第8話 一角獣クォンタムの話(1)

「クォンタム、ついたのかい?」

「ああ。だが決してその目を開けるなよ。開けても見えないが、万が一ということもある」

「わかってる」


 呆然と見守る私たちの前で、突然現れた王子と一角獣が会話している。

 一角獣って言葉を話せるんだ。しかも、めちゃくちゃ渋いおじさまって感じの声で!

 でも、目を開けても見えないって、王子の目はどうしたんだろう? 何か良くないことが起きたの?

 そう思った瞬間、胸の奥がギリッとねじられたように痛くなった。


 お母さんが私の手を引いて、自分の後ろに隠すようにする。突然の出来事に警戒し、緊張してるらしく、少し震えているのが分かった。

「お母さん、大丈夫だよ。あの人はトウル国の王子様と聖獣の一角獣だから」

 安心させようと思って言ったんだけど、握る手の力が強くなったので、痛かったけど守ろうとしてもらえてる実感にとてもうれしくなる。


「姫君、ご母堂殿。警戒されなくともよい。我が名はクォンタムという。エイゴウを翔(かけ)るものだ」


 丁寧に一角獣が挨拶してくれたけど、ごめんなさい、何を言ってるのかわかりません。

 思わずお母さんと顔を見合わせる。

「クォンタム、もしかしてみんな引いてないかい?」

 私たちが返事を返さなかったためか、王子がちょっと呆れたような口調でそう言った。

 ずっと目を閉じたままなのが、とても気になる。


「姫は? そこにいるのか?」

「ああ、ご母堂殿と一緒だ」


「姫って誰?」

 お母さんが私にこっそり聞いてくる。

「わからないわ。もしかして、ほかにも見えない誰かがいるのかも?」

 ここまで不思議なことが続くと、見えないお姫様がいてもおかしくないと思えてくる。もしかしたらルビー王女も、なんらかの間違いでこちらに来てしまったのではないかしら?

 そう思って二人でキョロキョロ見回すけど、残念ながら他には誰も何も見えなかった。


 音もなく一角獣のクォンタムさんが、王子を連れて近づいて来る。クォンタムさんの角は、青や緑が複雑にまじった色合いで、今は月の光で輝いてる。

 それはうっとりするような美しさで、どこか宇宙から見た地球を思わせた。


「ローラ姫」

「姫って私ですか?」

 角に見とれていたところでクォンタムさんにそう呼ばれ、びっくりしすぎて声がひっくり返ってしまった。王子にくすくすと笑われてしまい、とてもはずかしい。

 でもでも、仕方がないわよね? 王子様達に姫と呼ばれるなら、ルビー王女とか、他の姉妹の王女様たち、もしくは他の王族や貴族の人のことだと思うもの。庶民の私を、いったいなんで姫なんて呼ぶと思うの? そんなこと、砂一粒分の可能性だって思いつかないわ。

 王子に笑われたはずかしさと戸惑いで、どこかに走って逃げたくなる。いえ、ここは日本。この場合穴を掘って埋まりたいかしら。ダメだわ、混乱しすぎてわからない。


「私たちはローラ姫の力をたどって、ここまで来たのだよ」

 クォンタムさんが、笑いを含んだ声でそう言った。

「いったい、どういう事でしょうか」

 もしかして、迎えに来てくれたってこと?

 舞宝は? 向こうに舞宝はいないの?

 いえ、そうだとしても、どうして王子自らが聖獣と一緒に私を迎えにくるのかがわからないわ。というか、今の王子、どう見てもクォンタムさんのおまけに見えるんだけど。

 クォンタムさんは何者なんだろう。王子が目をずっと閉じてるのはなぜ? まさか、ここへ来るために目に何か障害を負ったの? でも全然痛そうなそぶりもないから、やっぱり閉じているだけ?


 王子が目をつむってるのをいいことに、私はお母さんの陰からむさぼるようにその姿を見つめる。

 この方を、こんな間近に見る日なんてこの先絶対にないもの。


 少し乱れて額にかかる黒い髪や、意志の強そうな口許。私と同じ年のはずだけど、目をつぶっているとグッと大人っぽく見える。けど、笑った顔はお日様みたいに温かく優しそうだった。

 そんな少年ぽい笑顔とは裏腹に、簡易的な鎧から出ている腕は意外なほど筋肉質だし、思ったよりも背が高い。

 もう一度、この方の目を見てみたい。何色なんだろう。遠目にはその色まではわからなかったから。


「こやつの目が気になるか?」

 クォンタムさんが首をクイッとしゃくって、王子を示した。

「はい! 殿下の目は大丈夫なのですか?」

「心配はない。ここへ来るためにこやつが必要であったが、訳あってこの世界を見せるわけにはいかない。だから一時的に視力を封じているだけだ」

「じゃあ、元に戻るんですね?」

「左様」


 ホッとする。

 騎士であるナイト王子にとって、目が見えないのは致命的ではないかと思う。そうならなくて良かった。


 話がわきにそれたけど、とりあえず懸念の一つが解消されたので、おとなしく話の続きを聞くことにした。

 するとお母さんが、

「夜も遅いし、このまま外で話すのもなんだからうちで話しましょう」

 と言ったので、車で一緒に帰ることになった。

 ステーションワゴンの後部座席に王子と一角獣が乗ってるのは、なんとも不思議な光景だったけど、なぜか二人ともすごく楽しそうだったから良しとしよう。


 ◆◇◆◇◆


 うちは、ガレージの横からも玄関の土間に入れるつくりになっている。なのでクォンタムさんたちをご近所の方たちに見られる心配がないのはよかった。

 さすがに、外国人モデルみたいな鎧姿のイケメン騎士とユニコーンが一般家庭に入って行くのを見られたら、絶対何事かって思うわよね。

 あ、なんだか言葉が日本式になってきた気がする。

 舞宝に戻りかけてるのかしら?

 そう思って玄関の姿見を確認したけど、まだローラのままだった。



「むさくるしいところで申し訳ありませんが」

 玄関で王子にスリッパを出し、クォンタムさんにはどうするかお母さんが悩んでる。

 スリッパは無理だけど、足は拭いていただいたほうがいいかしら?

 多分、そんなことを考えてるようで、それだと失礼にならないか悩んでオロオロしているみたいだ。でもお母さん、王子の鎧のブーツだってすぐ脱げるものなのか、私もわからないよ。

 異世界とはいえ、王族だ。失礼のないようにって、どうしたらいいの?


「ご母堂殿、お気遣い召されるな」

 クォンタムさんはそう言うと「リィン・ルァッシュ」と早口に言った。

 一瞬にして王子の鎧姿がさらに軽装になる。ルビー王女が来ていたのとはまた違う、白い短衣のジャケットとパンツの、たぶんこれも騎士の制服なんだと思われる。

 一気に寛いだような雰囲気になった王子は、ちょっと心臓がどうにかなりそうな勢いでかっこよすぎて困ってしまうわ。お母さんも心なしか赤面してるし、王子が目をつぶってくれてて、本当によかったと思う。

 普段のままだったら破壊力がすごすぎて、きっと話を聞くどころじゃなかったって思うもの。


「ナイト、靴を脱いで一歩前に足を出せ。そこの室内履に履き替える。ご母堂殿、今のは清浄化の呪文なので、もう私たちに泥や汚れはついていない。このまま上がってもよろしいだろうか」

「あ、はい。ありがとうございます。どうぞ」


 クォンタムさん、なぜか日本の事情に通じている気がします。



 テーブルではクォンタムさんが困るだろうと、そのまま和室にお通ししたけど、たたみのお部屋に騎士とユニコーン。ますます不思議な光景だ。

 うちの光の下で初めて、王子の髪の色が黒ではなく、濃い青だと言うことに気がついた。


 もしここに美緒がいたら喜んだだろうな。

 美緒は動物が大好きだし(動物扱いは聖獣に失礼かしらん?)、イケメンアイドル大好きだから、この二人(?)を見たら、興奮してずっと悲鳴を上げている気がするわ。しかもナイト王子、そのへんのアイドルとは比べ物にならないくらい素敵だもの。

 写真を撮るのは……だめよね。

 これって、美緒を言い訳に自分がほしいと思ってるだけだもの。せっかく日本にいるのにな。


 クォンタムさんはゆったりと足をたたんで座り込み、座布団に座った王子は、目をつむったままなのに楽しそうにゆったりと微笑んでいる。

 もしかして、目を閉じてても何か見えるのかしら。

 でも笑ってる王子は、少し可愛くて、なんだか胸の奥がホカホカしてくるわ。


 二人の前に、お母さんが淹れてくれた紅茶を置く。けどこれ、クォンタムさんにはカフェオレボールのほうがよかったかしら。


「姫、ちょっとこっちに来てくれるかい」

 王子に呼ばれ、姫じゃないぃぃと泣きそうになりつつ、おずおずと側に座る。すると王子は手を伸ばし、まるで見えてるみたいに私の頬をなで、何か確認するようにそのまま親指で私の唇をスッとなで、髪をすき、肩や腕をなでた。

「あ、あの……?」

 心臓が止まりそうなので、やめてください。というか、もう破裂して止まるんじゃないだろうか。

「ケガはしていないようだね? 元気そうでよかった」

 もしかして、倒れたときのことを心配してくれてるのだろうか。

「はい、大丈夫です。……あの、さっきは助けてくれようとしてくれましたよね。ありがとうございます」

 あの必死になった顔は、幻ではなかったのよね?

「私は役に立ってはいないよ。隣にいた父君と男性が君を支えたからね」

 なぜか少し悔しそうに言う王子。それでも嬉しいです。


「いったい何が起こっているのでしょうか」

 お母さんも聞く準備ができたので、やっと本題に入ることになった。

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