第2話 妖が語るのは


「今日も楽しかったねー!」


「そうね。残り2日だけれど、明日も楽しみだわ。なんといっても明日からは嵐山だもの」


「ほんと、修学旅行は最高ね!」


「あはは。そうだね」


 修学旅行二日目の夜、私は同じ部屋になった友達三人と雑談を始めた。

 私達はそれぞれ自らの布団の上に身を置いて、笑顔を浮かべながら話し合う。


「ねえねえみんなー。好きな人とかいるー?」


「……え?」


「だーかーら!好きな人ー!いるのー?」


 ある一人の友達が、突然そんなことを言い出した。

 私はいるのだが……その、友達に言うのは、やはり恥ずかしい……。


「まぁ明は一条君でしょ。他は?」


「ちょ!ちょっと待ってよ!なんで知ってるの!?」


「いや、バレバレだから」


「そうね。私ですら分かるぐらいにはバレバレよ。それこそ、気づいてないのは一条君ぐらいじゃないかしら」


「あー。一条君って鈍感だよねー。明ちゃんもそうだけどさー」


 ……まさか、言わずともバレてしまっているとは……。本当に恥かしいっ……!

 きっと私の顔は紅葉もびっくりするぐらい赤くなっていることだろう。


「……ちょっと、飲み物買ってくる……」


 私はこの状況から逃げ出したくて、飲み物を買いに行くことにした。どうせ何か飲み物が欲しかったところだったので、丁度いい。


「オッケー。私コーラね」


「じゃあ、私はミルクティーをお願いするわ」


「はいはーい!私はマッ缶をー!」


「え、うん。分かったよ。でも後でお金払ってね。……待って。ここ京都だからマッ缶ないよ」


「あー、そっかー。ちえー。じゃあマイルドコーヒーでー」


「はいはい」


 私は皆の飲み物を覚えながら廊下に出て自販機まで向かう。

 ……ここまでは、あまり大事になるような不幸は私の周りで起こっていない。

 このまま、何も起きませんように。何事も起きずに、修学旅行を楽しんで終われますように。


 ……思えば、私は本当に晴人君にお世話になりっぱなしだ。

 晴人君は私の人生で初めて、私の言ったことを信じてくれて、私から離れないでくれた人だった。

 私が妖が見えると言った時も。私が周りの人に不幸を呼んでしまうと言った時も。晴人君は私を信じ、受け入れてくれた。晴人君のおかげで今の友達もでき、何かと充実した毎日を送れている。

 ここまでしてくれた晴人君だからこそ、私は好きになった。

 ……でも、そんな晴人君に迷惑ばかりかけてはいられない。

 今までは晴人君には目立った不幸は起こっていないが、いつ起こるかは分からない。私にもなにかできることはないだろうか。そうやって考えてきたが、結局分からずじまいだ。

 ……本当に自分が嫌になる。自分ばかりが幸運で、周りの人達は不幸にしてしまうのだから。


 四回目のガコンっ、という音で現実に戻される。

 私は自販機から自分が買ったカルピスを取り出し、四本の飲み物を持って部屋に戻るために廊下を歩き出す。すると廊下の真ん中に一匹の、いや一人?の人型の妖が立っていた。

 私は産まれた時から妖を見て生きてきたが、人型の妖は初めて見た。

 ……また私の周りで不幸が起きてしまうのだろうか。できれば小規模であればいいのだが。


「お待ち下さい。倉橋明様」


 ……え?今、喋って……?


「な、なんで……」


 妖が喋るなんて、思ってもみなかった。今までの私の中の妖の定義が私の周りをうろつく動物みたいな感じだったからだ。


「驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、少し話したいことがありまして。こちらの方に付いて来て頂けますか?」


「は、はぁ……。分かりました……」


 私はこの妖の言う通りに、妖の後を付いて行く。

 正直突然で、しかも分からないことが続いてとても混乱しているが、ここは付いて行くしかない。そうしなければ、なにも分からないままだろうから。

 そう思い付いて行くと、誰もいない空き部屋に通された。私がそこに入るとその妖がドアを閉じて鍵を締めた。

 ……っていうか、妖って物に触れるんだ……。私が今まで見てきた妖は物をすり抜けていたのに……。


「そこにお座りください」


「は、はい」


 この妖が指差した座布団の上に座り妖が話し始めるのを待つ。妖は私の前に座布団を敷き、その上に座ってから私に問いかけた。


「まずは、あなたの疑問にお答えしましょう。あなたの反応を見るに私のようなものを見るのは初めてでしょうし。その疑問を解決しなければ話が進まないので」


「は、はぁ……。じゃあまず、妖って喋れたんですか?私、喋った妖を見たの初めてなんですけど……」


「私達のようなものすべてが喋れるわけではありません。私のような、長く……それこそ平安時代以前から存在しているもの達の中に、極稀に存在します」


 なるほど……。どうやらすべての妖が喋れるわけではなく、それどころか喋れる妖は極々少数のようだ。それなら今日初めて会ったのも納得できる。


「ということは、物に触れるのも……?」


「ええ。同じく、触れないものの方が多いです。触れれるものも、喋れるものと同様です」


「……なんで、長く生きてる妖の方が、いろんなことができるんですか……?」


「……私達に生きているという表現が正しいのかどうかは分かりませんが……。その説明にはまず、我々がどうやってこの世界に存在しているのかを話せなければなりません」


「……どうやって、存在しているのか……?」


 ……そんなこと考えたこともなかった。なぜなら私は、妖が居る、見えることがいつもの日常だったのだから。


「はい。我々は、人の運気を吸って存在し続けています」


「……え?」


 人の……運気を……?それは、つまり……


「じゃあ……私の周りで起こっていた、不幸は……」


「……偶然ではありません。我々が運気を吸い取った事による不幸です。なぜ、あなたの周りで多く起こるかというと……あなたが我々を呼び寄せてしまうからです」


 ……ああ。やっぱり、私のせいだったのか。

 なら、私が今まで言われてきた言葉は、全く間違っていなかった。


『不幸を呼ぶ少女』


 本当に最も的確に私を表している言葉だ。このままだと私は、ずっと周りの人に不幸を呼んでしまうだろう。そのくせ自分は恵まれているのだからたちが悪い。

 ……だから私は、私が嫌いだ。


「そして、なぜあなたの周りに我々が集まって来るのかですが、それはあなたの運気の大きさが関係しています」


「……運気の大きさ、ですか……?」


「あなたは生まれつき運気が大きい……いえ、大きすぎる。だから我々が見えるのです。普通、大きいだけなら気配を感じることができる、いわゆる霊感ぐらいにしかならないのですが……。そしてその大きすぎる運気が我々を呼び寄せてしまう、ということです」


「なら……なんで私は不幸にならないんですか?なんで私から運気を吸い取らないで、私の周りの人が吸い取られてしまうんですか……?」


「それは、あなたの血筋が関係しています。あなたは知らないと思いますが、あなたは陰陽師の子孫だと思われます。稀にいるんですよ。陰陽師の子孫で、無意識下で運気の吸収を阻む壁をつくっている者が」


「……どうすれば、いいですか……?」


「……はい?」


「どうすれば、周りの人を不幸にせずに済みますか?」


 どんな方法でもいい。私が不幸を呼ばなくなる方法があるのなら。早く私はこの呪縛から解放されたい。そして、晴人君にこれ以上迷惑をかけないようになりたい。


「……私が話したいこととは、それです。これは、我々からの提案になるのですが……まずあなたは、死ぬ覚悟がありますか?」

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