107.

「す、凄いですね! ガイラルさんは筋がいいです!」

「そ、そうかな? 剣なんて使ったことがないからよく分からないけど」

「むう、鼻の下を伸ばしている」

「そんなことはないよ!?」


 ――ツェザールの策である冒険者による軍隊の設立。それが行われて数か月が過ぎた。

 

 最初に言っていたようにガイラルとモルゲンもその中に入り、訓練を受けていた。通常業務の時間を減らし、訓練に充てる。そういうルーティンに変わっていた。


「ふふふ、クレーチェさんご安心ください。ガイラルさんはあなた以外見えていませんからね! この前も声をかけられていましたけど断っていました!」

「声をかけられたですって……?」

「あ、ミエリーナさんそれは……痛いっ!? 痛いよ!?」


 クレーチェが顔を真っ赤にしてガイラルの耳を引っ張り出した。それを見ていたモルゲンが呆れた顔で口を開く。


「クレーチェ、ガイラルが女に声をかけられるなどいつものことだろうが。そんな男を選んだお前が悪い。早く別れておけ」

「兄さんは黙ってて! やっぱりここには一緒に来ないとダメね……」

「叩くことはないだろ……!」


 クレーチェに後頭部を引っぱたかれてモルゲンが大声を上げる。


「ふふ、みなさん仲が良くて羨ましいです」

「あ、というか彼氏のツェザールは来てないの?」

「あの人は忙しいですからね……」


 ミエリーナが寂しそうにクレーチェに返すと、彼女は腰に手を当てて口を尖らせた。

 クレーチェも一度顔合わせをしたのでお互い話もできている。


「忙しいって言っても会えない程じゃ無いと思うけど! 王になるとか言ってたけど、恋人をないがしろにするのはどうなのかしらね?」

「まったくだ。クレーチェにアプローチをかけていたけど、放置するならやはりツェザールにも預けられないな」

「馬鹿兄さん!」

「ぐあ!?」


 モルゲンが不用意な発言をしたところでクレーチェに殴られた当然、そんな事情は知らないはずなのでミエリーナが気分を悪くするだろうと怒声を浴びせていた。


「あはは、だい、大丈夫ですよクレーチェさん! そういう人を選んだのはわたしでもありますし!」

「うーん、ツェザールには勿体ないかも……」

「困った男だ。僕ならそんなことはしないのに」

「モルゲンさんは大事にしそうですねー

「ふ、ふん……」

「それは彼女ができてから言ってよ兄さん。ねえ、ガイラルからもなにか言ってやって?」

「え? 何の話だい?」


 クレーチェがガイラルに同意を求めるが、素振りをしていたガイラルが何の話かときょとんとした顔でそう口にした。


「さすがガイラル……真面目ねえ」

「うんうん、そうなんですよ。クレーチェさん、ガイラルさんを癒してあげてくださいね。いつも無理をしているので」

「それはするわよミエリーナ。というかガイラルのことよく見てるわねえ……? まさか――」

「ふふ、クレーチェさんが考えているようなことはないですよ! ……あ、終了の時間ですね」

「そのようだ」


 新設された訓練場に終了を報せる鐘が鳴り響き、ミエリーナが笑顔でそう告げる。周りのインストラクターや訓練者がこぞって出口へと向かっていくのが見えた。


「私達も行きましょうか。お風呂入ってくるんでしょ?」

「ああ、そうだね。みんなで食事にでも行こうか」

「二人きりの方が良いのでは……」

「いいや、二人きりなんでさせられないね。ミエリーナも行こうじゃないか。ツェザールに連絡をしてみてくれ」

「いいのかなあ……」

「まあ、どうせ休みの日は二人で会ってるしいいけどね? それこそ明日はずっと一緒よ」

「あ、いいなあ」


 ふふんと鼻を鳴らすクレーチェにミエリーナが手を合わせて顔を綻ばせた。同じ女性ということもありクレーチェは友人として仲良くしていたりする。


「それじゃ私はロビーで待っているから後でね」

「うん。モルゲン、行こう」

「クレーチェを待たせるのも悪い。さっさと出るぞ」

「はいはい、ホント妹が大好きなんだから。お前も早く恋人を作ったら妹離れできるんじゃないか?」

「……うるさい」

「?」


 いつもはそう言ってからかうと口を尖らせて怒るのだが今日は不満げな顔をしただけでさっさと風呂場へ歩いて行った。肩を竦めながらガイラルもその後を追い、さっと汗を流すとクレーチェに合流した。


「今日はなにを食べる?」

「明日は休みだしお酒を飲もうかな。モルゲンとミエリーナさんは?」

「お任せしますよ!」

「僕もガイラル達に任せる」

「オッケー、なら――」


 と、ミエリーナとの交流はツェザールが居なくてもそれなりに友好を築いていた。クレーチェもガイラルが惹かれる、またはミエリーナがガイラルに惚れるということもないと分かっているため一緒に訓練をすることに忌避感を持ったりはしなかった。

 変わったことと言えばモルゲンがミエリーナとよく話しているのを見かけるなと二人が感じる。


 そんな日々が続き、一年が過ぎたころ――



「よ、クレーチェ」

「ん? ……ツェザールじゃない。どうしたのこんなところで? 仕事は?」

「ちょっと野暮用で会合があるんだ。この天上もいくつかの領地に分けて統治者を作ったからそれのな」

「ふうん。忙しいのね? ……ちゃんとミエリーナのケアをしているんでしょうね? デートとかしてる?」


 ――不意にガイラルが仕事が終わるのを待っていたクレーチェにツェザールが話しかけてきた。今は自分に興味が無いと思っているクレーチェが少し話に付き合う。話題はミエリーナのことだ。


「まあ……いや、もちろん。仕事は忙しいがね。……それより、ガイラルの奴とミエリーナが妙に仲がいい気がするんだが……なにか知らないか?」

「はあ? 知ってるわけないでしょ? ガイラルがミエリーナに興味が無いし」

「最近、ミエリーナからガイラルの話をよく聞いてな。もしかしたら浮気でも、と思ったのさ」

「あはは、あんたじゃあるまいし」


 なにを言っているのだとクレーチェが笑う。その様子に少し片眉を下げてからツェザールが言う。


「……訓練場の人間があいつらが抱き合っていたというのを見たらしい」

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