第2話 姉の結婚式の準備
「ケイシィ、とても綺麗だわ!」
私は胸の前で手を組んで感動にうち震えていた。
もう、スッゴク自慢のお姉ちゃん!
豊かに波打つ長い黒髪はいつも以上につややかに輝いているし、白い肌も、私と同じらしい紺色の目も、今は幸せいっぱいにキラキラ輝いている。
その彼女の華奢な体を包む花嫁衣装は、私の渾身(こんしん)の作だ。ミシンはないから勿論すべて手縫い!
伝統の黒いドレスだけど、ひそかに舞宝がテレビで見た地球風にアレンジしてるので、自分でいうのもなんだけど相当あか抜けてる!
何度も何度も試着してもらいながら、丁寧に心を込めて作り上げたドレスを着たケイシィは、このまま王都で舞踏会に出ても羨望の的間違いなしの美しさで、私はその姿をこの目に焼き付けんばかりに見つめ続けた。
ああ、写真に撮りたい! 動画を撮りたい!
心の底からスマホかカメラが欲しい!
日本から持ってこられないかしら?
髪は、幼なじみでケイシィと同じ髪結い師の友だち、リタがお祝いの
ケイシィの照れた笑顔のなんと可愛いこと。
このまま嫁になんか出さずに、どこかに閉じ込めてしまいたいわ。
シスコンの自覚はある! あるけど、この国ではそんな言葉は誰も知らないからいいのよ。ふふん。
「あとは、ジンに髪飾りをさしてもらえば完璧ね」
リタも満足げに頷きながらそう言った。
ジンはケイシィの結婚相手。
見た目だけで言えば、美女と熊のぬいぐるみ? (この国にぬいぐるみなんてものはないけど)
ジンはほんわりした雰囲気の優しいお兄さん。体は縦にも横にも大きく、ほわほわした明るい茶髪に、いつも笑ってるみたいな細い目が、彼の優しい性格を現しているみたいに見える。私より七才年上。
この人が、あの乱暴なガイのお兄ちゃんだなんて信じられないよねえ。
ケイシィは小さい頃からジンにベタぼれだったらしい。
「油断してたら、他の綺麗な人にとられちゃう!」とケイシィが本気で心配してたのには、私も含め周りの人は、ただただ生暖かい眼差しを送ることしかできなかった。
それを心配してるのはむしろジンの方じゃないかなあ? ってね。
お互いがお互いしか見えていないこの二人は、私の憧れだ。
この国の男性が結婚する年齢は、大体二十五から三十才だから、今二十二才のジンの結婚は周りより早めだったりする。
この国では、男の人は自分の親と仕事の親方、どちらかの許可が出ないと結婚できない。家族を養えないものは妻を
ジンは長いこと努力してきて、すでに一人前の立派な家具職人さんだから、ケイシィは長年の夢だったジンのお嫁さんにこんなに早くなることができる。そのことに、私はとても感謝している。
私を生んでまもなく亡くなったお母さんも、ケイシィの幸せな花嫁姿を喜んでいると思うわ。
お父さんは朝、ひそかに涙目だったけどね。隠しててもバレバレだったけど、そもそも許可を出したジンの師匠がお父さん自身なんだから、仕方がないわよね。
「ジン、入っていいわよ」
部屋の外で待っていたジンを呼ぶと、ジンは入り口に立ったままボーッとしてなかなか中に入ってこない。
そんな様子を見てケイシィは可愛らしく首をかしげたけど、私は心の中で快哉を叫んだ。
これこれ、この反応を見たかったのよ!
私のお姉ちゃんきれいでしょ? 見とれちゃうでしょ? こんな綺麗なお嫁さんでジンは幸せものよ。
リタも、ついにやけそうになるのを我慢してるような顔で、花嫁に最後の仕上げをするようジンを促した。
「ケイシィ、綺麗だ……」
ギクシャクと近づいてきたジンが少しかすれた声でそう言うと、ケイシィは真っ赤になってうつむいてしまった。
ジンはケイシィの髪にそっと触れ、髪飾りをそっとさす。
髪飾りはジンが作ったもので、日本で言うところの結婚指輪みたいな感じかな。
夫になる人が妻になる人のために、願いを込めた印を髪飾りに刻み込むの。
形はかんざしのときもあるし、くしのときもある。
そのあたりは好みの問題。大切なのは印の方だからね。
かわりにケイシィは、同じく印の刺繍を施したネッカーチーフをジンの首に巻く。
これで二人の装いは完成だ。
◇◆◇◆◇◆
外に出ると、雲ひとつない抜けるような青空が広がっていた。
結婚式は広場で行われる。
ここでは季節ごとに二連休があるんだけど、この町ではその時に合同で結婚式をあげるのが普通で、今日はケイシィたち以外にも二組が結婚する。
その広場まで手を繋いで歩くケイシィたちの後ろを、リタとリタの旦那様、私となぜかガイが並んで歩く。
私に相手がいないから、ガイも私に付き合って他の誰もエスコートしないのだろうと思うと、ちょっぴり申し訳ない。
チラリと隣を歩くガイを見て、心の中で今日参列してくれる女の子たちに謝った。
ガイが女の子に人気があるのは知っている。
短くした濃い茶色の髪と、同じ色の目をしたガイは、見た目はジンに全然似ていない。
背が高いのは同じだけど、今十七才で保安隊(警察と消防士をあわせたみたいなものね)見習いのガイは、服の上からでも十代なりの線の細さを残しつつ、その鍛えた肉体がわかるくらい逞しい。なのになぜかスラリとした印象を与えるし、客観的に見れば、かなり精悍な美男子だ。
歩き出すときガイが腕を出してきたので、マナー的に仕方なく腕を組んでエスコートされてるけど、今日のガイはかなり機嫌がいいらしい。
さすがに兄弟の結婚式は嬉しいのかしら。
そんなことを考えていると、ガイがこちらを見て少し目を細めた。それはいつもの意地悪な感じじゃなく妙に優しくて、思わず目をぱちくりしてしまう。
何これ、幻?
「ケイシィの花嫁衣装は、お前が
なんだ、ケイシィに見とれてご機嫌だったのか!
それに気づいて嬉しくなった私は、ニコニコしながらドレスについて熱く語ったんだけど、珍しくガイはそれを止めることなく聞いてくれた。
「すごいな。自分の時もローラが作るんだろ?」
ガイに当たり前のように言われて、思わず首を傾げる。
「うーん、自分が花嫁衣装を着るところなんて、全然想像もできないわ。そもそも私、誰かのお嫁さんになる日なんて来るのかしら?」
ついつい本音を漏らしてしまったら、突然ガイにデコピンされた! 痛い~。
組んでた腕を離して、おでこをおさえる。
私としたことが、ガイに本音を漏らすとは、なんたる失態!
そうよ、こいつはこういう奴だったわ。
優しく見えたのはやっぱり幻だったのよ!
涙目で睨むと、ガイの方はなぜか少し唇を尖らせて、軽くにらみ返されてしまう。
そして、乱暴にまた腕を組まされてしまった。
そうね、お祝い事だから喧嘩はダメよね。
これはお互い大人になろうってことよね。
そうは思っても納得がいかなくて、組んだ腕の内側をキュッとつねる。
「いてっ」
「さっきのお返し」
回りに聞こえないよう上目でにらみつつ小声で応酬すると、なぜかガイはまた機嫌よさそうにクツクツと笑った。
こわい。今日のガイ、なんか恐いんですけどー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます