119.
「あの子が私とカイルの娘……」
「そうだ。もう隠す必要もないだろう」
エリザが目を大きく見開いたまま呆然と呟くのを見て、ガイラルはそんな言葉を返した。まだ信じられないといったエリザの代わりに、兄であるディダイトが眉を顰めて尋ねる。
「もう、とは一体どういうことだい父さん? その様子だといつか話すつもりだったみたいだけど。それにカイル君に伝えないのも分からないな」
王子としてではなく息子として、妹の義兄の立場で聞く。こういう砕けた家族としての付き合いはガイラルの望むところなので特に気にしていない。
そして理由を口にする。
「……カイルの精神が穏やかになるまで待ってたのだ。正直、あの遺跡が……イリスが見つかったのは私にとってイレギュラーだった」
「イレギュラー、ですか?」
「ああ。本来の計画ではイリス以外の終末の子を先に解放してこちらに置いておく予定だった。敵対するなら始末するのも辞さないつもりで。しかし――」
しかし、モルゲンが巧妙に隠していて見つからず、後手に回ったと口にした。
大捜索をしたのはつい最近、記憶に新しいがなぜもっと早くやらなかったのかという当然の疑問が頭に浮かぶ二人。もちろん、それにも理由があった。
「終末の子になにを仕込んでいるか分からなかったからだ。モルゲン自らが手をかけた兵器。下手に発掘をして天上に気づかれては困ると判断したからだ」
「なるほど……」
「実際、イリスの封印が解かれた後、モルゲンは活動を開始していた元々、帝国の戦力が十分になったその時、彼等を復活させる予定だったのだがな」
「だけど地震で崩れた遺跡を第三者に見られた。そこで調査をすることにしたのですね……」
エリザがそういうと、ガイラルは深く頷いた。
「そうだ。イリスの回収を必ずできる……いや、するだろうとお前経由でカイルを行かせた。これはある種の賭けでもあった」
「賭け?」
「イリスをカイルに預ければお互いにとっていい状況になるのでは、とな」
「もっと早く真実を伝えてあげれば……」
「それは出来なかった。私の心が弱いと言われればそれまでだが、真実を話したところで私とカイルの関係が納得するとは思えなかった」
イリスを殺したのはガイラルではない。しかし、現場の状況を目の当たりにしたカイルが素直に聞くとは思わなかったと語る。
「だが、帝国の戦力もそれなりに整った。今なら、と、遺跡の探索を再開したというわけだ」
「なるほどサイクロプスの時は父さんも出向いたのか……」
「カイルは義理とはいえ息子だし、孫娘が危険な目に遭わないようにするのは当然だろう?」
ガイラルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。エリザはそれを見て口をへの字にした後、ガイラルの肩を思い切り叩いた。
「お父さんの馬鹿……!! カイルなら話せばきっとわかってくれたわ! こんな回りくどいことをして……五年も……!」
「痛い……!? 悪かったと思っている。だけど、カイルが五年前、なにをしたか覚えているだろう?」
天上スパイとは言え、人間を数十人をあっという間に惨殺した。
その狂気の状態をガイラルではないことを知った場合、すぐに天上へ行く可能性があった。行方をくらまし、その技術を確立するくらいは容易だろう。
「だから私の命を狙わせた。エリザの手前、簡単に私を殺せないことを顧慮した上でな」
「いやあ……」
それはどうなんだとディダイトは頭を振っていた。
ただ、ガイラルの言っていることも分かるため苦言を呈するくらいしかできない。
「ならカイルにも伝えるの?」
「ふむ……どうしたものかな。ただ、イリスが自分の子であることは教えてもいいのかもしれない」
「また、一緒に暮らしてもいいと考えているがな」
ガイラルが肩をさすりながら言うと、エリザは椅子から勢いよく立ち上がった。
「本当ね?」
「あ、ああ……」
「なら私が、今から、伝えてくるわ!」
「……ああ、そうするといい。あ、新装備について進捗を聞いておいてくれ」
「わかったわ」
エリザは元気よく答えて部屋を出ていく。それを苦笑しながら見届けた二人。
そして彼女が立ち去ったと思われた瞬間、ディダイトが真顔になった。
「……最終決戦まであと少し、というところですね」
「そうなる。お前には苦労をかけてすまない」
「いや……私……僕は母さんとの思い出が残っている。惜しいのはエリザだ。産んですぐに母さんが亡くなったからね」
「運が悪かった、という風に割り切るのも難しいからな。……頭の腫瘍……あれさえなければ……」
クレーチェを想いガイラルは寂し気な顔を覗かせた。
ツェザールとの押し問答で頭を打った際に検査を受けた時はなにも無かった。だが、少しずつクレーチェの中で癌となっていったのだ。
「母さん……弔い合戦でもありますね。必ずツェザールを討ちましょう。……カイルとエリザ、そしてイリスは参加させないということでよろしいですね?」
「無論だ。親バカと言われても、ツェザールの前にエリザを出すのも躊躇われる。そして横にはカイルが居なければなるまい。万が一、カイルかイリスが死ぬ、なんて状況は見たくないよ」
「そう、ですね――」
二人は目を合わせて頷き合う。願わくば次の戦いで決着をつけるのだと。
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