122.
――カイルとエリザが真実を知ってから、なにかに急かされるように目まぐるしく周囲が変化していった。
「軽装兵第五大隊、エリザ=U=ゲラート大佐は本日づけで解任。それによりキルライヒ=ゲルサ中佐を大佐へ昇格。補充人員は追って通達する」
エリザは予定通り隊長を解任され、王女として生活することになる。しかし、同じくカイルとの件も通達されていた。
「今後エリザ様はカイル・ディリンジャー技術開発局長と再婚し、娘のイリスと共に城で生活することになる。くれぐれも粗相の無いように」
訓練場に隊長以外のメンバーが集められ、各部隊員が通達を耳にする。困惑で騒ぐものが殆どの中、涼しい顔で肩を竦める者達も居た。
「はっはっは、マジか! ただ者じゃないと思っていたけど王女様の伴侶とはなあ。どうやらオレ達はだいぶ失礼だったらしいぜオートス」
「彼がそれくらいで怒らないのは我々が一番良く知っているだろう、ドグル。……収まるところに収まった、というところか」
第二大隊のドグルと、隣に並ぶ第三大隊のオートスが呆れた笑いを見せる。技術開発局長という肩書に王族との結婚。確かに彼ならそれくらいはあってもオートスはおかしくないと考えていた。
『遺跡』での死闘を潜り抜けられ、スパイだった自分を救ってくれたのは間違いなくカイルだったのだ。
そのまま解散か、そう思われたが話はまだ続いた。
「……ここからが本題だ――」
そこで各隊員に資料が配られた。
十分目を通すようにと言われた彼等は顔を見合わせて困惑しながら資料を開き出す。しばらくすると、隊員の殆どが冷や汗をかきながら空へ目を向けた。
資料。
そこには今後、天上世界との全面戦争が起こるであろうことが書かれていたからだ。
「こ、こんなことがあり得るの……!?」
カイルと共に『遺跡』へ赴いたことのある第四大隊のダムネが上ずった声を上げていた。そこでドグルに資料で頭をはたかれる。
「声がでけえよダムネ。……とはいえ、驚かされたけどよ」
「……元々、国の防衛だけでなくこの戦いが主だったとは……」
モルゲンが直接出向いてきたことで、恐らくこれが最後になると睨んだガイラルは全てを打ち明けることにした。
自身のことはある程度省き、長く生きながらえていること、ツェザールのこと、天上世界のことを、全て。
当然、自分たちのやってきたことは国を守ることだと思っていた隊員達に動揺が走る。
「俺達はこいつらと戦うために訓練を……?」
「陛下はそのために我々を駒に?」
「ふん……」
隊員の動揺に鼻を鳴らしたのはオートスだった。さて、なんと言ってやろうかと考えていたところで説明していた男が手を叩いて静かにさせた。
「皆、資料の最後を確認してくれ。この戦い、恐らく激しいものとなる。各国にも通達をしている。そしてもう一つ。戦争に参加したくない者は退役を許されている」
「……!?」
あっさりと『止めていい』と告げられた隊員たちは息をのむ。普通、王なら命を賭けて戦えと言うものだが戦わなくてもいいと言うのだ。
「陛下はどうしてそんなことを……」
「この戦いは恐らく大規模かつ長く、そして激しい戦いになるだろう。結婚している者や家族が居る者はそちらに時間を使って欲しいとのことだ」
「そ、そうなんですね。なら辞めても――」
安堵する隊員が居る中、オートスが手を上げて発言権を求めた。
「君は……オートス・グライアか。なにか」
「もし退役した場合、人数の補充はあるのでしょうか?」
「……もちろん他に募集をかけるつもりだ」
「集まらなければ?」
「その時の人数で戦うことになるだろう。苦戦は確実にするだろう」
「では辞めても辞めなくてもそれほど脅威は変わらないということでよろしいでしょうか」
そこで男がオートスの発言の意味に気づき、目を見て直接、ハッキリと言う。
「そうだ。戦いに勝たねば地上は蹂躙されるだろう。陛下が何百年もかけて助けて築き上げた地上は奴等の……ツェザールの手に落ちる。そうなれば地上の民は皆殺しだろう」
「オートス大佐……」
「そ、そうか……」
「なるほど、では私は身内のために全力を尽くしましょう。回答、ありがとうございました」
そう言ってオートスは締めくくった。するとドグルが眉を顰めて口を開く。
「結局、聞いちまった以上は安心したけりゃ自分でやるしかねえんだよな。それでも辞めるヤツは居ると思うがな」
「……金は大事だからな」
「はは、オートスが言うと説得力があるね」
ドグルの言葉にオートスが答え、ダムネが呆れた笑いを見せていた。そして最後にと男が咳ばらいをして口を開いた。
「……私は当時、陛下についてきた人間だ。ツェザールの悪行も知っている。そして、今から告げることは個人的な感情のみで言う。お前達の鈍らせている判断の助けになればと思う」
そして男は自分の知る限りのことを話した。
天上世界からすると自分たちは裏切り者。確実に殺されるだろう。そして地上はガイラルが生き残りの地上人を抹殺するために差し向けられたが人々を助けたということを。
「奴は許すわけにはいかない。奴の口車に乗った自分もだ……! 陛下もそうだ。しかし、陛下が居なければここに居る人間の大半は生まれていなかった。それは忘れないでくれ。以上だ」
「「「……」」」
男はそれだけ言うとこの場を離れて行った。
その様子を呆然と見送るなか、オートスは椅子から立ち上がる。
「第三大隊は撤収。隊長が戻り次第、隊舎にて今後の話し合いをする」
「「「は、はい!」」
「またな」
「ああ」
ドグルに言われて短くそれだけを返していた。
「第二大隊も戻るぞ、ドグル」
「あ、サイス中佐。了解であります。じゃあな、ダムネ」
「う、うん! カイルさん、どうしているかなあ……」
オートスの言葉を聞いた別の隊もバラバラと解散していく。ドグルもダムネもその場を離れて行った。
そんな中、オートスは一人考える。
「(カイル少尉……いや、技術開発局長はどうするつもりだろうか? 今の話では戦いに加わる立場ではない。……?)」
「……」
「あれは……フルーレ、か」
確かカイルのことが好きだったなとオートスは片目を瞑る。しかし子も居て、相手が王女となるとフルーレが付き合う僅かな可能性もないことに気づく。
「……」
オートスはそんな彼女を見送るのだった。
◆ ◇ ◆
――大会議室
「それで影響は?」
「全部隊数六千に対し、退役を決めた者は二百五十名でした。すまないが一応募集をかけてくれ。それもとびきり過酷な条件を書いてな」
「ディダイト様、それは――」
「構わないよガトロフ大佐。我々に必要な者は数よりも奴等を倒そうとする強い意思を持ったものだ」
隊長全員を集めてディクラインは今後の話を進めていた。末端の人間まで考えると共感できない者は間違いなく出てくる。それを止めることはせず、内容を伝えても戦う人間でないと無理だと口にする。
「教えるのは俺達ですからねえ。勘弁してくださいよ王子。隊長就任すぐに新兵の育成は」
「ふふ、キルライヒは妹の後ろで今まで楽をしていたからコキ使わせてもらうよ」
「ま、構いませんがね。ただ、エリザ隊長とカイルさんの埋め合わせは強いのを頼みますよ?」
「そりゃずるいだろ」
エリザの後釜であるキルライヒは肩を竦めてそう言う。他の隊長が苦笑する中、ブロウエルが帽子の位置を直しながら口を開いた。
「……ではディダイト様、作戦概要を」
「ああ。それでは天上世界制圧作戦について話をしよう――」
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