120.

「父さん」

「ん? どうしたディダイト」

「エリザが出て行ったけど、今のをカイルに話すんじゃないかな? それは大丈夫なのかい?」


 エリザが出ていった後、ディダイトがカイルに知られるのはまずいんじゃないかという旨を口にした。

 これで誤解は解けるがあの性格だと天上へ乗り込むのではと考えていた。


「これは賭けだ。時が満ちた今、後は決戦のみ。まさか自分の娘と妻を戦場へ連れて行くとは言うまい」

「……甘いよ父さんは」

「ん? どういうことだ」

「いや、その内わかると思うよ。母さんが生きていたら違ったかもしれないけど」

「どういうことだ?」


 息子が呆れた口調で言うため、ガイラルは珍しく首を傾げていた。クレーチェが居ればというのも引っかかるなと質問を投げかける。


「まあまあ、すぐにわかるよ。父さんと母さんが居てバランスが取れてたんだろうなあ」

「ふむ」


 わからんと口を尖らせるガイラルに、苦笑しながらディダイトはソファから腰を上げる。


「母さんなら『直接ぶん殴れるなら一緒に行く』って言うと思うよ? カイル君も父さんに似ているし、エリザに尻を叩かれてそうだ」

「……」


 そんなことは……と思ったが、ガイラルはすぐにクレーチェなら確かにと眉間に皺を寄せる。そしてクレーチェにそっくりなエリザだ。あり得るかと苦笑する。


「……連れ戻すか」

「くく、もう遅いと思うよ? あいつは足が速いし。……さて、冗談はともかく、決戦の計画……その詰めをやろうか」

「そうだな」


 ◆ ◇ ◆


「ったく、どれだけ食うんだよ」

『ハンバーグは美味しいからいいんです。ね、シュー』

「うぉふ」

「無責任に鳴くな」


 ガイラル達の家族が話し合いを終えたころ、カイル達はゼルトナの店を出て帰路についていた。やることは多い。

 だが、終末の子を含めて次の作戦が分かるまでは迂闊に動けない。


「あれ? カイルさん!」

「ん? おお、フルーレちゃんか。こんちは。買い物か?」

『こんにちはフルーレお姉さん!』

「わん!」

「イリスちゃんにシュナイダーもこんにちは♪ わたしは少し隊の買い出しに来てます!」


 自宅へ向かう途中、買い物袋を抱えたフルーレに出会い、カイルは気さくに声をかけた。それに倣ってイリスも挨拶をするとフルーレの顔が綻ぶ。


「買い出しか……カーミルは?」

「……まだ起き上がることは出来ないみたいです。作戦が始まるまでには大丈夫だと思いますけど……」

「いや、無理だろうな」

「え?」


 無理だと即答したカイルに目を見開いてフルーレは短く呟いた。カイルは特に気にした風もなく話を続けた。


「俺は皇帝に頼まれて装備を作る予定だ。納期は決まっていないが……恐らく決戦は近い」

「……!」

「モルゲンの野郎がこちらに干渉してきた時点で天上のトップに報告が行くはずだしな? となると終末の子を二人だけしか手に入れられていない奴等は動く。必ず」

「ああ、だからその前にこちらから……ってことですね」


 フルーレの推測に頷くカイル。


「そういうことだ。フルーレちゃんは後方支援だろうけど、気をつけてな。親父さんが心配する」

「あ、はい! そうだ、今度また実家に――」

「見つけた! カイル!」


 フルーレが頬を赤くして話をしようとしたところで息を切らせたエリザが大声を出して近づいてきた。


「え!?」

「お、エリザ……隊長じゃないか」

「今はそういうのはいいの! ごめんなさいフルーレさん、カイルを連れて行くわね!」

「え? え?」

『エリザお姉さんこんにちは!』

「うんうん、それじゃちょっと家に行くわよ!」

「わふ!?」

「お、おい、どうしたんだよエリザ!?」


 エリザはイリスとシュナイダーを抱えてカイルの手渡すと、彼の手を取って再び駆けだして行く。あっという間の出来事にフルーレは口をぱくぱくさせながら見送るしかできなかった。


 一方、エリザに連れていかれたカイル達はほどなくして自宅に到着する。さっとイリスとカイルを座らせた後、エリザは先ほど聞いた話を二人に聞かせる。

 当然、イリスのは分からない話なので途中で退屈してシュナイダーを撫でて遊んでいた。

 だが、カイルの方は驚きを隠せない事実ばかり。最初は冷や汗をかいていたが、段々と冷静になっていく。


「……そんなことが、あったのか……皇帝……なんでそんな……王妃も……」

「私も初めて聞いたわ……お父様はお母様を本当に愛していた……記憶が無くなってもそれは変わらなかった」

「ああ……」


 カイルは恨みをぶつける相手が違うことに驚愕する。しかし、エリザの話が本当であれば間違いなく天上へ行ったという読みを当てられているので自分に知らせないのは英断だったと胸中で思う。

 さらにエリザは続けてカイルの度肝を抜く発言をする。


「……そしてイリスは私達の本当の娘よ。名前をつけたのは偶然だけどお父様はカイルらしいって言ってたわ」

「え? ……はぁ!? 娘!? あの時、皇帝が始末した!?」

「そう」

「で、でも、終末の子だと――」


 そこからさらにイリスの秘密を口にすると、カイルは頭を抱えて唸りだす。


「言えよ……!!」

「それは……そうね。でも、カイルとイリスの力はどこへ行っても必要だったからあえて言わなかったのかも……」

『なんです?』

「わふぁ……」


 きょとんとした顔で見つめてくるイリスにカイルは目を向ける。当初は冷たい雰囲気だったが、今では表情もコロコロと変わり、自分の娘のようだと思っていた。


「まさか本当に俺の娘だったとは……」

『お父さんはお父さんです!』

「だなあ……そしてこっちのお姉さんはお前のお母さんだ」

『え、お母さん?』

「そうよイリス。あなたは私とカイルの子供なの……良かった……本当に……」


 我慢していたが、いよいよエリザも感極まって泣きながらイリスに抱き着いた。最初はよく分からない感じで混乱が見られたが、母親であるとなにかを感じ取りイリスもぎゅっと抱き着いた。


『お母さんです! お父さん、お姉さんがお母さんでした!!』

「わぉぉん♪」

「ああ、良かった……本当に……」


 尻尾を大きく振って喜ぶシュナイダーを撫でながら、カイルも少し涙ぐんでいた。バラバラになった家族が、今、一つに戻った瞬間だった。

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