第5話 祭りの再開と白の騎士再び
騎士の姿が見えなくなってから、一時間もしないうちに暗闇は消え去った。
パチッと切り替わるように、一瞬にして春終盤のあたたかな光が戻ってきて、みんなしばらく無言で周りを見渡した後、町が揺れるような歓声をあげた。
「なんだか、夢でも見てたみたいね」
ケイシィの言葉に頷く。
小さな子どもたちが走り回りながら
「白の騎士様たちが頑張ったんだね! すごいね! すごいね!」
と楽しそうな笑い声をあげている。
私は力が抜けてしまって、頭がぼーっとしていた。
「ローラ、眠いのか?」
ガイがそんな私に気づいたのか、かがんで私の目を見た。
「うん……。なんだか、安心して気が抜けたみたい」
時間的に、まだお昼を過ぎたばかりだよね。なのにとても眠くて、もしかしたら一瞬眠ってたかもしれない。
「さあ、仕切り直しましょう!!」
婦人部の誰かが、陽気に呼びかける声でハッとする。
料理に火を入れ始めたのか、食欲をそそるいい香りがしてきた。
「腹が減ったな。ローラ、何が食べたい? 持ってきてやるよ」
「⁈」
やっぱり今日のガイは変だわ!
いつもなら、逆に私に「持ってこいよ」とか言うところなのに。
ケイシィまで目を丸くしてるわよ。
「えっと、なにかスープがほしいかな?」
なにか裏があるのかな、それとも何か罠があるのかなと思いつつ、恐る恐る希望を言ってみると
「よし、スープだな」
と、ガイは機嫌よくスープをもらう行列に並びに行ってしまった。
「ケイシィ~、今日のガイ、なんだかこわいんだけど」
「えっと、そんなことないわよ。――うん。何かいいことがあったのかもしれないわよ?」
ケイシィが最初戸惑いながらも、途中で何か得心が言ったようにおおらかな笑顔で頷いた。
いいこと。なんだろう?
「ガイも大人になってきたってことだよ」
ジンが満面の笑顔でそう言うので、そういうものかな? と納得しようと頑張ってみる。
女の子に優しくなるのはいいことだしね。ガイもお年頃ってことかしらん。
でも、慣れなくてむずむずするのは仕方がないよね?
◇◆◇◆◇◆
そして結婚式は、突然の暗闇などなかったかのように、夜まで歌って踊って賑やかに行われる。結婚式と同時に、町の季節のお祭りでもあるからね。
途中、帰還する騎士団を見つけて、またみんなで手を振った。
よくは見えなかったけど、ふらふらしてるようにも見えなかったから、きっと無事なんだと思ってホッとする。
頑張ってくれて、ありがとう。感謝します。
気付いたら、お父さんが珍しく酔っぱらっていた。
「お父さん、ちょっと向こうの縁台のほうへ行こうか」
「ん……。んー」
これは私一人じゃ無理だと判断して、お父さんと一緒に飲んでいた、お父さんの友達のウッドさんに手伝ってもらいながら広場の隅に連れて行く。
ケイシィとジンは大勢の人に囲まれてるし、そうでなくても今日の主役なんだから呼ぶのは憚られる。チラリと見えたガイは、親戚のおば様かしら? いろんな年代の大勢の女性に囲まれているのが見えて大変そうなので、やっぱり呼べない。
普段のお父さんはお酒には強いはずなのに、一体どれだけ飲んだのかしら。
お父さんは私に気がつくと、ずーっと
「ローラぁ、お前は嫁にはいくなよお。お父さんの側にいればいいんだからなぁ」
と泣いてたので、適当に「はいはい」と答えておいた。
多分明日には忘れてるだろうけどね。というか、覚えてたらお父さん、しばらく落ち込みそう。
いつもは、寡黙で男らしい師匠で通ってるんだから。
「珍しくアルマンが酔っ払ってるな」
ウッドさんが苦笑いしてる。
「お母さんが亡くなってから、お父さん一人で、私たちを大切に育ててくれましたからね。ケイシィがお嫁に行っちゃうのが寂しいんですよ」
飲まないとやってられん、みたいなやつなんだと思う。
もっとも、ケイシィの新居はうちの三軒隣なんだけど。
でもやっぱり、お嫁に行っちゃうのは寂しいよね。朝起きても、すぐにケイシィのおはようを聞けないなんて。
う、やっぱり私もさみしい。
「ローラも綺麗に育ったから、アルマンも気が気じゃねえんだろ。ケイシィは息子みたいなやつの嫁になったからまだしも」
小さい頃から知っている欲目か、ウッドさんは昔から私のことも、ケイシィと同じくらい美人だと思ってるみたいに誉めてくれる。
「ありがとう、ウッドさん。でも私が結婚するなんて、まだまだずーっとずーっと先の話だわ」
初恋もまだなのに、結婚なんておとぎ話よりも非現実的よ。
「まずは、王子様を探すのが先か?」
ウッドさんが面白そうにゲラゲラ笑う。
「あんたたちの母親は、アルマンを王子様だって言って憚(はばか)らなかったし、ケイシィもジンしか見えてなかったからな。ローラもそろそろ、王子様って奴に出会えるんじゃないか?」
そうからかわれて、一瞬さっきの騎士の顔が思い浮かび、心臓が大きく脈打つ。ウッドさんにばれないよう心の中であわてて打ち消すけど、少し顔が熱くなった。
思い返せばあの人が、本当の意味で王子様の可能性があったなって思っただけよ。うん。
見とれるほどの男の子なんて珍しいから。ただそれだけよ。ね?
「王子なんていないぞー」
ウトウトしてたお父さんが一言叫んで、またコテンと寝てしまい、私とウッドさんは同時に笑い出してしまう。
なにこれ。お父さんが、可愛い。
「でも、お母さんの王子様はお父さんだったんでしょ?」
聞こえてないと思って小さな声で言ってみたら、酔っぱらって赤くなってたお父さんが、さらに首まで真っ赤になってしまった。
聞こえていたらしい。からかいすぎたかな?
次々話しかけてくる友人や親戚の相手を、眠ってしまった父の分までしているうちにすっかり夜の帳が下りた。紺色の夜空には二つの月が煌々と光りだす。今日はどちらの月も満月だ。
小さな子供とその母親は家に戻りだし、もう少ししたら新郎新婦も退場する。でも宴は夜半過ぎまで続く。祭りはこれからだ! と、さらに盛り上がりを見せていくのはここからなんだよね。
広場の南にある半円形の舞台で、役者たちが上演する劇の準備をしているのが見える。
「今日の演目は、『水辺の舞姫と烈火の騎士』でしょう?」
叔母のステラが、乙女のように頬を染め、うっとりした顔でそう言った。
今日の演目は、たしかにその舞姫と騎士の恋物語だったはず。
「ケイシィも見たがっていたわ」
でも、新郎新婦は、夜の部が始まる前に退場するのがお約束だから、とても残念がっていたっけ。
それは、国一番の美丈夫と謳われる王に見初められた舞姫が、実は騎士と恋仲で、禁断の愛に苦しみながら騎士と別れ、王と結ばれる恋の物語。私はあまり好きではないんだけど、女性には年代問わず絶大な人気がある。
「でもねぇ、二人の男性に愛されても、舞姫が好きなのはその片方の騎士だけでしょう。なのにそちらとは結ばれないとか、どこが素敵なのか私にはさっぱり理解できないわ。しかも王様と結婚して子供も生まれるのに、舞姫は死ぬまで騎士を愛し続けたから、神様が最後にご褒美をくれるじゃない。さすがに王様がかわいそうだと私は思うんだけど」
ちびちびエールをなめながら、顔をしかめて私が言うと、叔母たちはくすくすと笑いだした。
「あなたも恋をすれば、この話の魅力がわかるわよ」
「そうそう。たとえ愛されなくても、心から舞姫を愛し続ける王様も、素敵なのよー」
そうかしら?
どうせなら、舞姫がどちらの男性が好きか迷ってる話くらいのほうが、いっそ面白いと思うわ。その上で選択したなら、振られたほうもサッパリするんじゃないかしら。
たぶんこんなこと言ったら、子ども扱いされるのがおちだから、黙ってるけど。
二つの満月を見上げる。
お話によれば、この月は死んだあとの舞姫と騎士を神様が変えたものらしい。小さな青い月が水辺の舞姫で、赤みがかった大きな月が烈火の騎士と言われている。
死んだあとも、いつも同じ空にいられるのが素敵なんだって。
死後、月になった二人を見上げる王様や子供たちは、そのことをどう思ったんだろうね?
やっぱり素敵さなんてわからないわ。
月を見ながら、さっきの暗闇を思い出す。
ここでは、普段月明かりがない夜なんてないから、あんなに真っ暗になるなんて、二度と経験したくないなと思う。
結局あれがなんだったのか、私たちが知る機会はくるのかしら?
そんなことを考えていると、また天馬が空を翔けてくるのが見えた。昼間に比べて今度はかなり少ない。えっと、五騎、かな?
「ねえ、また騎士が来たみたい。さっきの現象についてかしら?」
私が天を指さすと、周りが次々に空を見上げた。
皆ここへ着陸する可能性を考えたのか、広場の中央付近にいた人たちは、さっきよりも広く着陸場をつくるため、大急ぎで場所を移動し始める。
私は端にいたのでそのまま見上げていたんだけど、不思議なことに気が付いた。天馬のうち、一体に
え? あれ、どうやって飛んでるの?
「あれは、一角獣じゃないか?」
ウッドさんが目をすがめながらそう言った。
「一角獣って、おとぎ話のですか?」
「数が極端に少ない希少聖獣というだけで、おとぎ話の生き物ではないんだよ」
へえ、ウッドさんて物知り。
ちなみに魔獣の中でも、とくに魔力が大きく、王族とともにいる魔獣を聖獣というんだそうだ。
「だが、なぜここに向かってるんだ?」
「さっきの現象に関係してるのか?」
むくっと体を起こしたお父さんが、ボソッとそう言った。眠っていたおかげか、もう酔いがすっかりさめたような顔をしている。
四騎の騎士と一角獣は、果たして広場の真ん中に降り立った。
天馬の羽根で、昼間の時より強い風がフワンッと広場を渦巻く。
ちらりと見えた一角獣は、思ったよりもずっと小さかった。天馬の半分もない大きさで、遠目には大型犬くらいの大きさに見える。耳の間に一本の角が生えていて、本当に一角獣なんだと感動してしまうけど、なんでここにいるのかはさっぱりわからない。
皆が跪いて軽く頭を下げると、いそいそと町長が騎士に挨拶に行く。
さすがに町長も、一日二回も騎士に挨拶するとは思わなかったでしょうね。
挨拶のあと、騎士の一人が顔をあげなさいと言うので、皆恐る恐る従う。
そこで、騎士の一人が女性であることに初めて気がついた。
真っ直ぐな、燃えるような赤い髪の女性は、もしかしなくても第二王女殿下ではないかしら。涼やかな目元のきりっとした美人で、今は何か楽し気に周りを見渡している。あれが第二王女殿下なら今十七才のはずだけど、とても大人っぽい雰囲気で、ロングコートのような白い騎士の制服がよく似合っている。同性なのに、見ているとドギマギしてしまうわ。
その隣に立つのは昼間の若い騎士だ。こちらは鎧姿だけど、兜もかぶってないし、昼間よりは少し軽装に見えた。
そして彼に寄り添うように立つ一角獣。やっぱり最初の印象通り、大きな猟犬みたいな感じ。立っていても頭が少年の胃の当たりまでしかない。
そして二人と一頭を挟むように、二十代と思われる筋骨たくましい青年騎士と、四十代くらいの、こちらは騎士というより文官風の男性が、やっぱり少し軽装に見える鎧姿で立っていた。
「今日は、この地の力のお陰で助かった。礼を言う」
少年騎士の言葉に、皆戸惑い、静かにざわめく。
彼は、自分が第三王子・ナイト=ザン=タルス=トウルだと明かし、やはり隣にいるのが姉の第二王女・ルビー=コウ=トウルだと明かした。王族が二人も降り立ったことで、広場のざわめきが大きくなる。
「力って何かしら?」
彼らが王族であることより、私はそっちのほうが気になってしまう。王女たちまで距離があるせいか、どこかテレビを見ているような非現実感があったのだ。
「おそらく、ちょうど結婚式で祈りの舞があったから、その力の影響があったってことじゃないか?」
こっそりウッドさんが教えてくれ、そんな効果もあるのかと感心した。
この町が役に立ったなら嬉しいわ。
そんなことを呑気に考えていると、続いて少年騎士ことナイト王子は特大の爆弾を投下したのだ!
「加護に感謝します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます