第4話
植物園に着いてから、早一時間半。
室内で展示されている観葉植物はほとんど見て回り、暑さよりも飽きで外へ出たくなった俺は、隣で植物一つ一つを愛でるように楽しんでいる斎藤に声を掛けた。
「さっきから室内展示の方ばかり回ってるけど、屋外の方がこの植物園って有名じゃなかった?」
「まだ休憩し足りないの?」
「違う違う。単純に外も回ってみたいってだけだよ。昨日、俺も家で調べてみたんだけど、結構ここって菜の花畑が有名みたいだからさ」
菜の花は、桜の開花とほぼ同時期に見頃を迎えるアブラナ科の植物。観賞用は主に黄色の花が多いが、アブラナ属の花の総称であるため、種によっては白や紫の花をつけるものもあるのだとか。
まぁ、俺は写真でしか見たことがないし、今の情報も手元にあるパンフレットの内容を、ざっと流し読みした程度のものでしかないが。
「あ、でもこの園内カレンダーによると見頃は過ぎたっぽいな。いやぁ、惜しいことしたなぁ。もう少し早かったら見れてたのにな……」
辺り一面に咲き乱れる花々を、男女で歩きながら楽しむ。実に青春っぽい。本当に下調べを怠ったことが悔やまれる。
なに?花が見たい訳じゃないのかよって?いや、嫌いじゃないけど、俺はそういうのは写真で十分な派なんだよ。
「やっぱり斎藤も残念だったか?」
「……そうね。そうよね」
なんか俺でない別の人に言っているようなそんな返事に、「どうした?」と様子を尋ねるも。
「い、いえ何でもないわ。それより早くお昼でも取っておきましょ。午後のフジは見逃せないわ」
「そ、そうだな……」
そう言って斎藤は、そそくさとフードサービスのある建物に向かってしまった。
菜の花に対して何か思い入れでもあるのだろうかと思った矢先に、今度は張り切りだす彼女の情緒に俺の方が不安を覚えそうだった。
「別に慌てなくても、食べ物は逃げていかないだろうに……」
俺と斎藤が向かった先には、『お食事ボックス』と書かれた、植物園より少し高い立地に位置する建物があり、園内と屋外の両方の草花を一望できるブリッジが備え付けてあった。
時間帯的には丁度お昼時。俺達以外にも、その場所を利用する人は多いだろうと想定するも、園内にはかなりの来園者がいたにもかかわらず、然程混んではいなかった。
不思議に思いつつも、俺は斎藤に催促されて注文表を確認する。
メニューは、ラーメンやカレーといった一般的なものが並んでいた。
「(俺が思うに、こういった定番メニューが並ぶ、初めての店では結構個性が出るんだよな……)」
例えば、メニューの端にある『ざるそば』。
確実に手打ちではないし、店で買って自分で茹でたそばと大して味は変わらないだろう。
それをわかっていても、そばが好きと買う人もいる。そういった人は、好きなものは好きだからと一途になるタイプな感じを受ける。
あくまで『感じ』であって、その人の性格まで量れるなんて思ってはいないけれど。
ちなみに、俺は無難なカレーを選ぶ。どうせ何度も来ることはないだろうし、それなら今回外れを引かなければ後悔がない。八百円とメニューの中では値段も割とお手頃だし。
そして、注目の斎藤はというと。
「豚骨ラーメン一つください」
案外と、脂っこいものを注文していた。
……って『豚骨ラーメン』なんてあるのか――と思ったら、カウンター上部に横一列に並べられたメニュー表の右端にある『ざるそば』の、更にその下。『醬油ラーメンは豚骨ラーメンに変更できます』なんて書かれていた。いや、気付かねぇよ。
「お連れさんはどうされます?」
俺が唖然としていると、カウンター対応の男性スタッフから声を掛けられた。
その声掛けは突然でもない――というか、むしろ当然の声掛けだというのに、関係ないことに思考を回していた俺は焦ってしまって――
「あなたも脂っこいもの好きなのね」
「……まぁね」
――ブリッジで斎藤と一緒に、屋外に咲き乱れる花々を眺めながら、彼女と同じラーメンを味わっていた。味は悪くなかったけれども、斎藤に変な誤解を与えた気がする。
俺は気のせいだと誤魔化すように、外の景色を眺めた。
見頃は過ぎたと言っても、菜の花が所々に咲いているのが目に入る。
そして、その横には家族連れやカップルが、シートを広げてランチを取る姿が。
どうやら園内は飲食禁止でも、外ではランチの時間だけ食事が許されているらしく、先程のカウンターの隣にはテイクアウトを扱っている店もあった。
「(テイクアウトの方がよっぽどメニュー多いんだけど……何より旨そう)」
結局、後悔している俺がいた。まぁ、後悔しないと思っていたカレーすら選んでいないんだけどさ。
と、俺の視線を追ったのか、斎藤も眼下にある菜の花コーナーを見つめて、少し落ち込んだような様子。やはり彼女もこの晴天下で、間近で花々を眺めながら食事を取りたかったのだろうか。
「斎藤も外で食べたかったのか?」
「……………………」
俺が気にかけるようにそう呼びかけても、答えは返ってこず。
どうしたのかと疑問に思いつつも、具合が悪そうにも見えない。
何をするでもなく、ただぼーっと物思いに耽っている斎藤は、普段部室でパソコンを弄っている彼女とは別人のようだった。
「(マイペースな彼女らしいと言えば、らしいかもな……)」
と、流石に俺の視線に気付いたのか、彼女はハッとして謝罪してきた。
「ごめんなさい。つい昔のことを思い出して……」
「そうだったの?俺はてっきり、斎藤も外で食べたかったのかと思ってたわ」
「私は中で食べたかったから大丈夫よ。でも……そうね。あなたは外に行きたがってたものね……。外で食べることを考慮できなくて……その、ごめんなさい」
「いや、いいって。テイクアウトに気が付かなかった俺も間抜けなんだし」
というか、どうして気が付かなかったのか理解不能なレベルである。
「それでも……よ。私はあなたを楽しませられているのか、自信がなくて」
……ん?
「楽しませるって何の話?」
「だって、折角のデートだから……その、あなたを楽しませないと……」
「……えぇっと、あの……どういう意味だ?」
デートだから楽しんでもらいたい的な意味なのだろうか?
悪い、斎藤。俺も友人関係には、結構疎くてな。まともな友達付き合いをしたことがあるのだって、一人くらいしかいないからさ。
だから、相手を楽しませると聞いてもピンと来ないんだ。出掛けたら『勝手に楽しむ』が俺のスタンスだったから、楽しませようとしてもらった経験は一度たりともないんだよ。
けれども、その言葉を聞いて更にしょんぼりする斎藤に、俺は自分が言葉選びをやらかしたことを悟った。
「ごめん、斎藤。傷つけるつもりがあった訳じゃ……」
「いえ、大丈夫よ。私の方こそごめんなさい」
俺は斎藤のことを直視できなかった。彼女のことを理解できないまま、面と向かって話すのが怖く感じた。
何かを諦めたような斎藤のセリフを皮切りに、俺らはあまり言葉を交わさなくなった。
それから見に行ったフジのアーチは、何とも味気ないものだった。
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