月光の舞姫と白の騎士 ~異なる世界と私と私~

相内充希

第1話 ローラと舞宝(まほ)

 毎晩のように見るそれを、小さな頃は夢だと思っていた。

 だってそこは、ここ・・とは全然違う世界だったんだもの。


 ◇◆◇◆◇◆


――十二歳・ローラ


 私はスーシャ町のローラという。

 十二歳になったばかりで、お父さんとお姉ちゃんのケイシィと三人で暮らしている。お母さんは私を産んですぐに亡くなったそうだ。

 でも夢の中の私は小池舞宝まほという名前で、お父さんとお母さん、それから妹がいる四人家族なのだ。

 ちなみに小池が名字。

 繰り返すけど名字よ、名字! ごく普通の庶民なのに名字があるの!

 でも舞宝の世界ではそれが普通なのだ。


 夜でもとても明るいおうちとか、テレビとか、電話とか学校とか。とにかく舞宝が住む日本って国は、科学とかいう名前の魔法にあふれた世界なの!

 そんな街並みも人も生活も全然違う国のことを、私はずっと夢に見ていたんだよね。

 しかも夢の中の舞宝わたしはとても美人なのよ! ふふん。


 スーシャ町……というかこのトウル国では、肌の色は白く、髪と目の色が濃いというのが美人の絶対条件だ。だからローラとしては舞宝の真っ黒の髪や濃い茶色の目、日に焼けてない白い肌がうらやましくて仕方がない。

「なのに舞宝のほうは、三つ編みも難しいくらい髪がつるつるだから困るだなんて、すっごく贅沢なこと言ってるのよねぇ」

 よく映る日本の鏡で見る舞宝を思い出し、自分ローラのふわふわくるくるの淡い色合いの金髪をつまみ上げる。これが舞宝と同じ色になるなら、どんなに素敵かしらって思うのに。


 でもそれは、だれにも内緒の話。


 だってひどいのよ? 私が五歳くらいの時だったかしら。何かの拍子にこのことを、よりにもよって意地悪な幼馴染にぽろっと話してしまったことがあるの。

 夢の中では、舞宝が四歳の時に妹が生まれたんだけど、その妹と一緒に家族で動物園に行ったのね。舞宝は久しぶりの動物園が嬉しくて、妹の美緒にゾウさんとかキリンさんのことを教えてあげたの。お弁当もおいしくて楽しくて、目が覚めてからもその幸せな気持ちが覚めなかったんだ。


 だから誰かにお話ししたくて、でもその時はたまたま、お父さんもお姉ちゃんもいなかったんだろうね。じゃなかったら、幼馴染のガイに話してるはずないもの。

 でもそのせいで突然ガイにぶたれたのよ。二歳も年上の男の子に!

 子供の頃の二才差ってけっこう大きいじゃない? おかげでガイが怖くて、でも同時にすっごく腹が立って、何日もワンワン泣いたことは絶対忘れないわ!


  とは言っても所詮子供の頃のはなしだし、何かがきっかけで、割りとすぐ仲直りはしたんだけどね。でもそれ以来誰にも日本の話はしないと決めたんだ。


 ◇◆◇◆◇◆


――十二歳・舞宝まほ


 あ、今日も少し熱がある……。

 私こと小池舞宝は、目が覚めたばかりだというのにすでにぐったりとした気分で、もう一度ベッドに寝転がった。天井がぐるっと回って、こみ上げてきた吐き気を押さえないといけなかったのだ。

 六年生になってからは、微熱はすでに平熱扱いのような気がしてきた。小さなころはそうでもなかったけど、年を追うごとに高熱が出る日が増えてきたのだ。

 検査をしてもどこも悪くないのに熱が続くなんて最悪でしょ。嫌になっちゃう。


 でも今日も「ローラ」の世界の夢を見られた。

 ローラは夢の中でのもう一人の私。私の憧れの女の子。

 ローラのことを考えると、気分がよくなる。


 あまり日に当たらないせいで青白い舞宝わたしの肌と違って、ローラの健康的な肌の色や、くるっと綺麗なウェーブの月光のような淡い金色の髪に、私はとっても憧れている。

 夢の中で私はローラなんだけど、夢の世界の鏡は何か金属を磨いたような感じで映りが悪いから、実は自分ローラの顔ははっきりとは分からない。

 でも笑顔の多いローラは、絶対に可愛い子だと確信している。

 だって、お姉さんのケイシィがとっても美人なんだもの。お父さんも周りの人も、お姉さんとちょっと似てるって言ってくれるしね。

 家族も仲良しで元気なローラのことが、本当に羨ましい。


 ふいに孤独に飲まれそうになり、そっとため息をつく。

 ローラと違って、私にはお母さんがいる。でもお母さんは私のことが好きじゃない。嫌われてはいない――と思うけど。小さなころは優しかったことを今でも覚えてるから。

 でもお母さんは、私のことを決して見ようとしないのだ。


 最初にお母さんの怖い顔を見たのはいつだっただろう? 幼稚園の時かな。

 年中さんの時に妹の美緒が生まれて、その頃はまだ優しかったと思う。でも気が付いたらお母さんがとても怖い顔で私を見ていた。


「あれは……ああそうか。ローラの話をしたときか……」


 小さいころは夢の話をよくしていた。お母さんはいつもニコニコして聞いてくれてたのに、ある時すごく怖い顔をしてて――それ以来私は夢の話をしなくなった。いけない話なんだと思ったから。

 私はお母さんの笑った顔が見たいのに……。ただ、こっちを見て名前を呼んでほしいだけなのに。


 多分お母さんにとって、舞宝わたしはいらない子だったんだと思う。美緒だけいればいいの。

 美緒はとても可愛いし、私も美緒のことは大好きだから、お母さんの気持ちはわかるつもりだ。


 私みたいに、原因不明で熱ばかり出すような娘なんて、いても迷惑なだけだよね。

 でも私はお母さんに褒めてほしくて、頑張ることをやめられない。学校もできるだけ休まないようにしてるし、運動は少し諦めてるけど、それでも委員会だってクラブ部活だって積極的に参加してる。友達にも恵まれてる。

 先生やお父さんは褒めてくれるけど、でも一番見てほしいのはお母さんなのだ。

 六年生にもなってそんなこと、はずかしくて誰にも言えないけど……。


 だから私は夢の中に幸せを求めてしまう、救いを求めてしまうのかな。

 夢の中でローラになれば、私はまた一日頑張れるから。

 少し前からローラの世界の夢は、まるで現実のようにはっきりと見えるようになってきた。うん、“見る”というより“見える”。いや、実感する? よく分からないけど、リアルさが増してきた気がする。

 だから前よりもっと、ローラは私だって実感が強くなってきたんだよね。


「ふう、ちょっと落ち着いてきた。早く学校の支度をしなきゃ」


 お母さんが朝ご飯だって言ってるのが聞こえた。

 また目が回らないようにゆっくり起き上がって身支度をする。

 もうすぐ修学旅行だし、ローラみたいに元気になりたいな。


 ◇◆◇◆◇◆


――十三歳・ローラ


「あ……ローラなのに、指に、傷が、ある」


 自分ローラの指にある切り傷を凝視して、私はうめいた。中学生になって初めての調理実習で指を切ったのは舞宝なのに、ローラの指にも傷があるのだ。

「うーん、やっぱりそういう・・・・ことなのかな?」


 ここ一年くらい、私と舞宝が近い・・。前みたいなうっすらした感じじゃなくて、どちらもはっきり「自分のことだ」と感じるようになったのよね。

 昼はローラで夜は舞宝なのかな?

 変なの。


 でも実際こうして舞宝がしたケガを私もしてるのを見ても、(やっぱり)としか思えなくなってる。前はここまではっきり同じになることなんてなかったもの。

「でも指の傷は、ちょっと困っちゃうよねぇ。もう中学生なのに、舞宝も意外とドジなんだな」

 ふふっと笑いがこぼれる。

 指先のケガだから意外と血が出て、クラスの子が大騒ぎになっちゃったんだよね。舞宝はケロッとしてるのに。


 春から舞宝は中学生になって、私はスーシャ町の服飾の学校に進んだ。

 日本の学校制度は、こっちの世界と全然違ってて面白い。教科がすっごくいっぱいあるし、そんなことまで教えてくれるの? って内容がたくさんあるんだもの。

「庶民でもあんなに学べるなんて、王様や貴族みたいですごいわ」


 ここトウル国では、日本の小学校にあたる初等教育に通う期間が特に決まっていない。庶民ならだいたい、十歳から十二歳くらいまでに読み書き算術を学ぶんだけど、一番重要視されてるのは音楽や舞なのだ。このふたつはこの国の生活に絶対欠かせない重要なものだから、私達庶民でも、多分王族や貴族でもそれは同じはず。

 魔法は日本とは使い方が違うかな。いや、日本のは科学っていうんだっけ。小さいころは魔法だと思っていたから、まだ少し迷ってしまうのよね。


 普通の庶民である私たちは、初等教育の後は大抵、将来の仕事のための学校に行ったり、弟子入りするのが普通。

 私は服飾の学校に進んでて、今は織物や染色、裁縫など色々学んでる。その後、私はお針子の方に進むつもり。内緒だけど、将来的に女性の服に動きやすさを取り入れるのが夢なの。

 女性の服装がいわゆるドレスなのよ。舞宝たちみたいな動きやすい服が、とっても羨ましいわ!


 ◇◆◇◆◇◆


――十四歳・舞宝


「まほりーん、昨日貸した漫画、読んだ? 読んだ?」

 朝教室に入るや否や、クラスメイトのカリンちゃんが満面の笑みで駆け寄ってきた。

「うん、読んだ。すっごく面白かった!」

「でしょでしょ? だと思って続き持ってきたよ。あと違うシリーズだけど、カリンお勧めの小説も持ってきたから見て!」

「小説もあるの?」

「うん。挿絵も綺麗だから読んで。王子様たちがカッコいいんだよ~」

「小説なら朝読書でも読めるね。うれしい、楽しみ」


 カリンちゃんが貸してくれたのは、いま「流行り」だという異世界転生ものだ。

 私は外国の小説が好きで、今までは赤毛のアンとかナルニア国物語なんかをよく読んでいた。だからライトノベルもよく知らなかったし、流行りなんてあることももちろん知らなかったんだけど、読んでみてすごくびっくりしたのだ。


 だって異世界で生まれたのに、前世の日本人だった記憶があるってお話よ?

 ナルニアみたいに違う世界に行くって物語じゃないのよ。

 なんだかローラと舞宝みたいじゃない? でもそう考えると、

「じゃあ、どっちが前世?」

 と悩んじゃうんだけど。


 異世界転生なら、設定的に日本人の私が前世よね? 文明的に変な気はするけど、ラノベや漫画だとだいたいそうだもの。

 ローラの世界はヨーロッパ風の街並みだし、騎士もいるし、王様もいる世界だ。ドレスだし、魔法もあるし、漫画を見て「これは!」ってなったのも無理ないと思う。

 

 それに決定的に違うのは、あっちには月がふたつあることと、神様がリアルに存在して身近なことかな。

 たとえば“聖なる舞姫”の話とか――。


 それはるか昔、“聖なる乙女の舞”に魅せられた神様が、彼女の真摯しんしな願いを受け入れたという物語。舞姫の舞いによって、彼女が願う相手に対し加護を与えることができるようになったというそれは、こっちなら子どものおとぎ話だけど、ローラの世界では歴史的事実なんだよね。

 すごく素敵じゃない?


 でもローラが来世なら、今の私がなぜそれを知ってるの? ってなっちゃうから、ローラが前世なのかな。なんだかそれも違う気がするんだけど。


 ◇◆◇◆◇◆


――十四歳・ローラ


「舞宝が来世の私なら、なんで漫画のことが分かるのよ、ねぇ?」

 宿題の針仕事をしつつ、周りに誰もいないことをいいことに独り言ちる。

 この世界にも娯楽小説はあるけど、漫画なんて文化はない。あれはいいね、誰かこっちでも描いてくれないかな?


 舞宝が最近むさぼるように読んでる漫画や小説は興味深いし、正直すごく面白い。私と舞宝のお気に入りは前世の記憶を武器に活躍する話だけど、小説やゲームに転生してお姫様になるのもドキドキして面白かった。ヒロイン可愛いし、ヒーローカッコいいし、もっと読みたくて、カリンちゃんが持ってない本は舞宝の担当になって貸しっこすることになったんだ。

 舞宝ってば中三だし、高校受験も控えてるのよ? でも回し読み仲間が増えてて、かなり楽しい。


 こっちの世界のことは、舞宝も私と同じで誰にも言っていない。

 舞宝の場合、打ち明けても「のめりこみすぎよ」って笑われちゃうだろうしね。


 だから一人で――ううん、ローラと舞宝で考えてみた。

 結論は前と同じで、

「私と舞宝は、同じ人間だ」

 ということ。前世とか来世とかじゃない。だって同時に年を取ってるし、記憶も共有してる。昼がローラ夜が舞宝ではなくて、どうも眠ってる間に互いの記憶を交換してるらしいってことに気づいたとき、自分でもびっくりするくらい納得したのよ。


 ローラと舞宝は、同じ魂が何らかの原因で二股に別れてるっぽい。それがサクランボみたいに次元を超えて繋がってる――――そんな考えが、誰かが教えてくれたみたいにポンと降りてきて、舞宝と「そうだったのかぁ」と納得した。

 なんでそうなったかまではわからない。

 私が生まれるときに、神様か何かがどちらの世界に魂を送るか悩んで、適当にポイッと投げたらどこかに当たって二股になっちゃったとか、そんな感じなのかな?

 その時に健康はローラのほうが多く持ってきてしまったんだと思う。きっちり半分こにしてくれたらよかったのに。


 本当はどうなのか私にはわからないし、誰も答えなんかくれないんだから仕方がないわよね。今のところ同じ境遇の人に会ったこともなければ、似たような話だって聞いたことがないんだもの。

 今のところラノベにも漫画にも答えはない。


 でもローラと舞宝は別の体、別の世界を生きるけど、同一人物。

 それだけは間違いないことだ。




 そんな私、ローラの運命が変わったのは五才年上の姉であるケイシィの結婚式の日……。

 舞宝が高校に入学した年で、私がお針子の仕事をはじめたばかりの、春の終わりの出来事だった。

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