第23話

「少し落ち着いた?」

「まぁ、ある程度はね」


 俺は自分のベッドに仰向けに寝そべり、呆けた面を携えながら斎藤にそう言った。

 姉貴に俺と斎藤のやり取りを目撃されてから一時間程。斎藤も相当恥ずかしかっただろうに、取り乱さないのは流石と言える。俺も、自失な上に自室に引き篭もる陰湿野郎だと卑下できるくらいの達観者になりたいぜ、ちくせう。


「斎藤は凄いな。俺がここで悶えていた時、居間で姉貴から質問攻めにされてただろ?少し聞こえてきたからさ」

「質問攻めという程ではないわよ。質問を受けていたのだって、精々三十分くらいだもの」

「それを大したことないと言える斎藤はやはり凄いよ」


 斎藤の相変わらずのキョトン顔。無機質美人コンテストの魅せ顔部門だったら、最終候補ノミネート間違いなしだぜ。

 俺の出した茶菓子に手を出していいか悩んでいるのか、キョトン顔をしながらも、チラチラとテーブル上に視線がいっていた。別に、好きに食べていいぞ。

 俺はベッドから起き上がって、斎藤に茶菓子を勧めながら口を開いた。


「まぁ、それは置いておいて。何をしようか。言ってももう夕食の時間帯だから、そろそろ帰らないといけないんだろうけど」

「そうね。でも、一応話したいこともあるし」

「話したいこと?」

「そうよ。今日、あなたを呼び止めたのだって、話したいことがあったからなの」


 話したいことがあるからデートで話そう、とそういうことだろうか。

 しかし、わざわざデートの時に話したいというのは、何か意味があるのか。


「別にデートの時じゃなくてもいいんじゃないか?話したいことがあるなら部室でも聞けたんだし」

「……そうね。でも、悠の前で話すのも気が引けるのよ。それに、あなたも悠と同じ態度を取らないとも限らないし」

「今日話したい内容ってのは、『はるか』ちゃん絡みなのか?」


 首を縦に振る斎藤が、俺から少し目を逸らした。

 気が引けると言いつつも、俺には話しておいた方がいいとそう判断したのは、今後の部活動に支障をきたすと考えたからだろうか。

 まぁ、大体察してはいるが。この間の買い出しの時の話をされるのだろう。


「前に『青春やりたいことリスト』を見せたじゃない?実は植物園でデートした後に、書き足したことがあるのよ」

「そうか。それが『はるか』ちゃんとの何かってことか」

「そう……なの」


 少し言いづらそうにする斎藤。

 そんな彼女に、俺が言うべきセリフは決まっている。


「大丈夫だよ。守秘義務があれば順守するし、配慮だってきちんとするから」

「……ありがとう」


 依然として変わらないこの関係性。

 いつも何かを話してくれるのは俺ではなく、彼女の方だ。俺の主体性の無さはいつまで経っても変わらない。

 場が落ち着いてから少し経って、「悠と私は」と斎藤が口を開いた。


「姉妹なのよ」


 同時に、彼女は【悠とは姉妹でいたい】と書かれたノートを見せてくる。

 だが、そこで言葉は途切れた。

 いや、違うな。俺の思考回路が停止したのか。




   *




「斎藤。もう一度、言ってもらってもいいか」


 俺は一度手洗いに行って洗顔した後、夕食前だというのに歯磨きまで済ませてから、再度斎藤に要求した。


「悠と私は姉妹なのよ」


 俺はまた手洗いに向かおうと——


「ちょっと待って。またトイレに行くの?そんなにお腹の調子が悪いなら、後日改めてでもいいから」

「違うよ、斎藤。お腹の調子が悪いんじゃないよ。なんだか耳と頭の調子が悪いみたいだから、何度か綺麗にしてきたんだけど、まだ足りないみたいなんだ」

「それはどういう……」

「だって、斎藤と『はるか』ちゃんが姉妹だなんて。え、もしかして、これは『終い』だなんていう比喩で言ったの?あ、そっかそっか。うんうん。わかるよ。僕にはわかったよ」

「なんだか変よ。口調も一人称もいつもと違って、ちょっと気味が悪いわ」

「そうかい?斎藤から罵られる日が来るなんて。今日は本当に珍しいことがいっぱい起こるなぁ。あははは」

「本当に大丈夫なの?私、少し不安になってきたのだけれど……」

「大丈夫だって。本当に、本当に。マジで——」


 俺はスッと一息に吸い込むと、


「――え、いやマジで!?」


 大分遅いツッコミに、俺の方から「ごめん」と謝罪を入れた。

 「大丈夫よ」と口にしながらも崩されない斎藤の戸惑った表情。表情筋がピクピクしている。


「いや、こういう時は少し過剰表現しておいた方が伝わりやすいかと思ってさ」


 そう言うと、俺は顔を拭いたタオルを置きに洗面所に行き、ついでにポットと急須を持って自室へと戻ってから話の続きを再開した。


「で、マジで本当に姉妹なの?そんなに似てないと思うんだけど。というか、俺、『はるか』ちゃんとは幼馴染なのに、斎藤のことは今年同じクラスになるまで知らなかったし」

「血のつながりはないもの。私の父親と悠の母親が再婚して姉妹になっただけ」

「……なるほど」


 辛口にも聞こえるその言葉選びに、俺はこの話が単純に情報共有だけで済まされるものでないことを悟った。

 血のつながりのない姉妹。しかも同い年ときた。

 斎藤は他人とのコミュニケーションが得意でないのは、今に始まったことではないだろう。

 人当たりの良い『はるか』ちゃんが相手とはいえ、彼女自身かなり苦労したことは容易に想像が付く。


「『はるか』ちゃんの前で話したくない理由ってのは、彼女との仲が当時良くなかったからか?」

「……そうね。今でこそ仲は良くなったけど、出会った当初は私が彼女を遠ざけていたから」


 斎藤が人見知りをしたということだろうか。

 かなり率直な彼女の性格からして、あまり考えられないんだが。


「それを仲が良くなった今でも引きずっていると?」

「いえ、それはないのよ」


 斎藤はきっぱりと否定の言葉を口にした。


「でも、私はこの間までずっと悠のことを『友達』と思って接してきたのよ。けれど、悠は私のことを『姉妹』として見てて、私が悠を友達呼びすると本当に嫌そうな顔をするのよ」


 それが、先日の買い出し時に起きた応酬の理由か。

 当事者でない俺から言わせてもらえば、姉妹か友達かなんて大した問題ではないような気がする。

 姉のいる身として彼女らの立場になって考えても、アレを友達としては思えないし思いたくもない。それに、姉貴から友達扱いされるのは御免だな。

 姉という存在がいようがいまいが俺はどうでもいいが、けれどもあの馬鹿がこの世に存在する限りは、俺の姉でいて欲しいと思う気持ちがあることを否めないのだから。

 俺は確認する様に、斎藤に問う。


「今でもそう思っているのか?」


 すると、斎藤は再度、


「いいえ。今は、私も悠のことを姉妹だと思っているわよ」


 俺の言葉を否定した。

 それは、非常に力強い言葉だった。

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