128.

『ブロウエル様、次は?』

「待機でいい。リッカ、私に構わず好きにしていいのだぞ?」

『いえ! 私はブロウエル様に仕えたいと思います!』


 鎧兜の姿で敬礼をする終末の子は一人、リッカを見てブロウエルはため息を吐きながら口を開く。


「……その資格は私にはない。君をその姿にしたのが誰か覚えていないわけではあるまい」

『……だからこそ、ですよ。あの時、天上へ行ったとき巻き込まれた私を助けてくれて育ててくれたあなたに感謝こそすれ恨むことはありません!』

「それが計画の一部として君を使ったと知ってもか?」

『はい!』


 ブロウエルの言葉にリッカは元気よく返事をした。

 リッカは地上が浮き、天上世界が誕生した際に巻き込まれた子供の一人だった。それをたまたまブロウエルが拾い、保護したのだ。


 まだ幼かった彼女は若い頃のブロウエルしか頼れる人間が居なかった。それ以降彼女を育てていた。

 事情を説明したところリッカは理解し、よく懐いてくれた。生きるための戦闘技術や料理といった一人でも生きていける術を教え込んだ――



◆ ◇ ◆


「ふう、今日も疲れたー。いつか地上に戻れるんだよね、ブロウエルさん!」

「ああ。だが、いつになるかわからない。そのころはもう両親は亡くなっているだろう」

「ううん。もう死んでいるから、大丈夫」

「なに?」


 天上世界へ来てから数年が経ち、リッカもすっかり大きくなった。訓練を終えた後リビングで寛いでいたリッカが不意に地上へ帰れるのかと尋ねてきた。

 しかし、ブロウエルは戻れたとしてもそれがいつになるかは分からないとハッキリ言う。

 期待させるような曖昧なことは一切言わない。それはこの数年でリッカも分かっているはずだ。

 そう思っていた彼はリッカの言葉を聞いて眉を顰めた。


「えっと、あの時……地上が空へと舞い上がった時、私の両親が大穴に落ちていくのが見えたの。だから、もう居ないんだ」

「そうか」

「ふふ、ブロウエルさんはいつもそんな顔だよねー。でも、変に気を使われるより楽かな? というわけで私は一人です!」

「嬉しそうに言うものじゃない」


 ふふんと鼻を鳴らすリッカにブロウエルが呆れた様子で返しながら彼女を見ると、困った顔で笑っていた。

 こういう顔をする時はとんでもないことを考えている。


「私はもう一人……ああ、可哀想な女の子……だから、ブロウエルさん私と結婚して♪」

「ふう……どうしてそうなる。お前とは十以上も離れている。親としての役を務めてきたが、そんなつもりで育てたわけではない」

「えー、今どき十歳くらいなんともないよ? もう十七だし、ほら大人の女!」


 リッカがソファから立ち上がって体をくねらせる。ウインクをしてブロウエルにアプローチをすると、ため息を吐いて席を立つ。


「……もう寝る。明日は魔獣退治に行くから体調を整えておけよ」

「あ! 逃げた! ブロウエルさんちゃんと答えてよ!」

「うるさい」


 飲んでいた酒はそのままテーブルに置き、寝室へと向かう。リッカは口をへの字にした後、その酒をグイっと飲みほした。


「うええ、苦い……ひっく……ブロウエルさひゃんまってぇ……」


 リッカはあっという間に顔を赤くしてフラフラになりブロウエルの後を追う。すでにベッドに入っていた彼の布団へ潜り込んだ。


「なにをしている」

「うへへ……あったかいー。ひっく」

「……お前、酒を――」

「昔はこうして一緒に寝てくれたよね。本当にありがとう」

「……」


 引き剥がそうとしたが急に昔話をしだしたのでブロウエルは大人しく聞くことにした。するとリッカはブロウエルに抱き着いてから、言う。


「ブロウエルさんは……いつもぶっきらぼうだけど優しいよね。だから、大好き。もう家族は居ないけど、新しく家族を作ることはできるよ」

「……だが、私は……俺はこの天上世界を創った男に協力をしていた。お前の両親の仇でもある」

「うん……かもしれない。だけど、ガイラルさんやモルゲンさんを見ていると、多分、なにかあるんだろうなって思ってる。やらなきゃいけないこと、きっとあるんだろうって」

「……」


 ブロウエルは答えない。

 内容はどこで漏れるか分からない。失敗は許されない。そういうことに足を突っ込んでいる。いつかは地上に連れて帰るつもりだが、他にいい人を見つけて欲しいと、そう考えていた。


「なにをしているか分からないけど……私はブロウエルさんについていくよ? だから、ね……お嫁さんにして欲しいな。もう十八だし子供も作れるよ」

「……後悔するだろうな」

「ん……でも、あなたになら――」


 リッカはそれだけ言ってブロウエルに顔を近づけた――


 そしてしばらく経ったころ、ブロウエルはガイラルと共に地上へと追放されることになった。

 

 リッカを置いて。

 

「なんで……! どうして連れて行ってくれなかったの……!」

「そりゃあ、地上に居たらツェザールにやられるだろうからね?」

「モルゲン、さん?」

「ひとつ、地上へいく方法がある」

「……! 行けるんです、か?」

「ああ。ある方法を使えば――」


 モルゲンはに口元に笑みを浮かべて彼女へ提案をする。終末の子になり、ブロウエルの力になれるようにと――


◆ ◇ ◆


「……リッカ」

『なんですか!』

「昔のことは覚えているか?」

『昔……ですか? 例えば?』

「……私のことが――」


 そう言いかけてブロウエルは首を振る。彼女はあの時のままなのに、もう自分は若くない。なにを伝えると言うのかと。

 あの時、置いて来たせいで改造されてしまい、記憶が曖昧になってしまった。

 喋り方も変わってしまい、ブロウエルを慕うだけの存在に。


「……すまない」

『? おかしなことを言いますねえ。私はブロウエル様の忠実なしもべ。謝ることなどありませんよ!』

「……そうか」


 ブロウエルは珍しく口元に笑みを浮かべていた。

 そして、笑いながら涙をこぼす彼女の頬を優しく撫でるのだった。

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