狂愛
一(にのまえ)
愛を知らない僕
暑い夏の夜空に浮かぶ星。暗闇を遠くまで照らす月。僕はそれが好きだった。変わる事のない不変の物だ。正確には、不変であると思わせる程、僕の一生は僅かであるのだろう。
時に不変と思われる物が他にあっただろうか。親との死別、友との別れ、生き地獄の様な労働、価値のない惰性、全て不変ではなく変わって、変わって、変わってきた結果だ。あぁ、そう言えば一つあった。電池の切れた時計の針。動かされなければ不変なのだろう。こんな曲がった考えばかりして生きてきたからこそ、何も手元に残らなかったのだろう。
「君の愛を除いては」
壁一面に貼られた、君からの手紙に想いを投げた。僕はそれを狂愛の手紙と呼んだ。
それは、大学一年の春だ。多くの人が出会う季節。僕は逆に別れが連続して訪れていた。親の事故、友人の裏切り、精神的な負荷は度を超えてた。潰されそうな心で通う大学で、新しい友人を作り楽しむ余裕なんてなかったのだ。
ある日の事だ、学食を済ませカフェで勉強を始めようとそこへ向かっていた時だ。カフェに向かう途中、路地裏で偶然見つけた猫。身なりは痩せ細っており、いわば一種の同情が生まれる。仕方が無いと考え、たまたま近くにペットショップがあったのでテレビCMで良くやっている物を買って与えた。
それらを食べ終えた猫は、頭をすね部分に擦り付ける。余りの愛くるしさに、路地裏に座り込み頭を撫でていた。
「可愛い猫ちゃんですね」
突然の声に体を硬らせる。声の主は女性だった。
「触ってもいいですか?」
女性は僕に問う。無論僕の所有物でも無いので首を縦に振る。女性は膝を折って猫に近づく。手を出すと猫はそれまでとは違いその場から走る様にして逃げる。
「あらら」
残念そうに手を振ってこちらを向く女性。僕が残念ですねと言うと女性は笑顔で答える。
「昔から動物には好かれなくて」
答えた後、女性は頭を一つ下げてその場から離れた。僕もその場から離れカフェに向かった。たまたま喋っただけの女性などに好意を抱く程に僕は浮かれてはいない。証拠にそれからその女性とはしばらく会うことは無く、淡々と時は過ぎていく。
夏を迎える頃には若干名、話せる人が増えてきた。かと言って深い関わりを持つのは怖くて浅い繋がりを求めていた。それこそ、気軽に付き合っていたのだ。家族の事なんて話す必要も無いし、話す機会も無かったし、未だに一人で暮らすアパートには誰も入れていない。心地良ささえ感じる浅い繋がり。
やがて巡り来る夏のイベントは、例年より熱を増した。浅い繋がりを求めて居たら、多くの人との関わりを持つことができ、バイト先や学校内で多くの行事に参加した。
その一環の中で、僕は一人の女性から告白をされる。浅い繋がりを求めた僕は1週間もの間、悩みに悩む。結論としてその告白を了承した。
その相手は同じバイト先の女性で一つ上の人だった。僕はいずれ別れる事になるだろうと勝手な憶測を展開し、この関わりの終わりを予約する事で浅い関係だと内面的に位置つけた。
順調に流れる時の中で、彼女と呼べる人物は僕に多くを求めた。それこそ、接吻だけで済むはずも無い。初めて求められる体は、嫌に静けささえ感じた。かつて返事を返した自分はここまでを想像して居たのか。いとも容易く求められるこの現象を。
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