128.

「ふあ……しかし平和だねえ……魔獣も最近は大人しいし。天上世界が侵略してくるって言ってたけど、報告があってから一年ちょい経つけどその気配は無いな」

「陛下も退位されたし、もしかしたらディダイト様に継承させるために話を盛ったとかな?」


 ――天上世界からの侵略があることを宣言してから約一年。


 世界はいまだ、平和に包まれていた。

 それでも、なにが起こるか分からないため訓練は続けていた。しかし中にはこういった話を信じていない兵士や隊員もそれなりにいた。 


「どうかねえ……ガイラル先代皇帝がそんな嘘を言うと思うか?」

「でもよう、空にはなにもないぜ?」

「それは――」


 と、隊員同士が天上世界について話をしているその時、それは起きた。

 いったいどこから現れたのか? 雲の下に巨大なもの……大地が現れたのだ。


「な、んだ……?」

「あれが天上世界とやらか……!?」


 ゆっくりと高度を下げてくる天上の大地を見ながら冷や汗をかき、喉を鳴らす隊員達。そこで緊急避難を報せるサイレンが周囲に鳴り響く。

 

 そして――


「な……!?」

「砲撃だと!」


 一瞬、天上の地表が光ったと思った瞬間、帝国から離れた森が爆発し焼き払われた。次になにをしてくるか……まずいとその場にいた全員が駆け出した。


「やっぱりか……!」


 その推測は的中し、天上からの光は帝国に降り注いだ。避難用シェルターは用意されている。しかし間に合わないと部隊員は戦慄する。

 だが、砲撃が落ちてくると驚くべきことが起きた。


「うわ!?」

「は、弾いた!? なんだ!?」

「なんでもいい! 装備を、隊長と合流だ!」


 着弾は遥か上空で起こり、見えない壁のようなもので防がれたのだ。不思議だと思っていたが、今は状況把握が先だと走って行く。


 その様子を見ていた居たカイルが空を見上げて口を開く。


「……まずは第一段階ってところだな。大規模範囲結界『エグザイル』は上手く機能した。各国に攻撃を仕掛けているだろうが全ての国に備え付けている。簡単には破れねえぞ」

「上手くいって良かったわ。あんなのが落ちてきたら一瞬で蒸発するわ……」

『なんか光りましたね、シュー』

「うおふ」

「モルゲンならこれくらいはやるだろうと思っていた。とはいえ、魔法と魔科学を組み合わせたこれじゃないと難しかっただろうけどな。さて、初手で滅ぼせなかったがどうするかねえ奴等は?」


 近くに居たエリザとイリスがそれぞれ感想を呟く。

 失われつつある魔法を使える人間を探し、理論を構築した防御結界はカイルの予想通りの性能を発揮し、満足していた。だが、カイルの表情は硬く、次の手を仕掛けてくると読んでいた。


「でも、よく分かったわね」

「皇帝……じゃない、ガイラル、さんも言ってたろ。仕掛けてこなかったのは『絶対的有利』を持つまでだってな」


 そしてその有利を取る方法が安全圏からの砲撃。カイルとガイラルはそこまで読んでいたのだ。


「二発目か」


 そんな会話をしている中、再度砲撃が行われて空が震えた。カイルは冷静に呟くと、イリスを抱っこして歩き出した



「カイル、どうするの?」

「……俺達の戦いをするための準備だ。行こう」

「……ええ」


 ◆ ◇ ◆


「どういうことだモルゲン! この神の矢『フレムサ』で消滅させることが出来ると言っただろう!」


 一方、天上で砲撃をしたツェザールは攻撃を防がれたことでモルゲンに激昂していた。

 モルゲンはというと、ツェザールの激昂などどこ吹く風といった感じでガラス窓の外を見ながら顎に手を当てて鼻を鳴らす。


「ほう、あのバリア……魔法を使っているか? 防いだ時に一瞬、方陣が見えた。なるほど、物理防御だけならこちらの方が上……そこを見越したか。やるねえ」

「なにをにやついているのだモルゲン! 各国にも仕掛けたが主要都市は全て同じ防御機構があるではないか……!」

「まあ、向こうにはカイルが居るからねえ。優秀なツェザールの息子だからそれくらいはやるんじゃあないか?」

「……っく」


 モルゲンは首だけ振り返ってそう言うと、ツェザールは顔を赤くして拳を握る。その様子を見て目を細めて笑うと、モルゲンは人差し指を立ててから返す。


「まあまあ。次のプランはあるし、君は自分の手でガイラルを討つという目標ができるからいいじゃないか。こんな味気ない兵器で倒すのは本意じゃ無いだろ」

「……確かにな。よし、では第二プランだ。地上制圧部隊を出すぞ」

「承知したよ。終末の子は?」

「そうだな……向こうに残りが居るなら出すとしよう。まあ、今さら終末の子など私の兵士に比べれば骨とう品レベルだが」


 訓練と改造により兵士の強化は済んでいるとツェザールは笑う。それを手掛けたモルゲンもニヤリと笑い、彼に尋ねる。


「まあ傑作だと思うよ。で、君の護衛は?」

「お前が居れば問題なかろう? それとも出撃するか?」

「……そうだね、あいつはこっちに攻めてくるような気がするし、ここに居ようかな」

「来れるかな? くっくっく……」

「さあね? 彼のお手並み拝見といこう。ははははははは!」


◆ ◇ ◆


「……来ましたな、この時が」

「最後に花火を打ち上げるか! なあ、おい」

「ああ。ブロウエル、ゼルトナ、すまない。これが恐らく最後の戦いになる。撤退は考えない。誰か一人でもツェザールを殺せばそれで僕達の人生は……終わりだ」


 装備を整えながらガイラルはその場に居た二人に声をかけた。ブロウエルはその言葉に対して帽子のつばを掴んでから口を開く。


「……いえ、最後にはしませんよ。我々が必ず守ります」

『はい! ブロウエル様と私が居れば何とでもなりますよ!』

「はは、もちろん頼りにしているよ」


 ブロウエルとリッカがガイラルを殺させないと言い、彼は肩を竦めて笑う。そこでゼルトナが腕組みをして片目を瞑る。


「人生が終わりだなんて言っちゃいけねえよ。まだやることは多いし、ディダイトの坊ちゃんも教えてもらいたいことはまだまだあるはずだぜ? ……お前がハッキリと『殺す』と口にしたのは驚いたけどな」

「相討ち狙いというわけではないけどね。向こうは向こうで僕達が来るのを待ち構えているだろうから、覚悟を伝えたまでさ」


 昔の話し方に戻ったガイラルは剣と銃を自身の身体にマウントしながら真面目な顔で伝える。そこでもう一人、この場を訪れた者が居た。


「陛下、他の者の準備は整っています。いつでも出られますよ」

「ありがとうヴィザージュ」


 天上から一緒にここまで暮らして来たヴィザージュだった。コールドスリープで老いを防いでいたとはいえ、彼もまたガイラルと同じくらい老けている。


「因縁のある者達を集めています。……我々は長く生きすぎました、これで最後にしましょう。未来のために」

「そうだね。全ては愛する者の為に、だ」

「出撃は?」

「カイル達に悟られないよう、まずは降下してくるであろう部隊と戦う。地上で一区切りがついたら……『上へ』行くよ」


 ガイラルが装備を整えてから全員に告げる。異を唱える者はおらず、頷いてからさらにプランを詰めていくのだった。

 

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