127.
「カイル様、これでいかがでしょう。耐久性と伸縮性の両立ができたかと……」
「ああ、ついに完成だ。……間に合った、か――」
『お父さん!?』
「うおん!?」
――皇帝ディダイトの天上世界からの侵攻発表がされてから10か月が経過していた。
各国への通達、訓練の拡充、避難シェルターの建設などできることあり得る最悪の事態を想定して準備を進めていた。
その中の一つである『装備』はカイルに一任されており、長期戦闘に耐えうるもの作っていた。
それが今しがた完成し、特に労働時間の多かったカイルは気が緩みその場で倒れた。
『しっかりしてください!』
「ああ、起こさない方がいいよイリスちゃん。主任は疲れているから寝かせてあげよう」
『だ、大丈夫ですか……?』
「うん。ベッドで寝かせておくからお母さんを呼んできてくれるかい?」
『はいです! シュー、大きくなるです』
「わん♪」
大きないびきを立てて寝たカイルを揺するイリスに、研究者は苦笑しながら止めていた。イリスはすぐにシュナイダーが大きくなり、エリザを呼びに行くため研究所を飛び出した。
「元気だなあ。ま、カイル主任の娘さんなら納得か」
「だよなあ。この人、研究しながら訓練もしているんだろ? 実戦もするつもなのだろうか……?」
「やるだろうな。……よっと」
イリスが去ったあと、研究員たちはそれぞれそんな話をしながらカイルを仮眠室へと運ぶ。
話の通り、カイルは夜遅くまで装備品の研究をした後にエリザとイリスを連れて訓練を行っていた。
全ては決着をつけるために。
「しかし、天上世界は大昔に空に上がった種族だろ? 地上ほど領土はないしそこまで強いとは思えないんだけどなあ」
「どうだろう……カイル主任はモルゲンという男と、我々を裏切ったセボックの技術力を侮るなと言っていた。訓練の状況を考えると甘く見てはいけないのだろう」
「確かに……この装備の重要度を考えたら、な」
仮眠室から戻ってきてから研究員の一人が完成した武具に目を向けて真面目な声色で言う。
そこには騎士達が使う金属の鎧でも、サイクロプスの素材を使ったプロテクタとも違う黒い全身防具があった。
頭部もヘルムではなくメットとなりゴーグルで目をカバーする形の頭部防具もある。
――そして、武器。
「EW-531ベヒーモス…… ハンドガンにしちゃ口径がでかい。鉄の兜程度なら頭が貫通して潰れたトマトみたいになっちまう」
「こいつも凶悪だぞ? EW-573ドラゴンバイト」
「そいつはアサルトライフル、ウッドペッカーの上位版だっけ? 弾数がおかしいよな……」
「近接は全員こいつだしな」
そう言って一人がカイルの持つ紅い剣のように反りのある刃を手にする。EW-813リュミエール。魔力を込めた鉱石を加工して折れにくい素材で作成したものだ。
切れ味は量産したものとは思えないほどの強さを誇っていた。それを掲げて研究員は首を傾げていた。
「……こいつを各国にも配るんだろ? 天上世界との戦いが終わって、次は帝国が狙われたら……なんてことを考えてしまうな」
「なにか考えがあるのだと思う。そもそも、天上と戦って勝たなければ地上は終わりなんだ。先を考えるのは奴等を倒してからでいいんじゃないか?」
「そうか……そうだな……」
「それにしてもカイル主任が味方で良かった……俺はそう思うよ――」
モノは完成した。
後は配布するのみという状況になり、改めて出来上がった装備を見るとカイルの凄さが際立つと口にする。
サイクロプスの皮は在庫が少ないため、手に入る素材を使い、軽量で強装甲を実現した正に天才だと。
他にもバズーカのような大型兵器なども用意しているため、たった10か月でこの成果は破格なのだ。
――そこから量産体制が始まり、素材の入手を経てまずは帝国の兵士に配られた。おおよそ騎士とはかけ離れ、どちらかと言えば暗殺者に近い装備に困惑しながらも訓練を続けていく。
◆ ◇ ◆
「カイルよ、ありがとう」
「なんだよ藪から棒に」
色々といち段落した昼下がりに、カイル達の居る別宅を訪問したガイラルが出されたお茶を飲んだ後にフッと笑い礼を口にした。困惑するカイルにエリザが続けた。
「どうしたのお父様。急に尋ねてきたと思ったらお礼だなんて」
「いや、なに。装備開発について大儀だったと言いたいだけだ。あれなら天上の軍勢でも押し返せるはず」
「どうかな……セボックの知識とモルゲンの野郎の技術力があればあれと同等のものを作れると俺は考えている」
「まあ……」
それは否定しないとガイラルが言う。
「モルゲンの持つ振動する剣などはそう簡単に作れないと思うが、重火器はセボックの知識から作られるだろうからな。だが、お前の装備はそれを上回ると思っている」
『お父さんは凄いです!』
「ふふ、そうね! でも、いつ来るかしら? 今のところ予兆もないわよね」
ホットケーキを食べながら父を称賛するイリスを撫でながらエリザが言う。するとガイラルは窓の外に向けた後、少し間を置いてから口を開く。
「……もう、すぐだろう。モルゲンの終末の子の回収に失敗しているなら、別のプランを準備するはず。カイルと同じかそれ以上の能力を持っていると考えれば、こちらの準備が整った今、同じ時期で仕掛けてくる可能性は高い」
「それならもっと早くきてもいいんじゃない? 仕掛けながら混乱を巻き起こした方がいいような気もするけど」
隊長をしていたエリザが作戦について推測を言う。
そこでガイラルは腕組みをしながら片目を瞑って口を開いた。
「……ツェザールは確実な手段ばかりを選ぶ。勝てると思った状態でしか襲っては来ないだろうな。イレギュラーはクレーチェのことくらいか? 天上……その前に地上で主要な王を失脚させて自ら天上の王になっただけはある」
「なるほど。慎重ってことか。だけど、慎重になりすぎて手遅れってこともある」
「ふふ、お前は突撃するばかりだからなカイル」
「う、うるせえ! 五年前はちゃんとあんたが説明してくれれば……いや、それだとイリスはここに居ないんだよな。すまない」
ガイラルは考えなしに動く男ではないとカイルは思いなおして謝罪を口にする。
そこでふと、カイルはガイラルに聞きそびれていたことを尋ねた。
「そういえば終末の子はどこかのタイミングで地上に設置したんだよな? イリスの身体は赤ん坊の時から能力だけ抽出したんだろ? なら元々の終末の子はどうなったんだ?」
「……もちろん居なくなった。まあ、すでにあの遺跡はダメだったから仕方が無い」
「そう、なのか? でもそれだと――」
「では、私は失礼するよ。なに、気にするな。私達は絶対に勝つ。その準備をしてきたのだ」
「あ、ああ……」
ガイラルは会話を切り上げると席を立って出口へと向かう。
『お見送りをします!』
「わふ」
「お父様、また来てくださいね」
「ああ」
「……」
部屋から出ていくガイラルをカイルは無言で見送った。なにか頭に思い浮かんだが、それは答えが出なかった――
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