第19話 理由

ひんやりした空気が漂う地下へ続く階段を、一歩、また一歩と俺達は降りていく。


俺達の靴音以外は何も響かない。静まり返った広い空間に出ると、セフィロトの樹は眠っていた。動かなければただの巨大な樹であり、大自然に触れているような錯覚を覚えてる。


「この学園は100年ほど前に設立されたらしいんだが、一人の女性の願いから始まったそうだよ。彼女は変質者の被害にあってね。だから、自分のような被害者が出ないように。男性の手が伸びてこない安全な場所を作りたかったんだそうだよ」


優仁はゆっくり歩みを進めながら話す。それは俺に語りかけているようで、樹に話しているようにも思える。


「彼女は辛かった。沢山の女生徒たちは彼女が作った学園のお陰で救われたけど、彼女はずっと辛い記憶に苦しめられた」


セフィロトの樹の根元には小さな泉ができている。俺達はその近くまでやってきた。


「そんな彼女が学園の中庭に植えた樹。それがお前なんだろう?」


答えは返ってこない。だが、俺は優仁の言っている意味を理解した。


「つまりこいつは、彼女の辛い記憶を吸い上げた。以来、人の記憶を吸いながら生きてきたと?」


優仁は頷く。


「そうだ。最初は人助けだった。しかし人の苦しみや辛さなんて、きりがないからね。吸えば吸うほど大きくなり、やがて、そのどす黒い記憶に汚染され、自分が人のために記憶を吸っていたなんてわからなくなったのさ」


「……」


それが本当なら、なんとも憐れではないか。俺は眠っている樹を見上げた。

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