第4話 イザーナの怒りと白の騎士

 誰かの叫び声に、落ち着きを取り戻し始めていた場がまたざわめき始めた。


 イザーナは気まぐれな火の女神で、東にある火の山の名前だ。

 その怒りの象徴のように、ビリビリとした激しい光の矢が、何本も空へ登っていくのが見えた。

 それは今まで見たことがない光景だった。

 遠い空に走る電光は、美しく、恐ろしく、目をそらすことが出来ない。


 イザーナまでは徒歩でも五日はかかる。

 なので火を噴いたとしてもすぐ逃げる必要はない。でもこんな暗闇で、縦に電光が走る光景なんて見たことがない。あれは本当にイザーナの怒りなのだろうか。


「まるで竜が天に登っているみたいだな」

 そう言うルドの言葉に私も頷く。

 この世界でも竜は架空の生き物のひとつだけど、あれは本当に竜が空を切り裂こうとしているみたいで怖くなる。


 一体何が起こってるんだろう。

 今日は、ケイシィの幸福な門出だったのに。

 とても幸せな一日のはずだったのに。

 なんでこんなことが起こるの?


「なんで……」


 一瞬、言い様のない不安と悲しみに襲われそうになったけど、ぐっと抑えこむ。今は、私が泣いていいところじゃない。


「ローラ! ケイシィのそばに行くぞ」

 ガイにそう言われ頷く。

「ルド、ありがとう」

 お礼を言って、握りっぱなしだった手の甲を優しくたたいて離すと、私とガイはケイシィを探すためその場を離れた。

 私より、ケイシィのほうが呆然としているはずだ。

 側にいかなくちゃ。



 ケイシィは、ジンやほかの新郎新婦と一緒にいた。

 他の花嫁さんが動揺して泣き出すのを慰めているのが見える。取り乱すどころか、たおやかなその姿に、さすが自慢の姉! と私の胸は誇らしさでいっぱいになった。


「泣かないで。大丈夫よ、ティア」

「でもでも、結婚式のさなかにこんなことが起こるなんて不吉だわ!」

「それは、女神さまが焼きもちを焼くくらい、私たちが幸せだに見えるってことでしょう?」

 イザーナは嫉妬の神でもあるのだ。


 ケイシィのやわらかな声と、それぞれの伴侶に慰められ、癇癪を起していたティアとリリスが落ち着きを取り戻していく。


「そうよ、お姉さま方」

 私は努めて明るく皆に声をかけた。

「こんなに美しい花嫁が、素敵な旦那様と一緒にいる姿を見たら、誰だって焼きもちの一つくらいやくわよ」


 そして、三組の新郎新婦に、どれだけあなたたちが素敵であるかを延々語って聞かせる。本心なので、ここぞとばかりに語りつくす私に、なぜかジンがクツクツと肩を震わせ出した。

 なぜそこで笑うかな?


 でも心からの称賛は花嫁さんたちに届いたようで、ティアもリリスも恥ずかしそうにそれぞれの伴侶に寄り添い、ケイシィも「ローラったら」と恥ずかしそうに笑いながら、笑ってるジンを見上げる。


 ホッとしてガイを見ると、ガシッと肩を抱かれ、「よくやった」と耳元でささやかれた。

 あら、珍しく褒められたわ。

 それはそれで気分がいいけど、くすぐったいから耳のそばで囁くのはやめてほしい。


 ガイの腕からするりと抜けると、ケイシィの後ろのテーブルの上にあったシャシャを腕につける。シャシャは舞うときにつける装具の一種で、細い金属で編まれ、小さな鈴と細い棒がいくつもついた腕輪。踊るとシャランと美しい音を出す。


「ねえガイ。歌って!」

「わかった」


 ガイも、そばにあった金属の輪がたくさんついた錫杖を持ち、地面にカシャンと打ち付ける。私とガイは錫杖とシャシャで拍子をとると、ガイは祝いの歌を歌いだした。


 ガイの歌声は、決して大きな声ではないのに甘く遠くまで通る歌声で、波紋がゆっくり広がるように、広場のざわめきが徐々におさまっていった。


 シャラン・・・


 私は天に向かって両手を上げ、シャシャを鳴らし、天を抱きしめるように腕を交差した。


 ガイの歌、私の舞。

 それはただの祈り。


 あなたたちの未来に幸多からんことを、心から願って……


 その祈りを聞いた周りの人も、次々と歌と舞に参加し始めた。

 新郎新婦を囲んで、ただ歌い、舞い、祈る。


 ふと目の端に何か映り、踊りながらに視線だけ空へ移すと、何かが複数こちらに向かってくるのが見える。

 歌が終わる頃には、その姿が何となく確認できるところまで近づいていた。


「王室の白の騎士団だわ」


 誰かがいち早く確認していったけど、実際その通りだった。

「よかった。これで怒りが静まる」

 人々が安堵したように口々にそう言った。


 これは、王家の大きな仕事の一つが神の力を鎮めることだからだ。


 白の騎士団は、その名の通り白い鎧が特徴の騎士団で、今は確か、第二王女と第三王子の二人が所属していたはず。


 騎士が乗るのは空を翔る天馬だ。

 大抵の騎士の天馬には、大きな角と大きな翼がついている。魔獣には必ず角があるのが特徴で、その魔力によって大きさや形が違うのよ。

 舞宝が幼稚園の時、動物園で立派な角の鹿を見たことがあるんだけど、あの鹿がこの国にいたら、さぞ魔力が多い魔獣だと思う。


 その中から一騎、伝令のためかこちらに降りてくるのが見え、私たちは広場の中心をあけた。

 明かりを持っている人たちが、着陸地点がわかるよう、とっさに等間隔で輪を作っていた。


 ふわっと風がまい、美しい黒い天馬が広場の中央に降り立つ。初めて間近に見た天馬はうっすらと二本の角が光ってて、艶々の毛並みで、こんな事態じゃなかったらずっと眺めていたいくらい綺麗だった。

 とはいえ、さすがに失礼にあたらないよう、すぐに膝をついて頭を下げてしまったから、ほんの一瞬かしか見られなかったんだけどね。


 町長が代表して騎士の対応にあたる。

 たまたまここに町長がいて良かったと、多分みんな思ってるはずね。

 私だったら騎士なんて縁が無さすぎて、失礼のないよう対応できる自信なんてないもの。


 町長が挨拶をすると、それに応える騎士は、不思議なほどやわらかな声の持ち主だった。

 その声を聞くだけで安心できる。そんな感じ。

 王族だか貴族だかわからないけど、声ひとつで安心させるとか、すごい。


「原因はわからないが、この闇はイザーナの怒りではないと思われる。避難の必要はないと思うが、念のため住人はできるだけ一か所に固まり、不測の事態が起きたときは西へ向かえるよう準備しておいてくれ」

「承知いたしました」


 そこでなぜかふっと笑う気配を感じ、そっと顔をあげると、その騎士が回りをくるっと見回していた。


「ここは、いい町だな。清涼な力に溢れている」

「は?」


 町長が戸惑っていると、そこに視線を戻しかけた騎士とバッチリ目が合ってしまい、あわてて頭を下げ直す。

 子供みたいなことしちゃった。怒られたらどうしよう?


 あせる私をよそに、騎士は一言

「力を借りる!」

 と言い置いて、再び飛び立ってしまった。

 はあ、びっくりした。



 騎士団がきれいなV字編隊でイザーナへ向かっていくのを、みんなが手を振って見送っている。

 力の意味はわからなかったけど、町を誉められたこと、そんなに大変な事態では無さそうなことに、みんな気持ちが軽くなったんだと思う。


 でも私は、ずっとお腹の底にもやもやとした不安が残っていた。


「見たこともない現象でも、騎士団には知識が伝わってるのかしら……」

「大丈夫だろう。白の騎士団には王族が二人もいるんだ」

「うん……そうだよね……」


 この国では、神の怒りを鎮めるのは王族の役目であって、それが常識。

 もちろん騎士団は王族だけではなく、魔獣の扱いに長けている人がなるものだけど、それはやっぱりほとんど間違いなく貴族だ。


 でも舞宝の感覚でいうと、騎士団は天災のときに救助に駆け付ける、レスキュー隊とか自衛隊みたいなんだろうなって感じなのよ。

 王族や貴族が国民を守るためにいるというのは、ぼんやり覚えている地球の歴史で考えてみると、とてもありがたい国だと思う。


 王族や貴族は、魔獣の魔力を扱える力があるってことだけで、有無を言わせずその役割になるのかな。志願制なのかな。どっちなんだろう?

 この町から騎士になった人がいるって話は聞いたことがないけど、庶民からでも騎士になった人はいるって習った気はする。その時は興味なくて流しちゃったけど。

 あとで町長か、だれか先生にでも聞いてみようかな。



 ふと、さっき一瞬目があった騎士の顔が思い浮かんだ。

 私と同じ年頃の男の子だった。

 あんな若いのにもう騎士として仕事をしてるなんて、騎士っていくつからなるものなんだろう?

 若いけど堂々としてて、なのに優しそうな柔らかな声だった。ふと笑った顔立ちは柔らかく、それでいて彫刻のように整った美丈夫だったな。


 ほんの一瞬見ただけなのに、胸に深く刻み込まれたことに気づいて戸惑ってしまう。


 初めて見た騎士は、印象が強いわ。

 これも、ある意味制服効果ってやつかしら? いや、鎧効果?

 パッと見ただけだけど、白い鎧に、マントと前掛けが黒っぽい青なのが特長になってて、確かにあれはかっこよかった。

 だから……


「どうかご無事でありますように」

 あの若い騎士たちが、傷ひとつ負わずに帰ることができますように。

 どうか、あの美しさが損なわれませんように。


 祈りを閉じ込めるように手のひらをあわせ、すっと天に伸ばして祈る。


 遠くに点のようになった騎士団が、雷光の中で微かに光った気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る