111.


「くっ……!?」

「こっち!」

「逃がすな!」


 ガイラルとクレーチェは何者かに追いかけられ、広場を後にしていた。

 集団が歩いてくると思っていたが直感的に『まずい』と判断したガイラルがクレーチェと自然に移動した。

 だが、ゆっくりと距離を詰めてきていることで追われていると確信し一気に逃げ出したのだ。


「なんなのあいつら!!」

「ツェザール関連かもしれない。狙いは僕か君か……それとも両方かってところだね……!」

「冷静に分析しないの! ああ、でも記憶を失くす前の私があなたを好きだったの分かる気がするわ!」

「なんでだい!」

「危なっかしいから傍に居ないとって気持ちになる――」


 口をへの字にして、前を走るクレーチェがガイラルに一瞬だけ振り返った。そこでガイラルが前に躍り出た。


「逃がさんと言った!」

「させない!」

「ぐお……!?」

「ひゃあ!?」


 回り込んでいた追手を軽くいなして地面に転がす。そのままクレーチェの手を引いて周囲を確認していた。


「隠れられる場所を探さないと……!」

「こっちは?」


 クレーチェが指した先には住宅がひしめき合っている場所だった。まだ建設中のところもあり、隠れるには絶好なスポットに見える。ガイラルは頷いてからそこを目指す。


「ふう……ここでやり過ごすか」

「うん。だけどどうして狙われるのかしら……? もう関わりは断ったんでしょ?」


 作りかけの家屋の中へ逃げ込んだ二人は外の様子をそっと伺いながら一息ついた。するとクレーチェがツェザールについて質問を投げかけてきた。


「ああ。でもクレーチェのことは諦めていないと思う。僕とこうやって会うことを懸念してということと、ツェザールの邪魔をするんじゃないかって考えているのかも」

「私は絶対にお断りだけどね……!」

「ツェザールはこの天上世界の王となった。力づくで解決する可能性は高いよ」

「その時は舌を噛んで死んでやるから」

「はは、モルゲンに怒られるよ」

「……!? ガイラル!」


 ガイラルが苦笑しながらクレーチェに振り返ると、彼女が驚愕の表情で叫ぶ。ガイラルが少し目を離した隙に追手が駆け寄って来たのだ。


「ぐあ……!?」

「手間を取らせてくれたな……!」


 不意に顔が熱くなり、自分が殴られたのだと瞬時に認識する。さらに視界の端でクレーチェが捕らえられている姿が目に入った。


「ガイラル! きゃっ!?」

「彼女に手荒な真似をするな!」

「な……!? こ、こいつ!?」

「ぐあ!?」


 怒りのままクレーチェの手を掴んでいた追手を殴りつけて後ろにやる。このまま逃げればと考えたが、それは叶わなかった。


「数が……!?」

「囲まれた……!」

「大人しくついてくるなら命の保証はしてやるぞ? 俺達も殺しまではしたくない」

「……その言い方だと『殺しても構わない』と命令されているのかい?」

「……」


 数は十人ほどでガイラルの力ならなんとかなると考えていた。しかし後ろにはクレーチェが居るため彼女に何かあってはまずいと構えを解く。


「……どこへ連れて行くつもりかわからないけど、いいだろう。ついていくよ。彼女はどうするんだ?」

「一緒に来てもらう。予定には無かったが、いずれそのつもりだったのだからな」

「わかった。手荒な真似をしたら暴れる。それは覚えておいてくれ」

「……肝に銘じておこう」


 追手の一人がガイラルと言葉を交わしてから視線を逸らす。

 先ほどの体術で実力のほどが伺えたため、ガイラルの腰にある剣を抜かせるわけにいかないと判断した男は『手を出すな』と一言告げてから移動を始めた。


「いいの……? ごめんなさい、私のせいで」

「いいさ。だけど妙なことになるならそれこそ斬り捨てるしかない。その時はすまない」

「うん、大丈夫」


 そのまま男達についていくと、案の定ツェザールの組織が入っている建物へやってきた。もう関わらないと決めたのに用があるとは意外だと目を細めていた。


「こっちだ」

「応接室……? 長の部屋じゃないのか」

「そんなこと、俺は知らない。さあ、行け」

「わかったよ。行こうクレーチェ」


 そう言ってガイラルは手を繋いで応接室の扉を開けて中へ入っていく。何度か利用した見慣れた応接室にそれこそ見慣れた男が立っていた。


「来たか」

「やはり君かツェザール」

「……」

「クレーチェも一緒とは、都合がいい。まあ座ってくれ」


 やけに上機嫌だなとガイラルは警戒しながらソファに腰かける。右手はいつでも抜けるように剣の鞘を掴んでいた。二人が着席するとツェザールもニヤニヤと笑いながら椅子に座る。


「随分と荒い歓迎じゃないか」

「まあ、普通に呼んでもお前は来ないだろう?」

「当たり前だ。あんなことをしておいてお前と一緒に居れると思っているのか? クレーチェにしたことも含めてな」

「……っ」

「ガイラル……」


 自分勝手の極みだと非難するガイラルはいつもの人の好い笑顔ではなく戦士の顔つきだった。気圧されたツェザールは舌打ちをして誤魔化し、話を続ける。


「変わったなガイラル。お前はもっと穏やかな性格だったのによ」

「そうだな。だが、変えたのはお前だツェザール。僕を穏やかでなくしたのは、ね」

「ふん……」


 睨んでいるわけではないのに凄みがあるガイラルの視線に冷や汗をかくツェザール。それも鼻を鳴らして誤魔化すと口元に笑みを浮かべてから言う。


「なら喜べ。二度と俺の顔を見なくて済むようになる」

「どういうことだ?」

「お前には地上へ行ってもらう。焼き払った地上の復興をするためにな」

「な、なんですって!?」

「……クレーチェ、いい。話を続けろ」


 そう来たかとガイラルは胸中で呟く。

 先ほどクレーチェに告げた『力ずく』を彼に使ってきたのだった。

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