、瞬也(しゅんや)自身(じしん)分かってなかった。

瞬也(しゅんや)は聞(き)こえていなかった。

「瞬也(しゅんや)よくやった。」

門倉であった。門倉はバトンを受け取って、あっという間にトップスピードになり、減速することなくグラウンドを一周(まわ)した。接戦だった試合(しあい)を一気に門倉が決めた。ゴールテープを切った門倉は満足した笑みを浮かべた。瞬也(しゅんや)の見(み)せ場を全部(ぶ)持っていかれたようだった。緑組のテントは歓声に包まれた。

門倉が瞬也(しゅんや)に近寄った。

「よく二人(ひと)抜いてくれた。瞬也(しゅんや)の頑張る姿に俺(おれ)も熱くさせられた。おかげで力がわいてきたよ」

「門倉先輩が速すぎで、僕が頑張ったのに見(み)せ場持っていったじゃないですか」

勝利に喜ぶ二人(ひと)の会話(かいわ)に進一(しんいち)が来た。

「怪我は大丈夫(だいじょうぶ)か」

「門倉先輩におんぶしてもらったおかげで」

「冗談(じょうだん)言(い)うなよ。今日(ひ)はお前(まえ)ら二人(ひと)にいっぱい力もらったわ。その結果が、優勝になったのだろうな。ありがとう」

閉会式のアナウンスが流れ三人(ひと)は各場所(ばしょ)に戻った。


その日(ひ)の放課後(ほうかご)、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)は話していた。

「やっぱお前(まえ)指名して正解だわ。俺(おれ)の想像(そうぞう)以上(いじょう)に仕事してくれる。ありがとう」

二人(ひと)とも、優勝にうれしそうにしていた。進一(しんいち)の棒倒(ぼうたお)し、瞬也(しゅんや)のリレーと二人(ひと)はこの体育祭に大きく貢献した。そこに制服(せいふく)に着替えた星夏(せいか)がきた。二人(ひと)は待っていたようだった。三人(ひと)で駐輪場(ちゅうりんじょう)のほうへ歩き出した。下駄箱に杏李(あんり)がいた。何か言(い)いたそうだった

「さっきはごめん」

三人(ひと)は笑った。

「ほら帰(かえ)るぞ」

瞬也(しゅんや)は軽く背中(なか)をたたいた。駐輪場(ちゅうりんじょう)までの短い道(みち)のり。四人(ひと)でまた、今日(ひ)の体育祭のことを語り始めた。夕日(ひ)がきれいに光っていた。今年(ことし)の体育祭は幕を閉じた。


5月30日(ひ)(木)

体育祭当日(ひ)。この日(ひ)は天気に恵まれていた。気合十分の朝を迎えた。学校(がっこう)に着くと、瞬也(しゅんや)にはその気合が漏れていて、恥ずかしかった。借り物競争では、高(こう)身長の人(ひと)というお題であった。瞬也(しゅんや)が進んで出てきてくれたので迷わずに済んだ。借り物競争が終わったとき、みんなと少(すこ)し喧嘩してしまった。そのあと棒倒(ぼうたお)しが行(い)われた。進一(しんいち)が決勝戦で棒を倒した。かっこよかったがその代償で右足に傷を負っていた。怪我の応急処置で、進一(しんいち)と向(む)き合って話せた。今日(ひ)はやっぱり勇気が出る一日(ひ)だったおかげで仲直りできた。この怪我で進一(しんいち)は、リレーに出場できなかった。悲しそうにしていた。その進一(しんいち)が瞬也(しゅんや)を代走に指名した。その瞬也(しゅんや)は二人(ひと)を抜く大活躍。おかげで優勝できました。喧嘩はしたけど、四人(ひと)でいつも通(とお)り帰(かえ)れて、幸せでした。


三章

3-1

七月に入(はい)り、北海道(みち)第一高(こう)校の生徒の多くの顔(かお)は焦りが出ていた。その多くは、片手に参考書や板書の記したノートを持っていた。期末試験の時(とき)期が近づいていた。瞬也(しゅんや)や杏李(あんり)もまた、その例に漏れることはなく、焦っていた。二人(ひと)は、普段から集中(なか)力がない。焦る気持(きも)ちがさらに二人(ひと)の勉強の邪魔をする。スポーツで鍛えられた瞬也(しゅんや)の根性も生まれ持っていた杏李(あんり)の大胆さも勉強の前(まえ)には全く役に立たなかった。そんな二人(ひと)とは対照(て)的な人(ひと)がいた。星夏(せいか)であった。星夏(せいか)の日(ひ)記を書くほどのまめな性格が星夏(せいか)の成績を支えている。毎日(ひ)コツコツ勉強をする星夏(せいか)にとっては、試験が近くなればいつもより少(すこ)し長く勉強をすればいいということだけであって、勉強をするという面においては大した行(い)事ではなかった。しかし結果を出すということになると話は別であった。厳しい親の教育上、ふざけた順位をとることなどあってはならない。瞬也(しゅんや)の根性や杏李(あんり)の大胆さがあればいいのにとこの時(とき)期いつも星夏(せいか)は思(おも)っていた。そのくらい星夏(せいか)にとっては、恐怖に近いプレッシャーになっていた。前(まえ)回は、二つ順位を上げて学年で五位という成績をとっただけに親からの期待はさらに大きく、その結果いつも以上(いじょう)に星夏(せいか)を苦しめていた。その三人(ひと)が廊下で話し合っていたところに、進一(しんいち)が歩いて来た。三人(ひと)から見(み)れば、転校してきて、期末テストの経験のない進一(しんいち)がどの程度(ていど)の学力なのか分かっていなかったが、授業(じゅぎょう)態度やノートの板書などを見(み)る限り、全体の真ん中(なか)より少(すこ)し上程度(ていど)であると予想された。しかし、進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)や杏李(あんり)同様に勉強のできない組がやるように教材を持ち歩く行(い)動に走っていることから、もう少(すこ)し下の順位であるとも考えられた。杏李(あんり)が進一(しんいち)を呼び止め、みんなにに声をかけた。

「今週末、みんなで図書館に行(い)って、勉強しない?」

突然横から声をかけられて驚いた様子(ようす)の進一(しんいち)であった。瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)は、いいよと頷いた。進一(しんいち)は、聞(き)こえていなかったのか、反応に困っていた。その様子(ようす)を見(み)て、杏李(あんり)がもう一度説明した。すると進一(しんいち)は、いいよと笑っていった。日(ひ)曜日(ひ)の10時(とき)に図書館に集合になった。


約束(やくそく)の日(ひ)時(とき)になった。瞬也(しゅんや)、杏李(あんり)、星夏(せいか)は時(とき)間通(とお)りやってきたが、進一(しんいち)はいなかった。午後(ごご)から行(い)くと、10時(とき)を少(すこ)し過ぎたころに連絡(れんらく)があった。瞬也(しゅんや)はそんな進一(しんいち)の態度に少(すこ)しイラだった姿を見(み)せたが、それを杏李(あんり)はなだめた。午前(まえ)は三人(ひと)だけで図書館で勉強することになった。図書館の席について、星夏(せいか)は数学の参考書を出した。それを見(み)て、杏李(あんり)もまた数学を出した。結局三人(ひと)そろって数学をやることになった。星夏(せいか)の参考書には、蛍光ペンがきれいにひかれていた。また、星名自身(じしん)が苦手なところには赤(あか)色、解けなかったところには青色の付箋を問題集に張っていた。午前(まえ)中(なか)の間、黙々とその付箋をはがしていった。星夏(せいか)が一息ついたころには、それなりの付箋の山ができていた。瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)は眉間にしわを寄せていた。星夏(せいか)の助けを求めていることを感じたため、気を使って声をかけると、待っていましたと言(い)わんばかりに質問攻めにあった。星夏(せいか)も嫌な顔(かお)一つせず、その質問一つ一つに丁寧に答(こた)えた。12時(とき)30分ごろに、一度昼食をすることになった。三人(ひと)が図書館の外で食事をしていた時(とき)に、見(み)慣れた青い自転車(じてんしゃ)に乗った青年が来た。進一(しんいち)であった。進一(しんいち)は、三人(ひと)を見(み)つけるやいなや、謝った。家(いえ)に親戚が来ていたらしく、その対応に追われていたらしい。忙しさのあまり、昼食もまだだったので混じって食べていた。

13時(とき)30分。進一(しんいち)を加えた四人(ひと)で午後(ごご)の勉強を始めた。星夏(せいか)は化学、杏李(あんり)は古典、瞬也(しゅんや)は日(ひ)本史、進一(しんいち)は数学をやっていた。午後(ごご)は勉強科目が被らなかったため、星夏(せいか)は午前(まえ)以上(いじょう)にはかどった。星夏(せいか)の勉強方法は科目が変わっても変わらず、化学もまた付箋でいっぱいであった。杏李(あんり)は、国語系統の科目にめっぽう強かった。現代文に関しては、いつも5位以内にいたし、古典もまた10位近くに順位があった。ただ、それ以外の科目が、まったくできないので、杏李(あんり)はいつもこの時(とき)期に悲鳴を上げている。ただ、杏李(あんり)は少(すこ)なくとも二科目は絶対的にできる分まだいいのかもしれない。しかし、杏李(あんり)はすぐに諦めるところがあった。そのせいで、何回か赤(あか)点に引っ掛(か)かり、補講に呼ばれた経験を持っている。瞬也(しゅんや)が得意の科目は、体育を中(なか)心とした副教科であって、机と向(む)かいあう勉強は一切できなかった。ただ、瞬也(しゅんや)の火事場の馬鹿力は決して侮れなかった。瞬也(しゅんや)は、夏休みバスケができなくなるという危機感と戦い、必ず勉強をギリギリのラインでクリアしていき、赤(あか)点を回避していた。それは、瞬也(しゅんや)の強みであった。

進一(しんいち)は、黙々と数学を解いていた。瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)が苦労していた問題も難なくこなしていた。そして、勉強から一時(とき)間程度(ていど)経ったときに、目処を立てて数学をやめた。その数学の参考書を机に置いたままにして、化学を新たに出して勉強を始めた。ここでも周(まわ)りに一切目もくれずに進めた。化学もまた瞬く間に回答(こた)を終えた。採点の時(とき)に、進一(しんいち)のほうから赤(あか)ペンで丸を書く音は聞(き)こえるが、間違えたような音は一切聞(き)こえなかった。採点が終わっては、そのまま再び問題を解き始め、解き終わるとすぐに採点に入(はい)る。このサイクルをずっと続(つづ)けていたが、これも一時(とき)間程度(ていど)経つ頃(ころ)に科目を変え始めた。化学の参考書を数学の参考書の上に置いて、今度(こんど)はカバンから生物の参考書を出した。このタイミングで一度トイレに出かけた。

進一(しんいち)が休憩に入(はい)ったのかと考えて、三人(ひと)も休憩に入(はい)った。進一(しんいち)が席を外している間に、進一(しんいち)のノートを三人(ひと)は勝手に覗いた。びっしり書かれた数式。少(すこ)し癖のある字だが、間違えた問題がパッと見(み)ただけではなかった。星夏(せいか)は、自分ができなかったところの問題が進一(しんいち)はできていることに気づいて、教えてもらいたいと思(おも)った。化学を見(み)ても、星夏(せいか)が午後(ごご)からやっていたところの回答(こた)が完璧にされていた。

進一(しんいち)が戻ってきた。進一(しんいち)は、トイレに行(い)く前(まえ)と比べて、積み重ねた参考書の順番から誰かがいじったことは分かったが、そのことに一切触れなかった。むしろ、何事もなかったようにそのまま生物の勉強をし始めた。それを見(み)て、星夏(せいか)もまた勉強を始めた。瞬也(しゅんや)はすでに勉強に飽きていたが、気力を振り絞っていた。少(すこ)し前(まえ)に日(ひ)本史から生物に科目を変えていた。杏李(あんり)は、飽きて外に行(い)っていた。この一時(とき)間は、誰もしゃべることはなかった。進一(しんいち)が科目を変えるタイミングで、瞬也(しゅんや)が勉強を教えてほしいと言(い)った。進一(しんいち)は、一時(とき)間後に教えると約束(やくそく)した。そしてそのまま英語の勉強を始めた。

18時(とき)少(すこ)し前(まえ)。約束(やくそく)通(とお)り、進一(しんいち)は瞬也(しゅんや)に勉強を教え始めた。この日(ひ)図書館で瞬也(しゅんや)が勉強していた科目すべてを教えた。瞬也(しゅんや)の学力に進一(しんいち)は時(とき)々“本気(ほんき)で言(い)っているのか”という顔(かお)をした。それでもすべての問いに答(こた)えてくれた。瞬也(しゅんや)は、満足した様子(ようす)で、教えてもらったところを一人(ひと)で挑戦しようとしていた。終わったタイミングで、進一(しんいち)は星夏(せいか)に声をかけた。同時(とき)に進一(しんいち)は杏李(あんり)に声をかけられた。進一(しんいち)は、星夏(せいか)に言(い)いかけていたが、ごめんと言(い)い、杏李(あんり)に耳を傾けた。杏李(あんり)も瞬也(しゅんや)と同様に勉強を教えてもらいたかったようだった。しかし、それを聞(き)いて進一(しんいち)は、言(い)いかけた星夏(せいか)のへの言(い)葉を言(い)った。

「星夏(せいか)、俺(おれ)のノート見(み)た時(とき)から教えてもらいたいことがあるのだろ?切りのいいところで勉強終わらせてくれたら教えるよ」

杏李(あんり)は、気に食わないように言(い)った。

「私が先に『教えて』って言(い)ったのに、なんで星夏(せいか)が先なのよ。遅れてきたのに何それ」

星夏(せいか)は、杏李(あんり)の言(い)い分に納得がいったし、星夏(せいか)自身(じしん)は質問したというより進一(しんいち)が気にしてくれた形である。普通(とお)は杏李(あんり)が先であると思(おも)った。進一(しんいち)は、冷静であった。

「確かに俺(おれ)は遅刻してきた。だから三人(ひと)に迷惑をかけたと思(おも)っているから順番に教えようとしているだけで、杏里には教えたくはないとは言(い)っていない」

「じゃあ、その順番じゃなきゃダメなわけ?」

杏里の口調はどんどん鋭くなる。

「『図書館で勉強しよう』と言(い)ったのは杏李(あんり)だったと思(おも)う。それなのに、集中(なか)が切れたことや飽きたことを理由に勉強を放棄したよね?それに対して、やることをやっていた瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)を優先して何が悪いの?」

進一(しんいち)の口調は、杏李(あんり)を非難する口調ではなかった。むしろ、自分の意志を強く持った口調であった。星夏(せいか)は、うれしく思(おも)った。質問したい自分を気にかけてくれたこと、星夏(せいか)の努力を見(み)ていてくれたこと、進一(しんいち)が星夏(せいか)を優先したこと。その気持(きも)ちと同時(とき)に、杏李(あんり)に申し訳ない気持(きも)ちになった。そんなことを思(おも)いつつ、星夏(せいか)は進一(しんいち)に勉強を教わった。そのあと、杏李(あんり)も約束(やくそく)通(とお)り教えてもらった。20時(とき)40分に閉館のアナウンスが鳴った。四人(ひと)は荷物(にもつ)をまとめた。


7月14日(ひ)(日(ひ))

今日(ひ)はみんなで勉強した。進一(しんいち)が遅れてきたので、三人(ひと)で先に勉強を始めていた。瞬也(しゅんや)も杏李(あんり)も私を頼りにしてくれたし、二人(ひと)とも分かって嬉しそうにしていたので、私まで嬉しかった。お昼ごはんの時(とき)に進一(しんいち)がやってきた。そのあとは四人(ひと)で勉強をした。進一(しんいち)が一人(ひと)黙々と進めていたので、私もそれに倣ってやりたいことがいろいろできた。進一(しんいち)は、意外と頭がいい様子(ようす)だった。その進一(しんいち)がみんなに時(とき)間を与えて、色々と勉強を教えてくれた。進一(しんいち)、ありがとう。


7月23日(ひ)(火)

この日(ひ)答(こた)案返却が行(い)われた。私は、全科目の点数が上がった。しかし、学年順位は、一つ下がってしまった。瞬也(しゅんや)は自己ベストの記録をたたき出して、満面の笑みを浮かべていた。杏李(あんり)も満足いく結果であったと言(い)っていた。進一(しんいち)は、誰にも順位を言(い)わなかったが、帰(かえ)り道(みち)にそっと教えてくれた。全科目の平均点が96点で、2位と10点以上(いじょう)離したらしい。順位が一つ下がったけど、それが進一(しんいち)ならこの結果に何も不満はなかった。進一(しんいち)、おめでとう。



3-2

夏休みが始めって、すぐのことであった。進一(しんいち)が東京(とうきょう)に一週間ほど戻ることになった。進一(しんいち)はしばらくみんなに会えないうえにバスケができないと思(おも)っていた。その思(おも)いが少(すこ)し顔(かお)に出て、離れるのがいやそうな顔(かお)をした。

二時(とき)間しない程度(ていど)でフライトを終え、東京(とうきょう)に着いた。空港で少(すこ)し背を伸ばした。”久しぶりだな“と周(まわ)りを見(み)渡し思(おも)った。”よし“と出口を通(とお)り、東京(とうきょう)の家(いえ)に向(む)かった。北海道(みち)の家(いえ)は、進一(しんいち)の祖父母の家(いえ)で、今から向(む)かう家(いえ)は進一(しんいち)の両親の家(いえ)だった。もともと進一(しんいち)は両親にあまりなついていなかった。それでも、拒絶するほどではなかったので、「帰(かえ)ってきな」と連絡(れんらく)があったら、帰(かえ)ろうとする程度(ていど)であった。家(いえ)についても、会話(かいわ)を支障なくできる。ただ、進一(しんいち)からなかなか声をかけないというだけであった。

今回、進一(しんいち)が東京(とうきょう)に帰(かえ)ってきた目的は、親に言(い)われた以外にもあった。ほかにも二つの大きな目的があった。ただ、帰(かえ)省初日(ひ)は、家(いえ)でゆっくりしようと決めていたので、家(いえ)に着くと同時(とき)に風呂に入(はい)って着替えた。

帰(かえ)省して三日(ひ)目の昼13時(とき)。進一(しんいち)は渋谷にいた。周(まわ)りには、高(こう)校一年(いちねん)の時(とき)のバスケ部(ぶ)でできた友達がいた。帰(かえ)省前(まえ)に連絡(れんらく)を取っていて、予定を開けてくれた。久しぶりの再会に、みんなテンションが高(こう)かった。進一(しんいち)も高(こう)校一年(いちねん)生の時(とき)のような一日(ひ)を過ごした。集合場所(ばしょ)に全員揃うとボーリングに行(い)き、ある程度(ていど)投げるとカラオケに行(い)った。そしてある程度(ていど)歌うと、ファミレスに行(い)って、語り合っていた。進一(しんいち)は、北海道(みち)の生活に、慣れてしまったようで、この遊び方に違和感を抱いていた。しかし、これらのことは進一(しんいち)が高(こう)校一年(いちねん)生の時(とき)に実際にやっていたことであったため、不快には思(おも)わなかった。

ファミレスでの会話(かいわ)は、進一(しんいち)のことについてだった。北海道(みち)での生活やその様子(ようす)である。“今の俺(おれ)って、どんな顔(かお)していたのかな”と相槌を打っているときに思(おも)った。星夏(せいか)たちといるときは、どんな時(とき)でも笑っていたし、楽(たの)しかった。今日(ひ)一日(ひ)感じていたわだかまりのようなものが、やっと言(い)葉になった気がした。それでも進一(しんいち)はこれ以上(いじょう)考えるのをやめた。みんなとの時(とき)間を楽(たの)しもうとした。


帰(かえ)省して五日(ひ)目の17時(とき)ごろ。進一(しんいち)は、家(いえ)から少(すこ)し歩いたところ、小さく、静かな少(すこ)し暗いレストランにいた。ある女を待っていた。その人(ひと)とは、ある程度(ていど)前(まえ)から連絡(れんらく)を取っていた。進一(しんいち)たちが図書館で勉強した前(まえ)日(ひ)の夜に連絡(れんらく)をした。「東京(とうきょう)に戻るときに、1日(ひ)空けてほしい」という連絡(れんらく)をした。次(つぎ)の日(ひ)の朝に、連絡(れんらく)を確認(かくにん)した相手から電話が来た。そのために、進一(しんいち)は図書館で勉強会をする日(ひ)の午前(まえ)に遅刻したのだ。

17時(とき)20分を少(すこ)し過ぎた時(とき)に、その人(ひと)はやってきた。

「詩(し)織(おり)、ここだよ」

この詩織という女は、進一(しんいち)の彼女であった。席について、注文した。軽いご飯を頼んだ。このレストランは、二人(ひと)の家(いえ)の間あたりにあった。詩織がよく行(い)くということもあって、ここでよく集合していた。久しぶりの再会に思(おも)い出話に花を咲かせていた。気づいたころには、二人(ひと)は食事を完食していた。少(すこ)し間を開けて、進一(しんいち)は、詩織に話しかけた。

「別れない?」

詩織は、進一(しんいち)から言(い)われたわけではないが、なんとなく予想はついていたし、詩織もまた同じように考えていた。詩織からしてみれば、久しぶりに連絡(れんらく)をくれたあの時(とき)から進一(しんいち)の気持(きも)ちは固まっていたのだと思(おも)っていた。東京(とうきょう)と北海道(みち)の物理的な距離が、二人(ひと)の心の距離を少(すこ)し遠ざけたのだろう。

「いいよ」

進一(しんいち)は、理由を聞(き)かれたりするものと考えていたため、すんなりとした返事(へんじ)に驚いた。こうして二人(ひと)の恋人(ひと)としての関係に終止符が打たれた。思(おも)い返せば、二人(ひと)の馴れ初めは、中(なか)学の時(とき)であった。お互い帰(かえ)り道(みち)が同じでそこから少(すこ)しずつ仲良くなってきた。お互いに食べることが好きで、何回か食べ歩きに出かけた。その日(ひ)の帰(かえ)り道(みち)、進一(しんいち)が告白して、交際が始まった。

「なんか、またお腹すいてきたわ。私だけ?」

詩織が笑いながら聞(き)いた。肩の荷が下りたのか、この日(ひ)一番の自然な笑顔(かお)だった。この笑顔(かお)が、進一(しんいち)が付き合い始めた時(とき)の詩織の笑顔(かお)と重なった。一瞬だけ別れを切り出したことを少(すこ)し後悔した。

「俺(おれ)もすいてきた」

こうして、詩織が最近見(み)つけた、行(い)ってみたいレストランに向(む)かった。二人(ひと)並んで歩く姿は、二人(ひと)の中(なか)学時(とき)代の帰(かえ)り道(みち)を思(おも)い出させた。


帰(かえ)省最終日(ひ)。進一(しんいち)の両親が空港まで送ってくれた。運転しながら、進一(しんいち)に向かって話しかけた。

「高校卒業したら、東京(とうきょう)帰ってこいよ」

もともと進一(しんいち)は、高校を卒業したあとは帰るつもりであったので、そこに関しては、問題なかった。車の中(なか)で星夏(せいか)たちのライングループにフライトの詳細を連絡(れんらく)した。空港に着いて、親元を離れるとなると少(すこ)し寂しかった。この数日(ひ)の間に進一(しんいち)の中(なか)で親への考え方が少(すこ)し変わったみたいだった。さよならと手を振って、搭乗しに行(い)った。

東京(とうきょう)に来た時(とき)と同じように飛行(い)機に乗った。離陸のためスマホの電源を切ろうとしたとき、詩織から連絡(れんらく)が来ていた。「戻ってきたら、またおいしいもの案内するから連絡(れんらく)してね」と来ていたので、「じゃあ、北海道(みち)来たら俺(おれ)が案内するわ」と冗談(じょうだん)交じりで返した。そのままスマホの電源を落とした。離陸するときには、進一(しんいち)は眠っていた

目覚めたころには、新千歳空港に着いていた。東京(とうきょう)に着いたときは誰もいなかったが、北海道(みち)では瞬也(しゅんや)、星夏(せいか)、杏李(あんり)がいた。三人(ひと)が進一(しんいち)のもとへ行(い)く。進一(しんいち)は、久しぶりに笑った気がしていた。“今の俺(おれ)の居場所(ばしょ)はここだ”そう思(おも)った瞬間であった。


四章

4-1

夏休みの某日(ひ)のことであった。四人(ひと)で集まることになった。集まると言(い)っても、ショッピングセンターであった。集合時(とき)間は17時(とき)30分である。これは、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が13時(とき)から17時(とき)まで部活(ぶかつ)をしていたためである。

 この日(ひ)の12時(とき)30分に瞬也(しゅんや)は練習(れんしゅう)のために体育館(たいいくかん)に来た。五分ほどして、進一(しんいち)も体育館(たいいくかん)にやってきた。おはようと声をかけた進一(しんいち)の声は、連日(ひ)の部活(ぶかつ)の影響でガラガラであった。練習(れんしゅう)終わりに久しぶりに星夏(せいか)と杏李(あんり)に会えるため、二人(ひと)の練習(れんしゅう)のモチベーションはいつもより高(こう)かった。いつも手を抜くことを一切しない二人(ひと)だが、この日(ひ)の練習(れんしゅう)する姿を見(み)るといつもが手を抜いて見(み)えても仕方がなかった。そのくらい全力で練習(れんしゅう)に励んでいた。練習(れんしゅう)が終わったときには、立っていることもしんどいと感じるほどであった。それでも着替えながら、体を落ち着かせた。今の進一(しんいち)は、疲れより運動後のハイな状態であった。

 自転車(じてんしゃ)に乗り、ショッピングセンターに向(む)かった。話は、進一(しんいち)が東京(とうきょう)に戻っているときの話になった。ここで、進一(しんいち)は彼女と別れたことを瞬也(しゅんや)に伝えた。瞬也(しゅんや)は驚いた。この話を星夏(せいか)と杏李(あんり)にした時(とき)の反応が見(み)たいと思(おも)った。進一(しんいち)の様子(ようす)からは一切その様子(ようす)を感じなかったため、その分衝撃的なニュースであった。今度(こんど)は、進一(しんいち)が瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)とのことを聞(き)いたが、二人(ひと)の間では、何もなかった。しばらく聞(き)いていなかったため、何か進展を期待して聞(き)いてみたが、瞬也(しゅんや)は体育祭を少(すこ)し過ぎた当たりの時(とき)点で諦めていたようであった。瞬也(しゅんや)は、何度か二人(ひと)でどこか行(い)く提案をしたが、星夏(せいか)の頭の中(なか)に彼氏としての瞬也(しゅんや)が入(はい)り込む余地などなかったらしい。それでも、落ち込んだ様子(ようす)はなかく、むしろスッキリしたようであった。

 17時(とき)40分にショッピングセンターに到着した。瞬也(しゅんや)がスマホを見(み)ると杏李(あんり)から三回電話がかかってきていた。結局、いつものカフェにいると場所(ばしょ)を送られてきていたのでそこに向(む)かった。

 「久しぶりだね」

 星夏(せいか)が気付いて手を振って、場所(ばしょ)を示した。

 「いたいた。久しぶり」

 瞬也(しゅんや)が言(い)った。瞬也(しゅんや)はもともと声帯が強いほうだった。どんなに大きな声を出しても基本的には枯れなかったが、今日(ひ)の練習(れんしゅう)で声を枯らした。星夏(せいか)と杏李(あんり)はその声を聴いて笑った。それぞれが夏休みの思(おも)い出や不満などを話した。そんな時(とき)、瞬也(しゅんや)が進一(しんいち)に東京(とうきょう)でのことを言(い)うように話を振った。瞬也(しゅんや)は、話し始めた。

 「東京(とうきょう)の友達に会ったとき、楽(たの)しかったけど、こうやってカフェでくだらない話をしているほうが自分には合っているみたいだった。北海道(みち)に行(い)ってよかったなと思(おも)ったよ。みんな、ありがとう」

 進一(しんいち)が話を逸らしたため、瞬也(しゅんや)が話を続(つづ)けさせた。

 「実は、彼女と別れてきたんだよね」

 星夏(せいか)と杏李(あんり)は、声を上げて驚いた。瞬也(しゅんや)は満足そうに笑った。なぜという問いが来たので、ことの経緯を全部(ぶ)話した。話が切れたタイミングで、進一(しんいち)がトイレに行(い)くため、席を立った。トイレに向(む)かう途中(なか)、一枚の壁に貼られていた張り紙に目が留まった。“星夏(せいか)か杏李(あんり)は覚えていてくれているかな”その張り紙を見(み)て思(おも)った。その様子(ようす)を星夏(せいか)は見(み)ていた。声はかけなかった。進一(しんいち)がトイレに再び向(む)かったため、今度(こんど)は星夏(せいか)がその張り紙を見(み)た。“なるほど”と星夏(せいか)の中(なか)でいろいろと合点が言(い)った。

 進一(しんいち)がトイレから帰(かえ)ってきた。星夏(せいか)がいないことに気づいた。

 「星夏(せいか)はどこ行(い)ったの?」

 「進一(しんいち)がトイレ行(い)った後すぐに、星夏(せいか)もトイレに行(い)ったよ」

 杏李(あんり)が答(こた)えた。その会話(かいわ)からしばらくして、星夏(せいか)が帰(かえ)ってきた。星夏(せいか)は、ニコニコしながら、話しかけた。

 「トイレ行(い)くときに、張り紙見(み)つけたんだよ。そういえば、こんな季節だなって思(おも)ったんだよね。ということで、みんなで花火(はなび)大会に行(い)かない?」

 星夏(せいか)からの誘いは、珍しいことだった。みんなは、いいねと頷いた。杏李(あんり)が浴衣を着ていくと言(い)った。そして、みんなも浴衣で来るように言(い)った。火大会は、ちょうど一週間後であった。


8月18日(ひ)(日(ひ))

 久しぶりに四人(ひと)で集まった。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が部活(ぶかつ)だったから、夕方からになった。四人(ひと)で集まると、時(とき)間の感覚がわからなくなる気がする。今日(ひ)もあっという間に夜になっていた。

花火(はなび)大会の約束(やくそく)をした。みんなで花火(はなび)を見(み)るとまたあっという間に感じるのかな。今からとても楽(たの)しみです。


4-2

花火(はなび)大会当日(ひ)。この日(ひ)は、17時(とき)ごろに集合した。最初に着いたのは、瞬也(しゅんや)だった。そのあと、杏李(あんり)、進一(しんいち)、星夏(せいか)の順番できた。今回は誰一人(ひと)として遅れなかった。みんな浴衣姿であったため、自転車(じてんしゃ)では誰も行(い)けなかった。杏李(あんり)が浴衣の感想(かんそう)を求めていた。進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)もかわいいし似合っていると思(おも)っていたため、素直にその感想(かんそう)を伝えた。杏李(あんり)は満足そうにしていた。みんな揃ったので、屋台のほうに向(む)かった。最初は、星夏(せいか)と杏李(あんり)が前(まえ)を歩き、その後ろに進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が歩く形になった。杏李(あんり)は足を止めた。それは金魚すくいであった。

「何歳になっても、これは鉄板でしょ」

杏里はみんなにやるように促した。四人(ひと)は、金魚が泳ぐ水槽を囲んだ。袖をまくり、ポイで掬おうとした。杏李(あんり)が最初にポイに穴をあけた。続(つづ)いて、進一(しんいち)も穴をあけた。二人(ひと)が後ろから見(み)守っていた。瞬也(しゅんや)が狙いを定めて、ポイを水の中(なか)に入(はい)れて金魚を掬った。しかし、器に移す手前(まえ)で破けて失敗に終わった。残りは、星夏(せいか)だけであった。星夏(せいか)も狙いを定めた。星夏(せいか)は瞬也(しゅんや)の失敗を生かしたようにして、見(み)事一匹を掬い上げた。その勢いで二匹目に行(い)こうとしたが、二匹目を救い上げたところでポイが破けてしまった。金魚をお店に返して、その出店を出た。

歩く順番が、金魚すくいの影響で少(すこ)し変わっていた。進一(しんいち)と杏李(あんり)が前(まえ)を歩くようになっていた。杏李(あんり)は、かなり積極的に進一(しんいち)に触れようとしていた。実際に何度も進一(しんいち)の腕を触っていた。進一(しんいち)も特に気にする様子(ようす)はなかった。次(つぎ)の店を選んでいた。進一(しんいち)は、おなかすいたと言(い)って、焼きそばを提案したが、杏李(あんり)がお腹すいてないことを理由に断られた。しかし、それを聞(き)いた瞬也(しゅんや)が俺(おれ)も焼きそば食べたいと言(い)ったことで、二人(ひと)で行(い)くことになった。星夏(せいか)と杏李(あんり)は端のほうで待っているらしい。


進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が二人(ひと)で焼きそばの列に並んでいた。話は星夏(せいか)と杏李(あんり)のことであった。

「この前(まえ)は、星夏(せいか)のこと諦めたって言(い)っていたけど本当にそれでいいの?」

進一(しんいち)が聞(き)いた。

「星夏(せいか)の目に俺(おれ)は映ってないよ。いつも進一(しんいち)のことを考えている。今日(ひ)だけでいいから変わってもらいたいよ」

瞬也(しゅんや)は言(い)った。

「じゃあ、俺(おれ)、星夏(せいか)に気持(きも)ち伝えていいかな?」

「それで星夏(せいか)が幸せになるなら、俺(おれ)はそれでいい。その隣が進一(しんいち)なら文句ないよ。星夏(せいか)を悲しませない限り、俺(おれ)は二人(ひと)を応援(おうえん)するよ。」

「柄にもないこと言(い)ってんじゃないよ。でもありがと」

進一(しんいち)は笑った。それを見(み)て、瞬也(しゅんや)も笑った。あっという間に列は進み、話の終わるころには先頭にいた。二人(ひと)とも、それぞれの覚悟を決めたようだった。一人(ひと)は好きになる覚悟を、一人(ひと)は好きになることを諦める覚悟をした。お互いに戦うことを避けた二人(ひと)であった。出来立ての焼きそばを持って、星夏(せいか)と杏李(あんり)のもとへ行(い)った。


星夏(せいか)と杏李(あんり)が進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)を待っていた時(とき)、二人(ひと)はその進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)の話をしていた。最初に口を開いたのは、杏李(あんり)であった。

「私ね、進一(しんいち)のことが好きなの…。星夏(せいか)が進一(しんいち)のことを好きなのを知(し)っているけどやっぱり、何もしないでいられないの。ごめんね。」

「じゃあ、杏李(あんり)とは、ライバルになるんだね…」

星夏(せいか)の口調は穏やかであった。しかし、内心は、そわそわと感じるものがあった。

「進一(しんいち)の浴衣姿どんな感じなのだろうってずっと考えていたんだ」

「かっこよかったよね」

星夏(せいか)は、杏李(あんり)からの言(い)葉を共感することしかできなかった。そこに瞬也(しゅんや)の笑い声が聞(き)こえた。戻ってきた二人(ひと)は、楽(たの)しそうにしていた。二人(ひと)とも、それぞれの覚悟を決めたようだった。二人(ひと)とも好きになることを選んだ。お互いに戦うことを選んだのだ。

星夏(せいか)と杏里がいた場所(ばしょ)で、焼きそばを食べた。先ほどまでの二組の会話(かいわ)が、お互いに聞(き)こえていなかったが少(すこ)し空気を重くした。


焼きそばを食べ終えてまた屋台を散策することになった。四人(ひと)が立ち上がって移動しようとしたときに、瞬也(しゅんや)が杏李(あんり)に話しかけた。ものすごく些細なことだった。周(まわ)りからしてみれば、こういった瞬也(しゅんや)のやり取りはよくある日(ひ)常的なことにしか見(み)えないだろう。しかし今の瞬也(しゅんや)は意図あって、杏李(あんり)に声をかけた。それは、杏李(あんり)と話すことでも、その内容を聞(き)くことでもなかった。むしろ、そういったことは今の瞬也(しゅんや)は些末に感じた。今の瞬也(しゅんや)は、いかにして進一(しんいち)と星夏(せいか)の時(とき)間を作るかということだけを考えていた。瞬也(しゅんや)のこの見(み)えない気づかいによって、進一(しんいち)と星夏(せいか)は並んで歩いていた。少(すこ)し歩いたときに、星夏(せいか)は言(い)った。

「私、かき氷食べたい」

そういってから星夏(せいか)は、一軒一軒屋台をよく見(み)るように歩いた。そのせいで歩くペースが遅くなり、となり歩く進一(しんいち)の少(すこ)し後ろに行(い)くことがあった。進一(しんいち)はそっと手を出したが、星夏(せいか)は気づかないふりをした。

「そんなキョロキョロしていたら、迷子になるよ」

「大丈夫(だいじょうぶ)だよ、迷子になってもみんなと連絡(れんらく)とれるし」

「心配するだろ。俺(おれ)の手握っていろ」

進一(しんいち)がまた手を差(さ)し伸べた。星夏(せいか)は気づかないふりができなかったので、一度進一(しんいち)の手に目を向(む)けた。そして恐る恐る手を伸ばしたが、やはり手を握ることが恥ずかしく思(おも)った。伸ばした手をごまかそうと進一(しんいち)の袖をつかんだ。“まあいいか“と思(おも)いながら、何も言(い)わずまた歩き出した。星夏(せいか)は、顔(かお)を上げられなかった。だいぶ奥のほうまで来ていた。星夏(せいか)は言(い)った。

「この先に神社(じんじゃ)があるんだよ。その神社(じんじゃ)は、階段を上るから少(すこ)し高(こう)いところにあって、周(まわ)りを一望できるの。そこで花火(はなび)見(み)たいななんて思(おも)っている」

進一(しんいち)が声のする後ろを振り返った。進一(しんいち)も星夏(せいか)も目を合わせて笑った。後ろを見(み)ると、瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)の姿がなかった。少(すこ)しだけ、来た道(みち)を戻った。すると肩を軽くたたかれ、声をかけられた。

「そこのお兄さんとその彼女さん」

相手はお面をかぶっていた。この声に、覚えがあった。お面をとって姿を見(み)せた。それは、瞬也(しゅんや)であった。順調そうなのを見(み)て、瞬也(しゅんや)は嬉しそうだった。星夏(せいか)は、咄嗟に手を袖から離した。気持(きも)ちを知(し)られている進一(しんいち)であったが、いざ見(み)られると恥ずかしかった。瞬也(しゅんや)の隣には、杏李(あんり)がいなかった。そのことを聞(き)くと黙って指を指した。かき氷を買おうとしていた。瞬也(しゅんや)は言(い)った。

「二人(ひと)が前(まえ)行(い)っちゃうし、杏李(あんり)はかき氷買うから、俺(おれ)もお面買って驚かそうみたいなこと考えたら、やっぱりみんな迷子になったよね」

ニコニコしながら言(い)った。星夏(せいか)は、かき氷が食べたかった。注意して屋台を見(み)て歩いていたが、見(み)落としていたらしい。杏李(あんり)の並んでいるかき氷の屋台の列に星夏(せいか)も並んだ。それを追って進一(しんいち)が動いた。すると瞬也(しゅんや)も一人(ひと)になりたくなかったのでついて行(い)った。結局三人(ひと)並ぶことにした。かき氷を買い終わった杏李(あんり)が三人(ひと)に気づいた。杏李(あんり)は、とりあえず一緒(いっしょ)にいることにした。そして袖の話以外のこれまでの話をした。杏李(あんり)は笑った。三人(ひと)が買おうとしたときには、杏李(あんり)は食べ終わっていた。みんなが食べているときに、見(み)るだけでいられないと結局杏李(あんり)はもう一度かき氷を買った。ゆっくり食べたかったので、座れる場所(ばしょ)に移動した。

かき氷を食べながら、どこで花火(はなび)を見(み)るかという話になった。進一(しんいち)は見(み)たことがなかったので任せると言(い)って、三人(ひと)に委ねられた。三人(ひと)の意見(み)は、割れることは無かったため、川沿いにすんなりと決まった。そこから花火(はなび)の話で盛り上がった。時(とき)刻は19時(とき)になろうとしていた。花火(はなび)の打ち上げは、19時(とき)30分からであった。そろそろ場所(ばしょ)を取りに動きたい。例年だと、ギリギリに言(い)っても座って花火(はなび)を見(み)られるが、それでも人(ひと)は多いという状況(じょうきょう)であった。花火(はなび)が打ちあがると、人(ひと)は足を止めるため、さらに人(ひと)であふれかえる。

四人(ひと)は川に向(む)かって歩いた。そして、四人(ひと)が座れる場所(ばしょ)を見(み)つけた。そこに四人(ひと)は座って花火(はなび)を待つだけだった。この日(ひ)の夜は、蒸していた。星夏(せいか)が飲み物を飲もうとしたとき、かき氷をみんなで食べた時(とき)に飲み干したのを思(おも)い出した。

「私喉乾いちゃったんだけど、誰か飲み物持ってない?」

誰も持っていなかった。この時(とき)、19時(とき)20分であった。あたりに少(すこ)しずつ人(ひと)が集まっていた。今いる場所(ばしょ)から少(すこ)し歩いたところに自動販売機があった。急いでいけば間に合うと踏んで、星夏(せいか)は荷物(にもつ)の中(なか)から財布を出した。

「行(い)くのか?」

進一(しんいち)が聞(き)いた。頷いて答(こた)えた。

「時(とき)間大丈夫(だいじょうぶ)か」

「多分、大丈夫(だいじょうぶ)」

そういって、星夏(せいか)は飲み物を買いに行(い)った。


19時(とき)27分。まだ星夏(せいか)は帰(かえ)ってこなかった。残り三分で花火(はなび)大会は始まる。

 「この人(ひと)混みだし、迷っているのかもしれない。星夏(せいか)、スマホ持って行(い)ってないみたいだし。俺(おれ)、ちょっと探してくるわ」

そう言(い)って進一(しんいち)は星夏(せいか)を探しに行(い)った。瞬也(しゅんや)や杏李(あんり)は、待っていれば戻ってくると言(い)ったが進一(しんいち)は聞(き)く耳を持たなかった。進一(しんいち)は、まず星夏(せいか)が行(い)ったと思(おも)われる自動販売機のほうに向(む)かった。向(む)かっている途中(なか)に、空が一瞬光った。19時(とき)30分を回ったらしい。結局そこには星夏(せいか)はいなかった。進一(しんいち)はこの自動販売機に着くのに、人(ひと)混みのせいでいつもの倍ほどの時(とき)間がかかっていた。みんなが夜空の花火(はなび)を見(み)ながら歩いていくため、人(ひと)の流れは遅かった。瞬也(しゅんや)や杏李(あんり)から連絡(れんらく)が来ていないということは、星夏(せいか)はまだ戻っていないということであった。進一(しんいち)は今日(ひ)一日(ひ)の星夏(せいか)とのことを思(おも)い出した。どこかにヒントがある気がしていた。そして一つだけ、思(おも)い当たる節があった。まさかとは思(おも)ったが、そこに向(む)かった。


4-3

進一(しんいち)がそこに着いたのは、20時(とき)を少(すこ)し過ぎた頃(ころ)であった。一人(ひと)の女の子がベンチに座って、夜空に咲く花火(はなび)を見(み)ていた。その雰囲気(ふんいき)や浴衣姿は星夏(せいか)だとすぐわかった。星夏(せいか)も進一(しんいち)に気づいた。

「よくここが分かったね。どうしてここが分かったの?」

「星夏(せいか)が神社(じんじゃ)で見(み)たいって言(い)っていたから、もしかしたらいるのかなって思(おも)った。それにしても結構大胆なことするな」

何となく言(い)った自分の発言(い)をちゃんと進一(しんいち)が聞(き)いていてくれたことが星夏(せいか)はうれしかった。進一(しんいち)は星夏(せいか)に近寄り、隣に腰かけた。そして、そのまま一緒(いっしょ)に花火(はなび)を見(み)た。

「俺(おれ)さ、星夏(せいか)とこうやって花火(はなび)見(み)たかったんだ。だから、夢がかなったよ」

そのあとは、二人(ひと)黙って花火(はなび)を見(み)ていた。進一(しんいち)はふと星夏(せいか)がどんな顔(かお)をしてこの花火(はなび)を見(み)ているのか気になって隣を見(み)た。ちょうどその時(とき)、星夏(せいか)は進一(しんいち)に伝えたいことがあって隣を見(み)た。二人(ひと)は目が合った。咄嗟に、二人(ひと)とも花火(はなび)に目を向(む)けた。進一(しんいち)は星夏(せいか)の表情(ひょうじょう)を見(み)ることができなかったし、星夏(せいか)も言(い)いたいことが言(い)えなかった。

花火(はなび)が空一面に打ち上がっていた。クライマックスが近いのだろう。“この時(とき)間がいつまでも続(つづ)けば“と二人(ひと)は思(おも)っていた。そのとき、花火(はなび)が打ちあがるのが止んだ。あたりには町の光だけになった。進一(しんいち)は、星夏(せいか)の方を見て言った。

「星夏(せいか)のことが好きだ。付き合ってほしい。」

その時(とき)、夜空がまた明るく輝いた。進一(しんいち)の目には、花火(はなび)を見ている星夏(せいか)の横顔が見(み)得ていた。星夏(せいか)はほほ笑んだ。星夏(せいか)は、空に光る花火(はなび)を見(み)ながら口を開いた。

「きれいだね」

どうやら、進一(しんいち)の告白は、花火(はなび)の音にかき消された。

「そうだね…」

いろいろな気持(きも)ちが込み上げていた進一(しんいち)には、この言(い)葉が最大の返事(へんじ)であった。今日(ひ)一番の大きい花火(はなび)が上がった。この花火(はなび)に進一(しんいち)は自分を重ね合わせていた。星夏(せいか)への気持(きも)ちが積もって、夜空に咲いて、散っていく。“俺(おれ)は咲いてないか”と心の声がボソッと漏れた。その一発が今年(ことし)最後(さいご)の夏花火(はなび)であった。夜空には、花火(はなび)の後の煙と火薬のにおいが残っていた。


20時(とき)30分。花火(はなび)大会が終わってスマホを確認(かくにん)した。瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)からかなりの量の連絡(れんらく)が来ていた。どこにいるのかという連絡(れんらく)であった。四人(ひと)で見(み)る約束(やくそく)をしたものなのに、結局二人(ひと)がいなくなっていたのだ。自分のことでいっぱいだった進一(しんいち)が我に返った。急いで二人(ひと)に連絡(れんらく)を取った。二人(ひと)はまだ、川沿いで花火(はなび)を見(み)ていた場所(ばしょ)にいるということだったので、そこに向(む)かうと言(い)い、電話を切った。星夏(せいか)は立ち上がって、伸びをした。そしてまだ座っている進一(しんいち)を見(み)て、「行(い)こうか」と笑っていった。進一(しんいち)も立ち上がった。進一(しんいち)は、星夏(せいか)に何も言(い)わなかった。星夏(せいか)の意志で進一(しんいち)の袖を握った。不意を突かれたその行(い)動に“星夏(せいか)はずるいよ”と頭の中(なか)で言(い)った。

スマホの持っていない星夏(せいか)に、瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)の様子(ようす)を伝えた。瞬也(しゅんや)は怒った様子(ようす)はなかったが、杏李(あんり)は少(すこ)し怒っているように感じた。これ以上(いじょう)勝手なことをしたら、杏李(あんり)が本気(ほんき)で怒りそうなので、少(すこ)し早めに歩いた。交通(とお)整備がかかっていたが、進一(しんいち)と星夏(せいか)が進む方向(む)は、反対方向(む)に比べて人(ひと)が圧倒的に少(すこ)なかった。そのため、比較的スムーズに歩けた。あと数分で瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)の場所(ばしょ)に着くところまで来ていた。この辺りは、人(ひと)が少(すこ)なかった。進一(しんいち)は歩きながら聞(き)いた。

「星夏(せいか)は、どうして神社(じんじゃ)で花火(はなび)見(み)たかったの?」

星夏(せいか)は、足を止めた。星夏(せいか)が止まって、進一(しんいち)が前(まえ)に行(い)ったことで、進一(しんいち)の袖と星夏(せいか)の手が離れた。

「私もなの。私も進一(しんいち)と花火(はなび)を二人(ひと)で見(み)たかったの。進一(しんいち)が来てくれればいいなって思(おも)っていた。だからさっき、進一(しんいち)は『星夏(せいか)とこうやって花火(はなび)見(み)たかったんだ』って言(い)ったよね。あの言(い)葉が本当にうれしかったの。場所(ばしょ)はどこでもよかったの。」

進一(しんいち)は、星夏(せいか)のそばに寄った。星夏(せいか)も、一歩だけ進一(しんいち)のほうへ歩み寄った。そして進一(しんいち)は、そっと腕を星夏(せいか)の後ろに回して、抱きしめた。

「好きだよ」

進一(しんいち)の思(おも)いは伝わった。進一(しんいち)の二度目の告白は、他の音にかき消されることなく、星夏(せいか)に伝わった。進一(しんいち)は、ごめんとその手を離した。

「杏李(あんり)が怒るから行(い)こっか」

「そうだね」

“咲いてないのではなく、今打ち上がったのかもしれない“。進一(しんいち)は花火(はなび)大会の最後(さいご)の大きな花火(はなび)を思(おも)い出していた。



4-4

「二人(ひと)どこ行(い)っていたの?」

杏李(あんり)は怒っていた。

「ごめんね。星夏(せいか)見(み)つけるのに苦戦しちゃって、その上見(み)つけて戻ろうとしても、人(ひと)の壁があって戻れなかったわ」

進一(しんいち)は言(い)った。杏李(あんり)は二人(ひと)の様子(ようす)が気になり、花火(はなび)が打ち上がっているときに、後ろを時(とき)々見(み)ていた。結局、人(ひと)が多くて見(み)つかることは無かったが、進一(しんいち)が言(い)っていた、人(ひと)の壁の意味は理解できた。

「ごめんね。みんなで見(み)たいって言(い)った私がこんなことになっちゃって」

星夏(せいか)も謝った。結局過ぎてしまったことはどうにもならなかったので、この件はこれ以上(いじょう)のことは無かった。もう少(すこ)しで21時(とき)になろうとしていた。夜も遅かったので、このあと少(すこ)し話して解散した。花火(はなび)が四人(ひと)で見(み)られなかった分、近いうちに四人(ひと)で遊ぶ約束(やくそく)をした。


川沿いを下って歩いていた。二人(ひと)の距離は、この日(ひ)集まった時(とき)よりも近かった。

「この自動販売機覚えている?」

星夏(せいか)は自動販売機が目に付いいたので、聞(き)いてみた。進一(しんいち)は答(こた)えた。

「俺(おれ)が転校してきた日(ひ)にショッピングセンターから帰(かえ)っているときにここで飲み物かったのは覚えている」

「覚えていたんだ。あの時(とき)占いの話をしていたよね」

「あの日(ひ)はよく当たっていたよね。最近は、早起きとは無縁だからまったく見(み)てないけど。そう言(い)えば、傘返したっけ?」

「私も覚えていない」

 二人(ひと)は、そのまま始業式の日(ひ)のことを話題(わだい)に歩いていた。話しているとき、進一(しんいち)は星夏(せいか)の足元を気にしていた。慣れない履物に足を痛めているように感じていた。

 「歩き疲れたから公園行(い)かない?」

 いいよと星夏(せいか)は言(い)った。星夏(せいか)にとってこの公園にも思(おも)い出があった。進一(しんいち)がバスケ部(ぶ)に入(はい)部(ぶ)する決意を決めてくれた場所(ばしょ)であった。二人(ひと)は、ベンチに腰を掛(か)けた。星夏(せいか)が笑いながら言(い)った。

「また始業式の話になるんだけどさ、進一(しんいち)って花火(はなび)大会に私か杏李(あんり)から誘われること待っていたでしょ?」

 「どうして?」

 「先週ショッピングセンターの張り紙を見(み)ていた進一(しんいち)の顔(かお)が、始業式にした約束(やくそく)どっちか覚えているかなって顔(かお)していたよ」

図星であった。星夏(せいか)はいつも進一(しんいち)のことを見(み)ていた。進一(しんいち)のことを理解しようとしてくれた。今度(こんど)は進一(しんいち)が星夏(せいか)に言(い)った。

 「星夏(せいか)、誕生日(ひ)おめでとう」

星夏(せいか)は、戸惑っていた。星夏(せいか)自身(じしん)、自分の誕生日(ひ)を他人(ひと)に言(い)う人(ひと)ではなかったし、それは進一(しんいち)も例外ではなく、言(い)ったつもりはなかった。どうして、進一(しんいち)が知(し)っているのか疑問に思(おも)った。

 「星夏(せいか)が言(い)わないから俺(おれ)も忘れていたよ。さっき、始業式の日(ひ)の話をしたでしょ。あの時(とき)星座占いの話の流れで、星夏(せいか)に誕生日(ひ)を聞(き)いたことを思(おも)い出したんだよね。さっき思(おも)い出

したからなにも用意してないわ、ごめん」

 「ありがとう」

 家(いえ)族以外にこうして祝ってもらえたのはいつ振りか思(おも)い出せなかった。進一(しんいち)、瞬也(しゅんや)、杏李(あんり)は、星夏(せいか)が今日(ひ)誕生日(ひ)であることを知(し)らないと思(おも)っていた。誕生日(ひ)を言(い)わないから誰からも祝われることは無いことが当たり前(まえ)になっていた。進一(しんいち)だけでも知(し)っていたことがうれしかった。進一(しんいち)は星夏(せいか)の話を聞(き)いていた。進一(しんいち)もまた進一(しんいち)なりに、星夏(せいか)のことを理解しようとしていた。この進一(しんいち)の発言(い)に勇気をもらった星夏(せいか)は言(い)った。

 「本当はね、聞(き)こえていたんだよ」

 星夏(せいか)はほほ笑んでいた。何がと言(い)いかけた進一(しんいち)だった。その時(とき)、星夏(せいか)を見(み)て、二時(とき)間ほど前(まえ)の状況(じょうきょう)と重なった。隣に星夏(せいか)がいて、告白したとき、大きな打ち上げ花火(はなび)が夜空に咲いた。その時(とき)も、今と同じようにほほ笑んでいた。

 「進一(しんいち)の気持(きも)ち、花火(はなび)と一緒(いっしょ)に届いたよ」

 進一(しんいち)は、顔(かお)を赤(あか)くした。星夏(せいか)は、返事(へんじ)の仕方に迷っていたらしい。

 「私も進一(しんいち)と同じ気持(きも)ちだよ」

 二人(ひと)とも体が熱くなってきた。雰囲気(ふんいき)に飲み込まれた進一(しんいち)は立ち上がって、「行(い)こっか」と星夏(せいか)に左手を差(さ)し伸べた。星夏(せいか)は答(こた)えるように右手を差(さ)し出した。今度(こんど)は袖じゃなくて、手を握れた。進一(しんいち)の手は、大きくごつごつしていた。二人(ひと)が進む方向(む)が変わるT字路まではまだ少(すこ)しあった。そこから何を話したのか、どんな時(とき)間を過ごしたのかは二人(ひと)にしかわからなかった。

 二人(ひと)がそれぞれ帰(かえ)宅した。進一(しんいち)は瞬也(しゅんや)に連絡(れんらく)をし、今日(ひ)のことを軽く話した。普段進一(しんいち)から瞬也(しゅんや)にする連絡(れんらく)は、事務連絡(れんらく)が大体であり、それ以外のことでは連絡(れんらく)しなかった。星夏(せいか)は、いつも通(とお)り日(ひ)記を開いた。進一(しんいち)は普段ならしない行(い)動が、星夏(せいか)は今日(ひ)の日(ひ)記の文字数が幸せを象徴していた。

 

 

8月25日(ひ)(日(ひ))

 今日(ひ)は花火(はなび)大会に四人(ひと)で行(い)った。今日(ひ)は誰も遅刻することは無かった。集合が17時(とき)、花火(はなび)大会は19時(とき)30分からだったので、まだ時(とき)間に余裕があった。そのためみんなで、屋台の通(とお)りに行(い)った。まずそこで金魚すくいをした。一匹捕まえることができた。そのあと、進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)が焼きそばを買いに行(い)った。二人(ひと)が焼きそばを食べるため、そこで四人(ひと)は休憩をした。食べ終わったのを見(み)て、また四人(ひと)で動き出した。ここで、進一(しんいち)が手をつなぐように言(い)ってきたが恥ずかしくて、袖をつかむのがやっとだった。私と進一(しんいち)だけの空間のようになっていた。気づくと、杏李(あんり)と瞬也(しゅんや)を置いて行(い)っていた。二人(ひと)を探しに戻ると、意外とすんなりと見(み)つかった。そのまま四人(ひと)でかき氷を買った。かき氷を食べながら、どこで花火(はなび)を見(み)るか話し合った。川沿いに決まったので、食べ終わってから場所(ばしょ)取りに向(む)かった。花火(はなび)が打ち上がる少(すこ)し前(まえ)に、そこを離れ、神社(じんじゃ)に向(む)かった。誰も追ってこないだろうと思(おも)いながら一人(ひと)花火(はなび)を違う場所(ばしょ)で眺めていた。20時(とき)を過ぎたので、みんなのもとに戻ろうとしていた。その時(とき)、進一(しんいち)がやってきた。素直にうれしかった。花火(はなび)を見(み)ながら進一(しんいち)が気持(きも)ちを伝えてくれた。突然の出来事に、聞(き)こえないふりをしてしまった。きっと悲しませてしまっただろう。花火(はなび)が終わってみんなのもとに戻る少(すこ)し前(まえ)、私の気持(きも)ちも頑張って伝えようとした。気づいてくれたのか、進一(しんいち)はそっと抱きしめてくれた。そのあと、杏李(あんり)と瞬也(しゅんや)と合流した。杏李(あんり)は怒っていた。私の勝手な行(い)動なので謝ることしかできなかった。今度(こんど)四人(ひと)で遊びに行(い)くことで納得してもらった。その二人(ひと)とは、夜が遅くなっていたので別れて、進一(しんいち)と二人(ひと)で帰(かえ)っていた。そこで始業式の話をしたが進一(しんいち)はその多くを覚えていてくれた。そのため、私の誕生日(ひ)を覚えていてくれた。ありがとう。おかげで私も進一(しんいち)に気持(きも)ちをまっすぐ伝えられました。そこからの帰(かえ)り道(みち)は、恥ずかしがらずに手を握れました。17回目の誕生日(ひ)が人(ひと)生で一番幸せでした。


4-5

 花火(はなび)大会の後の最初の練習(れんしゅう)のとき、瞬也(しゅんや)は進一(しんいち)にしつこく花火(はなび)大会の日(ひ)のことを聞(き)いた。花火(はなび)大会の日(ひ)の夜に、進一(しんいち)は嬉しさのあまり少(すこ)し話したことで瞬也(しゅんや)は全容が気になっていた。進一(しんいち)は、その日(ひ)のことをサラッと話した。瞬也(しゅんや)は、おめでとうと言(い)った。その言(い)葉は、心の奥から出た言(い)葉であったし、進一(しんいち)にもその気持(きも)ちは本心であると思(おも)えた。ありがとうと答(こた)えた。

そこから数日(ひ)後、杏李(あんり)と会う機会があったので、進一(しんいち)は杏李(あんり)にも花火(はなび)大会で起こったことをサラッと伝えた。杏李(あんり)は、星夏(せいか)から何も聞(き)いていなかったが、近いうちに話したいことがあるとは聞(き)いていた。杏李(あんり)は、おめでとうと言(い)ったが悲しそうにしていた。


五章

5-1

 夏休みが終わって、少(すこ)し経った。外や教室(きょうしつ)にはまだ残暑が残る時(とき)期である。学校(がっこう)では、衣更え期間であったが、夏服を着る生徒が多数を占めていた。この時(とき)期は、学校(がっこう)全体で文化祭(ぶんかさい)に向(む)かって動き出すのが毎年のことであった。今年(ことし)も、例年通(とお)り動き出しが始まった。

星夏(せいか)のクラスでは、クラスでやる出し物は何にするかという議題であった。クラス代表を中(なか)心に話を進めていくが、案がどれもイマイチということであった。確かに、現状黒板に書かれている案は、たこ焼きやお好み焼きなどの飲食系やお化け屋敷やカフェといった娯楽(たの)系が出ているが、毎年どこかしらのクラスがやっていた。そのため新鮮味に欠けた二番煎じの案に感じられた。結論が出ず、少(すこ)し重い雰囲気(ふんいき)の中(なか)、杏李(あんり)が言(い)った。

「進一(しんいち)が東京(とうきょう)の学校(がっこう)にいた時(とき)、どんな出し物があったの?」

杏李(あんり)のその疑問は静まり返っていた教室(きょうしつ)中(なか)に聞(き)こえた。みんなが進一(しんいち)の答(こた)えに耳を傾けた。しかし、進一(しんいち)が挙げた内容は、黒板に書かれている案と大体同じであった。その中(なか)で唯一かぶっていないものがあった。それが演劇であった。みんなはその演劇に食いついた。詳細について聞(き)いてみると進一(しんいち)のクラスがやっていたらしい。演者と黒子と運営に分けて一つの劇をやるというものであった。進一(しんいち)は、制作に関わりたくなかったので受付をやって、友達の演技を見(み)ていたと言(い)っていたため、肝心な制作過程について手探りで進めるしかなかった。それでも、目新しいことに興味を多くのクラスメイトが示した。意見(み)がこれ以上(いじょう)でないと判断したクラス代表が多数決をとった結果、演劇に決まった。進一(しんいち)からしてみれば、今年(ことし)も演劇であった。

演劇の題目に話は移った。瞬也(しゅんや)が新学期はじめって、進一(しんいち)と星夏(せいか)が付き合っていることを友達に言(い)ったことが広がり、今となってはクラスで二人(ひと)が付き合っていることを知(し)らない人(ひと)はいなかった。その瞬也(しゅんや)とその友達はラブストーリーもしくはプリンセスのような分野を選び、進一(しんいち)と星夏(せいか)をくっつけようとした。ほかにはコメディー、サスペンスなどが上がった。ここで学生が作るものとしては、既存の作品のものをリメイクするほうがやりやすいというのがクラスとしての結論であり、また、一部(ぶ)の女子生徒からプリンセス系を押す声があったので、プリンセス系に決まった。瞬也(しゅんや)たちからしてみれば、演劇でやりたい方向(む)性の望みはかなったので、何のプリンセス系のものをやるかは興味がなかった。話し合いの結果、シンデレラになった。この日(ひ)はここで時(とき)間になったので、役割決めは後日(ひ)になった。

数日(ひ)後、だれが何の役をこなすのか話し合いが始まった。進一(しんいち)は、瞬也(しゅんや)が何かを仕掛(か)けてこようと、何かを演じることはしたくなかったし、黒子でもいやであった。黒子、運営、脇役から決まっていくが、男子も女子もメインに手を出そうとしなかった。シンデレラがいなくては始まらないし、王子がいなければ終われない。結局、女子はシンデレラとその義理の姉二人(ひと)の三人(ひと)が残された。空いているものから順番に埋まっていき、かぶったらじゃんけんというシステムでやっていた。この三人(ひと)に残ったのが、星夏(せいか)と杏李(あんり)ともう一人(ひと)大谷(おおたに)綾乃(あやの)の三人(ひと)であった。星夏(せいか)と杏李(あんり)にとって、綾乃は気を遣わずに話せる仲であった。三人(ひと)は少(すこ)し話し合ったがみんながメインを避けたいと思(おも)っていたので話し合いで結論など出せるはずがなく、結局、公平にじゃんけんで行(い)くことになった。その時(とき)、男子のほうから歓声が聞(き)こえた。王子が決まったようだ。三人(ひと)が話し合いをしているときのことだ。男子は、話し合いなど一切せず、いきなりじゃんけんを始めた。進一(しんいち)ともう一人(ひと)のクラスメイトの勝負(しょうぶ)が始まった。グーとパーを出した。この瞬間両者の反応は二極化した。進一(しんいち)は叫んでいた。瞬也(しゅんや)は、手をたたいて爆笑していた。グーを出したのは進一(しんいち)であった。王子が進一(しんいち)に決まったことで、女子三人(ひと)のじゃんけんはさらに注目を増す。空気は、星夏(せいか)に期待が集まっていた。「最初はグー」という杏李(あんり)の掛(か)け声で始まった。最初は、三人(ひと)ともグーを出した。杏李(あんり)は「あいこで」と言(い)った。次(つぎ)はグーとチョキとパーでまたあいこになった。一同が期待を膨らませながらそのじゃんけんを見(み)守っていた。「あいこで」と杏李(あんり)の声に合わせて周(まわ)りの人(ひと)も声を出す。ここでパーとグーとグーで綾乃が抜けた。星夏(せいか)と杏李(あんり)の一騎打ちになった。クラスは、沸いていた。「最初はグー」そのあとに二人(ひと)が出したのは、グーとパーであった。決着がついた瞬間、クラスはため息に包まれた。負けたのは、杏李(あんり)であった。そのため息が聞(き)こえた杏李(あんり)はそれを不快に思(おも)っていた。しかし、決まってしまった以上(いじょう)仕方がなかった。

「よろしくね、杏李(あんり)」

進一(しんいち)が声をかけた。「ふー」というクラスの煽りに杏李(あんり)の不満が限界に来そうだったが、進一(しんいち)も自分の役柄を好きでやっているわけではなかったのでその不満をこらえ受け入(はい)れた。こうして、クラス全員の役柄が決まった。文化祭(ぶんかさい)まで、残りおおよそ二か月といったところであった。それまで、演劇で役を持っている者は、練習(れんしゅう)に励んだ。残りの黒子と運営役は、セットや小物の制作に励んだ。週に二日(ひ)は放課後(ほうかご)を使って練習(れんしゅう)をすることになった。シンデレラ役である杏李(あんり)は、部活(ぶかつ)動をやっていなかった。そのため、部活(ぶかつ)をやっている進一(しんいち)に合わせて、部活(ぶかつ)の練習(れんしゅう)がない曜日(ひ)に、クラスで演劇の練習(れんしゅう)することになった。進一(しんいち)は、シンデレラの内容すら知(し)らなかったので、最初の練習(れんしゅう)は、シンデレラについてだった。シンデレラは、いじめを受けていて、舞踏会に行(い)くための服も手段も無かったが、魔法にかけられてその問題を解決して舞踏会に行(い)くことができた。しかし、24時(とき)に魔法が切れるため、去ろうとしたときに靴を落としていった。シンデレラの姿を見(み)ていた王子は、その靴を頼りにシンデレラを探し、見(み)つけて結婚するという話だった。これを20分から30分の演劇を目安に行(い)う予定であった。最初の練習(れんしゅう)だけ全員が集められたが、今後は進行(い)に応じて必要な人(ひと)数だけ集めるという方針に決まった。目標は、一か月で役回りを覚え、残りの一か月で、完成度を上げる予定であった。みんなの宿題として、シンデレラの視聴が課された。この日(ひ)から、演劇の練習(れんしゅう)が始まった。


その日(ひ)から大体一か月がたった時(とき)、クラスは予定通(とお)り全体で通(とお)し練習(れんしゅう)を開始し始めていた。進一(しんいち)は、演技を覚えるのにとても苦労しているようであった。実際見(み)ている側としても、動きを意識してセリフが棒読みになっていたりするところなど不自然な点が多かった。クラスメイトから見(み)て、進一(しんいち)は運動をとっても勉強をとっても良い成績を収めていたため、進一(しんいち)が苦戦している様子(ようす)はなかなか見(み)られなかった。最初は、「進一(しんいち)でもできないものあるんだ」という様子(ようす)であったが、それも次(つぎ)第に「なんでできないの」という態度に変わって、進一(しんいち)はとてもやりずい様子(ようす)をしていた。星夏(せいか)と練習(れんしゅう)後に帰(かえ)るとき、いつもこのことを気にしていた。確かに進一(しんいち)は、やりたくてやっているわけではなかったので、星夏(せいか)は進一(しんいち)の気持(きも)ちもわからなくはなかった。

星夏(せいか)は、月並みにこなしていた。下手というわけでも、うまいというわけでもなかった。最近の星夏(せいか)は、一つ小さな後悔を抱えていた。進一(しんいち)の演技は、下手なりに進歩はしていた。進一(しんいち)の演技の進歩を近くで見(み)ていて、少(すこ)しプリンセス役の杏李(あんり)に嫉妬していた。自分があの時(とき)プリンセスをやっていれば、と杏李(あんり)を羨んでいた。

二人(ひと)に対して杏李(あんり)は、セリフや演技、しぐさに至るまでどんどん完成度を上げていった。そのため、杏李(あんり)は進一(しんいち)にアドバイスをしてサポートする立場も担っていた。そのアドバイスは分かりやすいかったため、気づいたころには、座長のような存在になっていた。

進一(しんいち)は文化祭(ぶんかさい)までの危機感からか、ある時(とき)から杏李(あんり)に頼んで、全体練習(れんしゅう)が終わった後も練習(れんしゅう)に付き合ってもらった。学校(がっこう)が終わった帰(かえ)り道(みち)に、人(ひと)通(とお)りの少(すこ)ない川沿いで練習(れんしゅう)をしていた。星夏(せいか)も一緒(いっしょ)に練習(れんしゅう)はしていたが、シーンがあまりかぶらないことから基本的には後ろで見(み)ていた。時(とき)には、進一(しんいち)と星夏(せいか)のシーンを杏李(あんり)が見(み)るということもあった。次(つぎ)第に、星夏(せいか)が見(み)守る時(とき)間が増えてきて、帰(かえ)る日(ひ)もあった。この練習(れんしゅう)を始めてから進一(しんいち)はみるみる進歩した。進一(しんいち)の進歩によって、クラスのシンデレラの演劇は、急激によくなった。このタイミングで、少(すこ)しずつ、シンデレラのセットができてきた。その結果、みんなの練習(れんしゅう)に対する意識が上がっていた。

文化祭(ぶんかさい)まで一週間ほどといったときに、一度クラスメイトに披露してみた。反応がとてもよかった。感想(かんそう)や意見(み)を聞(き)いて、本番まで詰められるところをさらに詰めた。進一(しんいち)は、この日(ひ)の杏李(あんり)の演技を見(み)て、いつもより硬かった印象を持った。それはいつも練習(れんしゅう)してきたからであり、王子様という役柄上、杏李(あんり)の演技を一番近くで見(み)られる役であったから違和感を抱いた。この日(ひ)も二人(ひと)で川沿いに行(い)って練習(れんしゅう)した。その時(とき)に、違和感のことを聞(き)いた。ただ、杏李(あんり)はいつも通(とお)りと言(い)っていたので、特に進一(しんいち)は気に留めなかった。

文化祭(ぶんかさい)まで残り二日(ひ)に迫ったとき、セットや小道(みち)具がすべて完成した。そのため、細かい動作の確認(かくにん)を中(なか)心に、調節を始めた。そのほか、役者と黒子の連携など細かいことに気を配り、作品の完成度をさらに高(こう)めた。運営の人(ひと)間も、当日(ひ)の流れの確認(かくにん)や席の案内、入(はい)場者の管理などの役割分担を決め、本番に向(む)け動いていた。



5-2

この日(ひ)の天気は悪かったが午後(ごご)には晴れる予報であった。文化祭(ぶんかさい)は、土曜日(ひ)と日(ひ)曜日(ひ)の二日(ひ)間開催で行(い)われる。その初日(ひ)を迎えた。文化祭(ぶんかさい)は、教室(きょうしつ)にいつもの時(とき)間までに登校して、そのあと、学校(がっこう)全体で体育館(たいいくかん)に集まる。学校(がっこう)全体で集まるといっても、校長の話を聞(き)いくこと、文化祭(ぶんかさい)と取り仕切る代表の注意喚起程度(ていど)で、特に特別なことは無かった。変わったことを強いて言(い)えば、この二日(ひ)間の文化祭(ぶんかさい)で来場者にアンケートをとるのだが、そこで一番の満足率を獲得したクラスには最終日(ひ)に表彰があるらしい。アンケートには、各模擬店に対して、五段階評価するようになっていて、四以上(いじょう)の評価の割合で競うようなルールであった。

文化祭(ぶんかさい)の開始は、9時(とき)からであった。教室(きょうしつ)に戻って、クラスは最初の公演に向(む)けて準備を進めた。10時(とき)、12時(とき)、14時(とき)の一日(ひ)に三公演を予定していた。役者が衣装に着替えて、大道(みち)具がセットを準備した。

本番15分前(まえ)あたりから、少(すこ)しずつ観客が来た。この時(とき)間帯になると、学校(がっこう)全体にも少(すこ)しずつ来場者の姿が見(み)えてきた。廊下では、宣伝の声が聞(き)こえた。その宣伝の効果で、演劇が始まるときには、10人(ひと)ほどになっていた。

10時(とき)になり、司会が動き出し始めた。会場での注意事項を言(い)った後、クラスが暗くなり、司会がそのままナレーションを務めて、最初の演劇が始まった。杏李(あんり)が登壇して、始まる。舞台袖からその様子(ようす)を見(み)ていた進一(しんいち)は、杏李(あんり)に違和感を抱いた。この違和感は、以前(まえ)にも抱いたことがあった。それはクラスメイトの前(まえ)で演劇をした時(とき)であった。あの時(とき)は進一(しんいち)だけだったが、今は演者の多くが進一(しんいち)と同じように違和感を抱いていた。観客から見(み)れば、学生がやる演劇という見(み)方をされる程度(ていど)の違いであった。確かに、お客さんを相手にやるのは初めてだから、みんなが硬かったが、杏李(あんり)の今までの演技から見(み)ると信じられなかった。始まった以上(いじょう)、止めるわけにはいかなかった。そのため演劇はどんどん進んでいく。そのまま、最後(さいご)のシーンまで行(い)ってしまった。進一(しんいち)の前(まえ)で、杏李(あんり)がガラスの靴を履くシーン。何とか履き終えて、最初の演劇を終えた。総評としては、全体の緊張(きんちょう)が目立ったことであった。そのせいで、練習(れんしゅう)ではしなかったミスが増えていた。プリンセス役の杏李(あんり)は出番が多く、早く慣れてもらうしかなかった。この一回目のクオリティーを踏まえて、一度クラスを閉め、緊急でリハーサルをすることになった。

「もっと、肩の力を抜いて、表現できないの」

進一(しんいち)は、杏李(あんり)に言(い)った。その言(い)葉は、二人(ひと)で練習(れんしゅう)していた時(とき)に進一(しんいち)がさんざん言(い)われた言(い)葉であった。それを聞(き)いて、杏李(あんり)は少(すこ)し余裕を取り戻したように笑った。進一(しんいち)が今度(こんど)は全体に言(い)った。

「せっかく見(み)に来てくれているのだから、満足させて帰(かえ)ってもらうのが、僕たちの使命だと思(おも)わない?30分も時(とき)間をもらっているのだから、それに見(み)合ったものを提供しなきゃいけないんだよ。緊張(きんちょう)している場合かね?」

進一(しんいち)は怒るわけでもなく、語るように言(い)った。確かにそういう意味では、進一(しんいち)はいつも通(とお)りであった。このリハーサルは、本番開始30分前(まえ)まで行(い)われた。次(つぎ)の公演は、お昼ということもあり、一番お客さんが来場してくると予想される。半数以上(いじょう)が、いつもの様子(ようす)に戻った。その結果、人(ひと)に見(み)せられるレベルまで何とか持ってきたという状況(じょうきょう)であった。

廊下から宣伝の声が聞(き)こえてきた。瞬也(しゅんや)であった。瞬也(しゅんや)は、運営を担当していた。瞬也(しゅんや)一人(ひと)で、7人(ひと)呼んでいた。午前(まえ)が10人(ひと)程度(ていど)から始まったので、瞬也(しゅんや)の活躍は大きかった。結局、30人(ひと)分の席を用意していたが、全員が入(はい)りきらず、後から来た人(ひと)に対しては立ち見(み)という方法をとった。最初の公演は、お客さんの数が緊張(きんちょう)に変わったが、今はお客さんの数がやる気に変わる人(ひと)が多かった。

最初の公演と同様に、開始時(とき)間になったため、司会がアナウンスを始めた。みんなの顔(かお)が引き締まる。杏李(あんり)が登壇した。杏李(あんり)の様子(ようす)は、最初の公演と比べるとだいぶいつもの様子(ようす)に戻ったが、やはりまだ本調子ではないように見(み)えた。杏李(あんり)以外のクラスメイトの大半は、練習(れんしゅう)のような振る舞いを見(み)せていた。演劇としてのクオリティーは、人(ひと)に見(み)せられるレベルにはなっていた。つまり杏李(あんり)次(つぎ)第で完成に大きく近づくところにあった。今回の演劇は、最初の演劇に比べて、満足そうな笑顔(かお)で帰(かえ)るお客さんが多かった。このお客さんの反応が、自信につながった。次(つぎ)の公演からもっと質の高(こう)い演劇を提供が期待できそうであった。

公園が終わり、休憩に入(はい)った。進一(しんいち)は星夏(せいか)に、他のクラスの出店でご飯を食べようと誘った。星夏(せいか)もいいよと声をかけた。二人(ひと)は財布を持ってクラスを出た。店を見(み)ながら、どれにするか話していた。お好み焼き、たこ焼き、焼き鳥などがあった。進一(しんいち)が、「これにしよ」と言(い)って並んだのは、焼きそばであった。

「星夏(せいか)は焼きそば食べる?」

進一(しんいち)が聞(き)いてきた。星夏(せいか)は、「うん」と首を縦に振った。進一(しんいち)は星夏(せいか)の焼きそばをおごってあげた。近くのベンチに移動して、焼きそばを食べた。星夏(せいか)が言(い)った。

「なんか、花火(はなび)大会思(おも)い出すね」

確かに、状況(じょうきょう)は似ていた。出店(でみせ)が何店も出店(しゅってん)している中(なか)、進一(しんいち)は花火(はなび)大会の時(とき)も焼きそばを選んだ。二人(ひと)にとってその日(ひ)は、特別な日(ひ)であった。その日(ひ)に重なる点があることが少(すこ)しうれしかった。進一(しんいち)が、冗談(じょうだん)交じりで言(い)った。

「今は制服(せいふく)だから、袖つかめないね」

「もう手をつなげるもん」

確かに、花火(はなび)大会の後に何度か二人(ひと)でデートに行(い)った。デートを重ねるたびに、星夏(せいか)は恥ずかしがらずに手を繋いでいた。しかし、今の星夏(せいか)の発言(い)は少(すこ)し嘘が含まれていた。進一(しんいち)の手を繋ぐことはできるが、それは人(ひと)目が気にならないことが条件であった。学校(がっこう)においては、顔(かお)見(み)知(し)りから友達までいる。その目線が恥ずかしくて、実際には星夏(せいか)はできなかった。二人(ひと)のデートはいつもこんな感じであった。そこに進一(しんいち)を声がした。

「砂川先輩じゃないですか。ちょっと僕たちのクラスお化け屋敷やっているので、もしよかったら来てくださいよ」

そう言(い)ったのは、進一(しんいち)のバスケ部(ぶ)の後輩であった。二人(ひと)は焼きそばを食べ終えており、一息ついたころであったため、その誘いに乗ることにした。時(とき)刻は13時(とき)であった。公演の30分前(まえ)までに戻るように言(い)われていたので、まだ30分ほど時(とき)間があった。

お化け屋敷のやっている教室(きょうしつ)に着くと、少(すこ)し列があったが、回転がかなり速かったため、待たされたように感じることは無かった。進一(しんいち)の後輩が言(い)うに、所要時(とき)間は長くて10分ほどと言(い)っていたため、時(とき)間の心配は大丈夫(だいじょうぶ)そうであった。進一(しんいち)たちの番が来たので、その入(はい)り口をくぐると、いきなり横からお化けが驚かしてきた。星夏(せいか)は、こういった類のものは苦手であったため、大きな声を上げて叫んだ。進一(しんいち)は、驚くというよりも、お化け屋敷自体のクオリティーの高(こう)さに関心を示していた。進むにつれて、仕掛(か)けが巧妙になっていった。進一(しんいち)が驚く場面が途中(なか)何度かあった。その時(とき)は、最初の余裕がなくなっているように見(み)えた。星夏(せいか)は恐怖のあまり、ある時(とき)から進一(しんいち)の腕にギュッと捕まっていた。この時(とき)の星夏(せいか)は、周(まわ)りの目や恥というものよりも恐怖のほうがはるかに大きかった。そんな星夏(せいか)を安心させるために、進一(しんいち)は途中(なか)から一切意識して驚かなくなった。それでもたまに「おっ」と声が漏れてしまったが、その程度(ていど)であった。最後(さいご)の仕掛(か)けを終え、お化け屋敷の外にでた。外は明るかった。そこに、進一(しんいち)の後輩が嬉しそうに待っていた。二人(ひと)の様子(ようす)を見(み)て、満足そうにしていた。

「お二人(ひと)ともどうでした?」

星夏(せいか)は、腰が抜けていた。進一(しんいち)も我慢していた分、かなりの汗をかいていた。

「よくできているな。もう少(すこ)し話したかったけど、時(とき)間が結構やばいから行(い)くわ」

進一(しんいち)はそう言(い)って、お化け屋敷を去った。腕をギュッとつかんでいた星夏(せいか)の手を放し、進一(しんいち)が星夏(せいか)の腰に手を当て、支えるようにして歩いていった。時(とき)刻は13時(とき)23分であった。所要時(とき)間を少(すこ)し超えていた。星夏(せいか)がそれだけ驚いていたのであった。


教室(きょうしつ)に戻った。この時(とき)、みんな揃っていた。進一(しんいち)と星夏(せいか)が来たことで残り二人(ひと)であった。まだ時(とき)間になってはいなかったので、来ていない二人(ひと)のことを心配していなかった。みんなは進一(しんいち)と星夏(せいか)の様子(ようす)を見(み)て、何があったか聞(き)いたが、“お化け屋敷が怖かった”というのは恥ずかしく思(おも)ったので、進一(しんいち)は濁した。二人(ひと)はそれぞれ更衣室に向(む)かって、衣装に着替えた。二人(ひと)が着替え終わった時(とき)が40分頃(ころ)であった。周(まわ)りがざわついていた。どうしたのか聞(き)くと、杏李(あんり)がいなくなっていた。

進一(しんいち)は、運営の一人(ひと)に声をかけ、屋上に行(い)くように指示を出した。言(い)われた通(とお)り、屋上に行(い)こうとしたときに、杏李(あんり)が戻ってきた。急いで準備をして、スタートに間に合わせた。

14時(とき)になり、この日(ひ)最後(さいご)の公演が始まった。杏李(あんり)は確かによくはなっているけど、まだ違和感があった。この頃(ころ)、杏李(あんり)に違和感を抱いているのは進一(しんいち)だけになっていた。それでも、演劇全体で見(み)れば、この日(ひ)一番の演劇であった。実際に、お客さんの反応もまた良かった。この日(ひ)の公演は終わったので、片付(かたづ)けに入(はい)った。

15時(とき)になったとき、学校(がっこう)に放送がかかった。文化祭(ぶんかさい)初日(ひ)が終了するお知(し)らせであった。来場者が学校(がっこう)を去った時(とき)に、また放送がかかった。朝と同じように、全校生徒が体育館(たいいくかん)に集まるように指示があった。そこで、数人(ひと)が登壇して、連絡(れんらく)事項を伝えて、この日(ひ)の学校(がっこう)は終わった。これ以降片づけが終わり次(つぎ)第、自由に帰(かえ)宅してよかった。進一(しんいち)のクラスも、残って練習(れんしゅう)という話は上がったが、最後(さいご)の公演を見(み)る限り大丈夫(だいじょうぶ)と踏んで、特に放課後(ほうかご)何かするということは無かった。

星夏(せいか)は、進一(しんいち)に帰(かえ)ろうと誘おうとしたが、進一(しんいち)がやることがあると断った。星夏(せいか)の誘いを断ることは付き合ってから初めてのことであった。進一(しんいち)は、杏李(あんり)のもとに行(い)き、いつもの川沿いに行(い)くように伝えた。杏李(あんり)は断ったが、進一(しんいち)がしつこく言(い)ったため、根負けした杏李(あんり)は行(い)くことにした。星夏(せいか)はその様子(ようす)を見(み)て、自分より杏李(あんり)をとった進一(しんいち)の行(い)動にヤキモチを焼いた。

川沿いに進一(しんいち)と杏李(あんり)がついた。杏李(あんり)はいつも通(とお)り練習(れんしゅう)をするものだと思(おも)っていたが、この日(ひ)は違った。進一(しんいち)が話しかけてきた。

「今日(ひ)の杏李(あんり)の演技はいつもの杏李(あんり)の演技と明らかに違っていた。それは、ここで一緒(いっしょ)に俺(おれ)の練習(れんしゅう)に付き合ってくれたし、その演技を役柄上一番近くで見(み)てきた俺(おれ)が思(おも)ったから的外れなことは言(い)ってないと思(おも)う。確かに、回数を重ねるほど違和感は薄まっていったけど、無くなってはないんだよね。杏李(あんり)、人(ひと)前(まえ)で演技することにまだ緊張(きんちょう)しているでしょ?」

杏李(あんり)は、俯きながら答(こた)えた。

「確かに進一(しんいち)の言(い)っていることは、全部(ぶ)あったっているよ。人(ひと)に見(み)られると、思(おも)うようにうまく表現できないっていう感じがするの。でも、それってどうにもならない問題じゃん。それとも対策があるなら、私は何をすればよかったのよ?」

杏李(あんり)はの中(なか)でこみあげてきたものが、目に浮かんでいた。

「もう少(すこ)し、俺(おれ)を頼れよ。杏李(あんり)は俺(おれ)のために毎回練習(れんしゅう)に付き合ってくれたんだから、少(すこ)しくらい俺(おれ)にも杏李(あんり)のためにできることをしたいと思(おも)っている。一人(ひと)で抱えるなよ。」

進一(しんいち)は、杏里のことを一切責めることは無かった。それからは、何も進一(しんいち)は言(い)わなかった。杏李(あんり)は、進一(しんいち)の言(い)葉を聞(き)いてさらに涙をこぼした。杏李(あんり)の涙の量が、杏李(あんり)の不安を物語っていた。“もっと早くに声をかけてあげたら、どんなに楽(たの)だったろうか”進一(しんいち)はそう思(おも)った。杏李(あんり)が泣き止んで、落ち着きを取り戻したときに、進一(しんいち)が立ち上がって杏李(あんり)に言(い)った。

「ついに見(み)つけた。あなたがこのガラスの靴の持ち主ですね」

それは、シンデレラの終盤の進一(しんいち)のセリフであった。杏李(あんり)は困惑した顔(かお)をしたが、ニコッと笑った。

「これは、私が舞踏会の日(ひ)に落とした靴だわ」

杏李(あんり)は、進一(しんいち)の振りに乗ってきた。進一(しんいち)もニコッと笑った。

「やっと違和感の抱かないしっくりした演技をしたよ。杏李(あんり)はその演技のほうが向(む)いているよ。その笑顔(かお)のほうがいいよ。明日(ひ)はうまくいくよ」

杏李(あんり)は、顔(かお)を赤(あか)くした。

「ありがとう」

二人(ひと)の最後(さいご)の秘密の特訓であった。杏李(あんり)は自信を取り戻した。



5-3

文化祭(ぶんかさい)二日(ひ)目。この日(ひ)も朝体育館(たいいくかん)に集められ、話を聞(き)くことから一日(ひ)が始まる。昨日(ひ)同様に、9時(とき)に一般開放が始まる。進一(しんいち)たちは最初の10時(とき)公演に向(む)けて準備に取り掛(か)かった。軽く通(とお)しでやって、問題はなさそうであった。気づくと、演劇開始の10分前(まえ)であった。お客さんは、朝ということもあり、昨日(ひ)の最初の公演と同様にあまり多くなかった。

10時(とき)になり、司会が動き出した。視界が注意喚起を終え、ナレーションに入(はい)った。そのタイミングで杏李(あんり)が登壇した。昨日(ひ)と同じ内容であったが杏李(あんり)の演技の質は昨日(ひ)と比べ物にならなかった。杏李(あんり)のおかげで出だしのお客さんの反応は良かった。この手ごたえは、終盤まで続(つづ)いた。最後(さいご)のシーンでも、進一(しんいち)の前(まえ)でガラスの靴を履く杏李(あんり)は、完全にプリンセスになりきっていた。

演劇が終わった後に、お客さんからもらった拍手はとても大きかった。人(ひと)数で言(い)えば、昨日(ひ)と同じくらいであったのに、拍手の音は、昨日(ひ)の倍以上(いじょう)あった。全体が成長したのもあったが何より、杏李(あんり)の成長が大きかった。それを実現させたのは、昨日(ひ)の進一(しんいち)との秘密の特訓であった。みんなはお客さんの反応を見(み)て、満足していた。ここから、この演劇は大きく軌道(みち)に乗っていった。

「進一(しんいち)、ありがとう」

杏李(あんり)は劇が終わると進一(しんいち)のもとにまっすぐに寄ってきて、感謝の気持(きも)ちを伝えた。

「俺(おれ)は何もしていていないよ。杏李(あんり)が頑張っただけだよ」

進一(しんいち)は言(い)った。ほかのクラスメイトが杏李(あんり)の演技をほめていた。杏李(あんり)はその褒めてくれた人(ひと)全員にありがとうと言(い)っていた。ここから次(つぎ)の演劇まで一時(とき)間ほどの自由時(とき)間が与えられた。杏李(あんり)は、進一(しんいち)をご飯に誘った。進一(しんいち)は笑顔(かお)でいいよと言(い)った。杏李(あんり)は、昨日(ひ)の休憩時(とき)間の間、一人(ひと)で練習(れんしゅう)していたらしく、出店を見(み)ていなかった。そのため、進一(しんいち)と杏李(あんり)は出店に向(む)かった。進一(しんいち)にとっては、昨日(ひ)も星夏(せいか)と一緒(いっしょ)に来ていたので、食べるものは決まっていた。それでも、杏李(あんり)が食べるものが決まるまでは、文句や嫌そうな顔(かお)をせずに一緒(いっしょ)に選んであげた。杏李(あんり)はお好み焼きを選んだ。進一(しんいち)は、たこ焼きにしようと決めていたのだが、今並んでいるお好み焼きの場所(ばしょ)からは少(すこ)し離れていたため、進一(しんいち)もお好み焼きにした。

二人(ひと)がベンチに腰を掛(か)けて、お好み焼きを口にした。食事中(なか)、クラスの演劇のことをずっと話していた。その時(とき)、杏李(あんり)が言(い)った。

「実はね、昨日(ひ)進一(しんいち)に言(い)われて、なんか吹っ切れたんだ。登壇した時(とき)のお客さんの視線とか失敗したらどうしようとかいろいろなことを考えていたら、なんか怖くなってきて、逃げ出したかったんだ。進一(しんいち)には、隠(かく)せなかったみたいだけど、気づいてくれてうれしかった。だから、今日(ひ)は昨日(ひ)の分を取り返せるくらい頑張るつもりなの」

「俺(おれ)は何も気づいていなかったよ。杏李(あんり)が俺(おれ)を見(み)て、助けてって視線で言(い)ったんだよ。それが聞(き)こえただけだよ。昨日(ひ)の練習(れんしゅう)では、俺(おれ)は何も教えてないよ」

進一(しんいち)の態度は、とても謙遜的であった。杏李(あんり)は、いつも笑顔(かお)であった。そのため、悩んでいると周(まわ)りから思(おも)われにくい人(ひと)であった。本当は悩んでいても、気づいてくれないし、言(い)えない人(ひと)柄であったので、進一(しんいち)のした行(い)動は杏李(あんり)を大きく救った。


最初の公演が終わったとき、星夏(せいか)は進一(しんいち)と一緒(いっしょ)にご飯に行(い)こうとしていた。しかし、進一(しんいち)は舞台袖に戻ったと同時(とき)に、杏李(あんり)と会話(かいわ)を始めた。そのまま、クラスメイトが周(まわ)りを囲んでいき、なかなか声をかけられなかった。みんなが落ち着くのを待っていたら、進一(しんいち)はそのまま杏李(あんり)と一緒(いっしょ)にクラスを去っていった。杏李(あんり)とニコニコしながら歩く進一(しんいち)の姿を見(み)て、進一(しんいち)が星夏(せいか)のもとを去ってしまうかのような感覚に襲われた。星夏(せいか)がほかのクラスメイトとご飯に行(い)こうとしたときに瞬也(しゅんや)が声をかけてきた。瞬也(しゅんや)がご飯に誘ってきた。星夏(せいか)が頷いたため、二人(ひと)は出店のほうに向(む)かった。

星夏(せいか)は、進一(しんいち)のことで悩んでいた。進一(しんいち)からの愛情が最近希薄に感じることであった。その悩みを瞬也(しゅんや)は何も言(い)わずに聞(き)いていたが、出店の場所(ばしょ)に着くと、瞬也(しゅんや)は話を一気に変えて、文化祭(ぶんかさい)の話に変えた。瞬也(しゅんや)は迷わずに焼きそばを選んだ。星夏(せいか)は瞬也(しゅんや)と一緒(いっしょ)に列に並んだが、焼きそばを買わなかった。そのあと、星夏(せいか)は瞬也(しゅんや)に言(い)って一緒(いっしょ)にたこ焼きに並んでもらった。二人(ひと)が、座れる場所(ばしょ)を探していたら、ベンチに座る進一(しんいち)と杏李(あんり)の姿があった。咄嗟に星夏(せいか)は逃げるように違う方向(む)に行(い)こうとしたが、瞬也(しゅんや)が声をかけてしまったので、星夏(せいか)は瞬也(しゅんや)と一緒(いっしょ)に進一(しんいち)と杏李(あんり)のもとに行(い)った。

「これはこれは、王子様にプリンセスではないか。今日(ひ)はお城を出て、お二人(ひと)でお食事ですか?」

進一(しんいち)が気付いて、返事(へんじ)をした。

「そうだけど、どうした?瞬也(しゅんや)も一緒(いっしょ)にご飯食べる?」

演劇風に聞(き)いた瞬也(しゅんや)に対し、淡々と返答(こた)する進一(しんいち)であった。一緒(いっしょ)に食べるといっても、三人(ひと)掛(か)けのベンチであったので、詰めるか、一人(ひと)立つかであった。進一(しんいち)は、ちょうどお好み焼きを食べ終わったので、ゴミ捨ててくると言(い)って、二人(ひと)に座るようにそそのかした。進一(しんいち)が帰(かえ)ってきて、星夏(せいか)が持っていたたこ焼きを見(み)た。

「星夏(せいか)、一個たこ焼きちょうだい。たこ焼き食べたかったんだけど、歩くことが面倒くさいと思(おも)ってやめたんだよね」

いいよと星夏(せいか)は言(い)って、たこ焼きを渡した。進一(しんいち)の様子(ようす)は、いつも道(みち)理であった。そのため、少(すこ)し星夏(せいか)は安心した。少(すこ)し、心配しすぎなだけであったと思(おも)えた。その時(とき)、瞬也(しゅんや)が時(とき)計を見(み)て、焦って焼きそばを食べた。瞬也(しゅんや)は運営の人(ひと)間であったため、進一(しんいち)たちとは、休憩の時(とき)間が違っていた。瞬也(しゅんや)は、これから、勧誘の仕事があった。

「俺(おれ)が、次(つぎ)の公演満席にしてやるからちゃんとやれよ」

そういって、瞬也(しゅんや)は三人(ひと)のもとを去った。それから、しばらく雑談をして三人(ひと)もまた準備のために、クラスに戻った。


クラスに戻り、準備を終えた時(とき)、運営の生徒がやけに騒がしかった。話を聞(き)いてみると、瞬也(しゅんや)が本当に満席にするほどの人(ひと)数を勧誘した。30人(ひと)想定をしていたクラスに、倍近く入(はい)っていたらしく、さらに、まだまだ来るような状況(じょうきょう)であった。客席管理が難しくなっていた。結局、演劇が始まるころには、倍以上(いじょう)になっていた。演者たちの顔(かお)が締まっていった。最初の公演で、みんなはかなり自分たちの演技に自信を持っていた。

12時(とき)になり、演劇が始まった。演劇は、進一(しんいち)が登壇するまでは問題なく進んでいた。進一(しんいち)が登壇したとき問題は発生した。最初のナレーションでの注意喚起で、「ほかのお客様に迷惑が掛(か)かるので、演劇最中(なか)は私語厳禁でお願いします」というアナウンスがあったが、進一(しんいち)が舞台に登壇した時(とき)、歓声と拍手が聞(き)こえた。進一(しんいち)は、客席に目をやったとき、いろいろと瞬也(しゅんや)の発言(い)の意味と迷惑行(い)為のことが理解できた。客席の半数以上(いじょう)がバスケ部(ぶ)員であった。瞬也(しゅんや)が満席にすると言(い)った意味はバスケ部(ぶ)員を呼ぶということであった。しかもこの公演に部(ぶ)員の大半がいたことから、昨日(ひ)から声をかけていたと考えられた。客席には、引退した先輩の姿もあり、そのうちの一人(ひと)に門倉がいた。相手も高(こう)校生であったので、客席が騒がしくなったのはこの時(とき)だけであった。それ以降は、いつも通(とお)りであった。

この公演が終わると、進一(しんいち)は急いで着替えて客席に向(む)かった。来てくれたバスケ部(ぶ)員にありがとうと言(い)って回った。一部(ぶ)、門倉に注意されているバスケ部(ぶ)員が何人(ひと)かいた。演劇中(なか)の行(い)為についてであった。この後、進一(しんいち)にこの数人(ひと)は謝りに来た。挨拶(あいさつ)ついでにみんなが進一(しんいち)に感想(かんそう)を言(い)うが、みんなが褒めてくれた。星夏(せいか)のことが分かる同期の人(ひと)間からは、どうしてプリンセスが杏李(あんり)なのかといじられたりした。それでも進一(しんいち)は嬉しそうであった。瞬也(しゅんや)がここまで部(ぶ)員を集めてくれるとは思(おも)っていなかったので、それがまたうれしかった。このままバスケ部(ぶ)員と休憩に進一(しんいち)は出かけた。

文化祭(ぶんかさい)最後(さいご)の公演。12時(とき)公演と同じくらいの人(ひと)が来ていた。今回瞬也(しゅんや)は誰一人(ひと)誘っていないが、バスケ部(ぶ)員に感想(かんそう)をクラスメイトに伝えるように言(い)い残していたため、在校生の人(ひと)数が半分よりも少(すこ)し多かった。最後(さいご)ということもあり、役者側は気合が入(はい)っていた。公演が始まると、今までのすべてをぶつけるような演技であった。結果として、六回の公演で一番大きい拍手をもらった。


この年の文化祭(ぶんかさい)が終わって、全校生徒が体育館(たいいくかん)に集められた。校長や文化祭(ぶんかさい)実行(い)委員長の話などがあった。そのあと、一般客向(む)けアンケートの満足率によるランキングの発表があった。進一(しんいち)のクラスが満足率92%で優勝した。クラスメイトの大半がこのことを忘れていたため、リアクションが薄かったし、覚えていた者もこれを目的で演劇をしていたわけではなかったので、特別喜んだわけではなかった。微妙な空気の中(なか)、代表者二名がステージに登壇するように呼ばれたため、進一(しんいち)と杏李(あんり)が登壇し、表彰された。この後、後夜祭の連絡(れんらく)があり、集会は終わった。進一(しんいち)と杏李(あんり)以外のクラスメイトは後夜祭が行(い)われるグラウンドに向(む)かった。毎年、打ち上げ花火(はなび)が文化祭(ぶんかさい)最後(さいご)の一大プログラムであった。二人(ひと)は、クラス代表者として新聞(き)部(ぶ)に取材されていた。取材後、杏李(あんり)は進一(しんいち)に言(い)った。

「私、進一(しんいち)と二人(ひと)で花火(はなび)が見(み)たい」


5-4

「この辺りで花火(はなび)見(み)ようか」

瞬也(しゅんや)は星夏(せいか)に聞(き)いていた。そこは進一(しんいち)と杏李(あんり)に分かりやすい目立った場所(ばしょ)であったし、よくみんなで集まっている場所(ばしょ)であった。星夏(せいか)もそこがいいと考えていたため二人(ひと)はそこで進一(しんいち)と杏李(あんり)を待った。星夏(せいか)の中(なか)で、夏の花火(はなび)大会は、四人(ひと)で見(み)る約束(やくそく)をしていたのに、抜け出したことを少(すこ)し気にしていた。そのため、この後夜祭の花火(はなび)は四人(ひと)で見(み)たいと思(おも)っていた。四人(ひと)で見(み)ようと話し合っていたわけではないが、それでも四人(ひと)で見(み)ることが何となくわかっていた。この後夜祭の花火(はなび)大会は、確かに、町でやる花火(はなび)大会に比べると規模はだいぶ小さいが、この夜の花火(はなび)と一緒(いっしょ)に思(おも)いをぶつける子が少(すこ)なからず毎年一人(ひと)はいた。実際、昨年に星夏(せいか)と杏李(あんり)が一緒(いっしょ)に花火(はなび)を見(み)ていた時(とき)に杏李(あんり)が呼び出された。あとから聞(き)いた話で告白されたと言(い)っていた。二人(ひと)は付き合ったが、二か月程度(ていど)で別れたらしい。

花火(はなび)が打ちあがる時(とき)間が近づいてきた。しかし、進一(しんいち)と杏李(あんり)が来る様子(ようす)はなかった。新聞(き)部(ぶ)の取材もここまで長いものだとは思(おも)えなかった。二人(ひと)が心配になってきた星夏(せいか)に、瞬也(しゅんや)が提案した。

「あいつら、探しに行(い)く?」

星夏(せいか)は、こういう瞬也(しゅんや)の人(ひと)の気持(きも)ちを理解して、行(い)動に起こすところにいつも助けられていた。瞬也(しゅんや)自身(じしん)、そういうところはあったが、星夏(せいか)は特別であった。

「行(い)きたい」

二人(ひと)は、花火(はなび)が始まるまで、進一(しんいち)と杏李(あんり)を探しに行(い)った。星夏(せいか)の顔(かお)に少(すこ)し笑みが戻った。

「二人(ひと)は、どこにいると思(おも)う?」

星夏(せいか)は瞬也(しゅんや)に聞(き)いた。瞬也(しゅんや)は少(すこ)し考えた。思(おも)いついたのは、二か所であった。

「進一(しんいち)がみんなで見(み)ようとしてさっきの場所(ばしょ)に行(い)くか杏李(あんり)が変なこと言(い)って、杏李(あんり)の好きな屋上に行(い)ったかのどっちかだろうな」

「じゃあ、屋上行(い)ってだめなら、もうそこで見(み)ようか」

打ち上がる時(とき)間を考えるとそれが賢明な判断であった。



「俺(おれ)は四人(ひと)で見(み)たい」

進一(しんいち)がきっぱりと杏李(あんり)に言(い)った。進一(しんいち)も星夏(せいか)と同様に、夏の花火(はなび)大会のことを気にしていた。杏李(あんり)は、進一(しんいち)の性格なら断ることはまずないと考えていたので、少(すこ)し悲しそうな様子(ようす)をした。

「やっぱり、進一(しんいち)には星夏(せいか)がいるもんね」

進一(しんいち)はその杏李(あんり)の発言(い)を聞(き)いて、星夏(せいか)のために断らなくてはならない彼氏としての気持(きも)ちとこのまま友達をほっとけないという気持(きも)ちの板挟みになった。その葛藤の中(なか)、杏李(あんり)が言(い)った。

「そうだよね、進一(しんいち)の言(い)う通(とお)り四人(ひと)で見(み)ようか」

杏李(あんり)はそう言(い)って、歩き出した。進一(しんいち)も杏李(あんり)も瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)がどこにいるのか見(み)当はついていた。杏李(あんり)の後姿は、小さく見(み)た。進一(しんいち)は、杏李(あんり)に向(む)かって走り出し、杏李(あんり)の肩をつかんで、進一(しんいち)のほうに振り向(む)かせて言(い)った。

「杏李(あんり)、どこで見(み)たいんだ?」

杏李(あんり)は少(すこ)し黙って、言(い)った。杏李(あんり)の目には、涙があった。今にも零れ落ちそうであった。

「いいの。四人(ひと)で見(み)よ」

「俺(おれ)は四人(ひと)で笑ってみたいの。そんな姿で四人(ひと)集まってもうれしくないの。それに、今日(ひ)の主役は杏李(あんり)だろ」

「本当にいいの?」

進一(しんいち)はうなずいた。

「屋上」

「好きだな」

進一(しんいち)は笑っていった。二人(ひと)は屋上に向(む)かった。


先に屋上に着いたのは、進一(しんいち)と杏李(あんり)であった。二人(ひと)は屋上の奥に行(い)った。屋上は、胸元より少(すこ)し下まで塀があり、その塀より上は何もなかった。そのため二人(ひと)は、その塀に肘をついて、花火(はなび)が打ち上がるのを静かに待っていた。進一(しんいち)は、この沈黙(ちんもく)がとても心地よく感じていた。杏李(あんり)は何か話が降りたかったが、イマイチ話のネタが思(おも)いつかなかった。そのため、早く花火(はなび)が上がってほしかった。

「なんか、文化祭(ぶんかさい)が終わったら、俺(おれ)は王子から普通(とお)の学生に、杏李(あんり)はプリンセスから普通(とお)の学生に戻る感じがお互いに魔法が解けるみたいだね。俺(おれ)は、杏李(あんり)がプリンセスで本当によかったと思(おも)っているよ」

「進一(しんいち)、私ね、進一(しんいち)に言(い)わなきゃいけないことがあるの」

「どうしたの?」

「ありがとうってずっと言(い)いたかった。進一(しんいち)の前(まえ)だとなんだか、素直になれるの。私が辛いときにいつも進一(しんいち)は何も言(い)わずに支えてくれた。人(ひと)に泣いているところが見(み)られるのは嫌いなんだけど、進一(しんいち)が近くにいると安心したの。進一(しんいち)だからだよ。」

「じゃあ、助けられたのはお互いさまってことだね」

進一(しんいち)は杏李(あんり)の気持(きも)ちに気づいていたが、話を逸らしたかった。進一(しんいち)には星夏(せいか)がいて、杏里とは今の友達の関係でいたかったからである。杏李(あんり)のことを考えると気にしている様子(ようす)を周(まわ)りには見(み)せないが、一人(ひと)で抱え込むことを知(し)っていた。それでも杏李(あんり)は話を進めた。

「進一(しんいち)はもう知(し)っているでしょ。夏祭りの時(とき)、私が進一(しんいち)のことが好きだったこと。それでも、進一(しんいち)は星夏(せいか)と付き合ったから諦めた。いや、諦めていたつもりだった。今日(ひ)までの文化祭(ぶんかさい)の練習(れんしゅう)で一緒(いっしょ)にいた時(とき)間が私の中(なか)の抑えていた気持(きも)ちを制御できなくしたの。長くなるから、簡潔に言(い)うね。進一(しんいち)が好き。」

「ありがとう。でも、俺(おれ)には」

進一(しんいち)が返事(へんじ)をしようとしたとき、食い気味に杏李(あんり)が言(い)った。

「私は、星夏(せいか)と進一(しんいち)が付き合っている限り、振られることは承知(し)で気持(きも)ちを伝えたの。進一(しんいち)は、さっき『魔法見(み)たい』って言(い)ったよね。この花火(はなび)が終わるまで、私の王子様でいてくれないかな。」

「そうだね、魔法が解けるまでは、杏李(あんり)が俺(おれ)のプリンセスだからね」

進一(しんいち)は笑っていった。


そろそろ花火(はなび)が打ち上がる時(とき)間になってきた。瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)は屋上に着いた。屋上への扉はすでに開いていた。星夏(せいか)は、屋上の様子(ようす)を見(み)ると、奥に進一(しんいち)と杏李(あんり)が立っているのが見(み)えた。二人(ひと)を呼ぼうと声をかけた時(とき)、横から瞬也(しゅんや)が星夏(せいか)の手を取り、その呼びかけを止めた。瞬也(しゅんや)も四人(ひと)で見(み)たいと言(い)っていたので、その行(い)動は星夏(せいか)には理解できなかった。

「どうしたの?」

「杏李(あんり)の様子(ようす)がおかしい。多分、何かを伝えようとしていると思(おも)う。今は行(い)くべきではない。星夏(せいか)には、少(すこ)し辛いかもしれないけど、進一(しんいち)は大丈夫(だいじょうぶ)だ。杏李(あんり)のために見(み)守ってやろうよ」

星夏(せいか)は、分かったと言(い)って、屋上に出てすぐの階段に座った。進一(しんいち)と杏李(あんり)は、出入(はい)り口に背をずっと向(む)けていたため、瞬也(しゅんや)と星夏(せいか)には一切気づかなかった。進一(しんいち)と杏李(あんり)の声ははっきりではないが聞(き)こえた。それでも内容は、何となく理解できた。

杏李(あんり)は、この花火(はなび)が終わるまで、王子様でいてほしいという要望に進一(しんいち)が答(こた)えた会話(かいわ)が聞(き)こえた。星夏(せいか)は嫉妬したが、花火(はなび)大会の時(とき)に、杏李(あんり)の気持(きも)ちを知(し)っていながら自分のした行(い)動を考えると今の杏李(あんり)には何も言(い)えなかった。

「邪魔しちゃ悪いし、違う場所(ばしょ)で花火(はなび)見(み)ようか」

星夏(せいか)の提案に、瞬也(しゅんや)はいいよと答(こた)えた。結局また四人(ひと)で花火(はなび)を見(み)られなかった。


次(つぎ)の登校日(ひ)。進一(しんいち)にも杏李(あんり)にも、魔法はかかっていなかった。そして、瞬也(しゅんや)も星夏(せいか)も、進一(しんいち)と杏李(あんり)で花火(はなび)を見(み)たことを一切聞(き)かなかった。


10月26日(ひ)(土)

文化祭(ぶんかさい)初日(ひ)。練習(れんしゅう)の成果を発揮しようとしたが、最初の公演では、緊張(きんちょう)のあまりうまくいかなかった。進一(しんいち)は、淡々と役をこなしていたので、緊張(きんちょう)していなかったのだろう。

この日(ひ)のお昼に、進一(しんいち)とご飯を食べた。進一(しんいち)は出店で焼きそばを選んだ。これが、花火(はなび)大会のことを思(おも)い出してうれしかった。食べ終わって、ゆっくりしていたら、進一(しんいち)の後輩の子が、お化け屋敷に案内されていた。思(おも)いのほかすごいクオリティーで進一(しんいち)がたくましく見(み)えた。

一緒(いっしょ)に帰(かえ)ろうと誘ったが、断られたのが少(すこ)しショックだった。主役はやっぱり大変なのかな。


10月27日(ひ)(日(ひ))

文化祭(ぶんかさい)二日(ひ)目。この日(ひ)の演劇は、杏李(あんり)がすごかった。主役が変わればここまで劇が変わるのかと思(おも)った。この日(ひ)も進一(しんいち)とご飯にお昼誘おうとしたら、進一(しんいち)と杏李(あんり)で行(い)ってしまった。その時(とき)瞬也(しゅんや)が声をかけてきたので、瞬也(しゅんや)とご飯に行(い)った。最近杏李(あんり)に嫉妬していたのか、かまってくれない進一(しんいち)に焼きもちを焼いていたのか、進一(しんいち)と杏李(あんり)がご飯に行(い)ったことが少(すこ)し嫌だった。瞬也(しゅんや)と食べられる場所(ばしょ)を探していたら、二人(ひと)に遭遇して、結局四人(ひと)で食べた。親日(ひ)はいつも通(とお)りであったので、考えすぎなのだなと思(おも)えた。

そのあとの公演では、お客さんの人(ひと)数がすごかった。みんなが満足して帰(かえ)ってもらったので、文化祭(ぶんかさい)が終了した時(とき)、表彰された。

後夜祭は、四人(ひと)で花火(はなび)を見(み)たかったが、結局見(み)られなかった。それでも今日(ひ)だけは、四人(ひと)で見(み)ないほうがよかったと思(おも)えた。



6章

6-1

この日(ひ)は12月の最後(さいご)の登校日(ひ)であった。窓の外には雪が積雪されており、空からは雪が降っていた。教室(きょうしつ)の中(なか)は、ストーブで温められていた。教室(きょうしつ)と外の温度差(さ)で、窓には結露が張っていた。進一(しんいち)は、窓側の一番後ろの席であった。窓があっても、外の寒さが体に伝わってきていた。進一(しんいち)は、最初は窓側の席でしかも一番後ろということに喜んでいたが、この肌寒さを知(し)ってからは、いつも席替えをしたいと言(い)っていた。進一(しんいち)自身(じしん)、寒がりと言(い)っていた上に、北海道(みち)に来てから冬を越したことのなかった。進一(しんいち)の隣の席の瞬也(しゅんや)は、いつもその進一(しんいち)の姿を見(み)て、ニコニコしていた。

その日(ひ)のホームルームを終えて、冬休みに突入(はい)した。この日(ひ)は、午前(まえ)で授業(じゅぎょう)が終わった。進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)は、午後(ごご)から部活(ぶかつ)があったが、ご飯を食べる時(とき)間はあった。二人(ひと)が食堂に向(む)かおうとしたときに、星夏(せいか)も一緒(いっしょ)に行(い)くと声をかけてきたので、三人(ひと)で行(い)くことになった。

食堂は、食券を買って、食べたい部(ぶ)門ごとに分かれるシステムであった。そのためカレーの食券を買った進一(しんいち)とラーメンの食券を買った瞬也(しゅんや)と定食の食券を買った星夏(せいか)はそれぞれ違う場所(ばしょ)に並んだ。カレーは作り置いてあるので、早く出ることを進一(しんいち)は知(し)っていた。実際に進一(しんいち)が一番早く料理が出てきたので、席をとって待っていた。ラーメンは麺をゆでるのに時(とき)間がかかる上、一度にゆでられる数も決まっていたので、列の進みが悪かった。そのため、瞬也(しゅんや)が最後(さいご)に席に来た。瞬也(しゅんや)を待つ二人(ひと)は、食事に手を出していなかった。

「先に食べていてよかったのに」

「星夏(せいか)が、『待ってあげよう』って言(い)ったからさ」

瞬也(しゅんや)の発言(い)に進一(しんいち)が答(こた)えた。進一(しんいち)は、先に食べても瞬也(しゅんや)は何も言(い)わないことを知(し)っていたし、待っていたら“待たせた”と考えて申し訳なさそうにすることを知(し)っていた。それでもみんなで食べたいという星夏(せいか)の意見(み)を尊重した。実際、食べ始めると進一(しんいち)も瞬也(しゅんや)もそれぞれ大盛りだったが、星夏(せいか)が七割ほど食べ終わったときには完食していた。三人(ひと)とも会話(かいわ)を楽(たの)しみながら食べていたため、二人(ひと)の食べるスピードが速かった。

「俺(おれ)ちょっとジュース買ってくるけど、二人(ひと)とも何かいる?」

瞬也(しゅんや)が聞(き)いた。二人(ひと)とも大丈夫(だいじょうぶ)と答(こた)えた。それを聞(き)いて瞬也(しゅんや)は、立ち上がって自動販売機のほうに向(む)かった。星夏(せいか)の隣に進一(しんいち)が座っていて、星夏(せいか)の前(まえ)に瞬也(しゅんや)が座っていた。進一(しんいち)は、テーブルをはさんで、二人(ひと)ずつ座るように配置された座席に、片方だけに人(ひと)がいることがいやで、瞬也(しゅんや)がいた場所(ばしょ)に席を移した。つまり、星夏(せいか)と向(む)かい合うように座った。

「星夏(せいか)は、12月25日(ひ)のクリスマスの日(ひ)何やっている?もしよかったら、デート行(い)かない?」

「空いているよ。遅いよ。その誘いをずっと待っていたんだから」

星夏(せいか)は笑って返事(へんじ)した。その日(ひ)の昼頃(ころ)に、進一(しんいち)が星夏(せいか)の家(いえ)に迎えに行(い)く約束(やくそく)で決まった。話がひと段落ついて少(すこ)しした時(とき)、瞬也(しゅんや)が帰(かえ)ってきた。

「お前(まえ)なんでそこ座っているんだよ」

笑いながら聞(き)いてきた。いいだろと軽く流した。

進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)は、部活(ぶかつ)が始まる時(とき)間が近づいていた。星夏(せいか)もそのタイミングで、自分のようを済まそうとしていた。三人(ひと)が立ち上がって、食器を片付(かたづ)けて、目的の場所(ばしょ)に向(む)かった。


6-2

12月25日(ひ)。この日(ひ)は、晴れのち雪という天候であった。

アラームの音で11時(とき)に進一(しんいち)は起きた。顔(かお)を洗い、そのまま髪形を整えた。そのあとに洋服を着替えて、ご飯を食べた。一日(ひ)の星夏(せいか)とのデートを想定しながら支度を進めていた。進一(しんいち)から星夏(せいか)の家(いえ)まで、10分程度(ていど)であった。進一(しんいち)が星夏(せいか)の家(いえ)に13時(とき)ごろに行(い)くという予定であったため、12時(とき)45分あたりに出ればよかった。時(とき)間にはかなり余裕をもって起きたため、逆に持て余してしまった。

進一(しんいち)が目覚める30分ほど前(まえ)に、星夏(せいか)は起きていた。シャワーを浴びて、着替えを済ませると、ご飯を食べて軽く化粧をした。星夏(せいか)もまた、今日(ひ)の一日(ひ)のことを考えて支度をした。瞬也(しゅんや)は一日(ひ)の予定を中(なか)心に考えていたが、星夏(せいか)は進一(しんいち)とどんなことをするのかこれからの一日(ひ)を想像(そうぞう)して楽(たの)しんでいた。進一(しんいち)は、万が一のことに備えて、早めに起きたが、星夏(せいか)はそのくらいの時(とき)間が必要だから、早めに起きていた。二人(ひと)の行(い)動はかなり似ていたが、その目的は少(すこ)し違っていた。

インターホンが鳴る音が聞(き)こえた。時(とき)計を確認(かくにん)すると、13時(とき)を示していた。約束(やくそく)の時(とき)間であった。進一(しんいち)は時(とき)間ぴったりに、星夏(せいか)の家(いえ)を訪ねた。インターホンから星夏(せいか)の声が聞(き)こえた。「今行(い)く」と言(い)って、扉が開く音がした。

「おまたせ」

そういって星夏(せいか)が出てきた。進一(しんいち)から見(み)て、休日(ひ)やデートの時(とき)の星夏(せいか)は、いつもと印象が違っていた。そして、進一(しんいち)はその星夏(せいか)もまた、好意的に感じていた。星夏(せいか)から見(み)て、休日(ひ)はデートの時(とき)の進一(しんいち)は、シンプルな服装でまとめ上げていて、いかにも進一(しんいち)が着そうな洋服であった。進一(しんいち)が手を差(さ)し伸べると、星夏(せいか)もそれにこたえて、手を差(さ)し出した。

二人(ひと)が今日(ひ)デートする場所(ばしょ)は、札幌駅周(まわ)辺であった。二人(ひと)が住んでいるところから、電車で30分ほどすれば着いた。進一(しんいち)は、自転車(じてんしゃ)通(とお)学していたし、冬は自転車(じてんしゃ)がこげずとも、電車を使うほどの距離ではなかった。そのため、電車を使う機会がほとんどなく、電車のことがあまり分からなかった。星夏(せいか)について行(い)って、目的の札幌駅を目指した。進一(しんいち)が、東京(とうきょう)にいた時(とき)は、電車通(とお)学をしていた。そのため、友達と電車に乗ることやその電車の揺れが懐かしかった。星夏(せいか)は、家(いえ)から近い学校(がっこう)をずっと選んできたため、電車はどこか遠くに出かけるための交通(とお)手段というように感じていた。二人(ひと)は電車の中(なか)で、札幌駅に着くまでの間、何をするか話し合っていた。

14時(とき)ごろに二人(ひと)は目的の札幌駅に着いた。駅に着くと、星夏(せいか)は、めいっぱい体を伸ばした。電車での話し合いの結果、二人(ひと)は映画館に向(む)かった。何か見(み)たいものがあったというわけではなかったが、進一(しんいち)が映画を見(み)たいと言(い)ったので、映画になった。

映画館に着くと、何がやっているのか確認(かくにん)した。映画を見(み)たいと言(い)ったのは、進一(しんいち)であったため、見(み)たいジャンルや種類は、進一(しんいち)が基準となった。進一(しんいち)は、二種類に絞って、星夏(せいか)に聞(き)いた。

「ラブストーリーとミュージカル映画どっちがいい?」

星夏(せいか)は、「ラブストーリー」と言(い)った。それを聞(き)いて、進一(しんいち)が言(い)った。

「じゃあ、決まりね。次(つぎ)の公演は今から90分後だけどいいよね」

「待って、ミュージカル映画の方は、どのくらい待つの?」

「20分くらいかな」

「やっぱり、ミュージカル映画にしようよ」

そう言(い)って、ミュージカル映画に決まった。映画が始まる前(まえ)にそれぞれトイレを済ませたり、ポップコーンや飲み物の準備をしたりしていたら、公演までいい感じの時(とき)間になった。映画館には、進一(しんいち)や星夏(せいか)と同様に、カップルが多くいた。星夏(せいか)の右側に進一(しんいち)が座った。映画は洋画で、字幕を選んだ。それぞれの夢に向(む)かって進むことが描かれていた。進一(しんいち)は、じっとスクリーンを見(み)つめていた。星夏(せいか)は、ポップコーンを食べながら楽(たの)しんでいた。シーンが変わるある時(とき)、態勢を変えて、左手で飲み物をつかみ、少(すこ)し飲んだ時(とき)にハッとした表情(ひょうじょう)をした。お茶を頼んだのは星夏(せいか)であり、進一(しんいち)が飲んだのは確かにお茶の味がした。進一(しんいち)が申し訳なさそうに星夏(せいか)のほうを見(み)た。星夏(せいか)は、ポップコーンを流すためにこまめに飲み物を飲んでいた。進一(しんいち)が間違えた時(とき)もちょうど飲もうとしていた時(とき)で、進一(しんいち)の行(い)動を一部(ぶ)始終見(み)ていた。スクリーンからの光が、照(て)れる進一(しんいち)の表情(ひょうじょう)をほのかに照(て)らした。それからは、また進一(しんいち)は、じっと映画に集中(なか)していた。


映画が終わるころには、外はもう暗くなっていた。時(とき)計は17時(とき)を少(すこ)しだけ過ぎたところであった。二人(ひと)は、町をぶらつきながら映画のことを話していた。進一(しんいち)は、それぞれの道(みち)を行(い)く二人(ひと)の姿に強く感じるものがあった様子(ようす)であった。そのため、そこのシーンのことをうれしそうに語った。

歩きながらいろいろと店の中(なか)に入(はい)り、商品を眺めていた。進一(しんいち)がトイレに行(い)くと言(い)って、星夏(せいか)のもとを離れた。戻ってきたとき、ある店で星夏(せいか)が髪飾(かみかざり)りをずっと眺めていた。遠目で進一(しんいち)はその姿をずっと見(み)ていた。


18時(とき)を過ぎたころ、ご飯の話題(わだい)が上がった。星夏(せいか)は、どれにしようかと店を見(み)ていた。店を見(み)るたびに、「ここもいい」と絞れずにいた。進一(しんいち)は、いやな顔(かお)をせずに、おいしそうだねと話を合わせてくれた。ある店の前(まえ)を通(とお)ったときに、星夏(せいか)がおいしそうとまた言(い)ったとき、「じゃあ、ここにしようか」と進一(しんいち)が言(い)った。外には5組ほどいて、待つことが想定された。星夏(せいか)は、待つことを理由に断ろうとしたが、進一(しんいち)は行(い)ってしまった。

進一(しんいち)が中(なか)に入(はい)るとそのまま案内された。星夏(せいか)には何が起こっているのかさっぱりわからなかった。席に着くと、“砂川様“という札が立っていた。

「もしかして、予約してくれたの?」

「星夏(せいか)がレストラン選ぶと目移りして迷うでしょ。なら、俺(おれ)が最初から決めていた方がすぐ決まるし、なにより寒い中(なか)歩き回らなくていいでしょ。」

進一(しんいち)は、冗談(じょうだん)交じりに言(い)った。それを聞(き)いて、星夏(せいか)は一瞬ムッとした。しかし、実際迷ったし、寒い中(なか)歩くことも、待つことも嫌だと持った。それに、絞りきれずに、雰囲気(ふんいき)が悪くなったり、結局、特別感のない店に行(い)ったりするよりは数段よかった。進一(しんいち)のこの行(い)動は、どこも理にかなっていた。そう考えると、進一(しんいち)に感謝の思(おも)いが増した。

「ありがとう、進一(しんいち)」

進一(しんいち)は笑って答(こた)えた。

「慣れないことをするから結構大変だったよ」

レストランの内装は、きれいに施されており、価格帯もそこまで高(こう)くなく、見(み)た感じで年齢の近いカップルも多く、浮いた雰囲気(ふんいき)がしなかった。進一(しんいち)のチョイスはさらに星夏(せいか)を喜ばせた。


「星夏(せいか)は、何食べる?」

「私は、これが食べたい」

そういって指を指したのは、進一(しんいち)と同じメニューであった。二人(ひと)が食べたかったのは、クリームパスタであった。


二人(ひと)の前(まえ)にパスタが運ばれてきた。星夏(せいか)は、パスタや店の景観、進一(しんいち)などをカメラに収めた。進一(しんいち)は、星夏(せいか)が写真(しゃしん)を撮るまで、食事に手を付けずに待っていた。星夏(せいか)は、満足そうな顔(かお)をしていた。食事を楽(たの)しみながら、二人(ひと)で今日(ひ)の一日(ひ)のことを話していた。話が途切れることは無かった。食事がなくなっても、話が尽きない様子(ようす)であった。

レストランのスタッフが、食器を片付(かたづ)けに来た。テーブルの上には、水の入(はい)ったコップだけが置かれていた。星夏(せいか)が、「実は、渡したいものがあるの」と言(い)って、進一(しんいち)の方を見(み)た。進一(しんいち)が、星夏(せいか)のためにレストランのサプライズを用意していたように、星夏(せいか)もまた、進一(しんいち)のためにサプライズを用意していた。星夏(せいか)は、そっと、テーブルの上にプレゼントを置いた。

「ありがとう、星夏(せいか)。開けてもいいかな?」

「いいよ。進一(しんいち)のために選んだの。喜んでくれるといいな」

進一(しんいち)は、リボンをほどいて、包装紙を外していった。箱自体はそこまで大きくなかった。箱を開けて中(なか)身を確認(かくにん)した時(とき)、進一(しんいち)は今日(ひ)一番の笑顔(かお)を見(み)せた。箱の中(なか)身は、進一(しんいち)がずっと欲しがっていた財布であった。

「本当にもらっていいの?」

星夏(せいか)はうなずいた。進一(しんいち)は、さっそく今の財布と中(なか)身を入(はい)れ替えた。その行(い)動を見(み)て、あげた星夏(せいか)も嬉しそうにしていた。

「お会計で財布出すのが、楽(たの)しみになったよ」

進一(しんいち)は言(い)った。進一(しんいち)は、財布をずっと眺めていた。そんな進一(しんいち)の姿を見(み)て、星夏(せいか)はほっとした。進一(しんいち)は、星夏(せいか)を見(み)た。少(すこ)し間をとって、進一(しんいち)は言(い)った。

「実は、俺(おれ)も星夏(せいか)に渡したいものがあるんだ」

進一(しんいち)も星夏(せいか)の渡し方をまねて、テーブルの上にプレゼントを置いた。進一(しんいち)がもらったものに比べて、だいぶ小さかった。

「ありがとう。私も開けていいかな?」

進一(しんいち)はうなずいた。包装は、星夏(せいか)が渡したものに比べるとだいぶ簡易的であった。中(なか)身は、髪飾(かみかざり)りであった。

「これさっきの」

「星夏(せいか)に似合いそうだなって思(おも)ったから」

 数時(とき)間前(まえ)の話であった。映画が終わって、街をぶらぶらしていた。その時(とき)、進一(しんいち)がトイレに行(い)っているときに、星夏(せいか)はこの髪飾(かみかざり)りを眺めて待っていた。その様子(ようす)を見(み)て、これをクリスマスプレゼントに送りたいと進一(しんいち)は思(おも)った。星夏(せいか)にばれないように、理由をつけて、この

髪飾(かみかざり)りを買いに行(い)った。

「その髪飾(かみかざり)り、つけてみてよ」

進一(しんいち)は言(い)った。星夏(せいか)はほほを赤(あか)くしながら、頷いて、その髪飾(かみかざり)りを付けた。

 「やっぱり似合っているね」

「大切(たいせつ)にするね」

二人(ひと)とも、特に話し合ったわけではなかったが、プレゼントを用意していた。お互いにもらったものが映るようにして、写真(しゃしん)を撮った。

「大切(たいせつ)にするね。進一(しんいち)がくれたものだから」

「俺(おれ)も、大切(たいせつ)にするね。」

二人(ひと)だけの時(とき)間がそこからしばらく流れた。


会話(かいわ)がある程度(ていど)落ち着いたところで、二人(ひと)は店を出た。街灯が街を照(て)らし、昼とは全く違う光景であった。空からは、パラパラと白い雪が降っていた。星夏(せいか)は、折り畳みの傘を持ってきていた。それでも、カバンからその折り畳み傘を出そうとはしなかった。

「じゅあ、行(い)こうか」

真一は傘を差(さ)し伸べて、星夏(せいか)に言(い)った。星夏(せいか)は何も言(い)わずに、そっと傘の中(なか)に入(はい)った。歩き出した真一に星夏(せいか)が言(い)った。

「あれ、駅そっちじゃないよ」

実際に進一(しんいち)が進んだ方向(む)は、駅とは違う方向(む)であったし、来た道(みち)とも違う方向(む)であった。

「まだ時(とき)間に余裕あるよね。星夏(せいか)と行(い)きたい場所(ばしょ)があるんだけど」

「いいけど、どこ行(い)くの」

進一(しんいち)は、答(こた)えなかった。二人(ひと)は、一つの傘の中(なか)で特に会話(かいわ)を交わさなかった。この会話(かいわ)をしない時(とき)間が、星夏(せいか)の気持(きも)ちを昂らせた。傘は、進一(しんいち)が一人(ひと)で入(はい)る分には少(すこ)し大きかったが、星夏(せいか)と二人(ひと)で入(はい)るには少(すこ)し小さかった。歩いている時(とき)に、傘の柄が星夏(せいか)の頭に何度か当たった。1、2回なら星夏(せいか)も気にならなかったが、それ以上(いじょう)に当たったので、進一(しんいち)の方を見(み)た。すると進一(しんいち)の右肩は、少(すこ)し濡れていた。星夏(せいか)を濡らさないための進一(しんいち)の優しさであった。進一(しんいち)はどんな時(とき)も星夏(せいか)を見(み)ていたし、どんな時(とき)も星夏(せいか)の優先順位が高(こう)かった。そういうところが星夏(せいか)は好きであった。


それから少(すこ)し歩いた時(とき)に、目的の場所(ばしょ)についた。そこにはイルミネーションで、通(とお)りが照(て)らされていた。星夏(せいか)は、その光景にうっとりしていた。

「イルミネーションを一緒(いっしょ)に見(み)たかったんだ。調べたらここが一番キレイそうだったけど、想像(そうぞう)以上(いじょう)だね。雪が降ってなければ、この通(とお)りを二人(ひと)で手を繋いで歩きたかったけど、傘が邪魔だね」

「じゃあ、傘しまっていいよ。私、このくらいの雪なら平気だから」

星夏(せいか)の精一杯(せいいっぱい)の気持(きも)ちの表現だった。進一(しんいち)は笑って言(い)った。

「風邪ひいても知(し)らないよ」

そう言(い)って、傘を閉じた。確かに、周(まわ)りを見(み)ると傘をさしている人(ひと)より閉じて歩いている人(ひと)の方が多くなるほどに、雪は弱くなっていた。進一(しんいち)は、左手を差(さ)し出した。星夏(せいか)は右手を差(さ)し出した。

「俺(おれ)の望みがこうも簡単に叶うとは思(おも)わなかったよ。ありがとう、星夏(せいか)」

「私も、今日(ひ)一日(ひ)中(なか)楽(たの)しませてくれてありがとう。おかげで幸せな1日(ひ)だったよ」

そう言(い)った星夏(せいか)の顔(かお)は赤(あか)かった。二人(ひと)は歩き出した。歩きながら、一つ一つのイルミネーションを楽(たの)しんだ。100メートルほどの道(みち)だが、この100メートルはこの日(ひ)一番二人(ひと)を笑顔(かお)にした。終わりに差(さ)し掛(か)かった所に、大きなクリスマスツリーが立っていた。そこで進一(しんいち)は足を止めたので、星夏(せいか)もそれにつられて、足を止めた。進一(しんいち)は、繋いでいた手を、突然ほどいた。その進一(しんいち)の行(い)動に、星夏(せいか)は進一(しんいち)の方を見(み)た。周(まわ)りには、二人(ひと)を除いて誰もいなかった。


進一(しんいち)の方を見(み)た星夏(せいか)を見(み)て、進一(しんいち)は星夏(せいか)を自分のもとに引っ張り、抱きしめた。星夏(せいか)は、いつも星夏(せいか)のことを大切(たいせつ)に扱ってくれる進一(しんいち)が、少(すこ)し強引に抱きしめてくることが少(すこ)し怖かった。それでも、その怖さを感じたのは束の間のことであった。進一(しんいち)に抱きしめられている時(とき)、その時(とき)はすでに安堵が優っていた。進一(しんいち)の鼓動が星夏(せいか)にも伝わった。鼓動の速さは、進一(しんいち)の気持(きも)ちそのものであったし、この行(い)動にも相当勇気を出したのだと思(おも)う。星夏(せいか)もまた、その腕を進一(しんいち)の背中(なか)側に回した。

少(すこ)し雪の降る12月の夜。クリスマスツリーのそばで二人(ひと)は抱きしめ合った。雪が星夏(せいか)の頭のうえにのった。振り落とそうと進一(しんいち)は、抱き締めている腕を離した。星夏(せいか)は、雪が乗ったことに気づいていなかったので、頭を撫でてくれたように感じた。

「ごめんね。でも、嬉しかったよ」

先に謝るところは、いつもの進一(しんいち)であった。

「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。私は嬉しかった。進一(しんいち)の思(おも)いは伝わったよ」

「そろそろまた冷え込む頃(ころ)だよね。帰(かえ)ろうか」

進一(しんいち)の問いかけに、星夏(せいか)は首を縦に振って答(こた)えた。星夏(せいか)の顔(かお)は、この日(ひ)一番赤(あか)くなっていた。


帰(かえ)り道(みち)、星夏(せいか)はずっと寝ていた。1日(ひ)いろいろな場所(ばしょ)をずっと回ったのだ。疲れていても無理はなかった。

「星夏(せいか)、次(つぎ)駅だから起きて」

進一(しんいち)は声をかけながら、体を揺すった。星夏(せいか)は、目を覚ましたが、その様子(ようす)はまだ眠そうだった。それでも電車を降りると、外の寒さに目を覚ました。

駅から家(いえ)まで二人(ひと)はまた進一(しんいち)の傘に入(はい)って帰(かえ)った。

「また今度(こんど)ね」

この時(とき)の進一(しんいち)の声は、寂しそうであった。


12月25日(ひ)(水)

進一(しんいち)とクリスマスデートをした1日(ひ)であった。楽(たの)しみで、なかなか寝付けなかった割に、すっきりと起床できた。進一(しんいち)が家(いえ)まで迎えに来てくれるまでに準備を済ませた。進一(しんいち)が家(いえ)まで迎えにきたので、二人(ひと)で札幌に出掛(か)けた。この日(ひ)何も予定を決めていなかったので、電車での移動中(なか)に何をするかの話をした。話し合った結果、映画を見(み)に行(い)くことになった。ミュージカル映画だった。普段だと見(み)ないような分野であったが、最後(さいご)で飽きることなく見(み)ることができた。その後に、少(すこ)し暗くなってきたので、夜ご飯を食べるためにレストランを探した。自分が目移りしたり、選びきれなかったり、予約で一杯だったりすることを進一(しんいち)は最初から想定してくれていた。何も決めてないと電車では言(い)っていたが、レストランを予約していてくれた。レストランの雰囲気(ふんいき)もよかったし、食事も美味しかった。ご飯を食べて落ち着いた時(とき)に、用意していたプレゼントを渡した。進一(しんいち)は喜んでくれた。特に話し合った訳でもないのに、進一(しんいち)もまたプレゼントを用意していた。真一からもらったものだから、一番お気に入(はい)りの髪飾(かみかざり)りです。

その後店を出て、イルミネーションを見(み)に行(い)った。そこはとても幻想的な世界であった。クリスマスツリーの前(まえ)で、進一(しんいち)に抱きしめられたことが、この日(ひ)一番幸せを感じました。


7章

7−1

それは年内最後(さいご)の練習(れんしゅう)の日(ひ)のことであった。年内最後(さいご)ということもあって、監督の粋な計らいで、練習(れんしゅう)を早く上げて、紅白戦を行(い)うことになった。瞬也(しゅんや)の練習(れんしゅう)はいつも以上(いじょう)に気合が入(はい)っており、勢いそのまま紅白戦に臨む形になった。進一(しんいち)はその瞬也(しゅんや)の様子(ようす)を見(み)て、対抗心を抱いていたし、本気(ほんき)の瞬也(しゅんや)と勝負(しょうぶ)できることが進一(しんいち)は好きだった。二人(ひと)は3年生が引退した後から、得点源になる存在になっていたし、お互いがお互いを意識しあっていて、二人(ひと)で日々研鑽しあっていた。瞬也(しゅんや)が一本決めれば、必ず進一(しんいち)は一本決め返していた。逆に、進一(しんいち)が一本決めると、瞬也(しゅんや)もまた一本決め返していた。結局、瞬也(しゅんや)は8本のシュートを決めて、16得点の活躍をした。進一(しんいち)は7本のシュートを決めて、17得点あげた。二人(ひと)は、いつも何点取れたかで競っていたため、たとえシュート本数が多い瞬也(しゅんや)でも、多く得点を決めた進一(しんいち)の勝ちであった。

この日(ひ)の練習(れんしゅう)が終わって、片付(かたづ)けをしている時(とき)、進一(しんいち)は瞬也(しゅんや)に話しかけた。

「今日(ひ)は俺(おれ)の勝ちだな。」

「わざわざ嫌味言(い)いに来たのか」

「いや、俺(おれ)が決めたら瞬也(しゅんや)は絶対に決め返していた。守る側はマークしやすかった中(なか)で、8本決めたのは、さすが瞬也(しゅんや)だよ」

「それで今日(ひ)は、何の飲み物を奢ればいいんですか」

二人(ひと)が本気(ほんき)で競い合う時(とき)、ジュースを賭けるのが常であった。勝負(しょうぶ)に勝って、人(ひと)に奢らせて飲むジュースは格別うまい気がしたのが始まりであった。

「今日(ひ)はいいや。その代わり、大晦日(ひ)の夜から、初詣行(い)かない」

進一(しんいち)から遊びに誘うことは滅多に無かった。そのため、瞬也(しゅんや)は嬉しそうに返事(へんじ)をした。

「いいよ。それで、杏李(あんり)と星夏(せいか)を誘っておけばいいって話でしょ」

「さすがは親友と書いて、ライバルと読む中(なか)だね。俺(おれ)の考えは筒抜けのようだね」

「その言(い)い方やめろ。言(い)っている方も恥ずかしくないのか」

「まあまあ。じゃあよろしくね」

「着替え終わったら、二人(ひと)に電話かけるから、ちょっと待っていてけれない?」

「わかった」


片付(かたづ)け、着替えが終わった。約束(やくそく)通(とお)り瞬也(しゅんや)は、杏李(あんり)と星夏(せいか)に電話をかけて初詣に誘った。二人(ひと)とも、「行(い)く」と快く返事(へんじ)してくれた。その日(ひ)の夜、瞬也(しゅんや)は親との長い交渉の末に、自分の部(ぶ)屋だけという条件で、みんなをあげていい許可を得た。そのため、大晦日(ひ)の日(ひ)の夕方ごろに瞬也(しゅんや)の家(いえ)に集合して、日(ひ)付が変わる少(すこ)し前(まえ)に、初詣に行(い)くことになった。


7−2

進一(しんいち)は、星夏(せいか)に連絡(れんらく)をとっていた。二人(ひと)の家(いえ)はあまり遠くないが、瞬也(しゅんや)の家(いえ)からは距離があった。そのため、一緒(いっしょ)に行(い)く話を進めていた。また、星夏(せいか)は、人(ひと)の家(いえ)に上がるのに手ぶらでは行(い)けないと言(い)ったため、少(すこ)し早めに出てショッピングセンターに買い物に行(い)くことにした。15時(とき)に二人(ひと)で集まって、そのままショッピングセンターまで歩いた。いつも自転車(じてんしゃ)で通(とお)る道(みち)だが、冬は雪の関係で歩く生活をしていた。この日(ひ)もまた歩きでショッピングセンターに向(む)かった。到着までに30分以上(いじょう)かかった。幸いこの日(ひ)は、冬場にしては珍しく、晴天であった。

ショッピングセンターに着くと、一通(とお)り館内を歩いて目星をつけた。瞬也(しゅんや)は歩き回ることを面倒だと考える人(ひと)であったが、星夏(せいか)は重い荷物(にもつ)を持ち歩くことが面倒だと考える人(ひと)であった。今回は、星夏(せいか)の考えが優先された。それでも、必要なものはお菓子やジュース、コップといったものだったので、場所(ばしょ)はあらかた決まっていた。買い物を済ませて、時(とき)計を確認(かくにん)した時(とき)、17時(とき)を時(とき)計の針は示していた。集合時間(しゅうごうじかん)は18時(とき)でここから春夜の家(いえ)までは、10分もしなかった。40分程度(ていど)余っていた。そ

時間(じかん)を埋めるために、フードコートで軽くつまめるご飯を食べた。

ご飯を食べながら、話題(わだい)は進一(しんいち)の年末の例年の過ごし方の話題(わだい)になった。進一(しんいち)は家(いえ)族と過ごすことが毎年の決まりであった。それでも去年、高(こう)校生になったことを理由に、家族(かぞく)意外と過ごしたら、楽(たの)しかったから今年(ことし)もこうしてみんなを誘ったと言(い)っていた。星夏(せいか)は、去年は誰と過ごしたのか聞(き)いたら、少(すこ)し進一(しんいち)が嫌そうな顔(かお)をした。

「どうしたの、楽(たの)しかったんじゃないの」

「いや、詩織と過ごしたから、星夏(せいか)が“不快に思(おも)うか”なって思(おも)っただけだよ」

詩織とは瞬也(しゅんや)の元彼女で、今年(ことし)の夏あたりまで付き合っていた。喧嘩して別れた訳では無く、遠距離(えんきょり)になることを理由に別れた。そのため、二人(ひと)の関係は悪い訳では無かったし、東京(とうきょう)に帰(かえ)るときなどに進一(しんいち)がちょくちょく連絡(れんらく)は取っていることを星夏(せいか)は知(し)っていた。この時(とき)、星夏(せいか)は進一(しんいち)の口から詩織のことを聞(き)いたことがなかったので興味を持った。それでも進一(しんいち)の発言(はつげん)から星夏(せいか)自身(じしん)のことを考えて言(い)わなかったことは予想がついたため、聞(き)きたい気持(きも)ちを抑えた。40分という時(とき)間はあっという間に過ぎ去っていた。

「じゃあ、そろそろ瞬也(しゅんや)の家(いえ)に行(い)きますか」

進一(しんいち)は言(い)った。星夏(せいか)も同じことを考えていた。お互いにトレイを片付(かたづ)けて、ショッピングセンターを出た。

「荷物(にもつ)、重く無い?」

「大丈夫(だいじょうぶ)だよ」

いいからと言(い)って、進一(しんいち)は星夏(せいか)が持っていたジュース類の入(はい)っているビニール袋に手をかけた。それにつられて、星夏(せいか)もそのビニール袋を手放した。

「ありがとう」

そう言(い)った星夏(せいか)は、少(すこ)し顔(かお)を赤(あか)くしていた。進一(しんいち)はデートを重ねるたびに、星夏(せいか)の癖やしぐさのことを見(み)ていた。進一(しんいち)は、星夏(せいか)が顔(かお)を赤(あか)くするのを見(み)るのが好きだった。そして、それは優しくした時(とき)やスキンシップをした時(とき)によく出ることを知(し)っていた。

「どうしたの、顔(かお)赤(あか)いよ」

「赤(あか)く無いよ」

星夏(せいか)は顔(かお)を背けた。進一(しんいち)は満足そうにしていた。


「ここだよね。ちゃんと“川口”って表札があるから、間違いないよね」

家(いえ)の前(まえ)に来て、少(すこ)し星夏(せいか)は不安げに進一(しんいち)に聞(き)いた。

「とりあえず、インターホン押せば答(こた)えは出るだろ」

進一(しんいち)は、星夏(せいか)がどうして不安になるのか理解できなかった。ピンポーン。インターホンの音が響く。

「来たか、進一(しんいち)に星夏(せいか)。待っていたよ。今開けにいくわ」

星夏(せいか)は、安堵のため息が洩れた。扉の向(む)こうから、物音がした。しばらくして、扉の向(む)こうから出てきたのは、杏李(あんり)であった。

「久しぶり、元気(げんき)にしていたか」

進一(しんいち)も星夏(せいか)もキョトンとした顔(かお)をしていた。それを見(み)て、杏李(あんり)は満足そうに笑った。

「二人(ひと)最高(こう)だよ。想像(そうぞう)以上(いじょう)にいい反応だったわ。とりあえず上がってよ」

杏李(あんり)の勢いに負け、二人(ひと)は言(い)われるがまま杏李(あんり)に従った。杏李(あんり)は瞬也(しゅんや)の部(ぶ)屋に案内して、荷物(にもつ)の場所(ばしょ)を指定した。杏李(あんり)は二人(ひと)の荷物(にもつ)を見(み)て、ショッピングセンターでかった荷物(にもつ)を預かり、冷蔵庫(れいぞうこ)に仕舞いに行(い)った。入(はい)れ替わるように瞬也(しゅんや)がきた。

「久しぶり、元気(げんき)にしていたか」

「それさっき、杏李(あんり)にも聞(き)かれたわ」

瞬也(しゅんや)は、声を上げて笑った。

「その杏李(あんり)はどこ行(い)ったの」

「杏李(あんり)は、俺(おれ)と星夏(せいか)でジュースとかいろいろかってきたものを冷やしにいった」

「じゃあ時(とき)期に帰(かえ)ってくるか」

進一(しんいち)と瞬也(しゅんや)の会話(かいわ)を聞(き)いて、杏李(あんり)が瞬也(しゅんや)の家(いえ)のことを勝手にいろいろ行(い)っていることについて全く触れていないことに星夏(せいか)は驚いていた。それでも二人(ひと)が楽(たの)しそうに話していたので、聞(き)きづらかった。そこに杏李(あんり)が帰(かえ)ってきた。それを見(み)て、瞬也(しゅんや)がまた立ち上がった。

「お茶くらい用意してよ」

そう言(い)って、今度(こんど)は瞬也(しゅんや)が部(ぶ)屋を去った。その間に杏李(あんり)に星夏(せいか)は聞(き)きたいことを聞(き)いた。

「なんでそんなに、瞬也(しゅんや)の家(いえ)のこと詳しいの」

「あれ、言(い)っていなかったっけ。あいつと私は、幼稚園からの幼馴染(おさななじ)みの仲なんだよ。だから、瞬也(しゅんや)の家(いえ)のことは、割と分かるんだよね。あいつもあいつで、私の家(いえ)の事を結構知(し)っているし」

そんな話をしている時(とき)に、瞬也(しゅんや)が戻ってきた。その手には何も持っていなかった。それを見(み)て、杏李(あんり)が瞬也(しゅんや)に問いかけた。

「あんた飲み物取りに行(い)ったんじゃないの。どうして何も持ってきてないの?」

「悪い。何にするか聞(き)いてなかったからさ。ってか、冷蔵庫(れいぞうこ)すごいことになっていたよ。進一(しんいち)と星夏(せいか)ありがとね。」

その後、瞬也(しゅんや)は、みんなの要望を聞(き)いて、それ通(とお)り持ってきた。その後、瞬也(しゅんや)の部(ぶ)屋にあるテーブルを4人(ひと)で囲んで、お菓子を食べながら団欒(だんらん)を楽(たの)しんだ。しばらくして、瞬也(しゅんや)の提案で人(ひと)生ゲームを行(い)うことになった。1回休み、職業が決まる、アクシデントなど、止まるマスの一つ一つに瞬也(しゅんや)は反応していた。その反応を見(み)て、みんなは思(おも)わず笑顔(かお)になった。ある時(とき)、進一(しんいち)が止まったマスは、職業のマスで進一(しんいち)は医者(いしゃ)になった。

「やった。俺(おれ)医者(いしゃ)になりたいから、たとえそれがゲームの中(なか)でも嬉しいな」

「そうなんだ。どうして医者(いしゃ)目指そうとしたの」

星夏(せいか)は興味を示した。それに対して、進一(しんいち)は「たいしたことじゃないよ」と話を終わらせた。

人生(じんせい)ゲーム自体は思(おも)いのほか接戦であった。誰かがマスを大きくリードすることも金額面で大きくリードすることもなかったため最後(さいご)まで誰が一番か見(み)当が付かなかった。

結局、進一(しんいち)が一位、杏李(あんり)が二位、瞬也(しゅんや)が三位、星夏(せいか)が最下位という順番になった。人(ひと)生ゲームが終わった時(とき)に、杏李(あんり)が進一(しんいち)に医者(いしゃ)を志望(しぼう)している理由を聞(き)いた。進一(しんいち)は、今度(こんど)は濁すことができなかった。星夏(せいか)も人(ひと)生ゲーム中(なか)に聞(き)いた時(とき)は流されたので、耳を傾けた。

それは進一(しんいち)が高校一年(いちねん)生の頃(ころ)の話であった。進一(しんいち)のおばあちゃんは病(びょう)気持(きも)ちで、家(いえ)と病院(びょういん)を行(い)き来する生活であった。病気が改善される様子(ようす)はなく、かといって悪化する様子(ようす)もなかった。あるとき、北海道(ほっかいどう)の実家(いえ)から進一(しんいち)の家(いえ)に遊びに来ていた。そして、進一(しんいち)と進一(しんいち)のおばあちゃんの二人(ふたり)で外出した時に、おばあちゃんが突然胸を痛めて、倒れたことがあった。進一(しんいち)は医者(いしゃ)から言(い)われていた応急処置をお婆ちゃんに施したが、効果はいまひとつで気持(きも)ちばかり焦っていた。そこに40代くらいの男の人に声をかけられた。男の人は、おばあちゃんの容態を見(み)て、そのまま進一(しんいち)がした応急処置とは別の処置をした。しばらくして、救急車が来るとその男の人は救急隊にあとのことは任せて、その場を去ってしまった。おばあちゃんは

病院(びょういん)に運ばれて、一命を取り留めた。おばあちゃんが安静にしている時に、医師から進一(しんいち)に容態について聞かされた。今までの病院(びょういん)とは違う診断結果であり、適切な応急処置のおかげで救われた命だと告げられた。この言(い)葉を聞いて“ありがとうございます”と伝えたものの、ちゃんとお礼がしたかった。その男の人は、左利きで、背丈は進一(しんいち)と同じくらいで、こめかみあたりに手術をしたあとのようなものがあった。そしてこの話を医者(いしゃ)にしたところ、北海道(ほっかいどう)にある大学(だいがく)病院(びょういん)で教授を務めていて、医者(いしゃ)の中(なか)では有名な人に特徴が似ているという話をしてくれた。それを元に教えてもらった通(とお)りに調べたが、助けてくれた人ではなかった。それでも諦めずに、進一(しんいち)なりに探してみたが結局見つからなかった。それ以降も北海道(ほっかいどう)に行けば何か情報(じょうほう)が得られる気がしたので進一(しんいち)はおばあちゃんについて行き、北海道(ほっかいどう)にきた。それでもいまだに何も状況(じょうきょう)は変わっていなかった。その出来事から、人の命を救いたい、恩人を探したいという思いから医者(いしゃ)を目指すことを決意した。

「年末を楽しく過ごしたいのに、こんなこと話したら空気重くなるというかしらけるから言いたくなかったんだよ。あと少しで、年越(としこ)すからもっと楽しい話題(わだい)にしようよ」

「お前、いい夢持っているな。頑張れよ。いいもの聞いたよ。俺は応援(おうえん)するよ。」

瞬也(しゅんや)は嬉しそうであった。それからはみんなでその年の思い出を語り合った。


それから一時間(じかん)と少し経った頃。年越(としこ)しまで一時間(じかん)を切っていた。4月からおよそ8ヶ月分を話すにはまだ時間(じかん)は足りない様子であった。ある時、瞬也(しゅんや)が年越(としこ)し蕎麦(そば)をとりに部屋(へや)を出た。といっても、カップ麺の

蕎麦(そば)で簡易的なものであった。蕎麦(そば)を食べながら、再びその年を振り返った。蕎麦(そば)を食べるといよいよ年明けという雰囲気(ふんいき)がしてきた。

みんなが食べおえ、一息ついた時、年明けまで、20分をきるあたりに時刻は差し掛かっていた。

「そろそろ行きますか」

進一(しんいち)はいった。行くというのは初詣のことであった。それを聞いて、皆が準備を始めた。上着を着て外に出たが、外は氷点下であって、上着を着ても、最初は寒さを感じた。神社(じんじゃ)までは歩いて10分もしなかった。神社(じんじゃ)に着いたのは55分ごろで少し年明けまで時間(じかん)があった。

「ここ、覚えている?」

星夏(せいか)は、進一(しんいち)に聞いた。

「忘れるわけないよ。自分にとって、大切(たいせつ)な場所(ばしょ)だもの。あそこから見た花火(はなび)は昨日のことのように覚えているよ」

この神社(じんじゃ)で進一(しんいち)は星夏(せいか)に告白した。二人(ふたり)にとって大切(たいせつ)な場所(ばしょ)であった。それは瞬也(しゅんや)や杏李(あんり)も知っていた。

「のろけるなよ、今日は俺と杏李(あんり)がいるんだぞ」

瞬也(しゅんや)が言った。

「あの日は花火(はなび)で気持ちが届かなくて、今日は除夜の鐘で届かないよ、きっと」

続けて言った。瞬也(しゅんや)は、この話で進一(しんいち)をいじるのが好きだった。進一(しんいち)は最初こそ恥ずかしがって止めるように言ったが、いつの日かそのいじりに乗るようになっていた。

年明けまでの5分程度(ていど)の時間(じかん)はあっという間に過ぎ去った。

「それでは皆さん、時間(じかん)になったので参拝(さんぱい)に行きましょうか」

「お前が仕切るなよ」

杏李(あんり)の発言(はつげん)に、瞬也(しゅんや)は的確にツッコミを入れた。二人(ふたり)のこういう会話(かいわ)から幼馴染(おさななじ)みならではの雰囲気(ふんいき)が伝わってきた。この雰囲気(ふんいき)は、進一(しんいち)と星夏(せいか)が出す雰囲気(ふんいき)とは全く別のものであった。

参拝(さんぱい)をするにあたって、皆が小銭をいじり出した。

「5円玉(えんだま)ないんだけど、誰か貸してくれない」

「いいよ、私5円玉(えんだま)無意識(むいしき)に集めちゃうからいつもいっぱいあるの」

進一(しんいち)は、ありがとうと言って、星夏(せいか)から5円玉(えんだま)を受け取った。5円玉(えんだま)を集めるところはいかにも星夏(せいか)らしい習慣であった。

「いや、そこは50の縁で50円玉(えんだま)だろ」

「あんたそれなら、500の縁で500円玉(えんだま)だって、5000の縁で5000円札だってよくない?」

今度(こんど)は、瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)の会話(かいわ)であった。50円玉(えんだま)の発想もまた瞬也(しゅんや)らしいし、その返しもまた杏李(あんり)らしかった。4人は、笑顔(えがお)に包まれていた。


参拝(さんぱい)を済ませて、4人は瞬也(しゅんや)の家(いえ)に戻ろうとした。そのとき、コンビニに寄りたいと瞬也(しゅんや)が言ったため、コンビニに寄ることになった。

「進一(しんいち)、新年一発目の勝負(しょうぶ)はバスケよりもやはりジャンケンだと思わないか」

「悪くないな」

瞬也(しゅんや)はこれだけのために、コンビニに寄った。新年度一発目の勝負(しょうぶ)は、瞬也(しゅんや)に軍配が上がった。満足そうな二人(ふたり)であった。

コンビニで買ったジュースを片手に、進一(しんいち)が瞬也(しゅんや)に問いかけた。

「初詣の参拝(さんぱい)で何お願いしたの?」

「俺は、バスケでもっと上のレベルの選手と試合がしたいから、“バスケがもっと上手くなりますように”って」

「私はね、“頭良くなりますように“だよ」

杏李(あんり)が割って入ってきた。お前には聞いてないという瞬也(しゅんや)の視線を無視して、杏李(あんり)は進一(しんいち)に言った。

「そうなると星夏(せいか)が気になるな」

そう言って進一(しんいち)は、星夏(せいか)に目を向けた。急にみんなが星夏(せいか)に視線を向けたので、星夏(せいか)は目線を逸らした。

「私は、“みんなで花火大会(はなびたいかい)に行けますように“ってお願いしたよ」

 「なんか、うまく言えないけど、星夏(せいか)らしいな」

 瞬也(しゅんや)が言ったことに、みんなはうなずいて共感した。

 「進一(しんいち)は何お願いしたの」

 「去年一年(いちねん)はありがとうございました。今年(ことし)も暖かく見守っていてください。それと」

 「自分のお願いしろよ」

 進一(しんいち)は何かを言いかけていたが、瞬也(しゅんや)が笑いながらツッコミを入れたことで言いかけた言葉(ことば)を飲み込んだ。そして進一(しんいち)は笑って、そうだね、と言った。言いかけたことについて触れようとしたが、その時には再び掘り返せる話の流れではなかった。それでも、星夏(せいか)は進一(しんいち)の言いかけた発言(はつげん)と表情(ひょうじょう)を見逃さなかった。星夏(せいか)は、進一(しんいち)のあの表情(ひょうじょう)の裏には、大きな悩みが隠れていることをなんとなく知っていた。入学式(にゅうがくしき)の時も夏祭りの時も文化祭(ぶんかさい)の時もあの表情(ひょうじょう)をしていた。

 そんな話をしている間にあっという間に瞬也(しゅんや)の家(いえ)に戻ってきた。そのまま朝方まで話して、朝日を見て、四人(よんにん)は倒れるように寝てしまった。


7−3

 9時30分頃に進一(しんいち)は目覚めた。短いながらもしっかり寝られたらしく、頭はすっきりとしていた。瞬也(しゅんや)の部屋(へや)にはベランダがあったため、そこに出て、外を眺めた。三人が寝ている姿を見た。なんとなく、初詣のことを思いだした。こんな時間(じかん)がいつまでも続いたらいいなと思った。東京(とうきょう)にいた時では気づけなかった大切(たいせつ)なものがここにはいっぱいあると進一(しんいち)は思っていた。その時、星夏(せいか)が目覚めた。体を伸ばして、外を見た時、進一(しんいち)がこっちをみていた。微笑んだ進一(しんいち)に、寝起きの顔を反射的に隠した。それでもしばらくして、ベランダの進一(しんいち)の元に行った。おはよう、進一(しんいち)が言った。

「おはよう。朝早いね」

「俺もさっき起きたところだよ。そんなことより、星夏(せいか)っていびきするんだね。驚いたわ」

星夏(せいか)は、恥ずかしくて顔をあげられなかった。

「冗談(じょうだん)だよ。ぐっすりと眠っていただけだよ」

「笑えない冗談(じょうだん)やめてよ」

少し、強く言ってしまった。

「ごめんね。あと、新年の挨拶(あいさつ)まだだったよね。明けましておめでとうございます。今年(ことし)もよろしくお願いします」

それを聞き、星夏(せいか)も進一(しんいち)に新年の挨拶(あいさつ)をした。

「一つ聞いてもいいかな」

星夏(せいか)は少し緊張(きんちょう)したような声だった。いいよ、と進一(しんいち)が言った。

 「参拝(さんぱい)の時、何お願いしたの?昨日何か言いかけていたよね?私にも言えないことかな?」

 「質問が三つあるぞ。星夏(せいか)のその鋭いところがたまに当たりすぎて怖いや。まだ先のことになるんだけど、高校を卒業したら、俺は東京(とうきょう)に帰らなければならないんだよね。これは親との約束(やくそく)でもあるから覆ることはないと思うし。」

「じゃあ、それまでに、いっぱい思い出作ろうね」

「星夏(せいか)が参拝(さんぱい)で、四人(よんにん)で花火(はなび)見たいって言ったじゃん。あれ、聞いて“次がラストチャンスになるのかな”とか思ったら、俺も叶えたいなって」

二人(ふたり)がそんな会話(かいわ)をしていると瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)が目を覚ました。

「このことはまだ二人(ふたり)には言わないでね」

わかった、と言って部屋(へや)の中に戻った。そのあとは、みんなでお昼ご飯を食べて、解散となった。みんな、疲れから少し口数が少ない気がしたが、そのいつもとは違う

雰囲気(ふんいき)を誰も苦に感じていなかった。


12月31日(火)

進一(しんいち)とお菓子や飲み物の買い物を済ませて、瞬也(しゅんや)の家(いえ)に行った。みんなで一緒に年越(としこ)しをした。一年(いちねん)の思い出を語り合った、いろいろなことがあった一年(いちねん)であったと思う。それは話を聞いている限り、みんなも同じように思ってくれていると思う。来年も、こんな時間(じかん)を過ごしたいな。



 8章

 そこから一年(いちねん)と少しがたった。あと、一週間も経たずに卒業を迎えようとしていた。この一年(いちねん)、四人(よんにん)で集まり、語り合い、笑い合うことは数えるほどしかなかった。故に、花火大会(はなびたいかい)に行きたいという星夏(せいか)の初詣の願いも叶わなかった。しかしこの状況(じょうきょう)は、四人(よんにん)で積み上げたものがその程度(ていど)のものであったというわけではなかった。

 この一年(いちねん)間で、進一(しんいち)が大きく変わってしまった。周りからはそう見えていただろう。高校二年生の三学期の最初の登校日のことであった。その日、進一(しんいち)は誰よりも早く学校(がっこう)に来ていた。荷物を教室に置き、職員室に向かった。用件は、バスケ部の顧問(こもん)の先生にあった。進一(しんいち)の方が早く来ていたため、少し職員室で待っていた。そして、先生の準備が終わるのを遠くから確認(かくにん)すると、

顧問(こもん)のいる場所(ばしょ)に向かった。そして重い表情(ひょうじょう)から放った言葉(ことば)は、“部活(ぶかつ)を辞める”という内容であった。顧問(こもん)としては、進一(しんいち)は戦力であったし、部活(ぶかつ)での態度は常に下級生のお手本になる存在であった。顧問(こもん)なりに続けてもらうように言ったが、進一(しんいち)がもう一度考え直す様子はなく、硬い意思(いし)を持ってここに来ていることを察したのか、それ以上(いじょう)は何も言わなかったし、訊こうとしなかった。このことは、進一(しんいち)は誰にも相談していなかった。

 この行動(こうどう)を皮切りにこれ以降も進一(しんいち)の行動(こうどう)や様子が変わっていった。進一(しんいち)が笑うことがなくなり、何かに追われているような切迫した顔をするようになり、星夏(せいか)でさえ避けるようになっていた。進一(しんいち)は、周りとの関係をことごとく減らして、まるで孤独を望んでいたようであった。

 瞬也(しゅんや)はある時、進一(しんいち)に本気(ほんき)で怒鳴ったことがあった。第三者の立場として事情を聞いた時、瞬也(しゅんや)の言い分に誰もが納得するであろう。これまで仲良くしていた人に突然距離を置かれて、部活(ぶかつ)も何も相談しないまま辞めていった進一(しんいち)に対して、怒りをぶつけた瞬也(しゅんや)の目には涙が浮かび上がっていた。瞬也(しゅんや)のその思いは進一(しんいち)に心に響いたのか、進一(しんいち)も涙をこぼした。

 「もう、俺に関わらない方がいい。だから、そうやって杏李(あんり)にも星夏(せいか)にも伝えてくれ」

 「それよりも先に言うことがあるだろ」

 周りは誰も止めなかった。止めるべきなのは誰しもがわかっていたが、止めてはいけないとも思ってしまった。瞬也(しゅんや)は、思っていることを進一(しんいち)にぶつけた。この思いは、瞬也(しゅんや)だけではなく、星夏(せいか)と杏李(あんり)の思いも含まれていることが進一(しんいち)にもわかった。進一(しんいち)はその思いに対して、全てを受け止めた。進一(しんいち)は自分に非があり、こうなることを予想していたかのようであった。それでも、この衝突は、5分もせず終わった。進一(しんいち)が時計を見て、立ち去ろうとしたためであった。瞬也(しゅんや)は、カバンを持ち、立ち去る進一(しんいち)を止めるために肩に手を当てようとした時、肩まで手が届かずカバンに当たった。その衝撃で肩からカバンが落ち、中のものが廊下に散らばった。瞬也(しゅんや)は散らばったものに目を向けた。それは、付箋が何枚も貼られた参考書やノート、医学系の学校(がっこう)のパンフレットなどであった。拾いながら進一(しんいち)は春夜に言った。

 「ごめんな。こう言うことだ。大晦日でお前に『応援(おうえん)する』って言われたけど、あれ結構嬉しかったよ。俺には夢があるから、一年(いちねん)ちょっと待っていてくれないかな?」

 瞬也(しゅんや)は何も言わずに、進一(しんいち)に近づき、その背中を叩いた。進一(しんいち)にとって、それは痛みよりも少し嬉しい思いがあった。痛みがそのまま瞬也(しゅんや)の思いの気がしたからであった。


 2月末のある日、この日は卒業式(そつぎょうしき)の練習で全員が登校しなければならない日であったが、進一(しんいち)と星夏(せいか)は登校していなかった。星夏(せいか)もまた、進一(しんいち)の姿に刺激を受け、この一年(いちねん)、直向きに勉強に取り組んでいた。

瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)は、受験が終わっていた。家(いえ)が近いとはいえ、会うのは久しぶりであった。話は、進一(しんいち)と星夏(せいか)のことになるが、二人(ふたり)が話したところでそれは想像(そうぞう)の話でしかなくて、祈ることしかできなかった。やっぱり四人(よんにん)でいたいという気持ちが、少なくとも瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)はあった。

その日の放課後(ほうかご)、星夏(せいか)が学校(がっこう)に来ていた。先生に受験の報告するためであった。星夏(せいか)は、泣いていた。状況(じょうきょう)からして、満足のいく結果が得られなかったのだろう。後になって話を聞いたところ、受かったのが第三希望以下で、浪人するか迷っているらしい。瞬也(しゅんや)と杏李(あんり)から見れば、星夏(せいか)の第三希望でも十分の学校(がっこう)に思えた。二人(ふたり)は進一(しんいち)のことを聞いたが、星夏(せいか)は自分のことでいっぱいで何も知らなかった。ただ、東京(とうきょう)の大学(だいがく)を希望していることだけ言ったら、二人(ふたり)は驚いていた。

そして最後(さいご)の登校日。先生が「砂川進一(しんいち)」と呼んだが返事はなかった。結局この日も進一(しんいち)が来なかった。

それでも卒業式(そつぎょうしき)が終わって、クラスに戻ると一人の影があった。

 「進一(しんいち)だよな」

 瞬也(しゅんや)の声は震えていた。そうだよ、と当たり前のように答(こた)えた。瞬也(しゅんや)は進一(しんいち)の元にいい、抱きしめた。

 「卒業式(そつぎょうしき)すらも来ないと思った。心配させんなよ、ばか」

 瞬也(しゅんや)らしい嬉しさの表現であった。


 その後に、4人で撮った写真(しゃしん)は、三年間の高校生活で一番の笑顔(えがお)であった。写真(しゃしん)を撮った後、進一(しんいち)が喋りかけた。その声は、一年(いちねん)間見ることのなかった進一(しんいち)であった。

 「俺は、一番進みたい道を進んで欲しい欲しいからという理由で“進一(しんいち)“と名付けられた。俺は、医者(いしゃ)になる。そのための最初の一歩で東京(とうきょう)の大学(だいがく)に行く。」

みんなはうなずいて答(こた)えた。

「8月頃、みんなに会いに来る。今度(こんど)こそ約束(やくそく)守れよ」

杏李(あんり)だけ何のことを言っているのか理解できていない表情(ひょうじょう)をしていたが、みんなの表情(ひょうじょう)を見て何かを察したようだった。

「こういうのを“三度目の正直”っていうんだろ」

瞬也(しゅんや)からことわざが出てきたのがおかしくて皆が笑った。


最後(さいご)の下校路は、四人(よんにん)で寄り道をして帰った。




今年(ことし)の夏こそ四人(よんにん)で一緒に花火(はなび)を見ようね


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夏花火が消えるまで @ohtaniharuka

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