第10話 精神世界
それはとても不思議な空間だった。全てが歪んでいるのに、それでいて正常のような。
宇宙に漂うような気持ちにもなる。
そこに存在するのは、俺とアイツだけだ。
「ここはある種の精神世界だよ。まあゆっくりして。…さて静寂、君は僕をこの身体から追い出したいのかな?さっき話したように、元の内藤有彦は自殺したんだ。僕がその身体に入ったから維持されているが、抜け出せば、死体となるだろう」
「そうしたら、有彦はどうなるんだ…」
「当然死ぬよ。勘違いしないでくれ、彼は元々、死んだんだよ、既に」
俺は目の前にいる大人の姿をした男を睨み付ける。
話しは理解した。有彦は不幸な生い立ちに耐えられなくて死を選び、その肉体をこの男が乗っ取ったというわけだ。
しかし、もしなんらかの手段で男の精神を追い出せたとして、有彦の精神と肉体が滅びてしまうのなら、どうすれば?
「そんなに睨むな。僕が憎いか?僕はね、この学園に巣食う夢喰花の本体を観察するためにこの肉体を借りたんだ。別に悪意はないんだよ。また、僕だって万能でも無敵でもない。観察対象の夢喰花の本体に隙を見せたものだから、一時的に記憶を奪われてしまったんだしね」
両手を広げて肩を竦める男。俺達は空間にふわふわと浮遊している。
「その時、僕の胸に夢喰花の一部が住み着き、僕を弱体化させるために肉体を若返らせた。子供にされて記憶もない状態じゃ、流石に僕も何も出来ないよ。それに目をつけたのが、僕を拐った邪教集団だ。狙いは胸の中の夢喰花だったわけだが、格好いいエクソシストが助けに来てくれて、事なきを得たわけ」
「それが俺だというのか」
「そうだよ。でも君は、ニューヨークで暴れ出した夢喰花を倒してしまったよね。あれは本体ではないけど、お陰様で僕は記憶を取り戻したんだ。ま、ただすぐに出てくるつもりはなかったんだが…」
「何故だ。夢喰花を倒した時点で記憶を取り戻したのなら、そのまま有彦の身体を棄てて何処へでも行けば良かったろうに」
すると男はやれやれと頭をかいた。溜め息まで溢して。
「まだわからないのかい?やれやれ、君は本当に鈍いんだなあ」
「うるせえッ!やっぱり俺はお前を有彦の中から追い出してやるッ!有彦の精神を殺さずにそうする方法を見つけ出してやるッ」
その方法はまだわからない。が、俺は男に対して腹が立って仕方がなかったから。十字を切り、祈りを捧げ術式を唱えようとしたところで。男が近付いてきて、いきなり。
俺の唇を奪った。
「なっ…!」
跳ねるように後ろへ逃げた俺を、男は何故か悲しそうな眼で見つめている。が、ふと視線を上の方に反らして。
「静寂、すまない。話の途中だが僕らに仕事が入ったよ。君のパートナーが危機に晒されている」
「何いってんだ?てめえ今何しやがった?誤魔化すんじゃねえ!」
唇をごしごし手の甲で拭いながら、俺は喚く。良く見ると大人有彦は随分な美男子である。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「おいおい、しっかりしてくれ、エクソシストさん。アンジェラがさっき話した夢喰花の本体に襲われてるんだよ?助けに行かなくていいの?」
「何だと?!はやく言え馬鹿!」
「さっき言ったじゃん…じゃあ、行こうか」
男がさっと手を掲げると、裸だったのに一瞬で背広に白衣を纏った姿へ変貌している。まるで手品のように。そして、先程と同じワープホールが現れた。
「なんでてめえはアンジェラを助けようとする?」
「そんな説明は後でいいじゃない。行くよ?」
答えず、男はワープホールにひらりと飛び込む。俺もすぐにそれを追った。
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