第21話 記憶
優仁は眼を閉じて、広げた両手を高く掲げた。するとその掌が眩い光に包まれて、矢のようになりセフィロトの樹に向かって一直線に放たれた。
微動だにしなかったセフィロトの樹の枝がざわめき、幹がしなり、根がうねり、悲鳴をあげる。吸い込まれていた人々の記憶がどす黒い珠となり、セフィロトの樹から引き出されていく。
「どうしてみんな、私だけ無視するの?なんで私だけ誘われなかったの?」
「こんな点数じゃ家に帰れない」
「まさかフラれるなんて」
「あの子、陰であんな悪口言ってたの?」
「死にたい死にたい死にたい死にたい」
「ふざけんな!殺してやる」
学園の女生徒たちの負の記憶だ。そこからは凄まじい圧を感じる。触れるだけで俺も死にたくなりそうだ。しかし、そんな地獄は子供の頃に通ってきたんだ。
幼い頃から霊感の強い俺は、両親から忌み嫌われ海外生活を強いられた。金を積んでの体のいい厄介払い。
教会の神父が俺の里親になったが、ソイツは小児性愛者で。教会という隠れ蓑を使いながら、聖歌隊に属する少年たちを食い物にしたのだ。
だが俺は、それを愛情だと勘違いした。求められるだけで嬉しかった。尽くしたかった。
そんな俺が神父に棄てられたのは、声変わりした時。
神父が愛したのは俺のボーイソプラノだけ。俺自身などどうでも良かったのだ。
棄てられた俺が自力で生き、エクソシストになるまでも地獄を這いずるような日々だったが、俺は自分を不幸だと思ったことはない。
棄てられたからこそ、一人で生きる強さを得た。
愛されなかったからこそ、愛する大切さを知った。
その苦しみを、傷みを簡単に棄ててしまえば今の俺はなかったと言える。
この記憶たちを元の主に戻すのが正しいのか、俺にはわからない。しかし記憶は人の一部だから。それが無くなるのは、欠けた状態だから。
俺は、記憶を受け止めながら束ね、それを一つ一つ、持ち主に戻すように再度放った。
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