110.
「……」
ガイラルは眼下に見える組織の人間の陰を見ながら顔を顰めていた。この数か月、ずっと監視されていた彼は、あまり外に出ることをしなくなった。
「ツェザールのところの人間か」
組織を辞めたガイラルは金もあるため、仕事はしなくてもなんとかなるためこうして自宅にいることができるのだ。
ガイラルが抜けて恐らく組織は大変なことになっていると思うが、人に監視をつけるあたりツェザールの陰湿さが垣間見えた。そのため慎重に住居を変えたがそれでも最低一人はこちらを見ている者が、居た。
しかし今のガイラルにとって心配なのは組織やツェザールの追撃ではなく、クレーチェとモルゲンのことであった。
クレーチェは言わずもがな、あの後は会っていないのでどうなったのかを知らない。モルゲンには出会えたが彼女の居場所は教えてくれず、冷たい対応をされるばかりだった。
「どうしてこんなことになってしまったんだろうな……」
困った顔で笑いながらガイラルはそう呟く。
昔は仲が良かった……そう思っていたのは自分だけだったのか? クレーチェと付き合わなければこんなことにはならなかったのか、と。
「それでも、彼女は僕の一番大切な人だ。どうあっても守らないと」
拒絶されるなら仕方がない。しかし、まだ彼女からそう言われたわけではないと、感傷的になった自分の頬を両手で叩き、小さく頷く。
そのままジャケットを羽織り、腰に剣を携えてからガイラルは自宅を後にする。
「何もしていなくても腹は減る、か。ミエリーナの見舞いに行ったらモルゲンには会えるかもしれない」
食料の買いだしも兼ねての外出で、ミエリーナかモルゲンに会えないか算段する。少なくともミエリーナは話を聞いてくれるはずだと思っての行動だ。
すると――
「あ! 居た!」
「え? ああ!?」
――偶然か運命か、大通りに差し掛かったところで、突然ガイラルは手を引かれて驚く。声を上げて引っ張ていたのは紛れもなくクレーチェで、ガイラルは珍しく大きな声を上げていた。
「クレーチェ!」
「ガイラル、よね?」
「そうだよ! もしかして記憶が?」
「えっと……」
声をかけてくれたということは記憶を、と、歓喜の笑みを浮かべたガイラルに対し、クレーチェは愛想笑いを浮かべて視線を逸らすと小さく首を振る。
「そうか……」
「ごめんなさい……」
「いや、いいんだ。僕が勝手に喜んでいただけだしね。でも、変わりがなさそうで安心した」
「……」
ガイラルはそう言って顔を綻ばせた。それを見てクレーチェは『この人は自分が本当に好きなんだな』と、なんとなく感じていた。
「でも、記憶が無いのにどうしてまた?」
「うん……それなんだけど――」
ガイラルとクレーチェは移動し、広場の椅子に腰かけた。そのままクレーチェはこの数か月のことを語りだす。
モルゲンとミエリーナが結婚したこと、ツェザールとの子が産まれたこと、そしてそのツェザールがまったく姿を現さないことなど。
「ツェザールが……? 記憶がないクレーチェを手に入れるために奔走するかと思ったんだけど」
「兄さんもそれを警戒していたわ。だからいつも兄さんが近くにいたしね。だけど、なんの接触も無いと首を捻っていたの」
「モルゲンは仕事に行っていないのか?」
「今はそうね。私と一緒に自宅とミエリーナの病室を行き来するだけ。もうすぐ退院なんだけど、それから復帰するとか」
「そうなのか」
組織はやめない、いや、やめることを許さないはずだとガイラルは思う。クレーチェを大事にしていることはツェザールもよく知っているため、モルゲンを敵に回すには厳しいのだと考えた。
天上に浮いているのは彼の発明のおかげなのだ、そう考えれば冷静になれる期間まで様子を見るくらいはすると。
「……子供は二人で育てるのか。モルゲン、よく決断したな……」
「そうね……あの男、ツェザールだっけ? 覚えていないけど『こいつは嫌いだ』ってなんか本能で悟ったわ。まさか妊娠させておいて捨てるなんて最悪もいいところよ」
「ふふ」
「な、なに?」
「いや、記憶がなくてもやっぱりクレーチェなんだなってね」
ガイラルが苦笑しながら言うと、クレーチェは頬を膨らませて肩を叩く。こういったやりとりも数か月ほど無かったのでガイラルは嬉しかった。
「……さて、君が無事だったのは僥倖だな」
「そういえばなんで引っ越したの? 兄さんの目を盗んで調べたところには居なかったわよね」
「ああ、どうにも監視されているらしくてね。……この現場も恐らく見られている。ツェザールの手の者だと思うけど、嫌な気配だ」
「なるほどね……今日はこっそり出て来たけど、次はいつになるかな……」
「また会ってくれるのかい?」
ガイラルがきょとんとした顔でクレーチェに尋ねた。すると彼女は同じ顔で口を開く。
「そうよ? だって私の彼氏なんでしょう?」
「でも記憶……」
「それが全てってわけでもないでしょ? 今、ちょっと話しただけで、あなたがとても優しい人だって本能でわかったしね! 多分、私の中であなたのことを覚えているのかも?」
「クレーチェ……そうだね、過去が全てじゃない。今からでも遅くはない。また、一緒に居てくれるかい?」
「もちろん! あ、あれ、なんで……?」
笑顔のまま不意に涙を流れだしたクレーチェが困惑する。ガイラルもまた、笑いながら涙を見せていた。
「これからモルゲンのところへ行こう。またクレーチェとのことを許してもらうんだ」
「大丈夫、私の言うことは聞くから!」
そんな頼もしいことを言った瞬間、複数人の男達がこちらに歩いてくるのが見えた。
「……?」
「あれは、僕を監視していた連中だ。なぜ今、ここに――」
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