第7話 有彦の異変

有彦は静香の問いかけには答えない。ただ、膝の上に握った拳は震えている。


「鈴音は両親に虐待されていましたの。そのせいで、以前の彼女の生活は荒れていました。性格も粗暴で…でも、記憶を失ってからは。生まれ変わったように大人しくなり、私の庇護の元に暮らしています」


「その口振りなら記憶障害万々歳って感じだが、ならなぜ、原因を知りたがるんだ?」


勿論、すべての被害者が記憶を失い幸せになったわけではなかろう。鈴音がむしろ特殊なのは理解するが。


すると妹はふ、と笑って。


「彼女が私を愛してくれるのは、記憶を失ったからか、知りたいから。元に戻っても、それが失われないなら本物でしょ?」


なんとも個人的で身勝手な理由で俺は驚いた。死者や怪我人こそ出てなくとも、何人もが巻き込まれている事件だというのに、我が妹ときたら。ため息をつく。


しかし、俺と同じように両親から愛を貰えなかった妹に、愛を与えてくれる存在が出来たのなら喜ばしいことなのかもしれない。


「なるほど、そうか。で、そろそろ有彦のことを聞かせてくれ。いや、この学園に勤めていた内藤先生のことをな」


紅茶で喉を潤すと、俺は話の続きを促した。


「内藤先生が行方不明になってから、私は彼の経歴を調べました。するとまずわかったのは、シングルマザーのあまり裕福ではない家庭に育ったことです。父親は二人を残して失踪、母親は水商売をしながら…息子の育児を放棄していました」


俺の隣に腰掛けている有彦が肩を震わせている。そっと手を伸ばし、俺はその小さな身体を自分の方に寄り掛からせるようにした。


「しかし彼はバイトをし、なんとか一人で力強く成長しました。母が病死してから、教員免許も医療資格も取得し、これから、というところで…事故で亡くなりました」


「亡くなった?じゃあ、学園に来たってのは」


「死者としか、言いようが。または、内藤先生を身体を乗っ取った何か…」


異変は唐突にやってきた。俺がそっと抱き寄せていた身体が離れる。彼は自分の身体を抱き締めるようにして苦しみだした。


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