第5話
午後二時を回り、花々を大方見尽くした俺たちは、人の少なくなった外のベンチで休憩を取った。
相変わらず話しづらい雰囲気に、俺は斎藤の方を向けず、何とも言えない距離感が続いていた。
「(これって、やっぱり俺から謝るべきなのか……?)」
しかし、俺自身、自分に非があるとは思っていないのだ。
謝ったところで「何に?」とか返されたら、『とりあえず謝っておきました』ってことに気付かれる。
というか、そもそもこんな重たい空気になったきっかけは、斎藤が『楽しませる』云々の話を始めたことだ。何がどうあってそんな話が出てきたのか、さっぱりわからないが。
ここはもう「俺はスゲー楽しんでるよ」って、棒読みでもいいから言っておくべきか?
いやでもなぁ。俺ってそういう芝居うつの下手だし、絶対気付かれる。あぁ、もうどうしたらいいんだろうか。う~ん、わからん。
俺がむしゃくしゃしていると、その様子に気付いたのだろう。
斎藤が再度「ごめん」を口にしていた。
「私がこんな調子だから」
「いや、斎藤に非がある訳じゃないって」
「それでも、私があなたのことをちゃんと理解してないから……」
どっちに非があるとかそういう話ではなく、たぶん相性的な意味だと思うんだが。
付き合い始めて二週間弱しか経っていないのだ。そりゃぁ、お互いに理解が足りない部分だってあるだろうさ。
「それは仕方ないと思うんだけどな」
「でも、理解が足りなかったら、あなたのことを……」
「楽しませてあげられないってか?」
静かにうなずく斎藤。
だが、悪い。俺は斎藤に、これっぽちも楽しませてもらおうなんて思っちゃいないし、期待もしていない。だから、斎藤が気に病む必要もないし、そんなしょげる理由にもならないはずなんだ。
けれども、それをストレートに言うのは流石に配慮に欠ける。
少し聞き方を変えるしかないか。
「斎藤はどうしてそんなにも、『相手を楽しませる』ことに拘るんだ?」
「だって、青春って相手を楽しませるものじゃない」
瞬時、俺はこのすれ違い気味な状況の原因を理解した。
小説に漫画のような絵はないと思い込んでいる人に、ラノベを見せてこれは小説だと言うのと同じ。そもそもの認識からして、俺と斎藤とで違っていたのだ。青春に対しての。
「(なんだよ。俺が何かやらかしたかと焦ったわ)」
ホッと独りでに安堵の息が漏れた。
「斎藤と俺とで考え方が違うみたいだな」
「……それはどういう?」
「先に謝っておくよ。俺は楽しませてもらうつもりはなかったんだ」
その言葉に、案の定、斎藤は落ち込んでいた。
「そう落ち込まないでくれよ。だから、言ってるじゃん。考え方からして違うって」
「……?」
俺の言いたいことがわからないとでも言いたげに、疑問符を頭の上に浮かべていた。
「俺はさ、青春って自分が楽しむものだと思ってるんだよ」
「……それって……」
「そう。斎藤の考えの逆だね。あ、勘違いしないでくれよ。どっちが正しいとか、そういう論争をする気はないから」
俺は一呼吸置いて、再度口を開いた。
「例えばさ。部活に青春を懸けている人って、たとえ辛くても、部活に一生懸命打ち込むことを楽しんでいるんだと俺は思うんだよ。遊びにだってそう。生徒会だとかそういう仕事にだってそう。どの人も青春している人は、一生懸命楽しめているからそれが青春になるんじゃないかなって思うんだ」
「わ、私は……いろんな人と一つの目標に向かって行くことが……青春なのかなって思うのよ。だからこそ、自分よりもまず相手に楽しんでもらわないと、それは青春とは呼べないんじゃないかって……」
「なるほど。一理あるな、それも」
否定されると思ったのだろうか。一驚するように目を見開いた斎藤の表情が、可愛らしかった。
「どっちも大切なことなんだと思うよ。俺さ、友達付き合い少ないから、『相手を楽しませる』なんて考えたこともなかったけど、自分だけ楽しむのはあまりにも自分勝手な考え方だと思うしね」
斎藤は何も言わず、黙って俺の話を聞いてくれていた。
待てを素直に聞く犬のように、ただこちらを見つめてジッとしていた。
自分は聞く番だと、そう言い聞かせているようにも見えた。
「自分も相手も楽しめれば、それが最善なんじゃないかなって俺は思う」
「……そうね」
「その考えを斎藤に強要する気はないよ。ただ、俺がそう思っただけだから。その代わりに斎藤の意見を聞かせて欲しい」
俺の言葉に、斎藤は即答する。
まるで、俺の質問を予期していたかのような回答だった。
「あなたの考えは素晴らしいと思うけれど、やっぱり私は『楽しませる』ことに重点を置いてしまうと思う。相手が楽しいと思ってくれることを教えてもらえば、その人が楽しめることが何かわかるから」
「自分の場合だって同じじゃないのか?」
斎藤はゆっくりと首を横に振った。
「私は、自分が楽しめているのかはっきりわからないの。自分が何に喜んで楽しいと感じるのかが……理解できない」
「……なるほどね」
その考えは痛切に賛同できた。
例えば、だ。動画サイトで動画を見るとしよう。
楽しいと思える動画はあるかもしれないが、暇つぶしで見ていたりだとか、他に『やりたくないけどやらなければいけない何か』があったときに見る動画は、結構どうでもいいものが多かったりするだろう。好きな配信者の動画でも、何度も見ていれば飽きてくる。
そういった時、果たして自分は楽しめているのかわからない。
「私たちは相性が良くないみたいね……」
突然、斎藤がそう言いだした。
「青春の論議で相性は量れないと思うけどな」
「でも、地域調査部の活動目的は青春をすることだもの。それで意見が食い違うのは……」
「問題にはならないと思うぞ」
俺はきっぱりと、そう言い放った。
「『どうして?』とでも言いたげな顔だな、斎藤。でも、だ。意見が皆同じだったら会議なんて要らないのと同じさ。みんな違ってみんないいとまでは言わないけど、ある程度差異がある方が、たぶんお互いに面白いと思うんだ」
「……それはどういう……」
「だって、つまらないだろう。二人して同じ意見だったら。二人の意見が違うからこそ、お互いに違う価値観を学べるんじゃないか?二人の意見に差異がなかったら、お互いに褒め合うことしかできない」
斎藤の顔をまじまじと見つめる。彼女はまるで、初めて聞く言葉に驚く子供のような目で、俺を見つめ返してきた。
「斎藤はさ。映画とか漫画とか見るか?」
「見なくはないけど、あまり沢山は見たことないわよ」
「じゃあ、独裁者的なリーダーが出てくる作品は見たことある?」
「悪者役で出てくる人たちよね。そういう人がいることは知っているわ」
それがどうかしたのかと尋ねてくる斎藤に対して、俺は率直に答えた。
「俺さ、そういった独裁者たちがどうしてそれを楽しいと思えるのか、理解できないんだよね」
「それは、人を虐げるのが好きじゃないってこと……?」
「それもあるけど、それ以上に自分の意見だけ罷り通る世界ってつまらなくないか?確かに、少しくらい自分の思い通りになって欲しいとは思うよ。けれど、他の価値観を学ぶこともできないままなら、その人と一緒にいる意味さえないと俺は思う」
「極論かもだけど」と後付けする。しかし、その意見自体を訂正するつもりは一切なかった。
「だからさ、意見は違ってていいんだよ。俺と斎藤とでも、他の人とでも」
前振りが長くなるも、要するに俺の言いたいことはそれだけだった。
「私たちは、お互いのことが理解できていないのよ。それでも、あなたはいいの?」
それが、何に対してなのかは明白だった。
理解できないまま付き合ったところで、衝突が起こるのは必定。だけれども、そんなの杞憂に過ぎない。
だって。
「無理せず段々近づいていければ、それでいいんじゃないかな?」
最初から分かり合えているなんて、土台無理な話だ。アダムとイヴでさえ、喧嘩くらいしただろうと俺は思う。
相手の全てをわからなくていい。それでも知ろうと足掻くのは、ただの自己満足にすぎないのだから。
一部を知って、相手のことをわかった気になれと言いたい訳じゃない。むしろ、逆だ。
一部しか知れないのだから、できるだけ分かり合おうと相手に寄り添える気持ちを育めれば、それが一番いい。
あの時の俺はそれを知らないがために、不必要な衝突を起こしてしまったのだと改めて思い返した。
「逆に今日、話し合えて良かったんじゃないか?なんせ急に始まった関係なんだしさ。たとえ今日こういった話にならなかったとしても、近いうちに衝突は起きていたよ」
「……そうね」
六年前の夏。俺が起こしてしまって、未だに解消できていない不和。
その時の情景が、斎藤との話で鮮明に思い起こされた。
気付けば、俺は言葉を発していた。それは誰かに宛てたものではなく、懺悔のようなものだった。
「俺さ、小学生の時に友達とお互いの関係性について、言い合いになったことがあってね。その時の俺はすぐに解決する必要はないと思って、考え直す気なんてさらさらなかったんだ。そしたら、その友達はその後すぐに転校しちゃってさ。結局、高校になった今でも、そのしこりが残っているんだ」
斎藤は何も言わない。
同情をすることも、驚くこともない。ただ、自分事のように俺の話に耳を傾けていた。
「近しい関係だからこそ、ぶつかってしまう事も多いから。居て当たり前なんてことはないんだよ」
「そうね。後からトラブルになることも多いものね」
きっと、彼女にも同じような経験があるのだろう。
俺の言葉を、あっさりと受け入れていた。
それから少しの間、俺たちは言葉を交わさなかった。
先に、その空気を打破したのは斎藤だった。「私もね」と口にすると、言いづらそうにしながらも続きを話してくれた。
「……友達と今そんな感じになっているの。というか、もともと拗らせていたんだけど、それを昨日さらに悪化させちゃって……」
「もしかして、さっき思い耽っていたのって、そのこと?」
「それは……その、ごめんなさい。あなたとの時間だったのに考え込んじゃって」
「あぁ、いや、俺は気にしてないから、斎藤も気にしなくていい」
彼女は表情を誤魔化すように一度俯いてから、眦を決して再びこちらに向き直った。
「私って昔からこんな性格だから、友達とトラブルを起こすことが多いの。今私が友達との間で抱えている問題も、その友達と出会った時から起こっているのだけれど、私はどうしたらいいかわからなくて……」
「……そっか。でも、後に回そうだなんて絶対に考えるなよ。俺みたいに後悔したくないならさ」
「そうね」
「あぁ」
ここで建設的なアドバイスを言ってやれない自分が、少し恨めしかった。
だからこそ、俺も『彼女』との過去を清算しなければいけない。その覚悟が六年経って、今ようやく固まった。
「……私はどうしたらいいと思う?」
と、そんなアドバイザーとして未熟な俺に、彼女は意見を求めてきた。
彼女の状況はわかる。心境も、きっと大体は理解できている……と思う。
今問題に直面している状態で、しかし身動きの取りづらい彼女は、どう動くのが賢明なのか判断がつかないでいるのだ。
けれども、そこまで理解した上で、俺は口述していいのかがわからない。
俺は彼女に責任を持てる訳じゃない。軽々しく口にすることは憚られる。
――それでも。
俺は斎藤に言いたかった。
彼女がきっと望んでいると思ったから。それが彼女のためになると思ったから。
それは意見というよりも、願望に近い言葉だった。
「自分はどうふるまいたいのか考えるのが、大事なんじゃないかな。それこそ、その友達がどうしたら喜んでくれるのか、どうしてあげたら楽しんでくれるのかを考えたらいいんじゃないか?」
言い終えてから、俺は彼女の眦を決した表情に、言葉が俺の独り善がりではなかったのだと悟った。
それから彼女は、目元と口元を緩ませた。
それを確認して、言葉にさらなる願望を乗せたくなった俺は、ついついその先を続けてしまった。
「そしてできれば、同じことを俺にもして欲しい。俺も真剣に考えるから」
聞いて斎藤は、再度ハッとするように目を見開いた。
当然だ。俺のその言葉は、紛れもなく斎藤の言葉だったのだから。
面倒くさい男だな、と自分でも思う。
けれども、斎藤に付き合うと決めたのなら、彼女の意見を聞き入れるのも悪くないと思った。
俺が破顔すると、斎藤も頬を緩める。
吹っ切れたようなその表情が、俺の緊張を和らいでくれた。
俺は彼女の肩をギュッと掴むと。
「部活限定とはいえ、彼氏になったんだ。斎藤が俺を楽しませてくれるなら、俺が斎藤を楽しませないとな。そうやってさ、一緒に考えて意見しながら楽しみ合って――」
自分の気持ちをただ一つに集約して、こう伝えた。
「――青春しよう」
*ちょいストーリー*
帰りのバスにて。
「ちなみに、この部の目標って何なんだ?」
斎藤は、青春は目的を掲げるものと言った。ならば、この部の目標とは何なのか、俺はずっと気になっていたのだ。
すると、彼女は予想外なセリフを口にした。
「これよ。この間も見せた『青春やりたいことリスト』」
「それ、斎藤だけの目標じゃなかったんだ!?」
次に目を通すときは、細部まで確認するようにしようと思う俺だった。
*
作者より。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次話より、遂に『悠ちゃん』が登場します。
……が、プロローグでほんの少ししか触れていませんので、忘れている方がほとんどでしょう。
ちょっとおさらいしましょうか。
斎藤咲菜の後ろの席に座る、クラスでかなり人気になっていた女子ですね。
主人公(名前は第1章の最後に出します)が、斎藤咲菜に目を向けるきっかけになった女子です。
この第5話までが第0章なのですが、この後幕間を二つ挟んで第1章が始まります。
その第1章では、咲菜と真逆の性格である、『からかい』系の悠ちゃんとの展開が多くなっていきます。
斎藤咲菜と主人公との絡みが、悠ちゃんの加入により果たしてどう変化していくのか……。
これからは会話劇も増えていって、よりラノベらしくなっていきますので、そちらも楽しんでいただければ幸いです。
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