第9話 ワープホール
「誰だ、お前は…」
ついさっきまで、抱き締めていた幼い少年はそこにはいない。男は全裸であるのを気にする様子もなく、脚を組んで悠然とした態度にて。
「だから、内藤有彦だと言ってるじゃないか。正確には、この身体を借りて聖マリアンヌ学園に勤務していた者、と説明した方がいい?」
「有彦は、どこだ…」
こいつは、違う。さっきまで、自分の生い立ちを語り、混乱しながら泣いていた存在ではない。だが、身体は同じ身体のはずだ。なら、俺の守りたい有彦は、どこにいるのか。
「ああ、彼は眠ってるよ。この中にいる。って、さっき彼が言っていたけど、この身体、彼が死んで、要らなくなったものなんだよ。だから僕が貰い受けたってわけなんだがね」
少年のものではない逞しい己の胸板を男は愛おしげに撫でる。
「貴様…」
俺は胸ポケットを探り、十字架を取り出そうとした。が、今まで静観していた静香が口を開き。
「待って、お兄様。私は内藤先生のお話が聞きたいわ。先生、こうして出てきて下さったのは、色々教えて下さるためなんでしょう?
貴方は、学園で何が起こったのかを知ってらっしゃる。いいえ、むしろその黒幕だったりするのかしら。ねえ、教えて下さい。鈴音や他の生徒に何が起こったのかを」
「それは…これを見れば静寂がわかるんじゃないの?」
男はそう言い、胸を撫でていた手を離す。するとそこがぽうっと輝き、見覚えがある花の姿が見えた。
「夢喰花…そうか、てめえが誰か知らねえが、こういうことか。この学園にも夢喰花があって、女生徒の記憶を奪ってやがんだな!」
「まあ少し違うけど、大体はそういうことかな。だから僕が黒幕とか言われても困るんだ。僕はもっと、高次元な存在で、ただの観察者なんだから。
さて、お喋りにも疲れたな。そろそろ僕は失礼しようかな?」
立ち上がった男が宙に手をかざすと、ワープホールが現れる。その中に男が半身を沈めた時、俺は立ち上がり叫んだ。
「待てッ!有彦を…返せ!俺はアイツを守るって決めたんだよ、その身体は有彦のもんだ、てめえには渡さねえ!」
「やれやれ。熱血漢だねえ、君は。いいよ、じゃあ一緒においでよ…遊んであげる」
男が手招きをしている。あのワープホールに入ったらどうなるかわからない。が、悩んでいる時間はない。俺は黙って男の手を掴み、共にその中へと消えた。
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