第3話 結婚式
広場には、すでに大勢の親戚や友人が集まっていた。
たくさんの屋台が出ているし、婦人会の方々も祝いの料理の支度をしていて、あちこちからとてもいい匂いがしている。
広場は円形で、かなり広い。舞宝が通う高校の校庭よりもずっと広いくらい。
地面には幾何学模様にレンガが敷き詰められ、中央を空けるように椅子やテーブルなどが並んでいる。この空いているところで、式や祝いの舞が行われるのだ。
今はまだ、座っているのはお年を召した方たちくらいで、みんな思い思いに新郎新婦に祝福の言葉をかけている。
花嫁さん達はみんな綺麗だった。
それぞれ丁寧に祈りが込められた花嫁衣装を着て、大好きな人の隣に立って目をキラキラさせてる姿は、ものすごく目の保養(もちろん一番綺麗なのはケイシィだけどね)!
そのまわりにお祝いに集まった色々な年齢の女性たちがいるけど、お祝い事だしお祭りだしで、みんなめかしこんでて楽しそうで可愛くて、はああ、眼福。
「お前、ほんとに女しか目に入ってないのな?」
ガイが呆れたように言うので、ガイも誉められたいのかなぁと思い、女の子ウォッチングを続けつつ、
「ガイもかっこいいわよ?」
とリップサービスしておいた。
別にあんたはたくさんの女の子たちに誉められるだろうに、何が不服なのかしらね? 世の中、可愛いは正義なのよ。知らないの?
ん? これは日本の話だっけ? ま、どっちでもいいか。
「お前、まったく俺を見てないだろうが」
んもう、わがままだな。
さっき見たじゃないと思いつつ、仕方なくガイに向き直って、上から下、下から上と二往復きちんと見る。
慶事なので、ガイはいつもの見習い服ではなく、正式な制服を身にまとっている。
こういう制服って、本人の魅力を倍増させるものね。彼の性格を知らなかったら、私もあそこのギャラリーに紛れてキャッキャしてたかも?
そう思える程度には、黙って立ってるガイはかっこよく見えるから不思議。あくまで黙ってれば、なのが惜しいわ。
そして、そんなガイをうっとり見ている女の子たちは確かに可愛い。ほんとにかわいい。それがガイの恋人なら尚更そうなるだろうな。
「うん。いつかガイの隣に立つ女の子も、可愛いに決まってるわね」
「なんだ、それ」
誉められたのが自分ではないからか、ガイがすっとんきょうな声をあげた。
「女の子はね、年齢に関係なく、愛し合ってる男性の隣に立つと最高に綺麗で可愛いの。そんな可愛い女性に愛されて、その隣に立つ男性はもちろん、最高に素敵に決まってるでしょう? ジンたちを見てよ」
ジンをはじめとする花婿さんたちも、今日はとても最高に素敵だ。
「だからガイも結婚するときは、もっと素敵になるわよ」
その乱暴さは改めた方がいいと思うけどね、とは、今日は口に出さないでおく。
私はガイの未来の花嫁さんに思いを馳せた。
幼馴染みのお嫁さんか。どんな人かな。
つい、彼を遠くから見ている女の子たちに視線を走らせる。あの中の誰かかもしれないし、これから出会うのかもしれないわね。
一人の女性しか見えなくなるガイか。まったく想像できない分、ちょっと楽しみかもしれない。
私がそんなことを考えている間、ガイは、なぜかしばらくポカンとしていた。最初顔が微かに赤くなったかと思うと、次にスッと青くなったりして、口を金魚みたいにパクパクさせて何か言いかける。なので私が首を傾げつつ、何を言うのかなぁと、そのまましばらく見てると、ガイはなぜか脱力したようにガクッと頭を垂れてしまった。
こんなにハッキリしないガイは珍しい。彼の中で一体何があったのかしら。
どうしたのかと聞こうと思ったとき、広場に町長がやって来るのが見えた。その腕にはキャウという小型の魔獣が抱きかかえられている。見た目は小さな角があるチワワって感じ。
この世界で魔力を持っているのは魔獣だけだ。人間に魔力はない。そのかわり、魔獣の魔力を引き出せる人間がいるだけ。でもその個人差はかなり大きくて、庶民だと腕に抱えられる程度の魔獣を扱うのがせいぜいって感じ。例えば火を着けたり、灯りをとったりといった、生活のための力を魔獣を使って行うの。
町長がキャウを連れてきたのは、結婚の祝福のためだ。町長は結婚式を取り仕切る役目を担っているので、彼の入場を合図に、みんなそれぞれの場所に収まった。
青年団の演奏する音楽が流れる。
その調べにのって、三組の新郎新婦が広場の中央にスルスルと移動し、中央に立つ町長の前でひざまずいた。
町長が祝詞を旋律に乗せ歌いだす。その美しいバリトンの調べに乗って、頭上にやわらかな光の塊が現れると、そこからフワフワとした綿毛のような光が生まれ、それぞれのカップルに降り注がれる。
歌の終了と共に綿毛の光はそれぞれの新郎新婦をふんわりと包み込み、一度優しく強く光って霧散した。
これで結婚成立だ。
それは、何度見ても幻想的で美しく、あちこちから感嘆の声があがった。
町長がキャウを一撫でして、改めて三組の夫婦に祝福の言葉を述べて中央から退場すると、演奏曲が変わった。それを合図に今度は新郎新婦のダンスが始まる。
それを見ながら、子供の頃の私は、ケイシィは伝説の聖なる舞姫だと思ってたことを思い出していた。
神殿の壁画で見た、艶やかな黒髪が美しい舞姫の絵とケイシィがなんとなく似ていたので、多分そう思い込んだんだと思う。
「子供の頃、お前、ケイシィにどこにも行かないでって大泣きしてたよな」
ガイも同じことを思い出したのか、私を見てニヤリと笑った。
聖なる舞姫は、王家に嫁ぐことがほとんどらしい。
舞姫は血縁は関係なく現れるとかで、いつ、どこで、誰の娘として生まれるのか。その何一つとして誰にも分らないし、調べる方法もないって聞いたことがある。その力も突然現れるそうだ。
加護の力を与えられる舞姫は貴重な国の宝だから、現れると王家から迎えに来る。そして大切に王家に保護されることから、自然に王子様と結婚することが多いんだろうと今はわかる。それは、国の多くの女の子たちの憧れなんだよね。
でも壁画を見たばかりの私は、ケイシィは絶対に聖なる舞姫だと思い込んでしまって、もし王家に嫁いじゃったら、ケイシィに二度と会えないんじゃないかと想像を膨らませ、一人不安で混乱した。
そして、そんなことは決まってもいないのに、ケイシィにすがり付いて「行かないで」と大泣きし、訳がわからない回りの人たちを心配させたのだ。ああ、恥ずかしい。
「変なこと覚えてるわね」
ほんのり頬が熱くなる。
これだから幼なじみってやつは。
「突然、ケイシィお嫁に行かないで! だったからな。今は? まだそう思う?」
いたずらっぽい顔でガイが聞いてくる。
「思うわけないでしょ。相手はジンよ? すごく嬉しいに決まってる」
そりゃ、少しはさみしいけど。
――あの日泣きじゃくる私に、根気よく付き合って理由を聞いてくれたのはジンだ。
我ながら支離滅裂な言い分を、ジンはよく解読してくれたものだと思う。
夢の話を聞いて、私をぶったこいつとは大違いだ。
「でもジンは、ケイシィのものだからな?」
「当たり前じゃない」
ほんと、今日はガイの言うことはよくわからない。
いや、いつもかしら?
「確かに私も、小さな頃からジンのことは大好きよ。私にとっては、血は繋がってなくてもジンのことをお兄ちゃんだって思ってたんだもの。ケイシィの夢が叶ったと同時に、私の夢も叶ったの。本当に幸せ」
心からそう言ったのに、なんで微妙な顔するのかな? そりゃ、ジンと同じようにガイのことを兄と思えるかと聞かれたら、それは無理、としか答えられないけどね。お兄ちゃんにするなら優しい人がいいわよ、絶対。
このお披露目のダンスが終わったら、私たち参列者の祝いの舞になる。
曲が変わり、次々と参列者がダンスに加わり、新郎新婦を中心に、女性たちのドレスがふわりふわりと花開く。
トウル国では、音楽と歌と舞は生活に欠かせない。
冠婚葬祭はすべてそうだし、ちょっとしたことでも歌や踊りが始まる。
結婚式で踊られるのは、輪を作ってパートナーを変えながら踊る、地球で言うフォークダンスね。日本の学校で踊るものよりも複雑なものだけど、本場のフォークダンスならすごく似てると思う。
私は最初ガイと踊り、どんどんパートナーを変えて三曲踊った。
そして、このあとはお料理を食べたり、また歌ったり踊ったりして過ごす……はずだった。
ふと、微かに地響きのようなものが聞こえた気がして、私はその時のパートナーだったルドの手を握ったまま、ゆっくり踊りを止めた。彼も怪訝そうにキョロキョロしている。
すると突然、何の前触れもなく、誰かがフッと太陽の明かりを吹き消したかのように、突然世界が暗くなったのだ!
文字通りの暗闇で、すぐ目の前さえ見えない。
あちこちから悲鳴や、突然の闇に驚いた子供たちの泣き声や名前を呼ぶ声が聞こえる。
「こっちにおいで」
不安にならないようにか、ルドが私を自分に引き寄せる。彼がそばにいることを示してくれるおかげで、びっくりはしたものの怖くはなかったのでありがたかった。
町長はじめ、魔獣を連れてた何人かが明かりをつける呪文を唱えると、ぽつぽつと小さな明かりがつき、広場はなんとか人の顔が判別できる程度の明るさになった。
「いったい何かしら」
私の隣にいたローズが、いつのまにか近くにいたらしいガイの二の腕に触れながら、周りをキョロキョロ見ている。
私はまず空を見上げた。最初に日食を考えたのだ。
最近舞宝が見た写真に、地球に穴が開いたような黒い影のあるものがあったんだけど、それは皆既日食を宇宙から見た写真だったんだよね。
太陽の光が遮られた部分があんなに黒いなんて! とびっくりしたから、あの黒い部分は夜みたいに暗かったんだと思う。なので瞬間的に日食を思い出したんだけど、世界が違うとはいえ、そもそもこんなに一瞬で暗くなるなんてありえないよね。
その時、東のほうに、鋭い光が縦に走るのが見えた。
「イザーナの怒りだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます