第24話

 【小学五年生の斎藤咲菜】


「私、悠。よろしくね」


 そう元気よく挨拶してきたのは、ポニーテールの良く似合う可愛らしい少女だった。

 笑顔もまたよく似合っていた。


「今日から家族ってのは、変な感じするよね」

「う、うん……」


 最初の受け答えがしどろもどろになってしまったのを悔いるも、他の言い方が私にはわからなかった。

 

「(お父さんから聞いた話だと、同じ学年で同じ学校に通うって……)」


 それはつまり、悠が私の『友達』になるのだということを示していた。

 そう意識することで、胸がズキンと痛み出す。

 仲良くなってはいけないという体のサインだと思った。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。確か、あなたの名前は咲菜よね」


 私が体を強張らせるのを緊張している所為だと思ったのか、彼女はそう優しく話しかけてくれた。


「……うん。咲く菜で咲菜」

「いい名前だね。私、菜の花好きだよ。前に一度だけ菜の花畑に行ったことあるけど、一面黄色の花ですっごく綺麗だったから」

 

 自分の名前が褒められたからだろうか。それ以外に思い当たる節がない。

 気付くと私は、したくもない自分語りを始めていた。


「私も……黄色が好き……。無口なお母さんが唯一好きだったのが実家の近くにあった菜の花畑らしくて、それで咲菜って。黄色が好きなのも、前に見た菜の花畑が綺麗だったから」


 しかし、それが私にできる最大限の自己紹介だった。それ以上会話を展開させる術が私にはわからず、結局私からの語りはそこで終わった。

 無責任に話の題材を放り出して、私は黙り込んだ。


「へぇ、そうなの。私は悠。名前の由来は、聞いたことないから知らないけど。私も黄色は好きだよ。鮮やかなのもいいし、淡い色合いも好き」


 口下手な私をリードしようとするように、悠はフォローを入れるように言葉を選んでくれる。

 歩み寄ろうとしてくれる悠のその優しさが嬉しくて、同時にそれは私の中の罪悪感を増長させた。


「……うん」

「あ、そうだ。誕生日っていつ?姉なのか妹なのか気になるよね」

「私は……どちらでも構わない」


 姉か妹。そんな考え方もあるのだとその時気付いた。

 しかし、私たちは同学年。血の繋がりもなく一緒に居れば、それは友達と変わらないと私は思った。


「そう?私は大事なことだと思うけど」

 

 そこでまた私たちの間に沈黙が訪れる。

 仲良くする気がない訳ではない。むしろ、仲良くする必要性があるのは理解している。これから先、進路が違わない限りずっと一緒に過ごすことになるのだから。

 けれども、悠と同い年であることを意識してしまう度、彼女と仲良くすることをどうしても拒んでしまう自分がいるのも確かだった。

 私は痛む胸を摩る。この場が自分に相応しくないのだと感じた。

 横に座って私を覗き込むように見てくる彼女は、どこか心配そうにも見える。

 その表情に、誕生日くらいなら伝えてもいいのでは、と許容してしまう。

 

「……私の誕生日は……五月七日よ」


 私がそう言うと、驚いた顔をした悠が顔を近づけてきた。


「私の誕生日も五月七日なの!同じ誕生日の人は初めて見た!」


 悠は驚いた顔から笑顔を作ると、


「そしたら、私たち双子みたいなものなんだね。なんか嬉しいなぁ」


 と、心底幸せそうな表情を浮かべてきた。


「そうだ。好きなものは何?」


 捲し立てるように次々と質問されて、私は混乱した。

 そして同時に、一年以上前の出来事が思い起こされる。


「(この感じは、前と一緒……。佐久間さんと仲良くなった時も、こうして興味を持って貰えて……)」


 頭の片隅に眠っていたその記憶が、グイグイと込み上げてくる。加速する心臓の鼓動に、私はただ黙って俯くしかできなかった。


「えっと……、どうしたの?具合悪いの?」


 心配してくれる悠。


「……いいえ……」


 やっと絞り出せた言葉がそれだった。


「じゃあ、どうしたの」

「……どうも……しないわ」


 悠の方を見て答えようとしない私に、彼女は立ち上がるとイライラしているように溜息を吐いた。


「はぁ……。あなた、もっとちゃんと話をしなよ。友達だってみんな――」

「友達はいないわ」


 私はきっぱりと、そう否定を口にした。


「……わかった。あなた、同い年の人と壁を感じているんでしょ?」


 心の中にずけずけと押し入ってくる彼女の敢然さが、私には少し辛かった。


「じゃあ、こうしよ。ずっとじゃなくていいから。今日だけ、いえ、今だけでいいよ。私と向き合って話して」


 そう言われて、私は初めて彼女と視線を合わせた。

 悠の真っ直ぐな目は、こちらのことも配慮する優しさが籠っていた。

 深呼吸をして、「わかった」と私は端的に答えた。

 悠はそれに納得するように頷くと、「で」と口にして話を続けた。


「一人くらいいるでしょ?凄く仲良くはなくても、会えば話せる人とか」


 刹那、佐久間さんの姿が脳裏を過った。


「……いたけど、いなくなった」

「いなくなった……って。転校してしまったとか、そういう……」

「違うわ」

「……そっか」


 少し気まずそうにするも、悠は「なら」と次の質問を振ってくる。


「友達を作りたいとは思わないの?」

「私は友達なんて要らないもの」


 当然、本心からそう思っている訳ではなかった。

 作れないならば、そう言い聞かせるしか自分に取れる方法はない。それだけだった。


「あなたの青春って、つまらなさそうだね」


 呆れる様に悠がそう言った。けれども、私の気を引いたのは悠のその態度にではなかった。


「青春?」

「知らない?友達と遊んだり話したりして、沢山想い出を残すことだよ。後は、誰かと付き合ったりとかかな。私は……まぁ、前の学校でね、凄く楽しいことを……って、何?どうしてにじり寄って来るの」

「あ、ごめんなさい」


 その時、私は初めて『青春』という言葉を知った。

 『青春』を語る悠は嬉しそうな表情をしたり、悲し気になったり表情の移り変わりが激しかった。

 ついつい、私は前のめりになってしまったけれども。でも、それは『青春』というワードに惹かれたからではなかった。

 『青春』の話をする悠の醸し出す、その喜怒哀楽の雰囲気に私の興味は引き寄せられた。


「なになに。『青春』に興味があるの?」

「……い、いえ。ごめんなさい」

「なら、まずは友達を作らないとね」

「……………………」

「そう、落ち込まないの。自分を大事にしてくれる人はきっといるはずだから。ちゃんと自分を見てくれる人を、あなたが選べばいいだけ。そして、一番大切なのは、その人のことも楽しませてあげること。それに気を付ければ、皆の方から咲菜に寄って来るよ」

「そう……なの?楽しませることが大切なんだ……」

「もちろん、自分も楽しまなきゃダメだけど、あなたは自分が楽しめることとかわからなさそうだし」

「……うん」

「でも、大丈夫。きっとそういう人となら、あなただって楽しめるよ。だから、私とも友達に……いえ、私とは姉妹だから、友達にならなくてもいいんだけど。とにかく、これからずっと仲良くしていきましょ」

「そ、それは……ごめんなさい」

「なんで!?」


 「この流れでどうしてよ!」と、演技でなく本気で驚いた声を上げる彼女の顔が、マンガに出てくるキャラクターのそれにそっくりで、本人には申し訳ないけれども思わず笑ってしまった。

 すると、悠は微笑ましそうな表情を浮かべながら私にそっと近づくと、私の頭を愛でる様に撫でてきて、こう聞いてきた。

 

「今、わざと言ったでしょ?」

「そんなことはないわ」


 私は、きっぱりと否定の言葉を口にした。

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