125.
「……」
「どうしたフルーレ、ボーっとしているぞ」
「あ、は、はい! すみません隊長!」
カイルとエリザ達が家族に戻ってからしばらくが経過した。
フルーレはあの日、エリザがカイルの家に行って会話を聞いたした内容がずっと頭の中を巡っている。
「(はあ……こんなんじゃダメだなあ。もうカイルさんは遠い存在になっちゃったし……忘れ、ないと……)」
頭の中でそんなことを考えながら胸が締め付けられる、というのを何度も繰り返す。
二人で色々なところに出向き、戦い、実家のことも解決してくれたカイルのことをいつの間にか好きになっていた。
イリスも可愛いしシュナイダーも大人しく、父親の覚えもいいので一緒になったとしても問題はないと考えていた。後はいつ言い出すかだけだったのだ。
「――い、フルーレ」
「ひゃい!?」
「……まったく、最近ずっと上の空じゃないか。どうした? そいつの腕を使えなくするつもりか?」
「え? あ……」
隊長のカーミルに呆れた声で頭をはたかれ、目の前を見ると兵士の腕を包帯でぐるぐる巻きにしていたことに気づく。
「ひでえよフルーレちゃん……」
「あああ、ごめんなさい!」
「ぐあああ!? 締まってる!? 締まってるよ!?」
「ああああああ!?」
「はあ……ここはいい。すまない、誰か代わってくれ。いくぞフルーレ」
カーミルが他の隊員に声をかけ、フルーレが見ていた負傷者の面倒を見るように頼む。そのまま彼女はフルーレを連れて城内にある病室から隊舎へ連れて行く。
椅子に座るよう促すと、沈んだ表情のままフルーレは着席をする。カーミルはため息を吐きながら無言でコーヒーの用意をした。
「ほら、熱いから気をつけろよ」
「ありがとう……ございます……熱っ!?」
「熱いと言っただろう? それで、どうしたんだ? 最近のお前は本当に心ここにあらずと言った感じだぞ」
「……」
カップを手にして黙り込むフルーレに頭を掻きながら苦い顔でカーミルは口を開く。
「カイルのことか?」
「!」
不意にカイルの名前が出たことで、体をこわばらせるフルーレ。ビンゴかと呟いた後、カーミルはコーヒーで口を湿らせてから言う。
「お前がカイルのことを好いていることは分かっているが……手遅れになったか」
「……はい」
そこでようやくフルーレが一言返し、これは重傷だとカーミルは少し考える。
「結果は出てしまったが、これはいつかあり得る未来だった。それまでに行動を起こさなかったお前のミスだな。とはいえ、カイルがフルーレの気持ちに応えるとは思えない」
「それも、分かっています。けど、せめてきちんと伝えられていればとそればかり考えてしまうのです……」
エリザとよりを戻す前ならそれもできたが今、それをすると間違いなくカイルとエリザに迷惑がかかる上に、失恋も確実となった。それゆえになにもできないのが原因だ。
「ならカイルとエリザに素直にそう言えばいいだろう?」
「……!? そんなことできませんよ!?」
「どうしてだ? 踏ん切りをつける意味では必要だ。もしフラれたからと言ってなにが変わる。それにあいつらはそんなのを気にするほど心が狭くない。それは一緒に戦場を駆けたお前もわかっているだろう」
「そんな簡単に……!」
簡単にいけばこんなに悩まないとフルーレは激昂する。それを見たカーミルはフッと笑ってコーヒーを飲む。
一息つくとフルーレに指を差してから話を続ける。
「少し元気が出たか? 怒りでも十分だ。実際、カイルは実の息子でなくても、昔から陛下に近しい存在だ。ディダイト様が居るが、それよりももっと前に世話をしていた……わかるか?」
「……? どういうことでしょうか」
「まあ、あいつも王族だ。妾や側室を持ってもいいってことだな」
「あ……」
それは確かにとフルーレは思い至る。正妻でなくてもカイルの傍に居ることはできる可能性はまだあるということだ。
「さ、さすがにエリザ様が許さないと思いますけど……」
「どうかな? エリザが傍に居られない時、お前がいることで良かったと思っていた節はある」
「ええ……?」
本当かしらと不敵な笑みを浮かべる自隊長の顔を見返す。
一度カイルの家で顔を合わせた時、不穏な空気になったことを思い出しさらに疑いを強めた。
「あたしにも確実なことは言えないが決めるのはお前だ。道は示した。できることは案外多いぞ? 他の国ではよくあることだし」
「無責任……!? ……でも、はい。ありがとうございます隊長。うじうじしていても仕方ありませんもんね! わたし、ちょっと前向きに考えてみます!」
「ああ」
「失礼します!」
席を立って拳を握るフルーレに、肘をついてから目を細めて笑顔になるカーミル。お礼を言って外に出る彼女を見送ってからカップのコーヒーを全て飲み干してから肩を竦めて一人呟く。
「……我ながらおせっかいだったかな? それでも、カイルには幸せになって欲しいよなあガイラル。エリザもあの子なら大丈夫だろうさ。……さて、あたしも準備をしようか。最期の、本当の最期に向けて――」
◆ ◇ ◆
「ん? あれは……フルーレ!」
「え? あ、オートスさん!」
フルーレが隊舎を出てカイルを探そうと外に出ると、オートスに声をかけられた。不意に名前を呼ばれた彼女は足を止めてオートスに反応する。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「え? ええっと――」
そこで自身の決意をオートスに話す。一緒に『遺跡』で命がけの戦いをしたことがある仲間として認識しているため、抵抗はあまり無かった。
「そうか……カイル、様に告白を」
「はい。エリザ様に怒られそうですけど、一応、伝えておこうかと」
「……そうだな、次の戦いはかなりの規模になる。俺達も生きて帰れるか分からない。もし、生き残ることができたら……いや、なんでもない
「?」
「俺が死んだら弟と妹を頼もうか、と」
オートスが珍しく焦った様子で視線を逸らし、フルーレもあったことがある兄妹のことを口にした。
「そんな! きちんと生き残ってください! みんなで戦えばきっと勝てますから!」
「……そうだな。お前も、その、頑張れよ」
「はい! それじゃ、お仕事に戻りますね」
フレーヤは笑顔でそう言ってからオートスに手を振ってその場を立ち去る。そんな彼女を見送りながら、オートスは肩を竦めてひとり呟く。
「……勝てないな、あの人には」
踵を返して立ち去るオートス。
戦いの日は、確実に近づいている。各々、後悔の無いように日々を過ごすのだった。
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