126.


「――様」

「……」

「――ゲン様」

「モルゲン様」

「……! ああ、どうしたんだい?」

「……大丈夫ですか? 地上侵攻が目前ですし、少しお休みになられた方がよろしいのは」


 天上にある転移装置の前でモルゲンが他の技術者に声をかけられていた。

 当のモルゲンは技術者の言う通り、疲れが見えており今も上の空だった。そのため休むよう進言されていた。


「くく、問題ないよ? 後少し……後少しで僕の望みが叶うんだ、これくらいは許容範囲内さ。それより、作業の遅れが出ているから気にして欲しいんだけどね?」

「……そうですね、申し訳ございません」


 モルゲンはいつものように笑いながら作業中の技術者を咎める。そのことで気を悪くすることもなく作業を続けていたが、しばらくしてまた声をかけた。


「……モルゲン様、地上はどうでしたか?」

「いきなりどうしたんだい?」

「いえ、私の祖先が地上に帰りたいと言っていたことがあったらしく、興味がありまして」

「ふうん」


 モルゲンは大して面白くもなさそうに返事をし、再び無言になる。技術者はこの人に言っても無駄だったか、気を悪くさせてしまったなと考えていた。しかし、ふとモルゲンは口を開く。


「……いいところだよ、地上は。ツェザールが再び手に入れようとしているだけのことはある」

「え?」

「僕や彼にとっても故郷だ。結局、元の居場所を求めているのだろうな」

「それはどういう――」

「さて、僕は終末の子の調整に入る。ここは任せたよ」

「あ。は、はい……」


 先ほどまで笑みを浮かべていたモルゲンが真顔になっていて技術者は困惑しながら返事をした。そのままモルゲンは転移装置のある巨大な施設を後にする。


「……故郷、ねえ」


 モルゲンは再び笑みを浮かべながら歩いて行き、研究施設の隣にある建物へ入っていく。そこには冷凍睡眠を施されたシオンとウーが寝かされていた。


「いよいよだ。全ての決着が、僕の望む形で終わる。そのために君たちを再調整させてもらった」

『……』

『……』


 モルゲンがそう口にすると、二人の目がゆっくりと開き装置のカバーを開封するとその身を起こした。

 

『……モルゲン様、ご命令を』

『……あなたのお役に立つために、この命を使いましょう』

「ああ、頼むよ二人とも。他の連中はガイラルのところへ居る。敵対することがあるかもしれないけど」

『問題、ありません』

「いい返事だ。それとカイルという男が居る。そいつは生かして連れて来てくれ……もっとも、向こうから来るかもしれないけどね」


 そう言ってモルゲンが目を細めてニヤリと笑う。しかし二人は感情を失ったかのように無表情のままだった。

 

「ふん、面白くない人形だ。僕が作ったとはいえ、もう少し話せる相手にするべきだったか。それじゃ王に謁見と行こう」


 語り掛けねば言葉が返ってこない二人に命令を下し、再びモルゲンは歩き出す。向かう先はツェザールの居る大きなビルだ。


「モルゲン様、お疲れ様です」

「ツェザール様は?」

「最上階に。……その二人は?」

「僕達の心強い仲間さ! ははは、期待するといい。では謁見させてもらうよ」

「はっ!」


 ツェザールに会うためビルへ入ると、すぐにビルで働く人間と顔を合わせた。どこにいるかなど分かっているのに、なんとなく尋ねた。期待した通りの答えが返ってきて、二人の紹介をすと、大笑いをしながら自らが作成したエレベーターに乗り最上階を目指す。


「こんにちはツェザール様」

「おや、モルゲンか。入れ」


 とある部屋の前でノックをせずに声をかけるとツェザールが入れと指示する。モルゲンは機嫌のいい声色だと思いつつ、二人を引き連れて中へと入った。


「どうした? 地上侵攻の件か? ……そいつらは、終末の子、か」


 部屋では要件は見当がついたとツェザールが片目を細めてシオンとウーを見た。モルゲンはその表情に満足すると、指を鳴らす。


「……! どういうつもりだ?」

『……』

『……』


 瞬間、終末の子である二人がツェザールの横で武器を構えて立っていた。しかし、ツェザールは動ずることなく、素早く両手で剣を抜いて二人の喉元に剣を突きたてていた。


「ふっ、随分と強くなったね君も」

「ふん、ガイラルが強くなり俺が強くなれないわけがない。そうだろう? お前と違って、魔科学ではないということだ」

「そうかい? 下がれ」


 モルゲンの言葉に終末の子が二人とも元の位置に戻る。笑みを絶やさず、モルゲンは話を続けた。


「ミエリーナの訓練から逃げ出した君がよくそこまでなったものだよ。ガイラルにまったく歯が立たなかったのに」

「……言うな!」


 激昂し、手にした剣をモルゲンへ投げつける。それはシオンの長剣に弾かれた。


「ガイラルと同じだと? 俺は強い……奴と一緒にするな! 俺にそんな口を利いて、ミエリーナがどうなっても知らんぞ?」

「……彼女は元気かい?」

「もちろんだ」


 自信ありげにツェザールがそう口にすると、モルゲンは眼鏡の位置を直しながら口を開く。


「なら、良かった。ガイラルの首を持ってくれば返してくれる約束、忘れないでくれよ」

「ああ。お前も最愛の妹を連れていかれた恨みがあるだろう? お互い、奴は仇敵だ。その二人が居れば勝てるのだな?」

「任せて欲しいね? ガイラルはこちらの動きを知っているわけだし、君が強くなったのは意外性が高い。今は手加減をしたけど、君よりは強いよ」

「……そろそろ侵攻はいいのではないか?」


 自分より強いと聞いて鼻の頭に皺を寄せるツェザール。気分を害したが大事の状況を確認する。


「行動は慎重に、ってことで。この二人の調整と、大規模転移装置も調整が必要だ。では行こうか、シオン、ウー」

『ハッ』

『かしこまりました、モルゲン様』


 モルゲンはそう言って二人のお披露目と元凶報告は終わりだと踵を返す。扉を開けたところでツェザールはもう一度質問を投げかけた。


「……侵攻は十日後だ。それ以上は伸ばすことは許さん」

「はいはい、わかったよ。今から戦闘できる人間の鼓舞をしておいてくれよ?」

「わかった。すぐに演説を行う」


 モルゲンはニヤリと口元に笑みを浮かべて扉を閉めた。


 ――そして翌日、ツェザールはかねてより通告されていた地上侵攻の演説を行う。天上の準備も着々と進む――

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