愛を知ろうとした僕

 秋雨の香りがする頃。僕は日課になっていた春先に出会った猫の餌やりに来て居た。猫、こいつは半年もの間、僕から餌を貰っている。恐らく、その対価として僕は猫の頭を撫でる事を許可しているのでは無いだろうか。


 そう言えば、あの女性は誰だったのだろうかと思い出す。猫に逃げられた女性。あれ以来、会っていない。不思議で気持ちの悪い話だが、僕は少しばかり期待していた。あの女性はここに居れば訪れるのでは無いかと。


 翌る日も、翌る日も。その女性の姿を見る事は無かった。そして、その存在さえ雪で薄らになった頃。猫の様子を見に行くと、驚く事にあの時の女性が居た。猫と睨み合いをする女性の後ろ姿で分かるのは些か気持ちが悪いと思う。しかし、雰囲気や面影。それに猫の構え方がそれを想起させるのだ。


僕が雪を歩む音に気がついたのは猫の方であった。猫は僕の方に寄ってきた。それを追いかける様に振り撒く女性。


「あ!あの時の!」


女性は僕の顔を覚えていた。僕は知り合いでも無いがお久しぶりですと返事をする。すると女性はクスクスと笑いながらこう言った。


「また猫ちゃんに振られちゃったよー」


僕はその仕草、言葉使い、笑顔を半年前の記憶と共に思い出せさた。そして、その女性に興味を持ってしまった。


「君、この猫ちゃんの飼い主?」


唐突な質問に慌てて首を横に振った。しかし、それを直後に餌を与えて頭を撫でる関係と訂正する。それを聞いた女性はまた笑った。


「面白いこと言うなぁ、いいね!その関係!」


 元気の良さが雪面より輝く。僕はこの1年間浅い関係を選んでいた。いつもならば、軽い調子で話すことができるが、何故かいつも通りの調子が出ない。上辺を意識して以来忘れていた勇気を出し、女性に良かったらコーヒーでも如何ですかと声を掛ける。その一瞬、女性が驚いた顔をしたので、僕はまた慌てて聞かなかった事にして欲しいと訂正した。すると女性はこう返してきた。


「本当に?」


圧力とも言える5文字に三度訂正を加える。それから猫に餌を与えてから近くの珈琲屋に行き、そこで女性と他愛も無い話を広げていった。会話の中で判明していく事なのだが、春先に出会った時は偶々あそこを通っただけだったらしい。何せ女性は風景を撮って歩き回る自称カメラマンなのだから。そして、今冬にまたやって来たついでに猫を見に来たと言う。何とも偶然だろうか。


冷めた珈琲は過ぎた時間を現した。時間に気付いた、ため息混じりの女性の態度。女性曰く、暫くはこちらに居るからいつでも連絡してと言う事らしい。カメラマンも案外暇なんだなと素直にそう思う。


時に僕は彼女にこの事を話さ無かった。それ以上に彼女は僕の事を知ったかの様に振る舞う。当然、当たっていることも少なからずあった。しかし、僕が話した以上、振る舞った以上のことは何も出てこなかったのも事実だ。無論、先程のことも知る由もないのだ。


あれから二つの週が経った。繰り返しの様な毎日では無く、1日1日刺激があった。勉学に励み、バイトで遊び金を稼ぎ、彼女の相手をし、友達と遊び、彼女の相手をする。そして、その忙しい日々の中に僕は俗に密会と呼ぶ女性との談話が加わった。



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狂愛 一(にのまえ) @dezi_write

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