121.

「寝付いたか。いや、なんだか夢を見ているようだな……」

「そうね。五年前のあの日、全てが終わってしまったと思ったんだから」


 エリザがカイルの下を訪れてから時を過ごし、夜になっていた。二人は遊び疲れて寝てしまったイリスを見ながら語り合う。

 

「しかし元となった終末の子はどうなったんだろうな。身体はイリスのまま。あの封印されていた場所には遺体もなにも無かった」

「お父様はその子はもうダメだったとだけ言っていたけど……」

「考えても仕方が無い、か。顔も知らない子よ、ありがとうな」


 自分たちの娘が助かっただけでも良しとしようとカイルは頷き、イリスに向かって頭を下げた。


『はんばーぐ……』

「わふ……」


 するとイリスが自分の好物を口にし、シュナイダーをぐっと抱きしめた。


「フフ、食いしん坊よねこの子」

「食費が大変だよ。……さて、この子は今後戦いの場に出さない方向でいいか。エリザ、お前も部隊長を辞めるんだろ?」

「正確には辞めさせられるんだけど。でも、ツェザールという男がお母様に固執しているという話を聞いた今、確かに戦場に出ない方がいいと私も思う」

「……俺の、本当の親父か」

「……」


 どうすべきか迷ったがエリザはそのこともカイルへ伝えていた。内容を聞く限り、ガイラルは必ずツェザールを倒すつもりだ。

 もし、カイルが実父を守ると言えばまた仇になるかもしれない。それでも、誤魔化したくないと真剣な顔で伝えたのだ。


「心配するな。俺を始末しようとしたクソ野郎なんぞに興味も未練もねえ。俺の親父は皇帝だ。それとクレーチェ義母かあさんだ」

「カイル……!」


 ガイラルを父と口にしたところでエリザが涙を流す。お互い、不器用なまま確執だけが残った関係が元に戻ったと確信したからだ。


「後はモルゲン……そして本当の母親がどうなっているか気になるところだ」

「モルゲンさんはお父様寄りだったみたいだけど……」

「壊れちまったのかもな……俺みたいに。状況は掴めないが、天上に母さんが居るということはツェザールに人質を取られているようなもんだ」

「うん……」


 カイルの説明にエリザは俯いて頷く。もしかしたらもう亡くなっている可能性も捨てきれない。そう考えていた。


「ただ、上手くすればモルゲンもこちら側に引き込めるかもしれない」

「え?」

「モルゲンはミエリーナ……母さんが居ればいいわけだろ? なら、救出すればいい」

「ど、どうするつもり?」

「……そりゃあお前、行くんだよ。天上へな」


 ニヤリと笑みを浮かべたカイルにエリザは目を見開いて驚いた。


「ダメよ! それにお父様は私達を除隊させるつもりだから、動けないわ」

「俺は技術開発局に戻ったんだ。隙はある」

「でも……」

「大丈夫だ、俺は必ず戻る。優しいがちょっと気の使い方を間違えている親父おやじを連れてな」

「……!」


 そこでエリザは、カイルが自分の父親を助けることも考慮していることに気づく。

 恐らく自分はこれ以上、戦いに参加することはできない。兄のディダイトも国を治めるため後方支援に回る。

 そうなると部隊の運用次第ではガイラルは単騎でツェザールの下へ行くことになる。


「お父様……」

「まあ、間違いなくディダイトさんに後を任せて決着をつけにいくだろうな。ブロウエルのおっさんは随伴すると思うけど」

「でも二人よ」

「そこで俺だ。精鋭が三人いりゃ、ツェザールを始末するのは訳ない。問題はセボックの奴がどれほどの装備を作るかだな」


 カイルは軽い調子で言うと、顎に手を当てて討伐プランを考えはじめた。

 ポカンと口を開けているエリザに気づき、カイルが向き直ると微笑みながら顔を近づける。


「心配すんな。お前とイリスが居るここに必ず戻ってくる。天上にいる奴等を倒してな」

「……絶対だからね」


 むくれた顔は確かにクレーチェさんにそっくりだとカイルは苦笑する。

 そしてイリスを真ん中にして眠り、夜を過ごす。


 ――そしてエリザの除名が翌日に発表された。さらにこの日、部隊長と副隊長は全員緊急招集を受けることになる。


◆ ◇ ◆


「ようモルゲン、調子はどうか?」

「……まあまあ、ってところだね。セボックとやらはどうだい?」


 天上に戻ったモルゲンはツェザールに呼び出されて玉座の前に立っていた。

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら酒の入ったグラスを傾けているツェザールに彼は質問を返す。


「お前の研究を引き継いでも問題ないほどの腕はある。しかし、カイルの方が腕がいいとされていたようだが、どうして奴なんだ?」

「カイルは技術開発局を追放されていたからね。僕はその時のトップを連れて来たまでさ」

「ふん……我が子はミエリーナの血を濃く継いだか? できそこないとは」

「……」


 その言葉を聞いてモルゲンはぴくりと眉を動かす。


「まあ、君の血も入っているしね?」

「……どういう意味だ」

「さて、それは自分で考えよう。ひゃひゃひゃ!」

「貴様……!」


 煽るように笑うモルゲンにグラスを投げつける。しかしモルゲンはスッとそれを避けてから眼鏡の位置を直していた。


「僕に激昂しても仕方が無いだろう?」

「チッ……まあいい。ガイラルは?」

「元気にしている……とはいいがたいかな。僕と交戦して重傷を負っているからしばらくは動けない」

「ほう……! それはいい報せだな。終末の子とやらは?」


 ガイラルが重傷ということに関して狂気じみた笑みを浮かべるツェザール。終末の子に関してもさらに続けた。


「……二体だけ確保できた。後はガイラルの手の内だね」

「ふん、地上制圧用に作らせたが、所詮はおもちゃか。まあ、居なくてもなんとかなるだろう」

「やらせてみるかい? 五十人くらい相手なら一人で勝てると思うよ」

「ほう、そこまで言うなら見せてもらおうか」


 そう言ってツェザールは玉座から腰を上げた。

 

「その戦闘力次第で編成を考える。ガイラルが負傷している今がチャンスだ! 地上を取り戻すぞ!」

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